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番外・後日談

26. いちゃいちゃとローザ家の長男についての報告

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 領内の農家は収穫のピークに入り、どこもかしこもてんてこまいになっている。
 その一方、収穫祭の準備も着々と進んでいた。
 領民の全員が農家なわけではないし、果樹農家なんかは秋が収穫期ではないところもある。けれどそういった手の空いている人々は、人手を求める農家へヘルプに入ったりするらしい。
 我が領はほかの領地より、職人として生計を立てている民の割合が比較的多めだ。なのに秋の魔力でも存在するのか、この時期はどの職種の人間でもまんべんなく忙しくなっている。
 一部が忙しくなると、一見関係なさそうな職種の人々まで、みんな連動して忙しくなるってやつだな。巡り巡ってどこかでは繋がっているものだから。
 しかも今年は豊作だった。稼げるしたくさん食えるしで、領民はみんな嬉しい悲鳴。
 そんな十月のある日、『領主様働き過ぎ警報』が出た。

「待て。そこまでの仕事量ではないぞ?」

 俺んちって部下がみんな優秀だから、あれやって、これやってって、お願いするばかりじゃん。
 人にやらせて、自分はたいしたことなーんにもしてなかったってば。
 言うほど働いてないよ? そんな忙しくなかったよ?

「ご自分の仕事量に関して、この方の感覚はマヒしておりますから、おまえ達も鵜呑みにしないように」
「はっ」

 俺の側近達が部下にそんなことを言い聞かせている。部下もみな神妙に頷いていた。
 おまえら、下の奴らを着々と洗脳してやがるな?

 俺ってば以前、過労でぶっ倒れた前科があるから、ほんのちょっぴり多めに仕事しているだけで、みんなに慌てられちゃうんだ。
 ……というか、もしかして口出し将軍がみんなウザかった? おまえ黙って仕事してろって意味?
 ごめんね、静かに書類さばくから―――

「違います。全然違います閣下」
「アレッシオさん、閣下をお願いできますか」
「ええ、お連れしましょう。ニコラ殿、ラウル殿、あとはお任せいたします」

 仕事に復帰したニコラと、おまえこそいつ休んでるんだと言いたくなるラウルが重々しく頷き、俺はアレッシオにガシリと腕を掴まれて執務室からの退場を余儀なくされた。



「こちらから呼ぶまでは入らないように」
「かしこまりました」

 俺の部屋の前でメイド達は一礼し、俺達二人だけが中に入った。

「おや? アムレート様はお出かけのようですね」
「あ、本当だ」

 俺の部屋の数か所に置いてある猫用ベッド、ドアから一番近いやつの中に一枚のカードが入っている。これは『お散歩に行ってきます』のカードだ。
 あいつってかなり遠い場所でも自力で行けるんだよ。なんでそれを失念してたんだって話だが、以前、予定外に部屋へ戻った時、あいつの姿が見つからなくて本気でビビったんだ。
 少ししてちゃんと戻って来てくれたけど、誘拐されたのかお散歩なのかこっちは判断つかなくて心配するから、出かける前に置手紙を残してくれと、アレッシオや子猫の半眼に耐えながらカードを作ったんだ。
 贈答品につけるメッセージカード(高級紙)に肉球を描く奴なんて、この国広しと言えど俺しかおらんだろうな。

「うわっ?」

 アレッシオは予告なく俺を横抱きにし、そのまま近くにあった一人掛けのソファにぽすんと腰をおろした。
 目を白黒させている俺に構わず、ウエスト部分にぐるりと腕をかけてくる。

「今日はこのまま、のんびりいたしましょう」

 片腕を腰の上に引っかけたまま、もう一方の手で俺の髪をサラサラとすいてくれる。性的なものを意識させない、言葉通りのんびりしましょうという仕草だったが、俺は少し緊張してしまった。

「まだ慣れませんか? こういうの」
「慣れてたまるか」

 目線が下になったアレッシオに、すねた口調で文句を言ってしまった。
 こういう、昼間に明るい部屋でいちゃいちゃするというのは、どうにも慣れない。
 部下から恋人にモードチェンジしたこいつはもう無敵なのだ。視線も声の響きもとにかく甘い。吸い込む空気すら甘く感じて、内側から隅々まで支配されてしまう。そうなればもう白旗を揚げるしかない。

「慣れないのは、この時間帯に二人で過ごす機会が少ないからですよ」

 アレッシオは声に呆れと不満を滲ませた。
 そう言われてみれば、夜は必ず一緒の部屋に戻るし、何もしない時でも同じベッドで眠るのが当たり前になってきたけれど、真昼間にいちゃいちゃすることってほとんどないな?
 ……つうか、前回の休日、いつだったっけ?
 あれ? お、おかしいなー? さっぱり記憶に無いぞう?

 アレッシオがジト目になり、「思い出しましたか」と呆れ声で問う。
 すんません……ひょっとしなくとも、先月ロッソ杯の準備を始めたあたりから数えて、およそ一ヶ月休暇ナシでしょうか。

「一応申し上げておきますけれど、我々はちゃんと休みをいただいておりましたよ。あなたが休みはきちんと取れと命令しますので。肝心のあなたが休んでくださらなかっただけです」
「うぐぅ……」
「せっかく作ったあなたの休日に仕事が飛び込んでくる忙しさだったので、どうしようもない点もないとは言い切れませんが」

 全然大目に見てくれる気のないセリフである。だってその飛び入り仕事は大抵、俺が思い付きで新しいことポンポン始めて忙しくなってただけだもんな……。
 あのラウルでさえ、「減らしたそばから仕事増やしてどうすんですか! もう少し小出しにしてくださいよ!」って怒ったぐらいだもん。

「そういうわけですから、たまには私のために時間をください。ほら、寄りかかって」
「ん……」

 甘い甘~い声でそんなことを言われたら、もうその通りにするしかないじゃん。肩と首にゆるく抱き付くようにして、おずおずと寄りかかった。
 うおお、照れる……。なんつうかこの、いかにもいちゃいちゃしてますっていう体勢、ムズムズするというか落ち着かねえわ~……。

「子猫が出かけていて助かった……。もしいたら、おまえの部屋に移動するしかなかったな」
「私の部屋に?」
「うん。子猫にはここでいい子にしてもらって……何故そんな顔をするんだ?」

 いつもそうしているのに、何で訊き返すんだろう?

「……どうしてあなたは、肝心の部分に思い至らないのでしょうかね」
「何かおかしなことを言っているか?」
「いえ。アムレート様はお散歩中ですよね、外に(つまり自在に行き来できるんですから締め出すのはそもそも不可能でしょう?)」
「うん、そうだな?」
「…………」

 アレッシオは妙な顔をして、結局何も言わず、顔の角度を変えて唇を俺の唇に合わせてきた。
 振り向いたら偶然触れ合ったみたいな軽い口づけでしかないのに、これのためにいくらでも頑張れる気がするのが不思議だ。

「ローザ家のご長男のことですが……」
「……ん?」
「あちらも、よい報せがあったようです……」

 おま、口くっつけたまま報告始めるとか!
 それともこれは「仕事の話じゃありませんよただのお喋りです」アピールなのか。うーん、何でもすぐ頭の中で仕事に結びつけてしまう俺の悪癖封じだとしたら、完璧だ。
 キスがきもちよいです……あう……。

 ぐだぐだにされた頭と耳でようやく聞き取った内容は、ローザ男爵家の兄貴のことだった。
 現時点で俺とは接点のない人物ではあるんだが、彼の今後についてはそこそこ気になっていた。
 というのも、ミラがニコラに嫁いだ時点で漠然と予感はあったんだけれど、ローザ男爵家そのものがアルティスタの国民になりそうなんだよ。
 ミラがあちらの国で受けた仕打ちは、忘れようったって忘れられないはずだ。唯一ミラを庇い、クズを成敗してくれた王女様だって今はルドヴィクに嫁いでいる。
 エテルニア王国に戻りたいとは、もう思わないのではないか。

 おそらく彼らは、そう遠くないうちにこの国の国籍を得る。となれば、後ろ盾は俺がやることになるだろう。
 そうなれば気になるのは長男の結婚相手と、末の妹だ。

 妹に関しては、反省を学んでしっかりやってきたようで、もう問題児ではなくなったと聞いた。パーティーで話せて嬉しかったとミラが喜んでいたな。
 誰も狙ったわけじゃないが、どうやらヴェルデ家の次男となんとなく良い雰囲気になっているそうなので、不要なヒロインの皮はしっかり脱皮できたと信じていいだろう。
 後は、ミラの次にえらい災難をこうむった兄貴だが。
 彼はエテルニアにいた頃、ミラの元婚約者のクズ野郎のせいで縁談が消え、アルティスタに来てからは末の妹のせいで婚約の打診がすべて取り下げられた。
 俺ひょっとして女運悪い? と彼は思ったらしい。
 まず、何ひとつ彼のせいではない。ミラのせいでもない。悪いのはクズ野郎と、ヒロインに酔っていた小娘のせいだ。
 しかし縁談がことごとく消えたために、「結婚できるのだろうか?」から、やがて「もう結婚できなくていいか」に変わったらしい。
 つまり、あきらめの境地に達した。
 
「可哀想が過ぎるのだが、なんとかしてやりた……んむ……」
「解決しましたので、ご安心を。私とこうしている時、ほかの男に心を砕くのは厳禁ですよ……」
「ん、ん」

 おまえが話を振ったんじゃん! もしかしてこれ何かのプレイなの!? ちゅっちゅすれば俺が黙ると思ってんだろ、その通りだよ!

 翻弄ほんろうされまくりながら再び聞いた内容をまとめれば、なんとここでも元王女様、つまりルドヴィクの奥さんが救い主になった。
 女性と比較し、男は独身であっても白い目で見られることは少ない。ただし、あくまでも独身主義を最初から宣言していた場合に限る。
 結婚の意思があったのに、数多の婚約が成立する前に消えたらしい。となると、「本人に何か問題があったのではないか」なんて疑惑が生じるわけだ。
 そして末の妹の過去と、ミラの過去が蒸し返される。ローザ家の全員にとって、いいことなど何ひとつない。

 ルドヴィクの奥さんはミラの兄貴の人となりを調べ上げ、この国で得た友人の男爵令嬢をミラに紹介したそうだ。
 やや気弱だが芯は強く、趣味は裁縫さいほう、他国の物語を読むのも好きなので外国語にも堪能。彼女は婚約者がいたのだが、何かと理由をつけては結婚を先延ばしにされ、挙句に男が浮気をしていたと判明して破談になったという。どいつもこいつもよ……。
 で、ミラと両親のセッティングでその令嬢と見合いをしてみた兄貴は、たちまち恋に堕ちたらしい。マジですか。
 ルドヴィクの奥さんとミラが「この女性なら」と太鼓判を押したのなら、人品は疑いようもないからいいんだけどさ。

 ……ミラがアレッシオにその報告をしたのって、いつよ。

 俺の臣下に加わるであろう家の長男の縁談なのに、最後に知らされるのが俺ってどういうことだ。
 俺は無理やり顔を離して、どことなく面白くなさそうなアレッシオのとび色の瞳をジ、と見つめた。

「もしや、ローザ家の長男とやらは、いい男なのか?」
「…………」

 あの男爵夫妻の自慢の息子で、ミラが敬愛する兄貴だ。末の妹のことも複雑な思いを抱きつつ、心底反省しているのが確認できたら許してあげたそうだし。間違いなく人格者だよ。
 他国の代表の一人として働く親父に恥じないよう、そこらの下位貴族よりセンスを磨いていそうだし。身なりよく、あの姉妹と顔立ちが似通っているとすれば、イケメン確定……。

「そうかそうか、ふふ。なるほどなぁ?」
「―――……」

 そっちの意味で俺に会わせたくないタイプだったんだな~、そうか~。
 にまにま笑っていたら、渋面を作ったアレッシオにすぐ後悔させられた。
 深い口付けで言葉も吐息も奪われ、腰砕けになった俺は気付けばベッドの上……。

 うん、まあ。
 こういう日があっても、いいかな、なんて思ったりした昼下がりだった。


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