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魔法使いの流儀
70. 籠城とは?
しおりを挟む言葉の意味を掴みかねている間にも、『ユウマ』の話は続く。
「ひょっとしたら想像がついているかもしれませんが、オスカーがあなた方の窮状を知るきっかけになったのは、ジュールやジスランにくっついて来たモレスという男が、奴らの手先だったからです。モレスはカリタス伯の用意した術式を使って、僕を襲撃しました」
「あ奴ら……! 何かしたのであろうと思ってはいたが、《精霊公》を襲撃だと? いよいよ頭が腐れ落ちておるのか……!」
苛烈な王の言葉に仰天する者もいるが、共感する者のほうが多かった。精霊への攻撃など、耳を疑う愚行である。王妃などは青ざめ、両手を祈りの形にしていた。
「モレスはあちらで捕えています。あいつの処分に関して、魔導塔の好きにしていいでしょうか?」
「構わぬ。もしこちらで捕えようと、どのみち魔導塔へ引き渡すことになろう」
「ありがとうございます。このことに関して、王家の敵対行為とは見做しません。僕らもあなた方も、あいつらの迷惑行為に腹を立てている者同士と認識しています」
「うむ! それで相違ない」
「そこで、なんですが」
青年は少し言い淀んで目を伏せ、どうしたのかと思う間もなく、再びしっかりと視線を合わせてきた。
「王家と魔導塔は、何事もなければ互いに不可侵と聞いています。ですがこのようなことになった以上、あなたに許可をいただきたいんです」
「許可?」
「魔法使いがこの件において、こちらで作戦行動を取ることを、です」
王は目を丸くし、他の者は隣同士顔を見合わせて困惑していた。
彼の言葉の意味を正確に理解したのは近衛だ。隊長の一人が「恐れながら」と慎重に挙手をした。
「つまり、魔法使いが王宮で武をふるう、ということでしょうか」
その問いにハッとする者がいて、王はやや気まずくなった。彼自身は当然そうなるだろうと確信しており、それが当然とすら思っていたが、周りはそうは思わないということを失念していたのだ。
「武力といえば武力なのかな? 魔法が主になるので、そう言っていいのか……戦闘は、場合によってはあるとオスカーは言っていました。それについてリアムさんが言うには、彼らがこちらで勝手に動いてしまうと、理由が何であっても侵略行為と受け止められたり、魔導塔が越権行為をしてきたとか、内政干渉だ、みたいな言いがかりをつけてくる者がいるということでした」
「……いるであろうな」
「確かに、おりましょうな……」
「だが、緊急事態だぞ?」
「頭の固い輩は味方にもおる。こちらが助けを求めたわけでもあるまいに、外部の者に助けられたとあっては臣の名折れ、などと騒ぎ立てそうな者がおるだろう」
周囲のざわめきに『ユウマ』は頷いた。そして懐の隠しから、一枚の紙を取り出す。
魔法使いが契約の際に使う専用の紙だが、そこにはリアムのサインのみが書かれており、あとは白紙だった。
「そういう人達に後から騒がれても面倒だから、ここで動いてもいい約束を先にもらっておきたいんです」
「なるほど、承知した。手間をかけてすまぬな。ガーランド王の名において、魔導塔に救援を要請、同時に共闘の申し出を行う。逆賊が排除されるまでの間、魔導塔によるいかな作戦行動も許可すると、そのように書けばよいか」
「はい! お願いします」
文官がすぐさまペンとインクを持ってきた。テーブルがないので、盆を裏返してしっかり抱え持つ。それを台にして、王は先ほど言った通りの内容を綴り、リアムの署名の隣に己の署名を加えた。
(しかし、あ奴の字は相変わらずだな……契約の精霊は、これをちゃんと『文字』と認識できるのであろうか?)
ミミズがのたうっているかのような線に、ガーランド王はそんな心配をしてしまった。
余談だが、リアムは文字や魔法陣を使った魔道具の製作が苦手だった。字が汚いからである。
だが愛し子補正でもあるのか、署名だけは必ず正しく認識されるため、黒髪の青年がその紙を受け取った瞬間、ふわりとまばゆい光が包んでパチンと弾けた。
「今のは?」
「契約の精霊が受理してくれました」
「おお……!」
インクも既に乾いている。『ユウマ』は微笑んで紙を折りたたみ、懐に仕舞い直すと、代わりに手の平サイズの丸いものを取り出す。
懐中時計のように思われたそれは、貴族がちょっとした時に顔周りを整えるための携帯鏡だった。
本来は蓋がついているものだが、それはあらかじめ外してあった。
「ええと……あそこがいいかな」
『ユウマ』はきょろきょろ見回し、適当な壁に近付くと、鏡の裏に付いてあった布と油紙をはがす。どうやらそこに糊を塗っているようだ。
そして己の目線と同じぐらいの高さに、鏡をペタリと貼りつけた。
「これでよし、と」
「ユウマ殿、それは?」
「僕があちらへ戻るためのものです。ほかの人には使えないんですよ」
「ほお……」
「これを壊そうとしたり、布を被せたりしないでくださいね。僕は一旦これを渡しに向こうへ戻りますけど、そんなに時間をかけずにまた来ますから、決して早まったことはしないでください」
「あいわかった。―――感謝する」
王の言葉にふわりと微笑み、『ユウマ』は小さな鏡面に指先で触れた。
そして現われた時と同じように、瞬きをした次の瞬間にはもうそこにいなかった。
「すごい……」
「こことあちらを瞬時に移動したのか」
「このようなことが可能であったとは」
感嘆と畏れの入り混じった囁きが湧き、ガーランド王は深く溜め息をついた。
彼らは最悪の状況を脱したのだ。
「ゆっくりせよと《精霊公》は仰ったが、共闘である以上、何もせぬわけにいくまい」
「さよう。敵方と思しき者どもの情報を、我らの知る限り伝えられるように準備しておくべきであるな」
彼らは椅子を並べ直して会議を始めたが、半時もしないうちに再び『ユウマ』が現われた。
壁に貼り付けた携帯鏡の前ではなく、まったく別の場所に出現することから、どうやらあの携帯鏡は一方通行の魔道具なのだなと彼らは思った。きっと向こうには、彼を王宮へ送り込むための別の魔道具があるのだろう。
「ふう……重もっ」
彼は身体に革ベルトで固定するタイプの荷袋を抱えていた。それが背中側と腹の側、両方にある。
近衛が駆け寄り、いかにもずっしりと重量のありそうなそれらを外すのを手伝った。
床に敷き布を広げ、ざらりと荷袋の中身を出す。
それは大量の食材だった。
「こ、これは……」
「…………」
「まだありますから、あと何往復かします」
宣言通り、その後も彼は二~三往復して、敷き布の上にはパンに果物、干し肉と、大量の食材が積み上げられていた。
「ハァ、ハァ……暇を潰せるように、いろんなゲームも持ってきました。娯楽本もありますよ。それからこれは頭痛薬、こっちは胃薬です。症状が出た時だけ飲むようにしてくださいね」
次にまた来た時は、よくわからない奇妙な革袋を抱えていた。
その革袋の端には穴が開いており、彼が何やら器具を差しこむと、どんどん袋がふくらみ始めた。
「これ、風を発生させる魔道具なんです。魔道具はもとからあったんですけど、こういうのを作れない? って訊いたら、魔法使いの皆さんがあっという間に作ってくれちゃって……このぐらいでいいかな」
別の器具を取り出し、穴の部分を挟み込む。じゅっと音がして、器具を外せば、穴は完全に塞がっていた。
「特定の溶剤を使わないと溶けない接着剤だそうです。便利ですよね」
「う、うむ……?」
「その、これはいったい?」
長方形の革袋をふくらませたものだ。等間隔でへこみがあり、丸くならないようにしているようだが、何故だろう。
「これは、こうやって使うんですよ」
『ユウマ』は毛皮を袋の上に敷いた。
「簡易寝台です。床で横になるより寝心地いいですよ。枕もあります♪」
「…………」
「あとは何が要るかなぁ……着替えと、目隠し用の衝立も要るかな? それから……」
ここに至って皆は悟った。
休暇と思ってのんびりゆっくり楽しく過ごせというのは、完全に言葉通りの意味なのだと。
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