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恋と真実
27. 嘘と真実のさじ加減
しおりを挟む卵をあたためる親鳥のごとく、悠真が土産をしっかり腹に抱え込み、オスカーはそれらを叩き返す機会を完全に失ってしまった。
悪友のニヤニヤ笑いが癇に障る。人々の九割以上が見惚れるであろう面の皮の下は、隙あらば人をおちょくりにかかる捻くれ小僧だ。
苦虫を噛み潰したような不快感を茶ですすぎ、さっさと本題に入るとする。
「ユウマ、おまえに試してもらいたいことがある。ひとまずその書は脇にどけておけ」
「えぇ……」
「誤って破損させるのは嫌だろう?」
「嫌です。そうですね、大事によけておきます」
名残惜しそうに手から離れた土産。取り上げるなら今だが、実行すれば大泣きされる未来が確定だ。
今にも爆笑しそうな悪友の微笑みが視界の端に引っかかる。憶えていろ、とオスカーは心の中で罵った。
試してもらいたいのは、悠真の魔法である。現在の彼がどういう存在であり、何が可能で何ができないのか、諸々を踏まえて『設定』を考慮する必要があった。
「少しずつ試してみろ。もし不調を感じればすぐに中止だ」
「はい」
悠真は頷き、リアムも真面目な表情に切り替えた。
悠真は人差し指を上に向け、蝋燭ほどの火を灯した。この時点でウィギルとリアムが息を呑む。さもあらん、彼は詠唱せずにそれをやったのだから。
次に、小さな火が三個に分裂する。複数の火を同時に出現させる魔法はあれど、最初に出した火を消さずに分裂させるのは高難度だ。むろん詠唱はなく、魔道具も使っていない。リアムの目が爛々とし始めたのだが、悠真は気付いていなかった。
分裂した火が徐々に大きくなり、こぶし大になった。さらにそれは遊ぶようにふわふわ、くるくると浮遊する。同時に空中へ水滴が生じ、渦をまくようにして水が発生した。水は氷の結晶になり、その氷を中心に炎の塊がくるくる周る。解ける様子のなかった氷が何度目かの周回で突然水に変じ、川となって、三隻の炎の船が川の上を―――
「ちょっと待った! いろいろ言いたいことあるけど、まず、何故これで蒸発しないんだ!?」
リアムが待ったをかけ、悠真が「え?」と目を見開いた。
「やっぱり、蒸発するものなんですか?」
「するよ。対極の属性同士が衝突した場合、競り負けたほうが消滅する。炎の勢いが強ければ水が蒸発するし、水が強ければ炎が消える。指南書のはじめに書かれている基本だけれど、きみは読まなかったの?」
「読みましたけど……魔力で作った火と水は特殊なのか、それとも鏡の中が特殊なのかわからなくて。やってみたら今まで通りできたんです」
なかなかお目にかかれないリアムの愕然とした表情に、オスカーは先刻の苛立ちが少し解消された。
「何から言えばいいのか、たくさんあり過ぎてわからなくなってきたよ……」
「ユウマは、グラスの中の飲み物だけを冷やしたことがある。冷気や氷は特殊属性に分類され、最低でも高位魔法になるとユウマは知らなかった。初歩的な魔法だと思い込んでいたようだ」
「なんだってまた?」
「いえあの単純に、熱すれば火になるし、熱を奪えば凍るよねっていう、その……ただの思い付きで」
「おもいつき」
「……あはは」
呆然とするリアムも貴重だが、それよりもオスカーは悠真の体調が気になってきた。
「あの時は一気に魔力が抜けて意識をなくしたが、今はどうだ」
「え、そうなの? 大丈夫かい?」
「あ、はい。全然減った感じはないです」
「本当に、あまり減っていないよね……保有魔力は私達より少ないぐらいだけど、その代わり異様なほど減りが少ない」
「媒体なくこれだけ長時間維持していれば、尋常ではない消費量になるはずなのだがな」
「本当だよね。そこらの魔法使いなら、詠唱の段階でゴッソリ持っていかれて倒れるレベルなのに」
「はぁ……」
悠真はピンとこないようだ。
「鏡の中では、魔力の消費自体がなかったんです。あと、熱も冷気も感じなかったんですよね。自分の出した炎に触れても何ともなくて。でも今出している炎はちゃんと、近付いたら温かい感じがします」
「通常ならば、己の出した炎であろうと触れれば火傷をするが」
「……ちょっと、試してみます」
悠真は徐々に手と炎の距離を狭めていった。
すると、悠真の手指に魔力が流れ込み始めた。表面ではなく内側を満たす流れで、量としてはごくわずかであったが……。
「熱くないです。でも触った感覚があります。ちょっと変な感じですね」
「自分で手を保護している自覚はあるか?」
「あります。保護クリームを塗って浸透させるみたいに、手を守れないかなって思ったら、なんとなくできました」
「何故それでできるのか理解に苦しむんだけれど」
苦しむと言いつつ、リアムの目はギラギラ光り輝いている。魔法を生業とする者の性だ。
とんでもないことをしているのに、やはり悠真の自覚は薄い。魔法のない世界から来たというから、二人の驚愕がいまいち理解できないのだろうとオスカーは思った。
この世界に来てまだ一年半。その間、この世界の人々と関われたのはわずか半年、残り一年はずっと鏡の世界にいた。
何が普通でそうでないのかわからない空間で、近くに比較対象はなく、質問できる相手もなく、それで『普通』の感覚など身につけられるはずもなかった。
オスカーがそう言えば、悠真は少し涙ぐんだ。
「……無神経なことを言ったか」
「いえ。嬉しくて。すみません」
「大変だった、寂しかったっていうのを理解してもらえないとキツイからねえ。弱音を吐く奴は女々しいとか言う阿呆もいるし。孤独に女々しいも雄々しいも関係ないっての」
ね、とリアムが笑いかければ、悠真は泣き笑いで頷いた。その拍子にこぼれた涙をオスカーの指がぬぐう。
「その生ぬるい顔面をどうにかしろ」
「断る」
一瞬自分が言われたかと勘違いをし、悠真の涙が引っ込んだ。しかしオスカーは苦々しげにリアムを睨みつけている。
(リアムさんだったか。びっくりした……)
だけど、生ぬるい顔面って何? 悠真は首を傾げたが、リアムが否定しなかったので本当にそうなんだろうと納得せざるを得なかった。
慈愛に満ちた微笑みにしか見えないのに……。
「とにかく、これで方針は決めやすくなったかな。ユウマくんの身柄は引き続きこの館で保護するということでいいよね?」
「ああ。これは外には出さん。一般人として生活するのは無理だ」
「住民登録と身分証作成に必要な手続き書類を明日にでも準備して持って来よう。法的にもさっさと我々の保護下に置いてしまえば、集ろうとする輩はだいぶ牽制できる。ウィギルにもおおまかな事情を教えてあげていいかい?」
「そうだな、もういいだろう」
オスカーが頷き、ウィギルの背に緊張が漲った。
「ウィギル。ユウマくんはね……異界から来た精霊なのだよ」
悠真は「え」と目を丸くした。幸いウィギルの立ち位置からリアムに目を向けていると、悠真とオスカーの姿は完全に見えなくなる。
「こことは世界の在りようが異なる場所で、ずっと穏やかに過ごしていたんだ。ところがある日、オスカーの弟くんが生知識で禁術に手を出してしまってね。ユウマくんはこちらの世界に引っ張り込まれて、しばらく弟くんに宿っていた。自分がどうなって、肉体の持ち主がどうなったのか皆目わからぬまま、ユウマくんはミシェル・カリタスとして健気に過ごしていたのだが―――実はそれこそがあの坊やの狙いだった。家族や使用人、王子殿下や側近候補達との関係改善、苦手だった勉学の克服……それらすべてを自分の代わりにユウマくんにやらせて、すっかり自分の評判がよくなったと見るや、ユウマくんを追い出して鏡の中に閉じ込めてしまったのさ」
「なんと……! 弟君が、人が変わったように前向きになられたとのお噂は耳にしておりましたが……」
「ユウマくんが宿っていたからさ。今の弟くんは、ユウマくんの猿真似をしているに過ぎない。王子殿下や側近候補の方々は本物のほうに違和感を覚え、私やオスカーに調査を依頼してきた。そしてオスカーが、閉じ込められているユウマくんを発見し―――ひとめぼれをしてしまったのだよ」
ゴフ! と悠真が茶を噴いた。
オスカーがリアムを「おい」と睨みつけるも、咳き込む悠真の背をさすっているせいで迫力も半減だ。
「術式を用いて彼を人の身に変え、無事想いを遂げられて嬉しい気持ちはよぉぉくわかるんだけれどね。のぼせ上がって限度を見失うと、ユウマくんの身体がもたないよ?」
「待て、私は」
「だいたいきみ、ユウマくんに大事なことちゃんと伝えたのかい? ん?」
「ヴェリタス様の仰る通りでございます。旦那様、ユウマ様にそちらのお品をお贈りする意味、きちんとご本人にお伝えになったのでしょうか? こういったことは意地を捨てねば、後々響いてしまうものにございますよ」
「……っ」
とんでもない奇襲にオスカーは歯噛みする。この二人を相手に二対一は分が悪過ぎた。
(ちょ、ちょっと、何の話? どうしてこんな話になってんの?)
咳は止まったものの、悠真は変に口を挟むこともできず、オロオロと攻防を見守るしかなかった。
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