11 / 90
魔法使いとの出会い
11. 手段と選択
しおりを挟む(黙っていれば気難しそうに見えなくもないけど、それはそれでキリッとしてカッコいいじゃん? ミシェルの奴、思い込みが激しいんだよ。人の話きかないし)
お兄さん推しの一丁上がりである。
とはいえ実際、ミシェルのネガティブな性格と、人の話をちゃんと聞かない性質のせいで悠真は酷い目に遭わされている。事情を説明している間、お兄さんはずっと頭が痛そうに眉間を揉んだりこめかみを押さえたりしていたので、実は昔から弟のフォローで苦労してたのかな? と同情してしまう悠真だった。
そして彼の中のオスカー・レムレス像に、『意外と苦労性』という属性が追加された。
『ふ――――――……』
とてもとても長い溜め息ののち、親指で瞼を押さえて沈黙。日曜日のお父さんみたいだなとつい思ってしまった。肩を揉んでさしあげたくなる。口には出さないが。
「あの、それでですね。もしご存知であれば、でいいんですけど」
『なんだ?』
「僕がここから出られる方法って、ないんでしょうか」
『ふん……先ほどの話が事実であれば、それを望むのは当然だろうな』
「はい。ここから出たいんです。なので、もし方法があれば、それをご存知なら教えていただけないかなって」
オスカーは何も答えず、ただジ、と悠真を見た。
(あ、やっぱダメだよね。うんわかってた)
落胆はしない。ダメ元で期待はしていなかったから。
「無理なら、消える方法でもいいです。出られないなら、僕は消えたい。消えてしまいたいんです。あなたがそれをご存知なら、どうか僕を消してくれませんか」
やはり彼は答えない。純粋に知らないのか、思い出そうとしてくれているのかはわからなかった。
ふとオスカーは右手を上げ、何を思ったか鏡の表面に触れた。そのまま何度か手を押し当てている。
(ひょっとして、自分がこっちに来れないか試してる?)
さすがお兄さん、着眼点が素晴らしい! と、単純な悠真は心の中で拍手を送った。
何度か彷徨った手は、やがてピタリと停止した。大きな手指に指紋。そうしているとまるでガラスで隔離されているようだ。悠真もなんとなく自分の左手を持ち上げ、彼の手の位置にぺたんと手の平を当ててみた。
何も感じない。冷ややかさも熱すらもない。まぁそうだよな、と眉を下げ、小さく笑みをこぼした。
『……おまえの質問だが』
「はい?」
『そこから出る方法があるならば、もしくは消える方法があるならば知りたい。それで相違ないか』
「? はい」
『わかった。―――リアム・ヴェリタスの館に行く』
無実の罪を着せられそうになっているもう一人の人物だ。
何が「わかった」なんだろうと首をひねる悠真に、オスカーはリアム・ヴェリタスの館の方角と、だいたいの距離を教えてくれた。そこまで遠くはなく、間に別の家はない。それでも迷いそうであれば水鏡の泉を経由し、またこの館に戻ればいいと。
『念のために私も置き鏡を持っていこう。小さなものだが、万一案内された部屋に鏡がなかった場合はそれを置く』
幸いスムーズに目的地に着いた上、その応接間には顔ぐらいのサイズの壁掛け鏡があった。覗き込むと一瞬だけお兄さんと視線が合って嬉しくなった。
そこで目にした魔導塔筆頭、リアム・ヴェリタスの姿にまたびっくりした。一見すれば今まで見たことがないほど美しい女性のよう。けれど身長は悠真より高く身体つきもしっかりしており、近付けば女性めいた造作の美男子だとわかるだろう。
何よりウェーブのかかった緑のグラデーションの髪。精霊の愛し子の容姿について知識だけはあったけれど、いざ本物の緑髪を目にすれば「こういうことなのか~」と別の方向で感心してしまう。違和感なく似合っているのがまたすごい。
『……《聖者の灰》と《賢者の血》をよこせ、だったね。オスカー。まさかだけど』
『…………』
『可能なのかい?』
『召喚士であると同時に、《灰の精霊》の加護があれば』
もし心臓が動いていれば、きっと早鐘を打ち始めていただろう。シンと静かな胸を持て余し、悠真は二人の会話に耳をそばだてていた。
(僕が悪魔に? ……そうか、あれってそういうのの回避策なんだ)
オスカーは質問内容を復唱して「わかった」と言っただけで、結局どちらの問いに対しどうするとも答えていない。兄として弟の尻拭いをせねばと責任感を発動する一方、悠真が実は悪霊のような存在だった場合のリスクも念頭において言葉を選んでいたのだ。
自分の怪しさには納得しかないので、さすがお兄さん! と称賛を浴びせるしかない。
『私はバカか!? 自分がこんな大マヌケだとは知らなかったよ!!』
『安心しろ、一部では周知の事実だ』
『一部ってなにさ!? 気になるけどそうじゃなくてね!?』
……お兄さん、筆頭さんと仲良しなんだ。
悠真はついクスリと笑んだ。
「あの、驚かせちゃってごめんなさい。あと、筆頭さんのお館の鏡も大丈夫だと思いますよ。すごくキラキラして綺麗で、僕以外に変なのはいませんでしたから」
『「驚かせちゃってごめんなさい」と謝っているぞ』
『どういたしまして!! 圧倒的に悪いのは黙り腐ってたこの野郎だから気にしなくていいよ!!』
『それから、おまえの館の鏡も私の館と同様、「すごくキラキラして綺麗で、変なのはいないから大丈夫」だそうだ』
『あ、そうなのかい……ありがとう、ホッとしたよ……うん』
二人の様子に気の置けない友人達とのじゃれ合いを思い出して切なくなった。高校のクラスメートではなく、ジュール王子やジスラン、側近候補の友人達だ。生まれ変わったと信じ、新しい人生での友達を大事にしようと思っていたのに。
オスカーはジスランとノリが少し似ているかもしれない。顔ではなく、生真面目に見えて案外気さくで、おバカな会話でもしらっと交ざってくれるところが。
でも哀愁に浸っている場合ではなかった。二人によれば、このまま鏡の中に居れば、悠真は冗談抜きで悪魔になってしまうようだ。
否定はできない。心は痛んでも胸が痛まない。だんだん何かが削れていって、その代わりにヒタヒタと、暗いものが染み込んでくる瞬間が増えていたから。
しかし彼らの言い方からして、どうやらお兄さんには悠真をここから出す算段があるらしい。そのためには悪魔になっていてはいけないのだと。
(僕、そっちの世界に戻れるの……?)
ずっと何も期待しなかったから、現実感がない。けれどこの二人を助けたいことに変わりはなかったから、あの悪党達の会合で見聞きしたすべてを細かく伝えた。
脳裏でくっきりと再生される、あまりにも鮮明な記憶に己の異変を予感して怯みつつ、細かく、すべてを。
□ □ □
結論として、お兄さんはやはり比較対象にしてはいけない人だった。
捨てきれなかった期待と、それ以上の不安に鬱々とした日々を消化しながら待ち続ける悠真をよそに、オスカー・レムレスとリアム・ヴェリタスのコンビは、凄まじい手際で悪党を一網打尽にしてしまった。
精霊からの情報提供があったと、この二人が口にすれば何人も異議を差し挟めない建前を掲げ、魔導塔や王家の捜査機関などをフルに使い、わずか十日後、オスカーは必要な魔導素材を手にして姿見の前に立っていた。
「え、ほんとに? もう終わっちゃったんですか?」
『ほぼ消化作業だったからな。芋づる式にろくでもない輩を一気に減らせて、随分快適になった』
「そ、それはよかったです? ……何ヶ月ぐらいかかるのかな、って思ってたのに」
『主要メンバーの名前に計画内容、協力者、仲間同士の合図、証拠品の所持者や隠し通路の在処、開錠方法や暗号の解き方に至るまでご丁寧に揃っておきながら、そこまでかかったら無能の極みだ。―――術式について説明する』
「! ……はい!」
悠真は正座をした。先だっての土下座といい、ミシェルだった時よりも『水谷悠真』の習慣が前面に出やすくなっている。真面目なお話の時は正座、が悠真の魂に染みついているのだろうか。
いきなり床に座った少年にオスカーは奇妙な顔をしたが、こういう文化のある国にいたのだなとすぐに納得し、自分も床に腰を下ろした。この世界でも正座をする国はあり、昔試して無理だと悟ったオスカーは、最初から足を崩して座った。
真剣な面持ちで聞き入る体勢になった悠真に、やや気まずそうにしたのは一瞬だけ。その後は淡々と医者のように手順を説明していった。
まずは悠真を鏡の中から喚び出す。同時に《灰の精霊》の司る再生や誕生の力と、今回入手した魔導素材を用いて、悠真の魂に沿った依り代を作る。
《聖者の灰》と《賢者の血》は、既に存在しない肉体の復活においてこれ以上はないとされるもの。そうして出来た依り代を、悠真自身の肉体として定着・安定させるのだという。
その定着・安定させる方法に、悠真の目は点になった。
『おまえの魂に相応しい肉体が形成されるが、そのままでは不安定だ。安定させなければ一日も経たぬうちに崩壊が始まる。魂はよくて消滅、悪ければ亡者として現世を彷徨うことになるだろう。安定させる方法は一つ、私と交わることだ。おまえの合意は必須であるからはっきり言っておくぞ。私のこれを、おまえの中に入れて、精をそそぐ』
そこまでハッキリ言わないでください! と、以前の悠真なら真っ赤になって遮るところだ。
が、心臓や血液の概念がなく、汗も涙もない現在、青ざめることも赤くなることもなく、ただひたすら目を点にするしかなかった。
「あのぅ、いろいろお手間をかけさせている立場で非常に申し訳ないんですけど、それ以外の手段って」
『どこかにはあるかもしれんが、見つける前におまえが手遅れになる。酷だが、選べ。魔化して永遠に鏡の中へ封じられるか、土壇場で拒否して亡者と化すか、覚悟を決めるか』
なんつー究極の選択肢を……!? と心の中で叫びかけ、悠真はふと「あれ、そうでもない?」と首を傾げた。
A. 未来永劫ひたすら孤独なこの状態でいる
B. 運がよければ肉体崩壊後に消滅
C. でも悠真は運が悪そうだから彷徨う亡者になる可能性大
お兄さんとそういうことをしなければA~Cのどれかになる。
そういうことをするだけで全回避。
(……そんなに究極でもないな?)
と、思ってしまった。
悠真がいるのは、孤独を楽しめるレベルの世界ではない。気が狂う以外に救いのない世界だ。たった一晩の羞恥心など何ほどのことか。
「ええと、でも、お兄さんは」
『オスカーでいい。敬称もいらん』
「……オスカー、は、嫌じゃないですか? 僕みたいなのとそういうことするのって。どうしても無理なら、無理にとは」
『どうしても許容できん術式ならば、そもそも黙っていればいいだけだ』
「そ、そうですか、ですよね……術式……」
そう、術式だ。悠真を外の世界に戻すための処置。オスカーは明らかにNOと言えるタイプの大人だし、絶対に無理なら自分から提案したりしないだろう。
(少なくとも、僕はギリOK、てことかな)
悠真に対する嫌悪感はない。その事実に背を押され、「でしたらよろしくお願いします」と頭を下げた。
『では、今夜から開始だ。月が昇って沈むまでの間に最低でも一回、三晩続ける。いいな』
「―――……」
後出しジャンケンはやめていただきたい。
いいや、こちらが勝手に一回と思い込んだだけだ。せいぜい三回になったところで何ほどのことか。
悠真はキリ、と身を引きしめ、「ハイ」と頷いた。
1,262
お気に入りに追加
1,786
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~
荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。
弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。
そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。
でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。
そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います!
・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね?
本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。
そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。
お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます!
2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。
2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・?
2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。
2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる