上 下
62 / 90
喚び招く

62. 帰る場所

しおりを挟む

 ここにいたのか。ずっと。
 これがミシェルに応え、そして悠真をこの世界にんだのか。
 ずっと恐ろしかった。『ミシェルの』鏡の中にいるであろうそれが。
 けれど今、はオスカーの姿見から悠真を見つめ返している。

(外に、出てしまったのか)

 もしかしてこれは、今までずっとミシェルの―――いや、『カリタス家の』鏡の中にいたのだろうか。
 悠真のように、あの家の鏡の世界に閉じ込められていて。

(僕を閉じ込めていた檻は、オスカーのおかげで完全に壊れた。でも、こいつの檻は)

 もしかして。
 たった今、自分が壊したのだろうか。

(僕がここに来ることで、出口が開いた……?)

 悠真の姿をしたそれは、指を口元から離した。唇の端がほんのわずか動いた気がする。ひょっとしたら微笑わらったのかもしれない。
 ざわざわ鳥肌の立つ感覚が止まらなかった。熱も生命活動も停止した世界で、鳥肌なんて立たないはずなのに、外の世界での感覚を引きずっている。
 双子の片割れでもない限り、自分ではないものが自分の姿を取って動いていれば恐怖を感じるものだ。だがそれだけではなく、今そこに姿を現したものは、もっと何か根源的な恐ろしさを感じさせた。

 鏡の中の鏡から、は悠々と出て来た。ゆったりと歩いているのに、逃げられないと直感した。
 そしてもうひとつの直感が閃く。

(そうか―――合わせ鏡なんだ。僕自身が、もう一枚の鏡になっている……!)

 実感は薄いけれど、《鏡の精霊》と呼ばれている悠真だ。自分がミシェルの鏡を破壊したことで、カリタスの血を持つもう一人、オスカーの鏡に移ったのだとすれば……。

 は中に映っている悠真の後ろ姿を通り過ぎ、どんどんこちらへ近付いてきて、やがて目の前に立った。ちょうど自分自身が鏡に映っているはずの位置に立ち、けれどそこからは出られないのか、手の平をぴたりと当てる仕草をした。
 自分自信の瞳がジ、と何かを語りかけてくる。恐ろしいのに、悠真はその手の平に自分の手を合わせた。何故かそうしなければいけない気がしたのだ。

 触れた瞬間から、浸透が始まる。
 入れ替わるのではない。はただ悠真の中に入り、悠真の一部になろうとしているだけだった。それは自然に行われ、どちらが意識する必要もなかった。
 ミシェルのように、不要になったとたんポイと排除する無責任さはなく、身体を奪って成り代わろうという意図もなかった。そもそも、それ自体にそんな『欲望』はない。そういう存在ではなかったのだ。
 ならばどういう存在であり、何を目的としているのかも伝わって、やがて恐怖心も薄れた。

 恐ろしい存在だ。それは間違いない。
 けれど悪意ある存在かと問われれば、少なくとも悠真に対してはそうではなかった。

(オスカー……会いたい)

 唐突にそれだけが心を占めた。
 この奇妙な世界への『遠出』はもうすぐ終わる。もうすぐ彼の元に帰ることができる。
 自分を包み込み、絶対的に愛してくれる存在。それだけをよすがに、悠真は瞼を閉じた。



 ……。
 …………背中が、やわらかい。
 瞼の向こうが明るかった。光を透過し、やや赤く見える。

「はぁ……」

 心地良さに、深く息を吸った。

「ユウマ?」

 手を握られた。低く優しい声。
 もしかして、ずっと傍についていてくれたのだろうか。
 瞼が重いと感じたのは一瞬だけで、逆に身体が軽くなっているのを感じた。必要な睡眠を充分に取った直後の爽快感に近い。
 するりと瞼を開ければ、心配と安堵を同時に湛えた灰の瞳がこちらを見おろしていた。
 悠真はオスカーのベッドに寝かされていた。明らかにホッとしている彼の様子に、ほろりと涙がこぼれた。

「どうした? 苦しいのか?」
「ん……」

 どう答えたらいいのだろう。胸がギュッと苦しくなり、それが嬉しくて涙が出るのだ。

「オスカー……キス、して……」

 突然のおねだりに、彼は少しばかり目を見開いた。その表情を見て悠真は悔やむ。いきなりそんなことを口走って、引かれてしまっただろうか。急に変なことを言い出したと思われたかな。
 そんな不安が顔に出たのだろう。オスカーは即座に願いを叶えてくれた。二度、三度と唇をついばみ、そして深く重ねてくれる。
 たっぷり口内をねぶられ、悠真の息が上がってきた頃、ゆっくりと糸を引きながら唇が離れた。

「少し驚いただけだ。今後も、欲しくなればいつでも言え」

 悠真の口の端をペロリと舐めながら、そんなことを言う。自分の顔面が真っ赤になっていそうなのを自覚しながらも、悠真はコクリと頷いた。

「……遠くへ、行っていたみたいなんだ。最初は、明晰めいせきかなって思ってて。確かに最初はそうだったんだけど、途中から、おかしな感じになったんだ」

 しっかりと抱き込まれ、途方もない安堵感に促されて言葉を紡ぐ。

「どう説明したらいいかな。ちゃんと戻って来られるっていうのは何となくわかっていたから、その点で不安はなかったんだ。だけど、夢というか、オスカーとの記憶が出てきて」
「私の記憶?」
「うん。その…………オスカーと、してるところ……」

 恥じらいながら打ち明ける悠真に、揶揄からかいの言葉が口をついて出そうになるオスカーだったが、黒いまつ毛に隠れた目尻から溢れる涙に、グッとつぐんだ。

「でも、それは記憶だから、本物のオスカーじゃなくて……ここにあなたはいないんだって思ったら、すごく寂しくなっちゃって……会いたくて……」
「ユウマ」
「ごめんなさい。こんなことで、情けないな僕……ん……」

 優しく唇を奪われ、自嘲の言葉は封じられた。

「ふ、オスカー……」
「おまえに会いたかった。いつもと同じように目覚めると思ったのに、眠り続けている。声を聞くことができず、見つめられることもない。原因もよくわからない。私がどれだけ情けないつらを晒していたのか、おまえには見せたくないものだな」

 そうしてまた、吐息を奪われる。
 くらくらしながら、悠真はどうやら相当心配をかけてしまったらしい申し訳なさと、愛おしさに酔いしれていた。



-----------------------------------------------

 読みに来てくださってありがとうございます!

 諸事情にて8/28~30は更新をお休みいたします。よろしくお願いいたします。

 ※8/30追記:予定がずれこみました(汗) 31日も投稿は難しく9/1から再開になると思いますm(_ _m)
 ※9/7さらに追記:大変お待たせして申し訳ありません! 1~2日中には再開予定です……!

しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~

荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。 弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。 そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。 でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。 そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います! ・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね? 本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。 そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。 お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます! 2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。 2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・? 2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。 2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

葉月めいこ
BL
マイペースなキラキラ王子×不憫で苦労性な大公閣下 命尽きるその日までともに歩もう 全35話 ハンスレット大公領を治めるロディアスはある日、王宮からの使者を迎える。 長らく王都へ赴いていないロディアスを宴に呼び出す勅令だった。 王都へ向かう旨を仕方なしに受け入れたロディアスの前に、一歩踏み出す人物。 彼はロディアスを〝父〟と呼んだ。 突然現れた元恋人の面影を残す青年・リュミザ。 まっすぐ気持ちを向けてくる彼にロディアスは調子を狂わされるようになる。 そんな彼は国の運命を変えるだろう話を持ちかけてきた。 自身の未来に憂いがあるロディアスは、明るい未来となるのならとリュミザに協力をする。 そしてともに時間を過ごすうちに、お互いの気持ちが変化し始めるが、二人に残された時間はそれほど多くなく。 運命はいつでも海の上で揺るがされることとなる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...