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友との再会

43. 友情と愛情とステップアップ

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 ハンバーグは頬が落ちそうだった。
 悠真はデミグラスソースが一番好きなのだが、作り方がわからないし味の説明も困難だった。料理人達はハンバーグのタネの材料や焼き方から合う味を想像し、トマトに似たルベルの実でソースを作り、ルベル煮込みハンバーグを作ってくれた。
 いつもながら悠真の大雑把な説明に着想を得て、どんどんこちらにない料理を創作してくれる厨房の人々には頭が上がらない。
 オスカーが珍しく、ひと口食べた瞬間に「うまい」と呟いたほどで、この料理は二人共通の好物メニューとなった。

 夜の営みを想像して味がわからなくなる、という勿体ない症状は、最近ではほとんどない。亀の歩みでも、それなりに慣れてきたのか、食事は食事、それはそれと切り分けるのが、多少は上手くなってきたようだ。
 もう何度も意識のない時に入浴の世話をしてもらい、木漏れ日の降りそそぐ野外の水浴だって経験してしまったのだ、今さら二人でお風呂など、緊張するほどのことではない。

(ないんだけど。お風呂だけで終わらないよね。僕の頭が飛んでない内からお風呂って、そういや一回もないよ。どうしよ、なんかまたドキドキしてきた)

 今日はほんのちょっとしたことでも、すぐにドキドキが再発するのが困りものだ。まるで期待しているようで……いや、それを期待している自覚があるからこそ、顔が熱くなる。
 デートであんなにたくさんしたのに、その日の夜も待ちわびているなんて、人より性欲が薄いと思っていた自分の変わりようが信じられない。
 変なところでスルースキルを発動してしまい、オスカーのお誘い(多分)を時間差で理解したのも悔やまれる。今回に限っては食事抜きになるぞというウィギルの忠告が正しく、結果的にはよかったけれど、今後はもっと察しの良い人間にならなければ。
 などと、ほわほわピンク色に染まっている悠真は、オスカーの部屋に入ってようやく、彼が考え込んでいるのに気付いた。

「オスカー?」
「…………ああ、すまん。リアムの手紙についてだが、……見せるのが早いか。読んでみろ」
「う、うん」

 悠真をソファに座らせ、侍女を下がらせると、オスカーは無雑作に手紙を渡した。
 リアムにしては、やけにかしこまった上質の便箋に、意外と筆圧が高く荒い文字が連ねられている。自分の名前だけはそこそこ綺麗に書けているけれど、長文が続けば一目瞭然なぐらい、彼はどうやら、字を書くのが得意ではない。
 悠真はつい笑いそうになってしまったが、すぐに喉奥で詰まった。


 ―――〝明るく振る舞ってはいるけれど、彼が長く味わった苦しみは我々にすら想像が及ばない。だから彼にはその分だけ、平穏で幸福な日々だけを与えてあげたい、そんなきみの気持ちには共感しかないんだ。

 だけどあの陛下がこの私へ愚痴るだけあって、あの方の周りは近頃、とみに腐臭が酷い。兄君の件でのうのうと生き延びた連中が、『それが何か?』ってツラで取り囲んでくるのにもう何年も耐えておられるのだから、あの方の執念も天晴れなものだ。予想通りどいつもこいつも、彼が名もなき精霊のままであればやりようがあったのに、身分を得てしまったから慎重にならざるを得ないと考えていそうなのがまたね。

 ところで、王子とルークス家の息子が我が家に来ることになった。彼らは純粋に『友』の無事を確かめたいだけだ。特に王子はきみも知っての通り、私の教え子だった時期があるから、最初からこちらの流儀に合わせようとしてくれるだろう。
 すまないけれど、都合の悪い日があるなら教えてくれ。
 ただ経緯があれだから、同行者に変なのを押し付けられるのは確実だ。きみの沸点は意外と低くないけれど、それを超える奴が来るかもしれない。
 くれぐれも、いきなり首を落とすのだけはやめて欲しいかな、なんて思うのだよ。
 本当にすまないね。

 彼にも、きみの友人達が心配しているよと伝えておいてくれ。〟―――


 最後の一文を、悠真は無言で凝視した。
 どうリアクションしていいのかわからない。ついリアムの手紙をくしゃりと握りかけ、慌てて伸ばした。

「オスカー……その、これって」
「ここにいる限りおまえに手出しはさせんが、かつて陛下と亡き兄君を仲違いさせながら、無関係を決め込んだ悪質な『忠臣』があちらにはのさばっている。あらかじめ知っておけば、奴らに対して慎重になってくれるだろう?」
「……これから来るお客さんの中に、そいつらの送り込んだ奴が交ざるかも、ていうことだね?」

 オスカーは頷き、躊躇ためらいがちに続けた。

「殿下とジスラン・ルークスには、おまえのことを説明してある」
「そう、だったんだ?」
「そもそもは、殿下がリアムに相談を持ちかけたのがきっかけだった。ミシェルではない何かがミシェルを装っている、不気味だから調べて欲しいとな。殿下達にとっては、おまえの『ミシェル』こそが本物だった。だから今の、おまえのフリをしているあいつには、違和感を覚えて仕方なかったらしい」
「殿下達が、そんなことを……」
「リアムが書いた通り、彼らにとっては、今でもおまえは『友』だそうだ」
「…………」

 その言葉を咀嚼し、また手紙に目を通して、悠真の胸が痛みを訴えた。

(……気付いてくれたんだ。僕がそこから、いなくなったのを)

 元の世界の全てを失い、こちらの世界で得た友人達まで、全て奪われてしまったと諦めていた。そうではなかったのか。
 自分はまだ、失くしていないものがあった。

 引き絞られるように胸の痛みが増し、嗚咽が漏れた。
 服の袖で顔を拭いそうになり、繊細なレースが目に入って硬直した。するとオスカーが肩を抱き寄せ、胸ポケットから手巾を取り出し、目元から頬を拭ってくれた。

「ごめん、なんかすっかり、泣き虫になっちゃって……」
「……すまん」
「え? どうして、オスカーが謝るの?」
「私は、ぎりぎりまで黙っておくつもりでいた。おまえには何も教えず、我々だけで始末をつけてしまおうとすら思っていた。ミシェルのことも」
「あ、でもそれは、僕が、オスカーに頼ったから」

 しっかり灸を据えてやるようなことを言ってくれて、悠真はそれに頼もしいと返した気がする。

「僕だって、謝らなきゃ。だって、そうだよ。ミシェルのこと、どうしたいとか、何かしなきゃとかそういうの、何も考えてなかった。自分のことなのに、全部オスカーに任せっきりで、毎日のんびり楽しく過ごして……」
「それでいい。おまえが安らかに過ごせなければ困る。―――私は、人を楽しませることが不得手だ。ここでの日々を苦痛に感じれば、おまえは王都に戻りたいと望むようになるだろう。おまえの友がいて、おまえがこの世界で最も長く暮らした場所へ。だから王子達のことも、彼らがおまえを案じていることなど、知らせないでおこうかと思っていた」
「オスカー……」

 額に口づけが降り、次に頬へ、そして唇に重なる。吐息を吸われ、悠真の鼻から意識せず甘えた声が漏れた。

「僕が……どこかに、行けるわけ、ないでしょ。僕がこんなバカになったの、オスカーのせいだよ。そりゃ、天才でも秀才でもなかったけどさ? 前はこんな、ここまで脳がお花畑なアホじゃなかったんだから。ちゃんと、この先もずっと、面倒見てくれなきゃ困るよ」

 胸を叩きながら拗ねると、きつく抱きしめられた。

「それはこちらのセリフだ。自分がこうも阿呆に成り下がるとは想像だにしなかった。万一おまえが王都に住みたいと望んだところで、叶える気など毛頭ないのだから。どう縛り付けておこうかと、そんな発想にしかならない」
「それでいいんだってば。僕は殿下達に会いたい。僕を友達だって思って、今も心配してくれてるのがすごく嬉しいんだ。でも、会ったからって、僕をここから追い出さないで。どこにも行きたくない」
「誰が追い出すか。どこにもやらん」

 悠真もぎゅうぎゅうと抱きしめ返した。自分への執着を全開にした言葉の数々が嬉しくて幸せだなんて、本当にどうかしてしまっている。
 しばらくそうして抱き合った後、オスカーが少し照れたように身体を離した。リアムへの返信を出すためだ。
 レアな彼の照れ顔を、沸いた頭で悶えつつ眺めていたら、『こちらはいつでも構わない』と書くだけなのに随分文字数が多い。それに便箋から何やら怨念めいた気配が立ちのぼっている点が気になったけれど……巨鳥の使役霊《ウェスペル》が出てきて、仕組みが単純な悠真の頭からはすぽんと抜けた。
 もちろんモフらせてもらった。
 ところが問題はその後に発生した。なんとオスカーは、悠真を先に風呂へ入らせようとしたのだ。すっかり一緒に入る気満々になっていた悠真は、反射的に「何で?」と訊いてしまった。

「日中も無理をさせたろう」

 なのに、いい大人ががっつき過ぎではないかと、食事の間に少し反省したらしい。
 つまり時間をあけたせいで、気分が高まっている悠真とは逆に、彼のほうは落ち着いてしまい、今夜は何もせずに眠る気になっていたというのだ。なんということだろう。

(この、嬉し恥ずかし、悶えまくった僕の心をどうしてくれる……!?)

 パートナーの身体をいつでも思いやってくれる、素敵な彼氏だ。
 それはそれとして、くすぶっているこの熱を放置し、ひとつベッドでオスカーと横になって、何もされぬまま朝まで安眠できるのか?
 ……否だ。

「ねえオスカー……鍛錬の間、僕があなたを見ながら何を思っていたのか、知りたくない?」
「……何?」
「知りたくない?」

 ぺろり、と舌を出し、唇を舐めてみた。―――オスカーがそうしたら、悠真はぞくりとする。
 果たして、オスカーの目の色が変わった。文字通り、彼は興奮すると灰色の虹彩に銀色が差す。
 悠真は嬉しくなった。

「僕の口、割らせてくれるんじゃなかったの……?」



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読んでくださってありがとうございますm(  )m
3/11~13は休み、3/14から再開いたします。

追記:
少し多め?に修正しました。
今月多忙のため更新が不定期になると思います。

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感想 44

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