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魔法使いの流儀
68. 王の葛藤と引き留める者
しおりを挟む謁見の間のある建物が取り囲まれたのは、ジュール王子の側近クレマン・タクススとエルヴェ・フルーメンが、それぞれの祖父の不穏な空気を察知し、王の守りを固めるように働きかけを始めた矢先のことだった。
謁見の間には二種類あり、特別な儀式向けの豪華で広いものと、普段の謁見に使われるやや簡素なものがある。今回、国王夫妻が立てこもることになったのは後者だ。
独立した棟の中にあり、待機室や廊下なども含めてそこそこ大きな建物だが、内部に詰め込まれている人間の数を考えれば狭いとしか言いようがない。
―――国王夫妻と、王家に味方する重臣や官吏が数名、ジュール王子の側近が二人、それから近衛の半数だ。
中央に椅子が円形に並べられ、近衛の各部隊をまとめる隊長数名と王子の側近、国王夫妻や重臣の面々がそれぞれ座って向き合っていた。
テーブルは取り払われ、バリケードの一部に使っている。
「ここには脱出路がない。密かに外の者が食料を持ち込むこともできぬ。ゆえにここを襲撃場所としたのであろうな」
王の言葉に近衛達が頷いた。邪魔者をできるだけこの場に集め、追い込んで捕えようと思ったのだろう。
「この場にいない者すべてが、陛下の敵に回ったわけではありません。確実に敵と呼べるのは、くそじじいフルーメン大臣と宰相、それから近衛騎士団長でしょう」
「我が家のくそじじいタクスス伯爵もです」
エルヴェとクレマンが堂々と言い放ち、王妃以外全員の目を丸くさせた。王妃は「『くそじじい』ってどういう意味かしら?」と首を傾げている。
近衛隊長達は小さく咳ばらいをし、「把握できている敵側の陣営ですが」と繋げて誤魔化した。
「フルーメン大臣、宰相、近衛騎士団長、タクスス伯爵。それから恥ずべきことですが近衛の約半数に、王宮にいる兵士のほぼ全員……しかし身内を庇うわけではございませんが、これら兵士に関しては上の命令に従わざるを得ず、迷っている者もおりましょう」
「近衛騎士団長はおよそ人望というものがないのですが、奴は下の者が己に絶対服従であると信じており、これほどの数の近衛が独断で陛下につくとは考えていなかったはずです。もしかすると外に居る者の一部は、フルーメンどもが陛下を人質に取っていると認識しているやも……」
「確かに、その可能性もございますな」
頷いたのは大臣の一人だった。彼はフルーメン大臣一派の名を挙げ、ここにいない重臣すべてが王の敵ではないと指摘した。
扉の外で使者とやらが偉そうに「我ら国を憂う者、大義をもって~」などと寒い文章をつらつら読み上げていたが、あちらに大義があると言うのなら、この場にこれほど王の味方が揃うわけがないのである。
しかし、ある意味でそれも仇になっていた。
「食料を確認いたしましたが、もって三日ほどかと」
エルヴェが言いづらそうな表情で告げた。
先ほど王が言ったように、ここは食べ物が尽きれば補充する手段がない。だからフルーメン大臣達も、予想以上の抵抗を受けて一旦は捕縛に失敗しながら、余裕たっぷりな態度を崩さないのだ。
籠城に向かない場所で籠城を開始し、既に一日。まだ一日だ。なのに、早くも絶望的な空気が漂いかけている。
「すまぬな、王妃よ。そなたには苦労しかかけておらぬ」
「いいえ陛下。わたくしに苦難を与える者がいるとすれば、それはあの逆賊どもでございましょう。近衛と王国兵を私物化し、問答無用で送り込んでおきながら、失敗したと見るや『陛下、国のためにご退位なされませ。ご決断を』などと厚顔にもほどがありますわ」
閉ざした扉の外で使者が朗々と伝えた、フルーメン大臣一派の『説得』の文言だ。普段は物静かで無口な王妃が怒りで顔を真っ赤に染めており、夫はそんな妻へ感謝すると同時に苦笑するしかない。
これまで人前ではあまり見せなかった夫婦らしいやりとりに、目を点にする者もいれば共感を覚える者もいる。
怒りは絶望を一時でも遠くに追いやることができるので、望ましい反応ではあった。絶望が怒りを上回る瞬間が恐ろしいのだが……猶予は三日。人の心が己を保っていられる日数は、イコール水や食べ物の残り日数だ。
それまでにはなんとか現状を打破しなければならない。
「しかし妙ではあるのです。くそじじいども、前は慎重で尻尾を掴ませなかったのに、急に何かを焦って動いた感があるのですよ」
「僕のじじいもそうです。煮ても焼いても食える部分のない狸じじいが、僕に察知されても気付かないなんて珍しいなと思って、最初罠を疑ってエルヴェに相談しましたし」
そろそろ王妃が何かを察しそうだ。彼女の辞書に俗語の『じじい』と『くそじじい』が追加されてしまうかもしれない。
王の忠臣達が密かに戦々恐々としつつ、「ふむ、何やらきっかけがあったということか?」と、とにかく話を続けた。
「露見すればまずい何かを隠すため、慌てて行動に出たか」
「前々から根回しはしていたのでしょうが、確かに急でございますな。何故このタイミングで……」
王の頭にふと、息子とジスランの顔が浮かんだ。
まずい何かとやらは、魔法使いに関することではないか。
(ただの悪戯では片付かぬ何かを送り込み、失敗でもしたか? だとすれば―――自分はいったい、何をしているのだろうな)
血を分けた兄を相手に、命をかけた争いへ追いやられた時から、ずっとそれは胸の中にくすぶり続けていた。
繊細な兄だった。最初から不仲なわけではなかったのに、勝手に派閥を名乗る者どもに追い詰められ、変えられてしまった。
これほどの悲しみを耐えてまで守る価値など、この者どもにあるのかと。
先祖の罪だ、自分達の罪ではないと時々叫びたくなることがある。それでも禁を犯したその先に積み上がる屍の数を想像し、踏みとどまってきた。
(当時の魔法使いどもの味わった地獄に比べれば、我らの苦痛などささやかなものに過ぎぬのだろうが)
フルーメン大臣とその一派は、自分達が同じ箱の中で食い合いをさせられている蟲だとわかっていない。《レムレス》による永劫の呪いは、実によくできて厭らしい仕組みだった。
もう我慢する必要などないのではないか? 幾度となく胸に生じた疑問が、また湧いてきてしまう。とっとと連中に捕まり、望み通りこの首を差し出してやればいいのではないか。自分達親子の首を落とした者どもが、一人残らず後悔と絶望のどん底に落ちればいい。
しかし、自分や妻を守るために知恵を絞ろうとする者達の姿に、また踏みとどまる。
彼らを裏切ってはならない。それに、どんな苦難の時も傍らにいてくれた賢明な王妃。自分だけが逃げて、彼女を裏切ってはならない。
外の連中は今のところ警告を発するだけで、強行突入をしてくる様子はなかった。長期間を耐えるだけの水や食べ物はここになく、数日で音を上げると踏み、それを待っているのだ。
どうすればこの状況を打開できるのか……。
王もまた頭を悩ませながら口元に手を当て、ひとつ瞬きをした。
次に瞼をひらいたら、たった今まで誰も何もなかった場所に、黒髪の青年が立っていた。
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