鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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喚び招く

67. 負けの存在しない勝負

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「とりあえず、一旦黙れ」

 遠慮も自重もない魔法使いどもに、オスカーは愛し子の強権を発動した。
 危険な発言の弾幕がピタリと止まり、王子とジスランの瞳に尊敬が浮かぶ。二人の中でも、彼はすっかり『頼りがいのある頼もしい人物』と印象づけられてしまったようだ。

 まずオスカーは、意見と言っていいのか微妙な意見を整理した。
 逆賊の水増し推奨については保留とする。増やし始めたらきりがないという、身も蓋もない理由だった。
 
「殿下の不在時に、王位を簒奪さんだつせんと目論んでいた輩が行動に移した。それを討伐するために、我らに助力を請うたと宣言してもらうのはいい」

 ただの事実ではあるが、王子が宣言するとしないとでは話が変わる。

「ただし奴らの主張が厄介といえば厄介だ。陛下が魔導塔と癒着し、我々の駒になって王国を売り渡そうとしている。心苦しいが退位してもらわねばならない……などとほざいているようだ」
「おのれ……!」

 王子がテーブルに拳を打ち付けた。悠真も《ウェスペル》の報告がえていたので、王子の憤りは我がことのように共感できる。

『陛下、このままでは王国が滅びかねませぬ』
『我らは国を正しき方向へ導きたいのです』

 いかにも我らは国の未来を憂いていますと言いたげな、あの嘘くさい顔。三文芝居も大概にしろと叫びたくなった。
 王子の手が傷付いていないか気にしつつ、ジスランもオスカーの懸念を察したようだ。

「それでは、殿下があなた方に助力をお願いしたと伝えても」
「同じ理由で拘束させようとするだろうな」

 ジスランは顔をしかめた。奴らは魔導塔の手先だ、いやそうではない、と水掛け論になるのが容易に想像できる。そうなれば誰がどちらにつくのかと臣下が割れ、長期化するだろう。

「ねえオスカー、近衛はどんな感じだい? 全員陛下をお守りしているのかな?」
「いや、近衛騎士団長を含め、半数弱が奴らの側についている」
「半数弱……」
「そんなにも……」

 近衛達が青くなって呟くのに、オスカーは首を横に振った。

「騎士団長は陛下の拘束を命じたというのに、下の者は半数も従わなかったわけだ。人望がないな」
「ははは、そりゃあいつなら納得だよ!

 リアムが手を叩いて愉快そうに笑った。

「ユウマくん、そいつのこと知ってる?」
「え、いえ。あんまり評判がよくなかったということぐらいで、詳しくは憶えてないです」
「コネで豪華な椅子を用意してもらった手合いのお仲間さ。自分の身体を鍛えるのは大好き、でも仕事はしない。やりたくないことを部下に押し付けまくってるくせに、ガタイと態度だけは無駄にでっかいおっさんだよ。口癖は『泣き言を申すな。気合が足りぬぞ!』」
「うわ」

 ドン引きである。典型的なマッチョイズムだ。

(筋肉見せびらかすのが好きなパワハラ上司かよ。自分の筋肉が好きなら騎士は向いていそうだけど、仕事のできない脳筋が近衛なんかしたらいけないんじゃないの?)

 前の世界で悠真の父がぼやいていた、インフルエンザで休む部下を「気合が足りん」と強引に出社させ、同じ部署内に蔓延させた同期の話を思い出す。
 人事だった悠真の父は、それが原因で退職者が大勢出たため、一時死ぬほど忙しかったらしい。いわゆるブラック企業ではなかったのに、上の立場に強烈な人間が一人いると、現場がめちゃくちゃにされてしまう典型だとも愚痴っていた。

(そのおじさんコネ入社だったから、厳重注意と異動だけで済んだんだよね……)

 こんな時に平和だった世界の出来事を懐かしんでいるなんて、自分も不謹慎なのかもしれない。
 でも、と悠真はリアムを見た。こんな時に面白そうに笑えるリアムは、ただの無神経なのか、勝算を見いだして笑っているのか、どちらなのだろう。

(……ううん。勝算は、最初からあるんだ。ずっと)

 魔導塔側に負けの目は最初からない。先代《レムレス》の時代から。
 だが、それはきっとこの場で指摘すべきことではない。悠真はひとまずそれを仕舞い、別のことを口にした。

「つまり、あちら側についているのは、そういう奴らばかりってことですか?」
「そうなるねえ。ちゃんとした人もたくさんいるんだから。声のでかい奴らが目立っているだけで」
「……そういう奴らって何するかわからないから、ちゃんとした人ほど、うかつに動けないですよね」
「そうだねえ。変に逆らうとズバッとられちゃうかもしれないから、大人しくしておくのが正しいことも多いんだけどね」

 そうして敵側についた者もきっといる。保身のために王を見捨てたのかと、一概には責められない者もいるだろう。

「オスカー。仮の話だけどさ……あいつらは、玉座を奪うことができたら、何をしたいんだろう?」
「したいこと、か。まずはこの森への進軍だろうな」
「進軍……」
「そして魔法使いを滅ぼしたい。あるいは、支配下に置きたい。私欲を抑えられない輩の頭の中は、至極単純だ」

 安全圏から進軍の命令を発し、自分達だけは栄華を貪ろうとするのだろう。
 だが、そのようなことにはならない。玉座を奪い取った後、魔法使いの領土へ色気を出す前に、彼らにはやることがある。
 旧王家の処刑だ。国王も、王妃も、王子も、彼らにとっての邪魔者を一人残らず処分するだろう。
 ―――謀略によって国王の血が絶え、禁に抵触する。
 魔法使い達が手を下すまでもなく、彼らは勝手に滅びるのだ。何も知らぬ民を巻き添えにして。

(魔法使いは別に何もしなくていい。する義理がない。国王夫妻や王子の窮地なんて放置しておけば、あいつらはそのうち自滅するんだ。だからオスカーもリアムも『負ける』心配は一切してない)

 けれど、手を尽くそうとしてくれている。この魔法使い達も、外で思い思いの場所で待機している彼らも皆、助けるために来てくれたのだ。
 胸がジンとなった。これは勝手な思い込みだろうか?
 けれど、信じたい。少なくとも悠真は、オスカーとリアムが自分達のテリトリーに招き入れている彼らを信じたいと思った。

「あの、オスカー。僕の力のことなんだけどさ」
「ん?」
「ひょっとしたら、なんだけど。こういうことができそう、ていう話をまだちゃんとしていなかったよね?」
「……ああ、そうだな?」
「なになにユウマくん、何か新たな力とかに目覚めたりしたのっ?」
「邪魔だリアム。くっつくな」

 文字通りくっつきそうな勢いで寄って来たリアムを、オスカーがべりっと音がしそうな勢いで引きがした。

「邪魔をするな筆頭」
「え~、きみらだって聞きたいくせに!」
「聞きたいとも。話を中断させたら俺らも聞けないだろうが」
「そうだぞ。だから邪魔をするな」

 王子とジスランは半眼でリアムを眺めたり、魔法使い達の言動に驚いたりと忙しい。
 悠真はびっくりしつつも、可笑しくなってクスリと笑ってしまった。

「すまんなユウマ。それで?」
「うん。あのね……」

 できそうなこと、を簡単に説明すると、オスカーが目を瞠った。やっぱりこれは簡単にできることじゃないんだなと悠真は察した。
 向こうへ追いやられたリアムの瞳が爛々と輝いている。気のせいか他の魔法使いも、ローブに隠れた顔の下が爛々と……。
 さりげなくオスカーだけでなく、王子やジスランも彼らの前に立って視界を塞いだ。複数のブーイングが小さく上がったようだが、悠真は気にしないことにした。

「試してみるか?」
「うん」

 二人の視線の先にあるのは、棚に置かれた鏡。


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