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喚び招く

54. 半端な召喚術

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 読みに来てくださってありがとうございますm(_ _"m)
 以前から来てくださっていた方々には、大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした!
 再開いたします!

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 悠真の気配が忽然こつぜんと消え、全身が総毛立った。
 しかも彼の影で待機させていたはずの使役霊が、弾かれて戻っている。

「結界かな」

 口にしたのはリアムだった。彼は彼で王子達の気配を気にしていたのだ。
 図書棟に向かっていた全員の気配が消え、そして例の客人の気配もない。加えて、館の内部にぽっかりと人の気配のない場所が生じている。そこに微かに耳飾りの存在を感じ、オスカーは弾かれるように駆け出した。
 ほぼ同時に続いたリアムが呟く。

「……詰めが甘いね?」

 同感だったが、考えるのは後だ。
 駆けつければ、果たしてそこには予想に違わぬ光景があり、無言で襲撃者を切り刻もうとするオスカーをリアムが慌てて止める一幕を挟みつつ、結界を破ってモレスを拘束、無事悠真を取り戻した。
 短時間とはいえ、耳飾りがなければ追跡不可能になるほど完全に気配を遮断され、彼の身が悪意ある他人の支配領域に置かれていた事実が不愉快でならない。それも、己の居城でだ。
 さらにモレスの服から出てきた仕掛けに、諸々もろもろを悟ったオスカーの中で何本かの糸が消えた。それはぎりぎり残っていた、最後の『情』と呼べるものだった。

「この者を地下へ閉じ込めておけ。見張りは必ず複数名で行うように」

 モレス自身にはさほど魔力はないが、念を入れて魔封じを施し、薬と魔法の両方で眠らておく。
 頷いた従僕がさっさと運んでいくのを見て、ジュール王子が言った。

「レムレス、尋問はしなくていいのか?」
「これは捨て駒です。何かを吐いたとしても、こちらを混乱させるか不愉快にさせるだけでしょう」
「使者として使うなら、もう少し礼儀をわきまえた奴を使うだろうしねえ。せめて我々に敬意を払うフリぐらいはできなきゃ、すぐにこうなるって想像つくし」

 オスカーは頷き、まだ貧血から復活できない悠真を抱き上げた。王子達の視線が集中するが知ったことではない。

「すまんがリアム、あとを頼めるか。ユウマが回復しない」
「顔色ぜんぜん戻らないね。わかった、任されたよ。あ、ユウマくん無理に喋らなくていいからね。こっちで話し合ったことは明日伝えるよ」

 瞼を開きかけた悠真は、リアムに止められてこくりと頷いた。
 気遣う王子達の言葉に応える気力もない。オスカーの言った通り、ただの貧血ならとうに良くなっている頃合いなのに、さむとめまいが一向に去らなかった。
 丁寧に抱き直され、ふわりと浮遊感を覚える。途切れそうで途切れない意識の狭間はざま揺蕩たゆたいながら、しっかりとした足取りでオスカーが廊下を歩いて行くのを感じていた。運ばれている間ずっとバランスが崩れることもなく、階段を上がる時もペースが全く落ちない。魔法使いではなく騎士の体格だなと、こういう時にいつも思う。

 やがてオスカーの部屋に着き、ドアを開閉する音が耳の近くで聞こえた。運ばれながらずっと目を閉じていたが、見えなくとも自分が今どこにいるのか、匂いや気配で何となくわかるようになっていた。
 寝室に入り、室内履きを脱がされ、ふわりと横たえられる。背を包む適度な弾力が心地いいのに、オスカーの体温が離れて寂しい。
 などと思っていたら、両脇がギシリと沈み込んだ。

「オスカー……?」
「おまえのような存在には、力業よりも精神攻撃のほうが効きやすいようだ。呪いへの耐性が低いな」
「そうなんだ? ごめん、迷惑かけて……」
「違う。耐性が低いのによくった。やはりおまえは心が強い」

 あやされている気もするが、褒められれば悪い気はしない。照れている間にボタンを外され、手早く上着とズボンを脱がされた。

「ぁ……するの……?」
「いや。つらいだろう」

 オスカーも靴と上着だけを脱ぎ、肌着姿の悠真を抱き込んだ。より伝わるようになった互いの魔力と体温に、二人して息を漏らす。

「冷たいな。身体が冷え切っている」
「オスカーは、あったかいね。……気持ちいい」

 ただ上から被さるように抱きしめられ、じわじわ降ってくる熱と魔力に喩えようもない心地良さを感じ、悠真はうっとりと微笑んだ。



 しばらくすると、穏やかな寝息が漏れ始めた。しっとりと口づけを落とし、彼を腕で包み込んだまま横になって、オスカーも眠りに落ちた。
 翌朝早くに目覚めたが、同じ頃に眠った悠真は起きる様子がない。顔色はすっかり良くなっており、疲れが残って眠っているだけのようだ。
 手っ取り早く《ウェスペル》を使ってリアムに声をかけようとしたが、客人達の気配が食堂に集まっていた。空腹を覚え、手早く着替えを済ませると《シーカ》を影から出した状態で護衛に残し、結界を厳重に重ねがけしてオスカーも食堂へ向かう。

「やあ。ユウマくんは?」
「回復したが、今は眠っている」
「それはよかった」
「朝食は」
「まだ食べてないよ。今はお茶をいただきながらお喋りしていたところでね。我々も一緒にもらっていいかな」
「ああ」

 音もなく控えていた執事のウィギルに全員分の朝食の準備を命じ、オスカーも適当な席についた。
 リアムは気楽なローブ姿でくつろいでいる。最低限の衣類しか持って来ていない王子とジスランにも着替え用のローブを提供しており、王子は平気そうだが、ジスランはやや緊張気味だった。
 仕立ては上等で、彼らが部屋着として使ってもまったく問題のない服である。単純に着慣れないものを纏い、居心地の悪さを覚えているだけだろう。
 近衛も全員近くに控えているのを横目で確認しながら、運ばれてきた朝食に手をつけつつ、話題は自然と昨日の件になった。

「モレスの結界や呪詛のいんは綺麗に消して、ついでにあいつの担当をしていた召使いも診ておいたよ。幸い眠らされていただけで、精神こころを破壊するやつじゃなかった」
「そうか」
「すまぬ、あれほどの真似はできない小物だと甘く見ていた。服自体に仕込んであったのなら、日を置かずに行動へ移すと想定すべきだったな」

 王子がざんに耐えない様子で、硬くもないパンを噛みしめていた。
 時間としてそう長くはなくとも、レムレスの館で彼らの同行者が悠真を襲ったのだ。しかも着いて早々に行動を起こすとは思ってもみなかった。
 オスカーは首を横に振った。

「我々の敵はあれを送り込んだ者と協力した者です。あなたが責任を感じることはありません」
「しかし……」
「それにリアムが教師をしていた時期はほんの一時、おまけに当時は猫を被っていたと聞いています。にもかかわらず、あなたはこちら側の約束ごとを軽んじることもなかった。殿下はもちろん、国王陛下と王妃陛下にも我々が責任を問うことはありません」
「そう言ってもらえるのなら、ありがたいが」

 ジュール王子は茶を飲みながら気恥ずかしさを誤魔化した。こうもストレートに評価してもらえるとは思わなかったのだ。ジスランや近衛達の間に、どことなくホッとした空気が漂う。

「それにしても、いささかどころじゃなく詰めが甘くないかな」

 リアムが首を傾げて呟いた。

「毎日同じ服を着るのは不自然だろうから、早いタイミングで行動を起こしそうだとは私も思っていたけれど、仮にユウマくんをここで拉致できたとして、帰り道はどうする気だったんだろう? しかも攻撃なんかして、万一傷でも付けたら私達との敵対は必至なのに、モレスの行動は後のことをまるで考慮していなかったように見える。奴を送り込ませた連中は結局何をしたかったのかな?」

 初っ端から警戒してくださいと言わんばかりの怪しさも含め、これは自分達を誘導する罠なのかと一瞬リアムは疑ったほどだ。
 オスカーも悠真の気配が消えた時点ではそう思いかけていた。だがモレスの上着に仕込まれたものを目にして、その意図が読めた。

「弱らせて封印し、何食わぬ顔で王都までつもりだったのだろうな」
「なんだい、それ」
「少なくとも、モレスはそれができると説明されていたはずだ。どんなに怪しかろうと、知らぬ存ぜぬを押し通せばいいと言われたか、あるいは己を犠牲にしても崇高な使命を果たせとでも言われたか」

 折りたたんでいた布を懐から取り出し、テーブルの上に広げた。モレスの上着だ。
 オスカー以外の目には、ただの裏生地にしか見えない。

「ここに召喚術が仕込まれている」
「さっきも言ったね。まさかだけど……」
召喚術だ」
「……!」

 オスカーが魔力を流し込んだ瞬間、先ほどまで何もなかった場所に紋様が浮かびあがり、リアム以外の全員が目をみはった。

「あぁ~……きみがやたらピリついてる理由がわかったよ。どこぞの誰かじゃなく、あの御仁が噛んでるって?」
「父上だ」

 リアムは顔をしかめた。

「そしてこの術の用途だが、対象を捕獲して使役霊にするためのものだ」

 次はジスランが顔をこわばらせ、ジュール王子はリアムそっくりに顔をしかめた。
 こんな時でもなければ和む反応だ。

「まずは結界内に対象を自分ごと閉じ込める。その上で弱らせ、術式で拘束、支配する。通常ならばここで魔道具か何かに封じ込めるところだが、ユウマに関しては対になっている術式の場所へと送り込むつもりだったのだろう。強引にでも成功させてしまえば、あとはモレスがどうなろうと構いはしない、ということだ」
「あれか、どんなに距離があろうと使役霊を一瞬で送れるっていう術。でもそれ、普通は護衛対象を守る目的で使うやつじゃなかった? 完全に悪用してるじゃないか」
「待ってくれ、つまり奴らはユウマを召喚獣のような存在にするつもりだったということか? そのような真似が可能なのか?」
「不可能です」

 オスカーは断じた。

「召喚魔法において決して支配も使役もできない存在が、人の魂と精霊です。ユウマはどちらの意味でも使役霊には成り得ない。これを企んだ者どもは、それを知らずに計画を立てたのでしょう。もしかすると、父も含めて」

 根拠はミシェルが手を出した禁術だ。『生きた人間の魂を引きがして鏡に閉じ込め使役する』という術の性質を知っていたならば、召喚魔法でそれが可能だと勘違いをしたのかもしれない。
 だがあれは召喚魔法と性質が似ているだけの、実際はまったく別物の魔法だ。

「モレスを寄越した輩の意図がそれだとして、奴の力だけじゃ行使できないよね。あの魔力の出どころはどこなんだ?」
「対の術式に高純度の魔石を大量に設置してあるか、そこそこ魔力の高い者が複数待機して魔力を送り込んでいたか、そのどちらかだろう」
「となると、モレスが失敗したのはもう伝わっているかな?」
「だろうな」

 急激に大量の魔力が消費されたかと思えばピタリと止まり、そして肝心の《精霊公》が手元に来ていないとなれば、嫌でも悟るだろう。
 駒がしくじったのだと。


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