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生きとし生ける者の世界へ

23. 三夜目*

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 日没から冷え込みは加速し、昼の間に溶けた雪や氷は、夜の訪れとともに再び凍りつく。
 設置された温石で刺すような冷気は若干やわらいでいるとはいえ、それを除いても、寝台の上にはうだるような熱気が漂っていた。

「……あ、あん……あんん……あぁ……」
「……、はぁ……」

 シーツを掴もうとしても、指先に力が入らない。逃し切れない悦楽に悠真はビクリとのけ反り、また小さく達していた。
 密着した腰が湿った音を立てる。はらの中がぬるついて、深々と貫くそれを更に奥へ誘い込もうと蠢いている。
 涙なのか汗なのか、もうわからない。口の端からこぼれる唾液をぬぐう余裕もない。

 ついさっき、三度目をそそがれていた。それまでに自分が何度絶頂に追いやられたのか、悠真は数えてすらいない。
 たっぷりと魔力に満たされてなお交わりは終わらず、たくましい身体に組み敷かれたまま、熱く潤んだ場所をかきまぜられてか細い声を上げる。
 いつも明け方に降っているのか、今夜も大気は澄み渡り、月は鮮明な姿で青く空を照らしていた。



   □  □  □



 脱衣所の床に崩れ落ちそうな己を叱咤し、悠真は自力で入浴をすませた。貴族であろうと、男性はだいたい十歳~十二歳ぐらいから使用人の手をわずらわせずに風呂へ入るようになる。
 生々しい話をすれば、お年頃になった少年が可愛い使用人を引きずり込む『事故』を防ぐためだ。愛人志望の使用人が積極的に引きずり込まれるのを防ぐ目的もある。
 とにかく悠真はミシェル時代の経験もあり、利用方法や置き場所その他がだいたいわかっていたので、つつがなく入浴を終えられた。

 惜しむらくは、温泉のようなお風呂をもっとじっくり堪能したかった。館の規模からすればこぢんまりとした広さであっても、旅館のプライベートな温泉を彷彿とさせる浴室は悠真の好みど真ん中なのである。カリタス邸の浴室にあったのはお洒落な猫足バスタブで、物珍しさの勝っている間は良かったけれど、構造的に冷めるのが早かった。

 せっかく魔法があるんだから、魔法で冷めない工夫をすればいいじゃんと最初は思った。ところが悠真がこっそり『生活魔法レベル』と名付けた魔法は、工夫の余地がない本気で最低レベルの魔法でしかなかった。
 そのレベルの魔法を使えても、みんな使えるから『魔法使い』とは呼ばれない。応用の幅が出てくる魔法使い、すなわち中位以上の魔法を扱える者など家を出た長男オスカーしかおらず、そうでなくとも「貴族たるもの魔法は高尚な使い方をせねばならぬ」などと、ひたすらどうでもいい考え方が想像以上に根強かった。これは王家が魔法使いを独占できなくなり、貴族が各々の家に高魔力の人間を取り込み始めてから広まった考え方だという。
 『生活魔法レベル』ではなく、生活にすら役立てられないレベルだった。
 よって、冷めないお風呂など望むべくもなかった。

(それでも魔法が使えるだけ最高だったけどさ)

 そんな雑念で精神こころを保ち、つとめて機械的に身体を洗った。どこを触られてもいいように……いや、それは考えてはダメだ。のための入浴だと思い出したが最後、硬直して無駄に時間だけが過ぎてしまう。
 を洗わなくていいのだけが幸いだった。正直、真面目に助かる話だった。抱っこされている間に身体がぽかぽかしていたのは、体温が伝わっていただけでなく、腹の状態を探られていたからでもあったようだ。

 そして襲いかかる第一の試練。
 服、どうしよう。
 まず服がない。
 バスローブはいずこ。

 いいよどうせ脱がされるんだから! とおとこらしいのかそうでないのか微妙な気合を入れ、肩から膝まで覆う幅広のタオルを身体に巻き付けた。顔が火照っているのはお湯に浸かっていたからである。これでよし。
 いざ! と寝室に戻れば、部屋のあるじはソファで本を読んでいた。流れる髪筋の一本一本が醸し出す色気、彫像のごとく整った横顔に回れ右したくなるのを堪え、「お先にお湯いただきました」と声をかければ、彼は「わかった。冷えないようにそこで待っていろ」と頷いてさっさと脱衣室に向かってしまった。
 そうだった。オスカーもお風呂入らなきゃだよね。なんとなく自分が出たら即始まるような気でいた悠真は赤面した。

 ところで、「そこ」とは寝台である。
 第二の試練が訪れた。
 「そこ」でどうやって待っていればいいのか。
 毛布に埋もれればいいのか。
 仰向けで待っていればいいのか。
 端っこに腰かけていればいいのか。
 うんうん悩んだ末、オスカーが湯あみを終えて戻った頃、悠真は寝台の上で正座をしていた。大事な時は正座待機である。
 しかしガウンタイプの寝間着の前から覗く胸板や首筋の色気にノックアウトされ、くるりと背中を向けてしまった。

(そういえばこの世界、バスローブないんだった。すっかり忘れてたよ、あはは……)

 どうでもいいことで気を紛らわせようとする悠真の背後で、寝台がギシリと沈み込んだ。接近する気配に心臓が破裂しそうになるや否や、トンと背中を押されて、ころりと俯せになる。
 タオルも奪い去られ、「俯せの何がいいんだっけ」と頭の片隅に一回目の記憶がよぎるも、背中を這う手の感触に掻き消された。
 マッサージをするように全体に手を這わされ、しかし首の裏や背筋に落とされた唇がマッサージではないと伝えてくる。尖らせた舌先が尾骨の近くまで下りてきて、際どさにぞくぞくと鳥肌が立った。

(窒息するからまだダメ、って話だったんだっけ)

 声が出そうになるのを我慢しながら、両腕で呼吸のできる空間を確保して思い出した。
 そんな風に気を散らそうとしたのを咎めるように、今回はいきなり侵入が開始された。苦痛や圧迫感はない―――けれど、いつもより抵抗感があった。内壁がそれを締め付けてしまうせいだ。
 いつもと違う角度、リアルさを増した質感にあえぎ、勝手にぎゅうぎゅう絞る動きに涙が出そうになる。やっと根元まで埋まった時は息も絶え絶えだった。
 なのに、オスカーはますます悠真を追い詰める。前に回した片手で乳首をつまみ、もう片方の手はすっかり芯の入った中心に添えられた。

「濡れているな」

 悠真の先端は、わずかに雫を垂らしていた。指の先でくちくちと弄られ、悲鳴が漏れる。
 大きな手はふたつの袋をまとめて包み、中指で会陰をなぞり始めた。

「ひぁ! ぁ、んう……」

 オスカーの上半身が悠真の背中にぴったりと重なる。顔が見えず、何をされるかわからない恐怖と、それを凌駕する期待感に圧し潰されそうになる。
 宣言もなくいきなり一度目が放たれた。胎内に充満する熱に痙攣けいれんし、とうとう涙がこぼれた。両足が指先まで突っ張り、必死で枕にしがみつく。
 腰が勝手に浮いてしまう。悪戯な指が乳首を揉み、中指が会陰をこする。自分の身体なのに自分の言うことをきかず、後ろの口が美味しそうに男をんでしまう。

(あ、また、おっきくな、った……)

 けれど何故か、亀頭の部分だけを残して引き抜かれてしまった。

「おまえが、特に悦ぶ場所が二箇所ある。わかるか?」
「……?」
「まずは……」

 少し進んだ場所まで埋め込み、上下に揺らされた。その瞬間、亀頭が何かを引っかけ、全身に電流が走った。
 そこから生じた強烈な快感に、悠真の中心へ何かが集まる。

「ここが、一箇所目」
「あ、あ、あう」
「もう一箇所は、ここだ」
「い、あっ!」

 ぬめりを得た内部を、一気に最奥まで貫かれた。その瞬間、悠真の先からぷしゅり、と液体が噴き出された。
 わずかな量だったが、例えようのない解放感と悦楽に震え、一度噴いた後もタラタラと雫が止まらない。

「ぁ……ああ……あ……」
「どうだ?」
「……あ、ん……や、……やぁ……」
「嫌、か?」

 ふ、とオスカーは笑った。

「嫌ならば、ずっとこのままだぞ?」
「えっ……」

 一番深い場所、触れられるだけで腰がよじれる場所にぴたりと当てたまま、オスカーは完全に動きを止めた。
 悠真の身体が小さく痙攣けいれんするたびに自然とこすれ、みっちり嵌めこまれたものを懸命にむ。
 なのに、与えてくれない。

「……ユウマ? …………」
「…………っっ」

 耳元に、しっとり毒をそそぎこまれた。半泣きになりながら、うずうずと疼く腰に耐え切れず、悠真はその毒に陥落した。
 言う通りにすれば、欲しいものが与えられる。

「き、……きもち、いぃ……」
「もう一度」
「きもち、い……きもちいい、よぉ……ぁあっ」

 気持ちいい、と正直に言うたび、一度突いてくれる。心にも身体にも念入りに教え込まれ、何度も「きもちいい、きもちいい」とうわごとのように繰り返した。
 けれどだんだん、じれったくなってきた。思えばそれもオスカーの企み通りだったのだが、とうに頭の煮えていた悠真に察せられるはずもない。

「ユウマ? 何が欲しい? 言ってみろ」
「っ、……突いて、ぼくのなか、いっぱい突いてっ! ……オスカーの、ほしいっ」
「いい子だ」
「ぃあっ! あっ、あっ、あん、あぁあっ!」

 欲した嵐を与えられ、歓喜でむせび泣いた。
 やがて二度目の熱を抉り込むように放たれた瞬間、凄まじい悦びと幸福感が全身をおかした。
 耳から頭に流し込まれた毒でグズグズに溶かされ、もう何も考えられない。
 ぐったり弛緩した背中から胸板の感触が離れ、後ろからも引き抜かれるのを感じた。ひやりとした空気に寂しさを覚えつつ、「終わったのかな?」とぼんやり思った。

 ―――くるり、と身体をひっくり返された。

「……え?」

 美しい獣が、舌なめずりをしていた。まだ食い足りないと。
 灰の目が比喩ではなく銀色に光り、気品のある顔立ちなのに、どこまでも獰猛な野生の獣の顔をしていた。
 両膝をつかみ、股を広げられた。ささやかに濡れそぼった中心を、ぬかるんだ後ろを視線が彷徨さまよう。……どこから味わおうか、と。

(あ…………どうしよう)

 もっと食べられたい。全部。
 そんなことを望んでしまった。

 まだ、終わらない。


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