鏡の精霊と灰の魔法使いの邂逅譚

日村透

文字の大きさ
上 下
63 / 95
喚び招く

63. 変化

しおりを挟む

 いつも読みに来てくださる方、偶然立ち寄ってくださった方もありがとうございます。
 近況ボードにも書いておりますが、大変お待たせして申し訳ありませんm(_ _m)

※8/11 一部修正しました。

-----------------------------------------------------------



 不調が長く続くと、時に自分が不調であることすら自覚できなくなる。
 悠真は自分の身体の軽さに気付き、目を見開いていた。

(僕の身体、あれでもまだ重かったのか。すっかり良くなったと思ってたのに)

 頭の芯が完全に晴れ渡ることで、これまで自分の中に、淀みの欠片のようなものがこびりついて残っていたのだと気付かされた。
 オスカーのおかげで、悠真は完全にこの世界の生命として定着した。熱も感触も取り戻し、その上、醜い心もさらけ出してぶつけることを許された。
 重石になるようなものは、もう完全に吐き出せた―――そう信じていたのだが。

「うまく言えないけど、今まで微妙に違うそっくりなピースを間違った箇所に嵌めていたせいで、一個だけ余っていたのが正しい場所へ嵌め直されたみたいな、そんな感じがするんだ」

 言葉を選びながら、自分の中に存在していた違和感について説明する悠真に、オスカーは眉をひそめた。

「すまんな。気付かなかった」
「え、謝ることじゃないよ! これは僕の心の内側のことだから、わからなくて当たり前だって!」

 悠真は慌ててオスカーに抱き付いた。個人の能力でどうにかなる話ではなく、オスカーが悔やむ必要などまったくない。
 それに、これは決して悪い変化ではなかった。

「なんていうか、違うピースのせいで堰き止められて淀んでいた部分が、全部流れて消えたみたいだ。本来こう進むべき、っていう流れに修正されたというか。―――多分今の僕は、《鏡の精霊》としての力がちゃんと使えるようになってる」

 ぎゅっと抱き付いたまま見上げて言うと、オスカーもまた目をみはった。

「それは―――」

 オスカーが問いを口にしかけた瞬間、くううう……と可愛らしい音が鳴った。
 発生源は悠真の腹だ。

「~~~っ」
「くっ……先に食事だな」
「ウン……」

 真面目な空気はあっさりと掻き消え、オスカーは笑いをこらえながら執事を呼んだ。
 執事のウィギルは悠真の目覚めをたいそう喜びつつ、赤面して両手で顔を覆う様子に目を瞬いた。

「ユウマ様、お熱が……?」
「ち、ちがうんだ、これは……」
「くく……気にするな、ウィギル」
「……これは、無粋な質問でございました」

 二人の様子に「ははぁ」と納得顔になった執事。どうやら自分の主人が何か言ったか、何かしたのだろう。
 濡れ衣のようなそうでないような『誤解』は解消されぬまま、執事は侍女を呼びつけ、悠真の着替えの準備をさせた。
 今は昼。何日も意識のなかった彼のために、当初オスカーは病人食を用意させようとしたが、悠真は断った。

「一時的に感覚の鋭さが増しているだけかもしれないけど、なんとなくわかるんだ。最初に眠った日から、身体の機能がどこも低下してなくて、胃も弱ってないと思うよ」
「ふむ。……確かにそのようだな」

 オスカーも悠真の腹や胸に手を当て、体内の機能を慎重に確認して頷いた。どこも悪い部分がない。
 着替えを終え、階下に向かう。食堂へ入ると、そこにいた先客が立ち上がり、椅子がガタリと音を響かせた。

「ユウマ、もう大丈夫なのか!?」
「心配しましたよ……!」

 心からの安堵を浮かべて出迎えてくれた二人に、心配をかけてばかりで申し訳ない気持ちが湧きあがる。
 それ以上に、気遣ってくれている喜びに胸がジンと温まった。

「殿下、ジスラン、ごめんね。ありがとう」

 二人に精一杯の笑顔を向けた悠真の目は、彼らの服装の上でひたりと止まった。

「ああ、この服は借り物なのだ」
「こういうのは初めて着るのですけど、おかしいでしょうか?」
「いえ、とっても似合ってますよ」

 ―――魔法使いのローブ。これはリアムが彼らに貸してあげたものだ。説明されずとも悠真にはわかった。
 織り込まれた糸に、リアムの魔力が馴染んでいる。
 今までも、魔力を感じ取ることはできていた。それがどれだけ漠然として曖昧な感覚だったのか、『今』になってよくわかる。
 目のピントを自然に切り替えるように、より鮮明に視認できるほどになった、魔力の流れの感知能力。

(オスカーとリアムさんは、二人の身の守りを強化するために服を貸してあげているんだ)

 彼らの荷物は最低限も最低限であり、王子一行としては有り得ないほどに服が少ない。リアム達がそれを要求し、王子がちゃんと聞き入れた結果だ。
 魔法使いの領土において、王国身分に応じたもてなしを強要するなというメッセージであり、彼らがちゃんとこちらの言い分に耳を傾けるのか試す意図があるのだと悠真は受け止めていたけれど。
 自分が襲撃を受けてみて、別の理由も見えてきた。

(人数を制限させたのと同じ。彼らの持ち物に何かを仕込まれて、内部に運び込まれるリスクを避けるため……ひょっとしてそれが一番大きかったのか)

 人をぞろぞろ連れて来るのを禁じたのは、怪しい者がまざるのを防ぐため。
 物を持って来させないようにしたのは、危険物を持ち込ませないため。
 考えてみれば、リアムは最初から王子を信頼し、好意を持っているようだった。嫌がらせで必要以上に不便を強いることなど、王子に対してだけはやるはずがなかったのだ。
 けれど王子にそのつもりがなくとも、何者かが王子の持ち物に罠を仕込むかもしれない。物が多いほどそのリスクは高まる。人を増やすほど危険なのと同じように。
 間もなく食事が運ばれてきて、四人でテーブルを囲んだ。

「リアムさんは?」
「野暮用で外出した。もうそろそろ戻る頃合いだろう」

 ふうん、と言いながら、悠真は視線を巡らせた。それはすぐに見つかった。
 食堂の棚に置かれている鏡。位置も大きさも間違いない、意識がなかった間に彼らの会話を聞いてしまった、あの時の鏡だ。
 やはりあれは幻覚でも何でもなく、現実にここで交わされていた話だったのだ。
 ―――カリタス伯が禁忌を犯したと。

(息子が息子なら父親も父親だ。ううん、そもそもあの父親のせいで『あのミシェル』が誕生したんだったな)

 悠真を捕縛して使役霊に変え、データを送信するように彼らの仲間のもとへ送り込む。
 悠真を心のある生き物と思っていないから、そんな発想ができるのだ。

「ユウマ、どうした?」

 押し黙った悠真に、オスカーが怪訝そうに尋ねた。
 そして視線の行き先にあるものを認め、何か勘付いたようだ。

「……もしや、聞いていたか?」
「うん。多分、一部だけだけど」

 悠真はあっさり頷いた。
 ジュール王子とジスランがハッとして息を呑む。それに悠真は苦笑し、目の前の料理に意識を戻した。

「リアムさんが戻ったら、みんなに話すよ」


しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...