鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

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喚び招く

66. たとえるなら傭兵タイプ

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 偏見を取り払ってみれば、存外魔法使いは気難しくも排他的でもなかった。
 オスカーやリアムが研究者タイプであることと同様、魔法使い全体が研究者肌であり、ただ単に好きなことは自由にやりたい、邪魔をされたくないという、ぶっちゃけ魔法オタクの集団だった。

(魔導塔が国そのものを支配せず、あえて別々の状態を保ってきたのって、オタクに国家運営は無理だって自覚してたからなんじゃ……)

 客人の魔法使い全員に話しかけてみて、悠真はそう結論づけた。失礼かもしれないが、趣味と国家の都合が両立しなかった場合、魔法使いは間違いなく己の趣味をとる。
 個人主義の集まりだから、他人が自分と違っていようが気にしない。だから排他的にもならない。そういう悪評を立てる者は、人から聞きかじったことをさも自分の知識のように言いふらしているだけか、あるいは排除されるような何かを魔法使い相手にやらかしたかのどちらかだ。
 声がボソボソと聞き取りづらいのも、性格が暗いからではない。呪文以外を口にする時は、言質を取られないよう、言葉を最低限に抑える癖がついているらしい。彼らの喋る相手は人間だけとは限らないからだ。
 その代わりリアムのように、自分の趣味に関して口をひらくと、途端に饒舌じょうぜつになる。あとは、魔道具などの素材商と交渉する時なども、普段とは別人のように舌の回る者が多いそうだ。

「わかる気がします」

 悠真はチラリとオスカーを見上げた。彼も若干そういうところがあるなと思ったので。
 オスカーはサ、と視線を逸らした。自覚はあるようだ。
 ちなみに魔導塔は魔法使いの相互扶助組織のような面が強く、筆頭だから強権を振るえるわけでもない。基本的には従うし敬意も払うが、絶対服従する相手ではないとのことだった。
 ただ、オスカーやリアムは精霊の愛し子だ。それはすべての魔法使いにとって特別な存在だった。

「筆頭もレムレスも、必要がなければ我々を呼ぶことはない。今回は必要な事情であると思ったから、応じた」
「この地をからにするわけにはいかないから、全員ではないが。そもそも都合のつかない者もいる」

 それを聞いて悠真はふと、「もしや行き当たりばったり、なんてことはないよね?」と気になった。

「あの、つまり皆さんこういう時、組織立った動きはしていないってことですか? 命令系統とか、どうなっているんでしょう……」
「打ち合わせは事前にしているぞ。訓練はしていないが」
「動く者と守る者、いざという時に指示を出す者といった役割は日頃からだいたい決めている」

 それは、安心していいのだろうか。彼らの能力は疑っていないけれど、大勢で一気に動くことには慣れていないわけだ。
 その懸念は王子達の顔にも浮かんでいた。近衛達も何か言いたそうにしては口をつぐんでいる。

「案ずるな、ユウマ。おまえの頭にあるのは、『訓練された騎士団のようには動けないのではないか』ということだろう」
「オスカー」
「たとえるなら、魔導塔は傭兵集団だ。個人主義だが、おのおの何をすればいいのか熟知している」
「あっ……そういうことなんだ」

 研究者で個人主義という特徴が頭にあったせいで、つい不安になってしまったが、オスカーの説明で納得した。傭兵も得手不得手があり、前衛を得意とする者もいれば、後衛や生産系の仕事を得意とする者もいる。

「オスカーの言う通りさ。私達は騎士団のような一糸乱れぬ行動は苦手だけれど、自由度の高さはそれを補って余りあるメリットなんだ。上下関係のがっちり決まっている騎士団は、『上』が腐っていると使い物にならないからねえ」

 リアムが皮肉っぽく言い、近衛隊長が鼻白んだ。
 否定できないのだ。命令系統の一番上に腐ったものを据えられたら、日頃からどんなに訓練を重ねていても意味がない。
 そして今の王国騎士団のトップが誰なのか、悠真も憶えている。家柄とコネで決められたと噂されていたはずだ……。

「さて、まずは目標の設定だが。……おや?」

 リアムの言葉が途中で止まった。漆黒の鳥があるかなしかのドアの隙間を通り抜け、羽ばたいてオスカーの腕にとまったのだ。
 使役霊の《ウェスペル》だ。鳥が何かを訴えるように主人の目を見つめ、オスカーも見つめ返し、眉根を寄せた。
 悠真にも彼らの間に交わされたものがえた。言語ではなく、視覚イメージによる報告だ。その報告のあまりの内容に、悠真は眉を吊り上げた。

「何やってるの、あいつら……?」
「ユウマ? ―――もしや、えたのか?」
「あ、うん。ごめんなさい、勝手に……」

 怒りが漏れ、そのせいでオスカーにバレてしまった。人の手紙を横から盗み見たバツの悪さにヘコみそうになる。

「その、意識する前にえちゃったんだ」
「そうか。気にするな。それよりも気分は悪くなっていないか?」
「ううん、それは大丈夫。胸は悪くなったけど……」
「なんだい? なんかろくなことじゃないみたいだけど、もしやあちらさんで妙な動きでもあったかい?」
「ああ。王都の動きを監視させていたのだが」

 オスカーはジスランに目を据えた。

「まず、おまえの父親が捕えられている」
「ええっ、父上が!? 何故です!?」

 ガタンと音を立ててジスランが身を乗り出した。それに構わず、次に王子に目を向ける。

「数名の臣下が結託し、陛下を拘束しようとしました。ルークスの父はそれを阻んで捕まったのです」
「なっ―――」
「今のところ陛下はご無事です。殿下の側近達がおかしな動きに勘付いて、先手を打ったようですね。近衛とともに謁見の間に立てこもっていますが、破られるのは時間の問題でしょう」
「彼らが……」

 友の働きが誇らしい。だが追い詰められていることに変わりはなく、安心材料の少なさに王子は歯噛みした。

「都合がいいな」
「そうだな」
「―――なんだと?」

 魔法使い達の呑気な声に、王子の視線に殺気がこもった。滅多にない王子の怒りに悠真は慌てるも、口を挟める空気ではない。

「何が都合がいいのだ?」
「まとめて粛清できるだろう。この機会に」
「相手は逆賊だ。遠慮をしなくていい理由を相手が作ってくれた」
「え……」
「王子の外出を狙い、王位を簒奪さんだつせんと狙った逆賊を討伐する。そのために魔導塔に助力を頼んだ。そう宣言すればいい」
「大義は王子にあり、王子の戦力も充分だ。民は王子につく」
「ついでに滅ぼしたい邪魔者がいれば、逆賊を水増ししてしまえ」
「水増しは後で面倒なことになるのではないか? それより流れ矢に当たったことにすればいい。もし高齢なら心の臓が保たなかったことにしても」
「…………」

 悠真は呆気にとられた。なるほど彼らは傭兵だ。目的達成の上で不謹慎という単語は存在しないらしい。

(ちょっと、どうすんのこれ。変に理があると思っちゃうからタチ悪いよ)

 王子は二の句が継げなくなったようだ。そして救いを求める視線を、こめかみに手を当てて渋面を作っているオスカーに向けた。
 こういう時に頼るべき相手を間違えない王子だった。


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