42 / 90
友との再会
42. 噂の二人は
しおりを挟む朝は元気に歩いていた悠真が、空のデートから戻ってみると、何故か抱っこで運ばれている。あちらこちらで飛び交う『そうなりますよね』『予定調和ですね』などの生ぬるい副音声をうっかり聴き取ってしまわないよう、悠真はオスカーの肩に顔をうずめていた。
そういうところが使用人一同の胸をキュンキュンさせている事実に、彼が気付く日は来るのかどうか。
(お可愛らしいわ……)
(ほっこりいたしますね……)
(嗚呼、癒やされる……)
恐ろしくも敬愛する主人に仕える緊張感に満ちた日々へ、彼らが不満を抱いたことはない。けれど今は、以前にはなかったものがある。
月並みな言い方をすれば、それは『明るさ』や『幸福』といった名の付くものだ。悠真の存在はあるじの心を潤すだけでなく、皆の心にも「自分達にはこれが足りなかったのだ」と知らしめていた。
すなわち、愛でる対象だ。
異国風であることを加味しても、彼の容姿は可愛らしい造作ではない。切れ長の一重瞼は、表情を変えずに黙っていれば、近寄り難さや神経質な印象を受ける。
ところが、その顔に感情を乗せ、口をひらいたら印象が百八十度変わる。彼の照れ屋で物慣れないギャップにハートを射抜かれているのは、何もオスカーに限った話ではなかった。
気さくで元気いっぱいに笑顔を振りまき、涼やかな声で紡がれる言葉は、常にポジティブで打算のない好意に溢れている。少年のように無邪気に見えて、時に青年らしい思慮深さも垣間見え、自由で、優雅で、艶やかで、可愛い。ちょっとした仕草からも目が離せず、この黒髪の青年がそこにいてくれるだけで、不思議な爽快感が胸を満たす。
彼を伴侶にしてから、オスカーの機嫌は目に見えて良くなっているが、使用人だって内心で拍手喝采だった。これでもう彼が余所へ行く心配はなく、この先もずっと、彼らの日々の潤いは約束されたも同然なのだから。
この潤いを奪わんとする者は、彼らにとっても敵である。
そんな風に、レムレスの館一丸となって、自分の包囲網が築かれているとは露知らず、悠真は照れ照れとオスカーにくっついていた。
ところが、腹いっぱい食べた獣よろしく満足げだったオスカーの機嫌は、ウィギルから受け取った手紙に目を通した途端、見るからに急降下した。
「リアムさん、何て?」
「客が来るそうだ」
「お客さん? ……あんまりよくない感じの人?」
「後で話す。私は夕食までの間に軽く鍛錬をするが、おまえは―――」
「見たい! 見学してもいい?」
前々からオスカーの鍛え方が気になっていたのだ。毎日適度に身体を動かす時間を設けていると聞いてはいたけれど、彼の手は剣士の手ではない。
鍛錬場でその答えを目の当たりにして、悠真は呆気にとられた。なんとオスカーは、自分の身体に《シーカ》を宿して剣を振るわせていたのだ。人の肉体の限度を超えない範囲で《シーカ》が舞い、自然とオスカーの肉体はその動きを憶え、相応しい筋肉もつくというわけだ。
次に、何も宿さず《シーカ》と手合わせを行った。魔法は使わず、武器は剣のみ。《シーカ》が両手に短剣で戦うスタイルなので、オスカーも双剣使いになっていた。
オスカーの全身がオーラを纏い、彼の手指に剣士特有のマメや、ごわついた厚みがない理由も判明した。
(バフが自然にかかるんだ。身体強化じゃなく、防御力アップのほうかな)
魔力が自身を守ろうと動くのは本能なので、これは魔法には当たらない。
オスカーの剣筋は、素人目でも《シーカ》に似ているのがわかる。型通りの剣技ではなく、より実戦向けの荒々しい剣は見ていて怖いほどだったけれど、それ以上に純粋な力強さが美しく、見惚れずにはいられなかった。
貴族的な容貌の持ち主が、野性味を帯びた戦い方をするギャップもまたいい。リアムであればこの時点で「ずるい! 卑怯!」と罵声を飛ばすこと請け合いだが、悠真の頭は現在少々、ピンク色過多だった。
(カッコいい……この人が、僕の恋人、なのかぁ……)
何せ悠真の感覚としては、本日、初デートで人生初の告白をしたばかり。二人の関係はすべて順序が逆で、もう伴侶になっているけれど、気分的には想いが通じ合った直後の、人生初の恋人なのだ。椅子に座って見学しながら、頭の中身は「オスカーつよい素敵カッコいい」しかなかった。
一時間ほどで切り上げて戻って来た彼の、額から首筋へ伝う汗すら輝いて見える。というか、全身に光のエフェクトを纏って見える。付き合い始めにかかりやすいと噂の症状、キラキラフィルターが間違いなくかかっていた。
(やば、僕の脳みそがおかしい!? これ元に戻るの!?)
ぎゅっと眉根を寄せ、気力を振り絞って視線を引きはがした。
「ユウマ? 何を拗ねている?」
「ベツニ、ナンデモゴザイマセンヨ?」
「ふん?」
あなたが色っぽすぎて、頑張らないと目を逸らせなかったんです、とは言えない。
そのせいで何となく怒っているような表情になってしまった自覚はなかった。
「素直に吐くより、口を割らされたいか?」
「え」
オスカーの手が悠真に伸び―――
「旦那様。夕餉のお時間が迫っておりますゆえ、お早く汗を落とされませ。本日は料理人がユウマ様の好物『ハンバーグ』なるものを用意すると申しておりました」
そう。ここには執事や侍女達も控えているのだった。
「ハンバーグ!? ウィギル、それ本当!?」
「ええ。試作を繰り返し、なかなか美味に仕上がりましたので、是非に感想をお聞かせいただければ、と申しておりましたよ」
「すごい! 嬉しい! 楽しみだなぁ!」
「ですので旦那様。ユウマ様がお食事を摂り損ねられてはお可哀想です。お二人でのご入浴はお食事後、ごゆるりとなさいませ。ヴェリタス様からのご連絡についてもお話がおありなのでしょう?」
「……(チッ)」
オスカーは手を引っ込め、鍛錬場の浴室へ向かった。その背を見送り、悠真はポカンと目を丸くした。
(…………ええ~と。ひょっとしなくても今、僕と一緒に、お風呂入ろうとしてたのでしょうか……?)
もしや自分はハンバーグにつられて、お風呂のお誘い(?)をスルーしてしまったのだろうか。
そしてウィギルの中で、二人一緒の入浴はもはや決定事項になっているのだろうか。
手早く汗を落としたオスカーが十分もせずに戻れば、悠真の顔は湯上がり直後のようにのぼせていた。
1,283
お気に入りに追加
1,812
あなたにおすすめの小説
弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~
荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。
弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。
そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。
でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。
そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います!
・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね?
本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。
そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。
お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます!
2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。
2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・?
2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。
2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる