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喚び招く
52. 同行者の獣
しおりを挟む無粋な質問だが、とジュールは言いにくそうに前置きをした。
「つまりユウマ自身も、レムレスを……ということで、相違ないだろうか?」
「……うん。僕も、オスカーが好きだ。男の人を好きになる日が来るって想像したこともなかったから、自分でもびっくりしてるけど。あの人以外はもう考えられない」
「そ、そうか」
いくら恥ずかしかろうと、この問いからは逃げたくない。そう心に決めていたおかげか、不思議とすんなり言葉が出た。
ジュール王子は赤味の引かない頬を撫で、ばつが悪そうな顔になった。
「すまぬな。何事も裏を疑ってかかるよう癖づいているのだ。案外、表面通りのこともあるとリアムには注意されていたのだが」
「いいよ、心配してくれたのは嬉しい。リアムさんといえば、あの人の悪ノリで気絶してた人がいたよね。二人は大丈夫だった?」
「大丈夫ではなかったぞ。あ奴が甲高い声でキャアキャア喚いているのを見ていたら落ち着いただけだ」
「他人の狂乱ぶりを目にするとこちらは冷静になれるといういい見本でしたよね」
「その一点だけ、あ奴がいてよかったな」
「そもそもあの方がいなければ御者が張り切ることもなかったのですけれど」
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「それにしても、本当に驚いたぞ。まだ幼いそなたに結婚など早いのではと思っていたら、我々より年上とは」
「ご、ごめん。騙すつもりはなかったんだけど」
「驚きはしましたが、怒ってはいませんよ。お相手様にびっくりはしましたけれど、嫌悪感もありません」
「私も気にせんぞ。男女に限らず好かぬ相手に纏わりつかれれば辟易するし、好ましい相手ならば問題なかろう」
「……ありがとう。大丈夫って思ってたけど、はっきり言ってもらえるとホッとするな。二人は好きな人っているの? 結婚したい相手とか」
「結婚…………結婚か…………私、結婚できるのだろうか……」
しまった、地雷だった。彼は好き嫌いで相手を選べない上に、同年代の女性の蹴落とし合いが凄まじい。能力も品格も家柄も彼と釣り合い、他の令嬢の家とも渡り合える心身の強さを備えた女傑でなければ、到底並び立つのは不可能なのだから。
悠真とジスランは目を見合わせ、強引に他の友人達の近況へ話題を変えた。
婚姻事情が殺伐としている王子へうかつに恋バナを振らないよう注意しつつ、話し始めてみれば話題は尽きない。滅多に見ない結束力を誇る側近候補達からは『候補』の文字が消え、それぞれが目標に向かって成長を続けている。
微妙な一人の例外を除いて。
「ミシェルは、また様子がおかしくなった。どんな風にとは説明できぬが」
「そういえば、成績が芳しくないようです。不自然な明るさが落ち着いて、むしろ違和感が減ったような気もしますが」
授業の難度が上がって、今までの勉強法では対応できなくなったのだろうか。悠真は首を傾げるも、まさか勉強自体をしていないとはさすがに思わなかった。
一度は怒鳴りつけてやりたい。それだけのことが難しく、あの親子は遥か遠くにいて、その間にごちゃごちゃと面倒な障害がたくさん転がっている。
彼らが怒鳴られて反省する姿も想像できない。何を言っても、「怒るなんてひどい、こわい」としか返さないのでは……。
パチンと頬を叩き、淀みそうな頭に活を入れる。
だからといって、何もせず彼らを放置し続ける未来なんてない。
「ユウマ?」
「ん、ちょっと自分シャッキリしろってね」
何でもないよ、と首を振れば、窓辺の陽射しの色濃さに目が行った。
気付けばすっかり日が傾き、夕食の時間が迫ってきている。
(そうだ。二人にテラスを見せてあげたいな)
館によってテラスの雰囲気は大きく違い、悠真はオスカーの造ったそれが大好きだった。今まで客人と言えばリアムだけで、彼とは一度もそこでゆっくり話したことがない。
他人は立ち入り禁止とは聞いていないし、夕食はあの広いアトリエのような場所で楽しみたい。今から変更はできるだろうか。
「しまった! ジスランに一冊も読ませてあげてない! ごめんっ」
「ふふ、いいですよ。私もついさっきそれを思い出しました。このような天国にいて、書に触れ忘れるなど初めてです」
「ほんとにごめん! 明日もここでお茶会をしよう。その時こそは!」
「ええ、その時こそは」
「その感覚はいまいちわからん……。私はレムレスの鍛錬に興味がある。リアムの奴はレムレスに付き合わされて鍛えたと言っていた。構わぬのであればそちらを見てみたい」
「リアムさん、精霊魔法以外でも強いの? それは僕もちょっと見てみたいかも」
明日の予定に花を咲かせながら扉の外に出れば、近衛と侍女がずっと待機してくれていた。主人が楽しんでいる間、使用人が何時間も立ちっぱなしで待つのは当たり前と言われても、これだけは今も慣れず申し訳なくなってしまう。
「待たせてごめんね、ありがとう」
使用人に気遣いは無用だと何度言われようが、声掛けはやめられなかった。そんな悠真の性格を知っている侍女達はただ微笑んで頷き、近衛達は無表情で粛々と付き従う。彼らは何を考えているのか読めない。
黄金の陽がその日最後の輝きを差しこみ、光と闇の共生する廊下を和やかに歩きながら、何の気なしに角を曲がった。
「…………」
何故、あの男がそこにいるのだろう。
廊下の行く手に、ちぐはぐな格好をした男が立っている。質素な下衣の上に、目にうるさい豪奢な上着を無理やり着込み、どこか道化めいた風情だ。
目は血走り、真っすぐに悠真を睨みつけていた。
「精霊公でいらっしゃいますね。わたくしは栄光あるフォレスティア王国の頂、王城よりの使いとして参りましたモレスと申します。どうぞ、わたくしどもと王の城へお戻りくださいませ。ここはあなた様のおわすべき場所ではございません」
いきなり口にしたセリフも道化じみている。言葉の端から端まで、本気で言っているなら狂人でしかない。
ジュールとジスランがサッと悠真の前に立ち、近衛は前後を挟むように立った。最前面に立つのは近衛隊長だ。
「思い上がりが過ぎるのではないか、モレス殿。王の使者はジュール殿下であり、あなたではない」
「精霊公よ。下賤な者どもの甘言に惑わされてはなりませぬ。我らこそが真の誠意をもってあなた様にお仕えする者です。どうぞこちらへいらせられませ」
「モレス殿! 気でも触れたか!」
実際、触れているのではないだろうか。血走った眼球の気持ち悪さに、悠真の服の下は鳥肌だらけになった。
(ここでいきなり出てくると思わなかった)
侍女の姿がない。近衛以外の客人すべて、つまりモレスにも館の侍女がつけられていた。彼女の姿が見えないが、どうしたのだろう。客人、それも要注意人物と通達されている男の一人歩きなどさせないはずなのに。
それに、とても静かだ。普段から静まり返っているにしても、人の気配がなさ過ぎる。客室からここまで距離があるのに、誰一人すれ違わないものなのか。隠れる場所などいくらもなく、どうやって見咎められずに来られたのか。
気持ち悪い。きぃん、と耳鳴りがする。
元からおかしい男ではあったが、今は特に様子がおかしいと察し、近衛もそれぞれが剣の柄に手をかける素振りを見せた。
しかしジュール王子が手をかざして制する。ジスランも開けそうになった口を閉ざした。
「わたくしこそがあなた様の忠臣なのです。その者どもを信じてはなりません」
悠真がその言葉に頷くべきと確信している断定口調だった。
一見、悠真以外が全く見えず、声も聞こえていないようでいて、実際はちゃんと見えているし聞こえてもいる。
近衛や王子の動きを、ほんのわずかに目が追った。悠真が気付くぐらいだから、ほかの者も気付いているに違いない。
悠真は答えず、不快感をこらえながら男を睨みつけた。
「仕方ありませんね……」
男の足もとが蠢き、石床が波打った。
「罪深き者どもの洗脳が深いようです。強引にでもお連れいたしましょう」
「きさま、何を……!?」
靴の接した石材が粘度のようにグニャリとまがり、よじれて、数匹の獣が現われた。大きさは一般的な大型犬ほどだが、普通の獣の姿ではない。数匹を押し潰してこね合わせたような、奇怪でおぞましい姿だった。
「邪魔だ。わたくしと精霊公のおために道をあけるがよい!」
獣がガラスを引っ掻くような咆哮をあげ、飛びかかり―――
ごつ! ぐしゃっ!
何かに衝突した。
「へっ? ―――なな、何だこれはっ!?」
「なんでこういう人、ベラベラ長いのかな……」
ひどくなった耳鳴りと、腹からせりあがってくる不快感に耐えつつ、悠真が吐き捨てた。
くぐもった声で慌てるモレスと獣を閉じ込めているのは、分厚い氷の箱だった。
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