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喚び招く
56. 箱庭の罪人
しおりを挟むこれは何なのだろう。頭に疑問が浮かんだ瞬間、またどこかに引っ張られた。
今回は明確に『引っ張られた』感覚があり、そして悠真はまたミシェルの部屋の中にいた。
けれど最初と違っている点がある。そこに『昔の』自分の姿はなかった。のっぺり色ガラスのような窓だけがぼんやりと光り、室内は何もかもが真っ黒に塗りつぶされている。
ゾッとして火球を作った。灯りを確保できればホッとするかと思いきや、余計に肌が粟立つ結果になった。
―――いる。
灯火によって闇がいっそう濃くなり、その向こうで何かがこちらを見つめていた。姿形は捉えられない。オスカーの使役霊よりも深い闇色の中で、ただこちらを眺めている。
ずっとそこに潜んでいたのだろうか。それとも、絶えずどこかを移動して、たまたま戻って来ただけなのか。
(僕を、呼んだの?)
言葉は通じるのか、通じないのか。敵意はあるのか、ないのか。
何ひとつ不明なのに、得体の知れない何かへの恐怖が先に立つ。
《シーカ》達のことを、何故恐れないのかとオスカーに尋ねられたことがある。それは「怖くないから」としか言いようがなかった。もっと言えば、オスカーの使役霊はみな絶対に悠真を傷付けないように気遣ってくれていたし、好意めいた感情も伝わってきた。
けれどこれは違う。根本的に異質な何かだ。もっと圧倒的で、恐ろしい何か。
「……うわっ?」
それは唐突に、悠真の中に『知識』とも『記憶』ともつかないものを送り込んできた。
視界の端に、図書棟でオスカーと話していた時の出来事が浮かぶ。
―――この世界で精霊は信仰の対象。なのにその精霊を王家が隷属させようとした結果の戦が、先代《レムレス》の戦。
次にリアムの笑顔もよぎった。
悠真は半人半精霊。愛し子でもなく精霊憑きでもなく、王子よりも立場は上。
ジュール王子と一緒にいた場合、王子が悠真を護衛しなければいけない立場になる……。
(……そんなこと言われても、実感が湧かないよ。殿下はずっと僕より上の存在だったし、貴族時代は『お仕えしなきゃいけない相手』って思ってたんだから)
するとオスカーやリアムの姿も消え、ふう、と中央に鏡が出現した。今までの姿見の何倍もある巨大な鏡だ。流麗で、どこか古風な紋様が刻まれている。それが枠なのか、台に嵌め込まれているのかは区別がつかない。
何年も昔にSF映画で観た、宇宙空間を移動するゲートに似ていた。
(人がいる。誰だろう)
考えてみれば、自分の姿が映っていないのに、どうしてそれを『鏡だ』と確信できたのか不思議だ。
窓ではないと何故わかったのだろう。
単に、こんな形の窓はないと思い込んでいるからだろうか?
その鏡の向こうも暗く、何本もの蝋燭のゆらめきに囲まれ、ローブを纏う人々がいた。そのローブのデザインが、古い歴史の書物で目にした、大昔の魔法使いのローブにそっくりだ。
生地はボロボロで装飾が何もなく、みすぼらしく見える。
その中に長い灰色の髪を見つけ、悠真は目を瞠った。
「オスカー?」
いや、似ているけれど違う。こちらに背を向けているので、どんな顔立ちをしているのかは確認できない。
おまけに帯のないタイプのローブを着ている。背が高めで太ってはいない、性別はおそらく男性だ。あの手首から指の骨格は、男性のものではないかと思う。
魔法使いと思しき人々に囲まれ、一人だけ豪奢な衣装に身を包んだ男がいた。その男は灰色の髪の魔法使いと向き合っており、少し遠いものの顔立ちがハッキリ見えた。
中年の男だ。でっぷりと太り、汗をかいている。かなり古風なデザインのチュニックを着て、震えながら灰色の魔法使いに跪いた。
その瞬間、男のマントが床にひろがり、紋章が見えた。
(国王の紋章!? あの人、国王陛下!?)
当代の王ではない。ジュール王子の父親は引き締まった体型をしているし、容貌だけでなく表情も雰囲気も遥かに立派だった。
その男は視線を床に落として怯えている。床にはびっしりと、精霊文字や何かの規則的な紋様が描かれていた。
明らかに魔法の儀式である。そして魔法使い達が詠唱を始め、男はますます怯え始めた。
悠真はその詠唱の意味が理解できてしまった。そして、床の魔術式も読めた。
(―――血の誓約だ。あの人ひょっとして、魔法使い達を虐げ続けて、反旗を翻されて敗れたっていう時代の国王?)
となれば、あの灰色の髪の人物は、オスカーの先代の《灰の魔法使いレムレス》か。床の魔法陣、そして紡がれる詠唱の内容―――。
《レムレス》は王家に呪いをかけたのだ。
《灰の精霊》の、死を司る性質によって。
王家が二度と彼らに手出しできないように。そして過去を忘れ去ることができないよう、精霊を介して血の誓約を行った。
その誓約は代々の王家の血そのものに受け継がれており、決して破ることができない。つまり、ジュール王子もだ。
公爵家なども誓約の有効な王族にカウントされており、国王一家とは親しく親戚付き合いをしていたはず。
裏切れば、王も貴族達も全員が、すべての精霊から見捨てられる。
これがあるために、代々の王族は我が子への教育に力を入れてきた。だからジュール王子や今の国王陛下のように、人格者が多い。
けれどもちろん、どう育ててもどうにもならなかった王子や王女もいる。品位が下劣であったり、性格の破綻した者などは早々に排除され、表舞台からは消し去られた。
他の貴族達はそれを知らない。カリタス伯も知らない。
オスカーは《レムレス》の名を継承し、それを知った。
魔導塔に属する者も半数ほどはそれを知らされている。リアムとオスカー以外の魔法使いは誓約魔法で秘密を守っていた。
「嘘だろ―――それじゃあ、あいつらって。モレスも、陛下の周りの奴らも、陛下達に守ってもらっているくせに、知らずにあんな真似してるのか?」
王が止めても耳を貸さず、この王国を自分達の手に取り戻すべきと声高に叫ぶ連中だ。仮にそれを成し得たとして、態度を改めるわけがない。
王が頂点であるべきと言いながら、王に従わず、自分達に従わせようとする者の国とはどんなものだろうか。
何かあった時は自分達の身を守るために、王族の首さえ平気で差し出すのではないか。
もしかして、それもまた《レムレス》の狙いだったのだろうか。何も知らない貴族達は、自分達の首が絞まる言動を懲りずに繰り返し、国王も王族もそれらを抑えるのに手いっぱいで、よそに関心を向ける余裕がない。
すべての精霊に見放されるのがどういうことなのか、悠真にはピンとこない部分もある。
けれどここは精霊の恩恵によって成り立っている世界だ。確実に、恐ろしいことになるだろう。
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読みに来てくださってありがとうございます!
お知らせ:
明日8/17、所用で時間が取れそうになく、次の投稿は8/18になります。
(´;∀;`)
今回こそは毎日更新しようと思っていたのにすみません。
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