巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
上 下
228 / 230
番外・後日談2

『鏡の精霊~』からの出張編 (5)

しおりを挟む

 あちらの世界のレムレス邸は、館というより『城』だったけれど、ロッソ本邸だって充分にでかい。
 それにサラッと表面だけを見て終わるのではなく、レムレス殿がじっくり細部まで見たがる人だったので、異世界のお館ツアーはほぼ一日がかりになった。

 彼に頼みたい俺の用事はというと、まあ明日以降に延期だ。
 これは特に残念でもない。俺の計画している別荘は、ここよりずっとこぢんまりとした建物にする予定だし、レムレス殿に協力してもらいたいのはぶっちゃけ風呂場の部分だけだ。

 とはいっても、俺は建築のプロではない。「そこまでやんなくても適当にここだけ見てくれればいいんだよ」というのは、素人の安易な考えだろう。
 一部の設計が全体の構造に関わってくるということは、きっとたくさんあるはずだ。
 だからレムレス殿には、こちらの世界の建造物がどんな感じなのか理解を深めてもらうために、彼の気になるところはじっくり時間をかけた。
 心配なのはユウマ殿が放置されて拗ねるんじゃないかという点だったけれど、彼はレムレス殿の博識で研究家なところが好きなようなので、二人の間に亀裂が入ることはなかった。

 こちらの世界に来た直後は不機嫌そうだったレムレス殿は、知識欲が満たされたためか夕食時には機嫌が直っており、そんなレムレス殿を見ながらユウマ殿も嬉しそうだった。
 レムレス邸より遥かに不便な風呂も、それはそれで旅行の醍醐味と楽しんでくれたらしい。
 というか彼ら、ずるいんだよ。ユウマ殿が水魔法も火魔法も使えるから、風呂のお湯が短時間で用意できてしまう。
 おまけにレムレス殿は、ドライヤーみたいな乾燥用の道具を持ってきていた。

 皮膚の奥まで干からびたらいけないので、表面だけを乾かすように調整してある魔道具だ。
 小さなオカリナのような形で、持ち運び簡単で電力いらず。
 ただし動かすには魔力が必要。
 つまり俺達には使えない……!

 あっちの世界では、レムレス邸の使用人が髪を乾かしてくれた。
 彼らは魔石を使っていたんだけれど、俺やアレッシオが触れても魔石は反応しなかった。
 実はその魔石を使うのにも、最低限の魔力が必要だったのである。
 レムレス殿いわく、俺達の心や身体には、魔力を使うために必要な回路自体が備わっていないということだった。
 世界に満ちている魔力量がそもそも違うから、その部分が未発達なんだろうってさ……。

「その子猫のような悪魔は、魔法使いともまた違う仕組みで力を振るう。ゆえに、この世界でも支障がないのだ」

 悪魔は自分の中にエネルギー炉みたいなのがあったり、もしそういうのが小さくても異界から力を引っ張ってきたりできるんだって。

「ほお~……おまえ、すごかったんだな?」
「今さら!? おまっ、今さらか!?」

 あ、いやいやごめんて。
 最初からすごい奴だったわ。前から知ってるよ? 知っているとも。
 ただ、たま~に忘れるだけで。

 子猫が拗ねてしまったので、苦笑するユウマ殿からを一旦俺の手に戻していただき、黄金の指(猫専用)をこれでもかと振るった。
 フニャフニャになったので、ご満足いただけたと思う。



 さて、今夜の寝床なのだが、今回はユウマ殿と一緒に寝ようかな?
 友達が家に泊まりに来たら一緒に寝るというアレ、貴族相手だとできないんだよ。
 それに俺とユウマ殿は立場が似ているし、ほかの人にはちょっとできない……恋バナ……みたいなやつとかをな。
 ちょっぴり、ほんのちょっぴりしてみたいのだ。

 なので部屋に戻ると、アレッシオに「今夜はユウマ殿と一緒に寝たいけれどダメか?」と訊いてみた。
 が……。

「ダメです」
「う。でも、お喋りをするだけだぞ? 私とユウマ殿の間で、そういう雰囲気になどなりはしないとわかるだろう?」
「あなたはね。でも、ユウマ殿はわかりませんよ」
「それはユウマ殿に失礼ではないか?」
「彼らが言っていたでしょう、あなたは精霊に好かれる性質たちだと。そしてユウマ殿の本質は精霊という話です」
「あ……そういうことか?」

 本能みたいなもので、ユウマ殿に強い好意を持たれるかもしれない、と心配しているのか。
 杞憂かどうかを判断できるほど、俺達は精霊も魔法も詳しくないしなぁ。

「それに、ダメな理由はもうひとつあります」
「なんだ?」
「……これからあなたを、庭のデートに誘いたかったのですよ」

 行く!!
 もちろん行くとも!!
 そんな切ない瞳で覗き込まれたら―――いや、覗き込まれなかったとしても、俺の答えにOK以外は有り得ない。

 俺はアレッシオの用意した薄手のコートをいそいそと着込んだ。
 そんな俺を見て、アレッシオは「しょうがないですね」と言いながら笑っている。
 ぐあぁ……この笑顔、超絶好きなんだよ。デート前から俺のハートをがっしり掴みやがって。
 ええっと、子猫は……。

「みゅ……僕はもう、ねんねする……も~このベッドから動かないぞ……」

 猫用ベッドの中で、でろーんとうつ伏せになっていた。
 マッサージが効き過ぎたかな? ゆっくりねんねしておくれ。



 専属メイドのエルメリンダとミラ、そして護衛の騎士がさりげなく俺達の後ろをついてくる。
 そういうのにすっかり慣れて、意識せずともあまり気にならなくなったのは何年前のことだったろう。
 俺とアレッシオは、庭に下りながら手を繋いだ。
 今夜は満月。灯火がなくとも外は明るい。
 二人で目指す先は、俺達の好きな薔薇のたくさん咲いているあの庭だ。
 煉瓦の小道をゆっくり歩きながら、この木のつぼみがもうすぐ咲きそうだなとか、庭師が先日こういう花を仕入れたいと言っていて……みたいな、とりとめのないお喋りを楽しむ。

「……ん?」
「おや。先客がいましたね」

 薔薇の区画に、あの二人がいた。
 異世界お館ツアーの際にこの庭も二人に案内していて、俺達の色の薔薇がたくさん咲いているのだと教えると、彼らは興味を惹かれた様子だった。

 二人は薔薇を眺めながら、親密そうに寄り添って立っている。
 満月のためだけじゃなく、二人の姿は闇の中でもぼんやり浮き上がって見えた。
 多分あれ、俺の背後のメイドや騎士達にもハッキリ見えているだろうな。みんな今頃どう思ってんのかな~。

 レムレス殿の流れる髪が、灰よりも銀に近い色できらめいて、ユウマ殿の一重瞼がしっとりと色香を帯びて細められている。
 レムレス殿の腕はユウマ殿の腰を抱いていて、ユウマ殿が顔を上向け……
 ごく自然に、二人は…………あ~…………

 俺は目を逸らした。
 どうしましょう。人様のラブシーンを見てしまいましたよ。
 この庭、素敵なデートスポットなんだなと自信を持ちそうになるのは脇に置いといて、俺達どうしようか。
 アレッシオに目で問いながら見上げると、彼はどことなく意味深な目で見下ろしてきた。

「今日、私とあなたがどのような予定を立てていたのか、覚えていらっしゃいますか?」

 低く、ごく小さな声で尋ねてくるのに、俺もできるだけ声を抑えて答えた。

「……旅行、だな?」
「そうですね。そのために二人の休暇を合わせました。あなたとゆっくり過ごすために」

 ―――っっああああ!?
 そうだよ! そうだったんじゃん!
 結局中止になって残念だけれど、部屋ではいちゃいちゃしようねという話になって!

 趣味に没頭するレムレス殿にユウマ殿が拗ねないかなとか、俺が気にしなきゃいけないのはそこじゃなかった!

 アレッシオが拗ねてんじゃん!?


しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...