巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

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番外・後日談

56. 自慢の主君の晴れ舞台 (5) -sideアレッシオ

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 読みに来てくださってありがとうございます!
 今回オルフェオくん視点を挟もうかと思いましたが、話が前後してややこしくなるなと思い直しました。
 次回はオルフェオくんターンになります♪

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「そなたとの話は以上だ」

 陛下は笑顔で切り捨て、東の伯爵から視線を外した。
 我が身に何が起きたのかよくわかっていない伯爵は、口を開けたきり呆然としている。
 西の侯爵は黙りこくったままだ。隣に座っているのだから着席を促してやれば良いのに、角度的に顔は見えないが、こちらはこちらで内心穏やかではいられないのだろう。
 とうとう宰相閣下に着席を促され、東の伯爵はふらりと腰を下ろした。

「―――以上をもって褒美となす。そなたには今後も期待しておるぞ、ロッソ侯爵よ」
「ありがたきお言葉、幸甚の極みに存じます」

 閣下の声は、何事もなかったかのように涼やかだ。やはり役者が違うな。
 最後にささやかな一波乱のあった式典は、陛下が再び御座へ着かれた直後、荘厳な楽の音によって締めくくられた。



 全員が一気に宴会場へ移動しようとすると混雑が起きるため、暗黙の了解で身分の低い者から少しずつ移動を始める。

「アレッシオ」

 ジルベルト様が俺に話しかけてきた。彼は陛下と東の伯爵へサッと視線を走らせた後、また俺に目を合わせてくる。
 王宮という場はどこで何を聞かれているかわからない。言葉にはできない彼の問いかけに、俺は頷くことで答えた。
 そうですね、わざとではないでしょうか。衆目の前であの男の失言を誘い、領地の件を万人に納得させ、あわよくば降格も……と。
 西の侯爵を含め、適当にやっている貴族達への見せしめもあるやもしれません。親しい友人が一瞬で転落するのを真横で見せつけられた西の侯爵は、さぞ肝が冷えたのではと。

 おめでたい席でやることではないと思う一方、今日を逃せばこういう機会はそうそうないのも理解できる。
 平民の老人達が困惑していたのは少し可哀相だった。彼らは公爵席のある段の手前に椅子が設けられていたので、俺達よりも近くで目撃する羽目になったのだから。
 しかし我らの閣下が優しく話しかけてやったようで、かちこちに緊張しつつもホッとした顔になった。何を言ってあげたのだろう。

 国王陛下ご夫妻と殿下は、既に控えの間に戻られていた。俺達は自席で順番が来るのをのんびりと待つ。
 功労者や上位者の席に野心家が殺到したら移動どころではなくなるので、焦れるが大切なルールだ。

 当たり障りのないお喋りをジルベルト様と交わしながら、ようやく俺達の番が来て、宴会用の広間に案内された。
 パーティーは半立食形式だった。華やかな装いの方々が身分の近い者同士で固まり、お喋りをしながら、上位身分の方々の動向を探っている。
 本格的な挨拶回りは、主役が全員揃ってからだ。
 そしてやっと、侍従の案内で広間に現われた我が君は、真っ先に俺やジルベルト様のもとに来てくれた。

「アレッシオ、ジル。どうだった?」
「ご立派でございました」

 表向き平静を装いつつ、万感を込めてお伝えし、近くの侍従からもらった酒精のない飲み物を差し出す。
 閣下はニヤリと微笑まれ、優雅に受け取ったグラスを、俺のグラスに触れさせてキンと鳴らした。
 この場で多くの言葉は交わせない。けれど自信に満ち溢れた力強い笑みといい、さりげない親密さといい、これでもかと俺の胸を高鳴らせる。
 抱きしめたくてならないが、ここでは我慢だ。

 この距離で立っていれば、俺達を観察している周囲の方々が衣装の類似点に気付きやすい。先ほどまで別行動が多かったからな。こうして近くにいることで、あからさまではないものの揃いの衣装になっていることがわかる。
 最強なのは俺の首もとの下で輝くロッソの家紋だ。言葉を尽くさずとも、ただの愛人枠ではないのだと一目瞭然な証。
 周りから感じる視線や言葉の種類は、驚愕や困惑、それに納得。閣下を狙っていた御仁などは残念そうにしていた。妙齢の娘を持つ人物はともかく、自分自身が愛人志願をする気だった身の程知らずもいたようだな。
 イレーネ様やシルヴィア様のおかげで心穏やかに微笑みつつ、よそを当たれ、と胸中で呟いた。

「素敵でした、兄上」
「おや。さすがにこの場では『兄様』呼びは封印か?」
「さすがにダメでしょう、兄様―――おっと」

 しまった、とおどけた仕草で口元に手をやるジルベルト様は、どうもわざとだな。ごく自然に無邪気な態度を出せるところが、さすがは閣下のご兄弟であり、イレーネ様のご子息だ。
 さっそく失敗したな、と鷹揚に揶揄からかってやる閣下は、弟に甘い兄そのものだ。こちらは意図も何もなく、普通に本心から出たものだろう。

 実はご兄弟の不仲説や、ジルベルト様も愛人の一人ではないかという下世話な噂を流す輩もいたのだが、これでまともに相手をしてくれる者はいなくなったろう。閣下の気品溢れる立ち姿は、邪推を何より愛する方々を一気に黙らせてしまう威力があった。
 さすがは我が君。賛美の言葉が泉のごとく湧き出そうになり、俺まで口を閉ざすしかなくなる。ひとことでも言葉にしたが最後、止まらなくなりそうだ。

 閣下がいらしたので、挨拶回りを始めるとする。俺や閣下だけでなく、ジルベルト様も注目の的だった。
 上着・ベスト・ブーツのいずれも、白から空色、空色から菫色のグラデーションになっている。襟や裾、袖の刺繍は金糸と銀糸の組み合わせだが、要所に配した薔薇の刺繍だけは菫色となれば、どなたを意識した衣装なのか丸わかりだ。
 クラバットとズボン、袖のレースなどは純白。ただしクラバットピンの先は、中央に菫色の石を収めた金細工の薔薇。はっきり言って、俺や閣下よりも露骨な衣装だった。
 もちろん、非常に似合っている。閣下の普段のお衣装が着る者を選ぶように、こちらはこちらで着こなせる者など滅多にいないだろう。

 兄君には子供っぽい表情を向けていても、ジルベルト様の顔立ちからはすっかり幼さが抜け、目線の高さも俺とあまり変わらない。どこかの王子殿下と言われても納得してしまいそうな美貌に、学園でトップクラスの成績を収めた閣下の弟君となれば、密かに狙っていた者は多いはず。
 もしこの衣装を見せつけていなければ、ジルベルト様も今後、釣書が山と送り付けられることになっていたろうな。

 俺とそんな弟君を引き連れ、閣下はまず、側近であるニコラ殿の父のヴェルデ子爵、そしてラウル殿の父のアランツォーネ男爵に声をかけていった。少し歓談された後、アランツォーネ男爵にヴェルデ子爵のことを頼み、次にロッソ配下の貴族に声をかけてゆく。
 特にロッソ領やその周辺から出向いた小貴族などは、みな涙で喉を詰まらせながら挨拶をするのが印象的だった。
 オルフェオという若者が、ロッソの地ではいかに英君として慕われているのか、これで察せられない者はいない。
 それでも広間の隅のほうで、コソコソこちらを睨んでくる者が皆無でもなかったが、そんな態度を取るほど周囲から人が消えてゆく事実に気付けばいいものを。

 もはや閣下の敵は小物しかいない。
 問題は……俺の個人的な敵だ。

 ローザ男爵家の長子。ミラの兄。初めて声をかけてやった際の閣下のご様子、そして閣下に臣下の挨拶をするこの青年の表情に、俺は心底安堵した。

 ……会わせる前に潰しておいてよかった。

 これから閣下の臣下になろうという家の跡継ぎ息子に、人品が疑われかねない噂が立っているのはよくない。そうルドヴィカ様に内密でご相談したことは、閣下には秘密だ。
 婚約者が決まった以上、閣下へ向けるこの青年の視線が、憧れや敬愛を超えることはきっとない。

 しかし、俺の安堵は長く続かなかった。まったく警戒していなかった方向から、新たな敵が出現したのだ。
 二公爵家の片割れ、オリーヴァ家のご令息。
 年齢も背丈も俺とさして変わらず、切れ者の父にそっくりと噂の男。寡黙で堅実、他人にも己にも厳しく、それでいて友人や身内には思いやり深さを見せるという。
 そんな人物が何故これまで独身だったのか、俺はこの男が閣下に声をかけてきた時の、視線に込められた熱量から察してしまった。

 ……俺の同類か。

 これまで閣下の周囲にいた者は、男も女も、色恋より崇拝に近い敬愛を抱いた。だからこれだけ魅力的な御方なのに、俺には敵らしい敵が現われなかった。
 これまでは、と過去形で語らねばならなくなったらしい。
 俺は内心で歯噛みするしかなかった。


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