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恋と真実

28. 悪ノリと真面目の境界線

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 アワアワする少年を置いてけぼりに、『水谷悠真』への聴取が始まった。
 ある日降って湧いた身元不明人。存在記録のない人間に身分を与えて住民登録をする以上、どういう人物なのかを細かく申告しなければならない。
 ごく自然に事務的な話題へ移行し、悠真はホッと胸を撫でおろした。

(なんだ、冗談だったんだ。そうだよね。びっくりした……リアムさんもウィギルもノリいいんだからなぁ)

 オスカーが怒っていなければいいけど。ちらりと横顔を窺えば、幸い何も気にしている風ではなかった。この程度のじゃれ合いは慣れっこなのだろう。

 ところで、悠真の中ですっかり『兄ちゃんの友達』ポジションにおさまっているリアムだったが、彼は魔導塔という組織のトップなのである。だいたいにおいてトップは会うのが難しく、裁可を仰ぐ前に段階を踏む必要があり、初っ端からトップが全部やってくれる環境は強い。
 しかも立会人は各々の精霊。第三者が後から因縁をつけてきても、精霊が正当性の証明をしてくれる。最強ではないだろうか。

 ただしこの二人といえど、あまりに道理から外れていたり、事実とかいしている物事を強引に押し通すことはできないそうだ。たとえそれが己の愛し子であっても、精霊は人間の欲を考慮して嘘をついたりはしない。デタラメで埋め尽くした書面を作成しても、精霊が拒否して弾いてしまう。

「ユウマくんの身分に関してなんだけれど、あまりピンときていないだろうから説明するね」

 ウィギルの用意した紙とペンで、リアムはぐるりと大きな円を描いた。

「これがこの国、フォレスティア王国。魔導塔と王家は、どちらもこの中にある」

 円の中の一番上に国名を書き、その下に二つの丸を描いて、上の丸には『魔導塔』、下の丸には『王家あるいは国』と書き込む。
 つまりフォレスティア王国の中に、魔導塔、王家という組織が二つ存在しているのだ。立場は魔導塔が上。しかし魔導塔は王国の統治には関わらず、それは王家に任せ、王国が困難に直面した時は力を振るう約束をしている。

「もちろんそれだけではないよ。守護の魔道具や回復薬を生産して優遇価格で卸したり、魔物や魔獣討伐に魔法使いを派遣したり、日頃から皆けっこう仕事しているからね。趣味も兼ねて」

 最後のひとことが少々あれだが、要はオスカーもリアムもフォレスティア王国の国民であり、所属が魔導塔。悠真もそれと同じ立場になるとのことだった。

 外見の特徴は黒髪黒目、黄みがかった肌色、身長は百七十センチを少し過ぎたあたりで伸びていなかった。
 年齢は……

「誕生日は八月―――火のせつ、第三つきの一日です。鏡に閉じ込められた時点では十八歳になってました。でもこの場合どうなるのかな……成長していたら十九歳、ノーカウントだったら十八歳なんですけど」
「十八……」
「十九……」

 リアムが友人と執事にぼそぼそ話しかけた。

「きみら、何歳と思ってた?」
「大人びているとは思ったが……ミシェルと同じぐらいかと……」
「わたくしもてっきり、そのぐらいかと……」
「勝った。そのぐらいと見せかけて、実は弟くんより年上なんじゃないかな、と思ってたよ」
「あの、聞こえてますが? 僕は小さいんじゃないですよ。あちらでは標準でしたよ。あなた方がデッカイんですよ?」
「おっと、ごめんごめん」
「すまん」
「失礼いたしました」

 議論の結果、肉体ではなく実年齢を登録すべきだろうと二人の意見が一致し、悠真の年齢は『十九歳』で確定した。
 ちなみにこの国では成年、未成年といった区別はない。ただし婚姻可能な年齢から呼び方が変わる。女性は十五歳で『女性』、男性は十八歳で『青年』だ。

「ユウマくんは半精霊人、私やオスカーより立場上になるから、そのつもりでね」

 リアムが国名の上に『ユウマ』と書き込んだ。

「あの、書く場所間違ってませんか?」
「ううん、合ってるよ?」
「あのー……平凡な魔法使い、ていう設定にしたらダメなんでしょうか?」
「ダメ♪」
「えぇ~……」

 オスカーが呆れたような溜め息をついた。

「言ったろう、おまえが一般人として暮らすのは無理だと。先ほど披露したあれと同じことができるのは精霊しかいない。隠して市井に紛れようと、何かのはずみで発動させるかもしれん。詠唱なく気軽に発動させられるというのは、そういうリスクが常にあるということだ」
「……はい」

 もっとも過ぎて反論の余地がなさ過ぎる。

「ではおさらいするけれど。―――ユウマくんは異界から来た精霊、性質は非常に温厚で友好的。の禁術に巻き込まれてこの世界へ引っ張られ、異空間へ閉じ込められてしまった。なお、禁術の使用者にとっても何らかの想定外が発生していたと思われ、ユウマくんを認識していない可能性が高く、拘束や従属の術式はかけられていなかった。それをたまたま召喚士であるオスカーが発見した。―――ここまではいいね?」

 オスカーが頷き、悠真も遅れて頷いた。
 術士の部分をぼかしたのは、同時にミシェルの罪を問い始めたら悠真の登録が遅れ、立場がずっと曖昧なままになってしまうからだ。
 精霊という言い方にも、リアムの狡猾さが凝縮されている。鏡の中の悠真を、鏡の精霊と呼んで過言ではない存在になっていると見立てたのはオスカーだ。この世界に来てそうなったのだから、全く嘘にはならない。
 ……耳にした者が、「異界の精霊がこの世界に来た」と認識したとしても。

「哀れにも閉じ込められていたユウマくんにオスカーは心奪われ、鏡の中から救い出し、そのままでは存在を保てない彼のために人化の秘術を用いて成功。そして彼を伴侶に迎え―――」
「リアムさん!! だからその冗談、蒸し返さないでくれます!?」
「ははは。明日は婚姻誓約書も一緒に持って来よう」
「リアムさん!!」

 なんてことを言ってくれるのだろう。怖くてオスカーを見られないではないか。もし彼が悠真を見て怒ったり不愉快そうな顔をしたら、本気で立ち直れなくなる。
 悪ノリが酷い兄の悪友(仮)に怒鳴ってから、悠真はハタと疑問を覚えた。

「この国って、同性の婚姻って普通なんですか?」
「普通ではないね。でも精霊が介在した婚姻なら同性でもいけるよ。真面目な話、きみがオスカーを伴侶にしたなら、きみだけじゃなく我々魔導塔にとっても都合がいいんだ」
「な、なんで?」
「伴侶の権利が強いからさ。きみを所有したい連中が真っ先に狙うのは婚姻だからね。それこそ男女の別なくわんさと寄って来るよ」

 顔をしかめた悠真に、リアムは微笑んだ。

「きみを欲しがる有象無象がどんな難癖をつけてこようと、伴侶がダメと言えばダメだ。強引に押し切ろうとする輩がいても、伴侶が魔導塔の人間なら我々が間に入る大義名分になる」
「……必要なこと、なんですか?」
「そうだね、とても。それ以外の要素については、そこで黙りこくっている男の口を割らせるといいよ。存分にね」

 それ以外? 悠真はオスカーを横目で覗き見て、すぐに視線を手元のカップに戻した。
 不機嫌そうだった……。揶揄われて怒っているのか、伴侶設定が不本意なのか、どちらだろう。

(やばい、見なきゃよかった。泣きそう。口を割らせろなんて、リアムさん簡単に無茶言ってくれるよ……)

 緊張してきた悠真のために、ウィギルが茶のお代わりを淹れた。

「例の禁術についてだが……」

 不意にオスカーが話題を変えた。

「高位貴族であろうと、知らなかったでは済まされない性質のものだ。ただ、この禁術の詳細自体がおおっぴらにできないために、しらを切られた場合に追及が難しい矛盾もある」
「あー、そうだねえ。でもユウマくんという被害者がいるし、危険な術だから国王陛下以外には内容を秘すってことでいいんじゃないかな? まぁ他の貴族どもが証拠を出せとか横暴だとか、ピーチク騒ぐかもだけど」
「腑に落ちない点がある。ユウマには、ミシェルが術を行使した記憶がないのだろう?」

 ハッ、と悠真は胸を手で押さえた。

「そうだった! オスカーの言う通りだ。ミシェルの記憶は同期されてたはずなのに、あいつが祈ってた記憶がない……!」
「なんだって? 道具とかは?」
「そういうのを持っていた憶えもないです。道具がなければ詠唱が必須なんですよね? でも、あいつが何かに向かって唱えていたっていう記憶自体がないです! どうしよう、僕、勘違いをしてた?」

 焦って涙目になる悠真に、オスカーは「いや」と首を横に振り、頭を撫でてやった。

「ミシェルの記憶がある割に、あれの行使したであろう術を推測でしか語らない。ユウマにはその部分に関してのみ、記憶がないのではと思った。無詠唱を可能とするのは精霊か愛し子のみ。まじないや祈りのたぐいにも必ず詠唱を必要とし、それがなければ道具や媒体が必須となるが、どちらも所持していなかった。……となれば、ミシェルの過去の行動のどこかに鍵がある。ユウマの推測が最も真実に近いと見ていい」
「そ、そうかな……」
「ふぅん……おかしな話になってきたね。もしかしたら……」

 リアムが笑みを消し、眉根を寄せた。

「本家でもいたかな?」
「本家?」
「きみの。そいつが何らかの思惑で、記憶に干渉したとか」
「…………」

 鏡の中の先住者。そうだ、悠真も考えたことがあった。この空間の中に、ミシェルが交信した『何か』がいるのでは、と……。
 ひやりと寒くなったような気がして、茶を口に含んだ。


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