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魔法使いとの出会い

11. 手段と選択

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(黙っていれば気難しそうに見えなくもないけど、それはそれでキリッとしてカッコいいじゃん? ミシェルの奴、思い込みが激しいんだよ。人の話きかないし)

 お兄さん推しの一丁上がりである。
 とはいえ実際、ミシェルのネガティブな性格と、人の話をちゃんと聞かない性質のせいで悠真は酷い目に遭わされている。事情を説明している間、お兄さんはずっと頭が痛そうに眉間を揉んだりこめかみを押さえたりしていたので、実は昔から弟のフォローで苦労してたのかな? と同情してしまう悠真だった。
 そして彼の中のオスカー・レムレス像に、『意外と苦労性』という属性が追加された。

『ふ――――――……』

 とてもとても長い溜め息ののち、親指で瞼を押さえて沈黙。日曜日のお父さんみたいだなとつい思ってしまった。肩を揉んでさしあげたくなる。口には出さないが。

「あの、それでですね。もしご存知であれば、でいいんですけど」

『なんだ?』

「僕がここから出られる方法って、ないんでしょうか」

『ふん……先ほどの話が事実であれば、それを望むのは当然だろうな』

「はい。ここから出たいんです。なので、もし方法があれば、それをご存知なら教えていただけないかなって」

 オスカーは何も答えず、ただジ、と悠真を見た。

(あ、やっぱダメだよね。うんわかってた)

 落胆はしない。ダメ元で期待はしていなかったから。

「無理なら、消える方法でもいいです。出られないなら、僕は消えたい。消えてしまいたいんです。あなたがそれをご存知なら、どうか僕を消してくれませんか」

 やはり彼は答えない。純粋に知らないのか、思い出そうとしてくれているのかはわからなかった。
 ふとオスカーは右手を上げ、何を思ったか鏡の表面に触れた。そのまま何度か手を押し当てている。

(ひょっとして、自分がこっちに来れないか試してる?)

 さすがお兄さん、着眼点が素晴らしい! と、単純な悠真は心の中で拍手を送った。
 何度か彷徨った手は、やがてピタリと停止した。大きな手指に指紋。そうしているとまるでガラスで隔離されているようだ。悠真もなんとなく自分の左手を持ち上げ、彼の手の位置にぺたんと手の平を当ててみた。
 何も感じない。冷ややかさも熱すらもない。まぁそうだよな、と眉を下げ、小さく笑みをこぼした。

『……おまえの質問だが』

「はい?」

『そこから出る方法があるならば、もしくは消える方法があるならば知りたい。それで相違ないか』

「? はい」

『わかった。―――リアム・ヴェリタスの館に行く』

 無実の罪を着せられそうになっているもう一人の人物だ。
 何が「わかった」なんだろうと首をひねる悠真に、オスカーはリアム・ヴェリタスの館の方角と、だいたいの距離を教えてくれた。そこまで遠くはなく、間に別の家はない。それでも迷いそうであれば水鏡の泉を経由し、またこの館に戻ればいいと。

『念のために私も置き鏡を持っていこう。小さなものだが、万一案内された部屋に鏡がなかった場合はそれを置く』

 幸いスムーズに目的地に着いた上、その応接間には顔ぐらいのサイズの壁掛け鏡があった。覗き込むと一瞬だけお兄さんと視線が合って嬉しくなった。
 そこで目にした魔導塔筆頭、リアム・ヴェリタスの姿にまたびっくりした。一見すれば今まで見たことがないほど美しい女性のよう。けれど身長は悠真より高く身体つきもしっかりしており、近付けば女性めいた造作の美男子だとわかるだろう。
 何よりウェーブのかかった緑のグラデーションの髪。精霊の愛し子の容姿について知識だけはあったけれど、いざ本物の緑髪を目にすれば「こういうことなのか~」と別の方向で感心してしまう。違和感なく似合っているのがまたすごい。

『……《聖者の灰》と《賢者の血》をよこせ、だったね。オスカー。まさかだけど』
『…………』
『可能なのかい?』
『召喚士であると同時に、《灰の精霊》の加護があれば』

 もし心臓が動いていれば、きっと早鐘を打ち始めていただろう。シンと静かな胸を持て余し、悠真は二人の会話に耳をそばだてていた。

(僕が悪魔に? ……そうか、あれってそういうのの回避策なんだ)

 オスカーは質問内容を復唱して「わかった」と言っただけで、結局どちらの問いに対しどうするとも答えていない。兄として弟の尻拭いをせねばと責任感を発動する一方、悠真が実は悪霊のような存在だった場合のリスクも念頭において言葉を選んでいたのだ。
 自分の怪しさには納得しかないので、さすがお兄さん! と称賛を浴びせるしかない。

『私はバカか!? 自分がこんな大マヌケだとは知らなかったよ!!』
『安心しろ、一部では周知の事実だ』
『一部ってなにさ!? 気になるけどそうじゃなくてね!?』

 ……お兄さん、筆頭さんと仲良しなんだ。
 悠真はついクスリと笑んだ。

「あの、驚かせちゃってごめんなさい。あと、筆頭さんのお館の鏡も大丈夫だと思いますよ。すごくキラキラして綺麗で、僕以外に変なのはいませんでしたから」

『「驚かせちゃってごめんなさい」と謝っているぞ』
『どういたしまして!! 圧倒的に悪いのは黙り腐ってたこの野郎だから気にしなくていいよ!!』
『それから、おまえの館の鏡も私の館と同様、「すごくキラキラして綺麗で、変なのはいないから大丈夫」だそうだ』
『あ、そうなのかい……ありがとう、ホッとしたよ……うん』

 二人の様子に気の置けない友人達とのじゃれ合いを思い出して切なくなった。高校のクラスメートではなく、ジュール王子やジスラン、側近候補の友人達だ。生まれ変わったと信じ、新しい人生での友達を大事にしようと思っていたのに。
 オスカーはジスランとノリが少し似ているかもしれない。顔ではなく、生真面目に見えて案外気さくで、おバカな会話でもしらっと交ざってくれるところが。
 
 でも哀愁に浸っている場合ではなかった。二人によれば、このまま鏡の中に居れば、悠真は冗談抜きで悪魔になってしまうようだ。
 否定はできない。心は痛んでも胸が痛まない。だんだん何かが削れていって、その代わりにヒタヒタと、暗いものが染み込んでくる瞬間が増えていたから。
 しかし彼らの言い方からして、どうやらお兄さんには悠真をここから出す算段があるらしい。そのためには悪魔になっていてはいけないのだと。

(僕、そっちの世界に戻れるの……?)

 ずっと何も期待しなかったから、現実感がない。けれどこの二人を助けたいことに変わりはなかったから、あの悪党達の会合で見聞きしたすべてを細かく伝えた。
 脳裏でくっきりと再生される、あまりにも鮮明な記憶に己の異変を予感して怯みつつ、細かく、すべてを。



   □  □  □



 結論として、お兄さんはやはり比較対象にしてはいけない人だった。
 捨てきれなかった期待と、それ以上の不安に鬱々とした日々を消化しながら待ち続ける悠真をよそに、オスカー・レムレスとリアム・ヴェリタスのコンビは、凄まじい手際で悪党を一網打尽にしてしまった。
 精霊からの情報提供タレコミがあったと、この二人が口にすれば何人なんぴとも異議を差し挟めない建前を掲げ、魔導塔や王家の捜査機関などをフルに使い、わずか十日後、オスカーは必要な魔導素材を手にして姿見の前に立っていた。

「え、ほんとに? もう終わっちゃったんですか?」

『ほぼ消化作業だったからな。芋づる式にろくでもない輩を一気に減らせて、随分快適になった』

「そ、それはよかったです? ……何ヶ月ぐらいかかるのかな、って思ってたのに」

『主要メンバーの名前に計画内容、協力者、仲間同士の合図、証拠品の所持者や隠し通路の在処、開錠方法や暗号の解き方に至るまでご丁寧に揃っておきながら、そこまでかかったら無能の極みだ。―――術式について説明する』

「! ……はい!」

 悠真は正座をした。先だっての土下座といい、ミシェルだった時よりも『水谷悠真』の習慣が前面に出やすくなっている。真面目なお話の時は正座、が悠真の魂に染みついているのだろうか。
 いきなり床に座った少年にオスカーは奇妙な顔をしたが、こういう文化のある国にいたのだなとすぐに納得し、自分も床に腰を下ろした。この世界でも正座をする国はあり、昔試して無理だと悟ったオスカーは、最初から足を崩して座った。
 真剣な面持ちで聞き入る体勢になった悠真に、やや気まずそうにしたのは一瞬だけ。その後は淡々と医者のように手順を説明していった。

 まずは悠真を鏡の中からび出す。同時に《灰の精霊》の司る再生や誕生の力と、今回入手した魔導素材を用いて、悠真の魂に沿った依り代を作る。
 《聖者の灰》と《賢者の血》は、既に存在しない肉体の復活においてこれ以上はないとされるもの。そうして出来た依り代を、悠真自身の肉体として定着・安定させるのだという。
 その定着・安定させる方法に、悠真の目は点になった。
 
『おまえの魂に相応しい肉体が形成されるが、そのままでは不安定だ。安定させなければ一日も経たぬうちに崩壊が始まる。魂はよくて消滅、悪ければ亡者として現世を彷徨うことになるだろう。安定させる方法は一つ、私と交わることだ。おまえの合意は必須であるからはっきり言っておくぞ。私のこれを、おまえの中に入れて、精をそそぐ』

 そこまでハッキリ言わないでください! と、以前の悠真なら真っ赤になって遮るところだ。
 が、心臓や血液の概念がなく、汗も涙もない現在、青ざめることも赤くなることもなく、ただひたすら目を点にするしかなかった。

「あのぅ、いろいろお手間をかけさせている立場で非常に申し訳ないんですけど、それ以外の手段って」

『どこかにはあるかもしれんが、見つける前におまえが手遅れになる。酷だが、選べ。魔化して永遠に鏡の中へ封じられるか、土壇場で拒否して亡者と化すか、覚悟を決めるか』

 なんつー究極の選択肢を……!? と心の中で叫びかけ、悠真はふと「あれ、そうでもない?」と首を傾げた。

A. 未来永劫ひたすら孤独なこの状態でいる
B. 運がよければ肉体崩壊後に消滅
C. でも悠真は運が悪そうだから彷徨う亡者になる可能性大

 お兄さんとそういうことをしなければA~Cのどれかになる。
 そういうことをするだけで全回避。

(……そんなに究極でもないな?)

 と、思ってしまった。
 悠真がいるのは、孤独を楽しめるレベルの世界ではない。気が狂う以外に救いのない世界だ。たった一晩の羞恥心など何ほどのことか。

「ええと、でも、お兄さんは」

『オスカーでいい。敬称もいらん』

「……オスカー、は、嫌じゃないですか? 僕みたいなのとそういうことするのって。どうしても無理なら、無理にとは」

『どうしても許容できん術式ならば、そもそも黙っていればいいだけだ』

「そ、そうですか、ですよね……術式……」

 そう、術式だ。悠真を外の世界に戻すための処置。オスカーは明らかにNOと言えるタイプの大人だし、絶対に無理なら自分から提案したりしないだろう。

(少なくとも、僕はギリOK、てことかな)

 悠真に対する嫌悪感はない。その事実に背を押され、「でしたらよろしくお願いします」と頭を下げた。

『では、今夜から開始だ。月が昇って沈むまでの間に最低でも一回、三晩続ける。いいな』

「―――……」

 後出しジャンケンはやめていただきたい。
 いいや、こちらが勝手に一回と思い込んだだけだ。せいぜい三回になったところで何ほどのことか。
 悠真はキリ、と身を引きしめ、「ハイ」と頷いた。


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