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友との再会
51. 一方、大人達は酒を飲みながら
しおりを挟む「てっきり、ユウマくんにベッタリくっついて坊や達を威嚇するかと期待……いや心配してたのに、彼らを三人きりにしてあげるなんてびっくりしたよ」
「……子供でもあるまいし。旧友と話すぐらい、いちいち咎めはせん」
「惚れた奴の独占欲なんて、子供と同じだろ」
揶揄うでもなく、真顔で酒杯を差し出してくる友人に、オスカーは無言で酒をついでやった。青い格子に緑のツタが絡まる色ガラスの器に、透明な液体が芳香とともに満ちる。
「みんなきみが誰かに溺れるなんて想像もしなかったろうけど、私としては納得のほうが大きいんだ。だからユウマくんの周りに寄って来る奴を、見境なく排除しちゃうかもなーなんて心配してたんだけどね」
「誰がやるか」
自分の杯には自分でそそぎ、強い酒精の漂う縁を舐める。
全身から発する不機嫌さはいつものことだが、いつもとは苛立ちの種類が違うことなど、リアムにはお見通しだ。どうせバレるとわかりきっているので、オスカーもいちいち隠しはしない。
「我々はずっとこの世界にいて、過去に何かをなくしたとしても、厳密には何も失っていない。失ったものすら、この世界にちゃんと存在しているのだから」
「強引な理屈で言えばそうなるね」
「彼が失ったものの多さは計り知れない。この世界に来て必死で育んだ友情は、彼の手元にある数少ない『大切なもの』だ。水入らずで話すことすら許さず、保護者面で付きまとう男など、鬱陶しいだけだろう」
「うん。うざいよねえ」
「…………」
あちらは二十歳未満、こちらは二十代後半。簡単に見境をなくせるほど若くはなく、分別のある年上として、行動にブレーキをかけねばならない側だ。
オスカーは非常識な両親を反面教師として一般常識を身につけ、相手のそれにも配慮した行動が取れる。リアムのように、常識を知りながら真っ向から無視してかかる型破りではなかった。
(十代の頃であれば、監禁したかもしれんが)
救うための方法を手に入れる手段にすり替え、ぬけぬけと愛を乞い、執着を一切隠せない自分が今より抑えのきかない十代であったなら、間違いなく閉じ込めて一歩も出さなかったろう。今でさえ、悠真の傍にいられないことがこんなにも落ち着かない。
いつでも彼を視界に入る場所に置き、夜ごとその気配と体温に触れながら眠りにつきたくて、彼の部屋は作らなかった。今後も構える予定はない。
そんな自分がかなり重い男だという自覚はある。束縛が過ぎる男は息苦しく思われ、好意が嫌悪に塗り替えられるのはきっとあっという間だ。
とくに使用人と話す時、彼がオスカーの視線を気にして口を閉ざす回数が増えてきたのが気になり、自分の前では尋ねにくい話題を出せるよう、自分のいない時間を設けた。
それは悠真のためであり、自分が嫌われないためでもあったが、一日にほんの数時間離れているだけで、その後の時間の反動が我ながら酷い。
抱き上げて甘やかし、腕の中で囲い、そうするたびに悠真は「このままだとダメ人間になる…」と可愛らしくぼやくが、とうに頭がダメになっているのは己のほうだとオスカーは思った。
まさに自分がいなければ生きていけないダメ人間になってもらいたいが、生きていてもらわないと困る。万一何者かに攫われても迎えに行けるし―――逃げられても、捕まえて閉じ込められるではないか。
「殿下は悠真に対し、友情から踏み出す真似はせん。おまえが教育しただけはあると評価している」
「おや、嬉しいねえ。なかなか将来が楽しみな坊やなんだよ。ルークス家のご子息もいい子だ。もし彼らがユウマくんに淡い想いを抱いたとて、きみに排除されるだけだってわかる頭はきちんと持ってるよ。そのために牽制したんだろうしねえ」
彼らの前で堂々と口付けたことを言っているのだ。
ニヤニヤ笑いが癇に障る。あれは単なる日常だと言ってやろうか……いや、軽い挨拶感覚でやっていると曲解されても業腹だ。彼以外にはやらないのだから。
「それよりも、近衛は存外素直だったな。意外だった」
「あからさまに話を変えたね? 別にいいけど。彼らは礼儀正しいし学習能力もあるよ」
他人の館で王子を一人にできないと一応は渋っていたものの、説得に時間はかからなかった。悠真やオスカーを信用できないと訴えるのも憚られるし、ジュール王子やジスランに今さらそんな卑劣な罠を仕掛けるとも思えなかったのだろう。危害を加える気があるのなら、コソコソやる必要など一切ないのだから。
北の森には魔法使いの領土という呼称があり、それはあだ名でも何でもなく、ただの事実だった。この土地にはこの土地の法と常識が存在し、誠意を見せねばならないのはフォルティス王家側。王子でありながらほぼ身一つに近い状態で訪れたジュールは、ここの者達の信をつねに勝ち得ており、不慣れな者が口を挟んでいいことなど何もなかった。
「じじいどもが押し付けてきた文官は別だけどね。あれはよくない」
「やはり目的がありそうか。妙な服だったが」
「あの服ねえ。お着替えしやすい服を善意で提供してあげたのに、上着だけは手放すのを嫌がってねえ。上と下が全然合わないから不格好でしょ? 見栄っ張り貴族が変だよねえ」
何かありそうだとは思うが、典型的な性格の悪い貴族のお坊ちゃまだ。さんざんワガママっぷりを発揮して騒いでくれたものだから、結局何がやりたいんだかわからないよとリアムはせせら嗤った。
「何かやるとすれば、ユウマくんの前でじゃないの」
「……ユウマは、こういったゴタゴタに慣れていない」
「平民だったって言ってたしね。私ときみがいれば守れないことはないでしょ、さすがに。囮になれとは言わないけど、一度は会わなきゃだし」
「ミシェルも、本来ならば無関係だった」
リアムの顔から嘲笑が消え、言葉の意味をさぐる顔付きになった。
「何も知らず、あのようなくだらんゴタゴタに一切関わらず、平和な人生を送れるはずだった。王家派にとっても貴族派にとっても、幸いにして戦力外の烙印を押されていたのだからな。居ても居なくとも大差のない無害な人間として、無責任な真似さえしなければ生涯、平穏な盤の外にいられたのだろうに。……家が傾かなければの話だが」
引っ込み思案で何もできない自分からいざ脱却できたとして、その後どんな自分になるか、未来の展望もなければ責任感もない。
今もこれからも、自分だけがずっと幸せで楽しければいい。ある意味、実に貴族らしい傲慢さではないか。
「あれの自業自得だけで片付く話ならばともかく、ミシェルの行動は結果的にユウマを巻き込む。忌々しい」
自分を疎んじているくせに、困った時だけ頼り縋ってくる『家族』が嫌いで、そんな彼らの面倒を見ずにいられなかった自分が嫌いで、ようやく決別できたと思っていたのに。
悠真に出逢えたのは悠真が悠真の性格をしていたからであって、ミシェルのおかげでは断じてない。
「おまえから見て夫妻の様子はどうだ」
「相変わらず、必死で誤魔化そうとしているのは変わらないよ。現時点ではどこの派閥にも組み込まれていないけど、時間の問題かもしれない。弟くんの変化を怪しんだ連中から探りを入れられて、あっちこっちでボロを出しまくっているからね。だから夫妻だけじゃなく、弟くんに近付こうとする連中も増えてきている。特にこの数日で急激に増えた感じだ。ユウマくんと関わりあるんじゃないのかって、もう結構な人数に見当つけられちゃったんだろう」
「ミシェルも相変わらずか?」
「それがだねえ」
リアムは酒杯を揺らし、少なくなっていた中身を一気にあけた。
「彼、ちょっと前に家庭教師からテストを出されたんだけれどね」
「壊滅的だったか」
「おや、知っていたのかい?」
「そうだろうと思っただけだ」
「正解だよ。新しい出題範囲は全敗。これまで出来ていた範囲も怪しくなってるみたいだ」
「予習も復習もろくにしなければ当たり前だ。代わりにやってくれる者はもういないのだから」
「そうなんだよ。せっかくユウマくんが勉強法を実演してくれていたんだから、同じように勉強すればいいだけの話なのに、ほとんどやってこなかったみたいなんだよね。そんなので良い成績が取れるわけもないのに」
「根本的にやり方を理解していないのだろうな」
オスカーは以前、ミシェルから自慢げに勉強の成果を見せられたことがある。悠真のやったことを自分の手柄のように誇っていたミシェルに、自分の弟ながらおぞましさを禁じ得ないが……。
「ユウマがまとめたと思われる箇所と、ミシェルが真似をしたであろう箇所が一目瞭然だった。ユウマは見やすさと憶えやすさを重視して一覧表を書き、ミシェルは『こういう並べ方で書けばそれっぽくなる』と、形だけを真似ていたのが明白でな。ユウマの記憶だけに寄りかかっている状態で、今後もどうにでもなると過信していた見通しの甘さには、そう遠くなく破綻する日が来るだろうとは思っていた」
「あー……雨の日に庭の花へ水を撒く、ってやつか」
この国にある諺のようなものだ。それをやる意味が理解できない、あるいは考えもしない人間を指して言う。
「そんなわけで弟くんは、近頃あんまりいい感じじゃないね。ひょっとしたら、前の弟くんに回帰しちゃうかも」
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