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喚び招く
58. その本質は
しおりを挟む8/20追記:
読みに来てくださった方、ふらりと見に来られた方もありがとうございます!
突然のお知らせで申し訳ないのですが、本日は更新がお休みとなり
今後も更新が隔日になると思います。
早くラストまで行きたいと思いつつ、今お話の山場的なところに来ており時間がかかりそうでして…。
よろしくお願いいたしますm(_ _m)
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精霊が人に何かを伝えてくる時、それは言語よりもイメージであることが多い。わずかな時間で多くの情報が与えられる利点は大きいが、そのイメージが曖昧なものでしかなければ、結局は曖昧な受け取り方しかできない。
召喚獣や使役霊は、肉体を持った人よりも精霊のイメージを正しく受け取りやすく、《シーカ》も精霊の『会話』がすべて言語として聞こえていたわけではなかった。
ゆえに、若干違っている部分もあるかもしれない。そう前置きしつつ、それでも精霊の言わんとするところは、オスカーやリアムよりも細かい部分まで正確に掴めていた。
いわく、精霊達は悠真に悪意をもって注目しているわけではない。
どちらかといえば、敵対を避ける方向で行きたいようだ。
大抵の精霊は、己の愛し子の伴侶もそれなりに大切にする。もしその相手が愛し子を騙しているようであれば、そもそも伴侶にはさせない。
悠真はこちらの世界の人間としては、華奢で小柄だ。もとの世界とほぼ変わらないらしいが、体力も腕力も少ないほうだった。
だから魔力を使わず、力での勝負になるとすぐに負けてしまう。魔法で攻撃すればすぐに逆転できるだろうが、彼は人を傷付け慣れていない。人間を対象とした攻撃魔法の全般が、どうしても苦手なようだった。
ならば、相手が魔物や精霊であればどうか。
「限りなく無敵に近い……?」
呆然と呟くオスカーに、《シーカ》は頷いた。
状況や能力の使い方にもよる。ただし相性で見れば、悠真はほとんどの魔物や精霊を無力化することがきるようになるだろう、とのことだった。
それがどんな方法なのかは不明だ。精霊もそこまでは伝えてこなかった。
幸い彼には己の力の証明をして誉めそやされたい願望などはなく、心の芯も通っている。その芯をぎりぎりまで失わなかったため、人の魂でありながら精霊化した経緯があり、オスカーやリアムに加護を与えた精霊のみならず、成り行きを密かに注視している他の精霊達も警戒はしていなかった。
「結論として。妨害をせずに、見守るしかないってことだね」
リアムが言い、《シーカ》は頷いた。
数十年もかかるわけではない。数日で戻ってくれるのだ。ピリピリせずに、気楽に構えて待てばいい。
「……さほど待たずに戻ってくれるのはありがたいが、それはあくまでも私にとってだ。ユウマが無理をしてまで早く目覚めればいいとは思わん。彼に苦痛はないのか」
オスカーの独白とも質問とも取れないセリフに、《シーカ》は少し思案し、ペン先を走らせた。
『己が深淵に潜りゆくこと それすなわち 苦痛なきものとは 申し上げられませぬ』
「―――そうだったな」
その通りだった。眠りながら彼の中で何が起こっているのか、ここにいる誰にも知りようがない。
けれど自分自身の内側に深く潜るというのに、それが美しく優しいものだけであるはずがなかった。
悠真の過去にはほんのわずか触れたことがある。素晴らしい両親、祖父母、兄姉……だがそれをこの世界の住人に奪われたことが、彼の奥底でどんな影響を及ぼしているか。
(私は、それにも触れたことがあるのではないか。あのガゼボで……)
悠真は自分があちらの世界で命を落とし、こちらの世界に引っ張られたのだとずっと思い込んでいた。
ところが、実際は生きたまま肉体から魂を切り離されたのだと知ってしまった。
彼は気付かなかったフリをして、それを自分の中だけに呑み込み、耐える選択をしていた。オスカーが邪魔をするまでは。
何があろうと決しておまえを見捨てない。
そう誓うオスカーに向けた彼の面は、つくりもののごとき無表情の中に、憎悪と嘲笑が滲んでいた。
『へえ……そう? それ、同情? 責任感? 義務感? ―――あんたの弟が僕を殺したから?』
『なのに元凶がノーテンキなまんまで、代理で罪滅ぼしをしなきゃなんて、お兄さんは大変だね』
あの時の彼もまた、彼自身だった。
あれも彼の本質のひとつ。
あの一件があってから、悠真の中に少しばかりあった、オスカーへのよそよそしさが完全に消えた。丁寧だった言葉遣いも、あの時から砕けた口調に変わったのだ。
もしもあの『本質』が大きく表に出てきたとすれば、彼はどのように変わるだろう。それとも、何も変わらないだろうか。
言えることはひとつ。たとえ悠真がどのような変貌を迎えようと、彼を見捨てることはない。
「何も手出しはせず、自然な目覚めを待とう。それ以外にできることはなさそうだ」
「まあ、それしかないよ」
当初のリアムの結論に戻ったわけだが、わざわざ指摘はしない。伴侶の意識が戻らず、できることが何もないとなれば、気持ちが右往左往して当然だった。
「多分だけど、遅かれ早かれユウマくんはこういう瞬間が訪れたんじゃないかな。モレスが余計なちょっかいをかけたせいで、やや時期が早まっただけな気がする」
「だとすれば……結果論でしかないが、逆によかったのかもしれん。しばらく敵は何もできず、おとなしくしているだろうからな」
大量の魔石か、魔力持ちの人間を集めたか、あちらは用意していた魔力をほぼ使い果たしているはずだ。立て続けに二度、同じ手段は使えない。
別の手を使うにしても、こちらが待ち構えているのを恐れて二の足を踏むはずだ。
「父があれ以外にも術式を用意させられたとして、大掛かりなものほど発動させるための魔力を食う。あの書にあった術式はどれも、危険な魔物や邪霊の出現があった場合に備えたもので、乱発できるものはほとんどない」
「それを聞けてよかった。お手軽に使える術式では、私達のもとにまでは届かないだろうしねぇ。でも油断は禁物だよ」
「言われるまでもない。―――私はユウマの傍から離れられんが、おまえはどうする」
「ちょっと魔導塔の奴らに声がけをしてくるよ。それまで殿下達のことを頼んでもいいかい?」
「構わん。時間がかかりそうか」
「一人二人じゃないから、急いでも何日かはかかるね。ユウマくんが起きるのとどっちが早いかな?」
リアムは悠真の寝顔を覗き込み、軽く肩をすくめた。
ジュール王子達に悠真の現状を説明し、リアムは忙しくレムレスの館を発った。
オスカーは悠真が目覚め次第、ともに報復について練る予定だったが、肝心の悠真が起きなければすべてを保留にしておくしかない。標的にされたのは彼であり、カリタス伯も敵方に関わっているとなれば、悠真を除け者にして勝手に進めてはならなかった。
「殿下とルークス殿には、お暇潰しに図書棟の利用を許可いたします。ユウマのことはご心配なさらず、ただお待ちください」
「わかった。何もできず具体的な計画も立てられないというのはじれったいが、私よりレムレスのほうが心配だろうからな」
意外な返しに、ほんの少しオスカーは目を瞠った。
その表情を見て、ジュール王子は困ったように笑った。
「レムレスはもっと恐ろしい男だと思い込んでいた。まさか本当にリアムよりも常識的で話しやすいとは」
「……あの男と比較されても困るのですが」
「比較するのも失礼なほどだったな」
さらに予想外な返しに絶句するオスカーへ、王子はどこか清々しい笑みを浮かべている。
さすがあのリアムに気に入られ、悠真と親しくなるだけはあるな、とオスカーは妙に感心してしまった。
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