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恋と真実

37. たとえ子供っぽいと言われても

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 舌裏を舐められ、ぞくりとしびれが走った。
 まずい、このままでは……!

「ん~~、ぷはっ! はあ、はあ……」
「ユウマ? どうかしたのか?」

 胸をばしばし叩いて強引に中断させたら、当たり前だがオスカーが不満そうに見おろしてきた。
 潤んだ目でジ、と見上げつつゴニョゴニョしていれば、それを期待されていると勘違いをしても無理はない。

「ご、ごめん、オスカー、紛らわしくて。でもこれだけは、ホントにこれだけはっ」
「何がだ?」
「頼むから動かないで。お願い」

 怪訝そうに見おろされてくじけそうになるも、深呼吸でどうにか息を整える。ここでできなければ、次はいつになるかわかったものではない。
 気合を入れ直して、再開だ。

(まずは手を……あ、手袋は外そう)

 何も隔てず、ちゃんと触れたかった。急いで手袋を外し、コートのポケットに突っ込む。そんな作業を間に挟んで気が逸れたからか、今度はパニックに陥らず、すんなり彼の顔の両脇に手を添えることができた。
 頬が温かい。指先を髪がくすぐる。寒くはないのに、また震えてきた。

(やばい。心臓、破裂しそう)

 目が合えば石化は必至。だからなるべく目を見ずに、唇へ全神経を集中して身を乗り上げた。
 触れる直前に瞼を閉じる。思い出すのは、オスカーのやり方だ。

「ん……」
「……」

 唇が唇に触れた。やわらかい……。
 心の中でガッツポーズを取った次の瞬間、もっとしたい欲求が湧いてきた。
 すぐに離すのがもったいない。唇の表面で触れ合っているだけなのに、どうしてか甘い。もっとこの唇を食べたい。
 やかましく響き続ける胸を押さえ、上唇を食んだ。いつも自分がそうされているように。それから角度をずらし、下唇も食む。
 されるがままに大人しくしていたオスカーの口角が上がった。機嫌が良さそうに、導くようにゆるりと隙間をあけた。
 悠真は躊躇ちゅうちょなく、その隙間に自分から誘い込まれた。つたない動きでおずおずと口内に侵入し、自分の舌で彼の舌にちょんと触れた瞬間、背中から腰にかけて電流が走った。
 自分からしても、やはり気持ち悪さはない。それどころか、下腹部にどんどん熱とうずきが集中し、呼吸が苦しくなってきた。舌の裏を舐めて、また唇の角度を変え―――

「ん、……ふあっ、は、はぁ、はあ……」

 本気で息が苦しくなり、慌てて口を離した。呼吸が下手くそで酸欠になりかけて中断、なんて、情けない。
 情けないけれど……じわりと、ここに来てようやく達成感が湧いてきた。息を整えながらオスカーの胸にぐったりと寄りかかれば、こめかみに口づけを落とされた。

「あのね、オスカー……僕さ、キスが、どうしてもダメだったんだよ」
「―――そうなのか?」
「あっ、勘違いしないでね、オスカーのことじゃないよ! オスカーは全然嫌じゃないから!」

 それだけは誤解して欲しくない。

「キスというか、自分の口を相手にくっつけるのが全部ダメだったんだ。家族や友達が好きな人としている分には、全然そんな風に思わないんだよ。でも、僕がそれを誰かにするってなると、想像することすら嫌でさ。いいなって思う女の子でも、やっぱりダメで。自分では潔癖症とかそんなつもりなかったけど、実は部分的にそういうとこがあったのかもしれない。だから僕は女の子と付き合えたことがないし、結婚もできないんだろうなあって、あきらめてた」
「……男相手は?」
「もっと無いよ。説得力ないけどさ」

 ひょっとしたら自分はそっちのほうなのかもと疑い、オスカー以外の男性で想像できるか試してもみた。
 結論として、男は女性以上にダメだった。女性めいた美貌のリアムであればいけるかと失礼な想像をしてみたけれど、つまづいて転んだ拍子に事故で口と口がくっついた状況設定でも何か嫌だった。ただの想像なのに、リアムに罪悪感を覚えてしまった。失礼過ぎて、こんなこと口が裂けても言えない。

「だから、初めてのキスが、あの術式の後で、よかったと思ってる」

 最初の夜に与えられた異常なほどの快楽の正体は、思い返せばお互いの魔力の相性だった。あのとき悠真の身体は不完全で、本来あるべき苦痛も圧迫感もなく、ひたすらオスカーの魔力の熱さだけに翻弄されていた。
 だからあの時キスをされていれば、きっと気持ちよくはなれていた。ただし、『オスカーだから』気持ち良かったのかと自問すれば、疑問が残る結果になっただろう。

「そうだな。おまえと私の魔力は、驚くほど相性が良かった。だからあの時に私が何をしても、おまえの身体はそれを快楽として受け止めるであろうことはわかっていた」
「もし嫌いな相手でも、魔力の相性で気持ちよくなっちゃうことってあるの?」
「本気で嫌いな相手や性格の合わん相手なら、大概魔力も合わん。魔力の性質の半分は生まれつきだが、もう半分は精神的な要素だ」
「そっか。よかった。じゃあ、僕はやっぱり、オスカーと合う……んだね……」

 照れ隠しに胸元へぐりぐりと額をこすりつければ、耳元で笑われてしまった。

「おまえのそういう、恥ずかしがりなところも可愛らしい」
「悪うございましたね! シャイな民族なんですぅ!」

 民族代表を名乗るなと苦言を呈する者がいないのをいいことに、悠真はそういうことにした。

「悪くはないぞ。私など相性の良さとおまえの物慣れなさにつけ込んで、身体からとそうと決めたからな」
「そっ!? そーゆーことを言わないで欲しいんですが……!?」
「おまえは可愛い。綺麗だ」
「だから! 待って、言わせて!」

 自分からオスカーにキスをした。本日のミッションは、これで完了ではないのだ。
 とても大切なことを伝えねばならない。こればかりは、逃げても目を逸らしてもいけなかった。

「ちゃんと応えていなかったの、後になって気付いたんだ。僕を見捨てない、離さないって言ってくれたの、すごく嬉しかった。だから僕は、僕も、オスカーとずっと一緒に、いたい。僕はオスカーのことが、…………す、……すき……です……」

 わあぁぁ~と叫んで逃げたい。何をやっているんだおまえは、どこの中学生だと顔を隠して走り去りたいが、全気力を搔き集めて踏みとどまった。

「…………」
「……ひぇ」

 とろり、と笑顔が降ってきた。
 嬉しそうな、幸福そうな笑顔が、悠真の眼球を潰しにかかっている。
 誰だ、この男を冷酷だの無感情だの、実物と程遠いデマを流したのは。犯人を小一時間ほど問い詰め、正座させて一日中反省文を書かせてやりたい。

「愛している」
「っ! ……ぼ、ぼく、も……(うわあぁあぁ~っっ!!)」

 耳朶を食みながら囁かれた。そこには彼の執着の証がある。通常の金属とは異なるのか、氷点下の中でも、この耳飾りが悠真の体温より冷たくなったことはない。

(やば、どうしよ…………したくなってきた。こんなとこで……!)

 オスカーに口づけている間も、ずっとゾクゾクしていたのだ。喋っている間に少しだけ落ち着いたのに、またそれがぶり返してきた。中心が意識を持って自己主張を始めただけでなく、腰の奥のうずきが酷くなっている。……そこに欲しい、と。
 もう一度鎮めるためには、身体を離してもらう以外にない。そこらへんで雪遊びでもしていれば、火照りも冷めてくれるだろう。
 なのに、離れたくない。くっついていたかった。

「オスカー……どうしよ……」
「ん?」
「…………っちゃった」 

 オスカーの笑みがスンと消えた。それはそうだ。こんな場所でこんなこと、どうしようと言われたって困るに決まっていた。羞恥と情けなさのあまり、半分涙声になった。

「ごめんなさぃ……」
「いや。丁度いい。手袋をはめ直せ」
「え?」

 丁度いい? そう訊き返す余裕もなく、慌てて手袋をはめる。
 直後、オスカーはもじもじ内股になっている悠真を横抱きにしたまま、《ラディウス》に合図を出して飛び立たせた。

「すぐ近くだ」

 山小屋でも近くにあるのかな。よかった。心持ち身体を丸め、我慢を継続する。
 ややもしないうちに《ラディウス》が急降下を始め、何かの膜をふわりと通り抜けた。

「あ!? オスカー、ここって……」

 凪いで澄み渡った水面みなも。樹々は瑞々しく枝を伸ばし、陽射しを受けて緑の葉を茂らせている。小さな花弁の野花が彩りを添え、なんとも長閑のどかで温かな世界だった。
 雪も氷柱つららも氷もない。この一帯だけ季節が違う。

「午後はここへ連れて来る予定だった。水鏡の泉だ」


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