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番外・後日談

16. 一方、もうひとつの島では -side貴腐人達

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 さっきまで真面目な話をしていたかと思えば、いきなり身長を測ろうと言い始めた男達へ、慈愛のまなざしを送る集団がいた。
 ヴィオレット婦人と呼ばれるようになったルドヴィクの妻と、そして妹のルドヴィカを中心とする女性達である。

(ああ……ロッソ様がふてくされたように腕を組んでいらっしゃるわ)
(ブルーノ様のまなざしが何てお優しいのでしょう……)

 彼女らの視線の先では、ロッソ伯爵オルフェオが腕組みをして柱に背をつけている。
 そんな彼を見おろしながら、柱にしるしをつけるブルーノ準男爵アレッシオは、いかにも有能な年上の臣下といった風情だ。しかしその瞳は己の主君への、隠しきれぬ愛情に満ちている―――と彼女らの目には映った。
 彼がオルフェオの伴侶であることは、多くの者が知る暗黙の事実であり、一部の貴婦人達の間では歓喜とともにひっそりと受け入れられていた。
 なんといっても二人の並び立つ姿は、そのまま絵画におさめたくなるほどに似合う。
 苛烈な印象を与えやすい美貌の持ち主でいながら実際は気さくで、必要であれば冷徹にもなれるオルフェオ。貴族になってからも常にあるじを立てて出しゃばらない、端整で禁欲的な顔の下に情熱的な一面を隠すアレッシオ。
 良い……と彼女達は溜め息をついた。

(よいですわ)
(よいですわね)
(あのお二人の見つめ合われる瞬間だけをお菓子に、いくらでもお茶が飲めてしまいますわ)

 こっそりそんな内緒話を交わしていることなど、おくびにも出さない。
 男子のはしゃぐ光景を離れた場所から「あらあら」と見守る顔を崩さない、女優顔負けの貴婦人達。

(皆様、素晴らしいですわ。わたくし、扇子で隠せなければどうしてもボロが出てしまいましてよ……まだまだ未熟ですわね。お口が歪んではいないかしら)
(ご安心を、お義姉様。いつものお義姉様のお顔ですわ)
(ルドヴィカ様の仰る通りですわよ。自信をお持ちになって)
(でもお気持ち、わかりますわ。先ほどからあちらの出来事、とっても誘惑が多いのですもの。このような罪深いことを想像してはいけないのでしょうけれど、ついつい、ロッソ様がほかの殿方と寄り添われるお姿にも目が行ってしまいますわ)
(なんてことを。ブルーノ様は唯一無二の御方ですのよ)
(ええもちろん、ブルーノ様以外のお相手など有り得ないことは大前提ですけれど。それはそれとして、ほかの方との組み合わせも想像してしまいますの)

 そう、ただの想像である。
 ちょうどその頃、あちらの賑やかな集まりの中で、ルドヴィクが揶揄からかうようにオルフェオの頬に触れていた。ドアのノックをする時と同じように、手を裏返して関節をトンと触れさせるような、そんな軽い接触だった。
 が……貴婦人達の心の目はカッ! と見開いた。

『そのようにふてくされていないで、私のために笑顔を見せてくれないか、オルフェ』
『何を言うんだ、ヴィク……』
『ふふ、すまない。おまえが私を見てくれていると思うと、嬉しくてついな……』
『そっ、そういうことを言うな……』

 切ない輝きを湛えた菫色の瞳を、ほんのり頬を染めて見つめ返すオルフェオ……。

(……よいですわ)
(よいですわね)
(よいですけれど。わたくしはあちらの組み合わせも捨て難いと思いますの)

 彼女がチラリと視線で示したのは、アランツォーネ男爵令息のラウルだ。
 どうやら平均身長に達した彼は、年相応の表情で小さくガッツポーズを作っている。
 可愛らしさが抜けてすっかり美しい青年に成長したラウルは、こんな『お遊び』など鼻で嗤うタイプだったはずなのだが……。

『珍しいなラウル、おまえがこんなことで熱くなるなんて』
『熱くもなりますよ。僕はあなたの隣に立ち続けるために、常に相応しい存在でありたいんです。能力でも、見た目でもね』
『ら、ラウル?』
『くだらないことだってわかっていますよ。あの人に勝てるとも思っていません。でも……!』
『ま、待て、ラウル……!』

 身長差の逆転した側近は、自分より細くなった主君の腰を抱き寄せ―――

(だめですわ! いけませんわ、それ以上は!)
(こ、これは危険ですわね)
(アランツォーネ様、昔はわたくしよりお小さい方でしたのに、ロッソ様よりもずっと目線が高くなられて……わたくし、この事実だけで胸がドキドキしますの……)
(わかりますわぁ……)
(それを言いますと、義弟おとうと君もとっても大きくなられましたわよね)

 ジルベルトは入学前から、母とともに学園へオルフェオを迎えに来ることがあった。その頃、彼はラウルよりも小さかったのだ。
 それが今やアレッシオに追い付かんと、挑発的な笑みを向けるまでになっていた。

『ねえ兄様。僕、もうすぐアレッシオより大きくなっちゃいますよ♪』
『そ、そうかもしれんな』
『この身体も、この腕も、みんな兄様のおために鍛えたんです。僕のすべては兄様のもの。ねえ、僕、頼もしくなったでしょう?』
『そ、そう……だな……』

 ジルベルトは義兄を腕の中に囲い込む。義兄は少し怖くなって義弟の胸に手を突くも、逃れられない。
 そんな兄の抵抗に、ジルベルトはふわりと笑った。

『……兄様? 僕がアレッシオを超えたら、ご褒美が欲しいな……』

 無邪気だった微笑みの中に、しっとりと危険な色香を滲ませ―――

(っっきゃあああ!)
(ダメですわ! ダメですわ!)
(ききき危険ですわ! これ以上は危険ですわよ皆様!)
(ふう、ふう……さ、さすが義弟君ですわね。凄まじい破壊力ですこと……)

 破壊力も何も単なる妄想なのだが、そんなことは関係ない。

(どの殿方も胸が高鳴りますけれど、皆様はどなたとの組み合わせがお好きですの? ちなみにわたくしはヴェルデ様ですわね。残念ながら本日はいらっしゃいませんけれど、ロッソ様との出会いがきっかけで変わられたというお話にこう、胸がぎゅっとしましたの……)
(わたしくはやはり、旦那様が一番ですわね)
(わたくしはジルベルト様ですわ)

 オルフェオの架空のお相手に、自分の夫や婚約者を推薦する猛者が二人。

(わたくしはどなたと限定せずに、すべての麗しい殿方から求愛されるロッソ様も……なんてつい想像してしまいますの。お恥ずかしいですわ……)
(あら、そのようなことはありませんわよ)
(心は自由ですものね)
(出会う殿方すべてから求愛されるロッソ様を、ブルーノ様が腕の中に隠されて、『この方は私の大切な方です。どなたにも渡しません』と蹴散らすのですわね)
(あ、素敵ですわぁ……)

 その頃、百八十センチ未満同盟は裏切者が出て崩壊(理由・背が伸びたから)。次は何で勝負するかと、またもや話があさっての方角に進んでいる。彼らはロッソ杯の件以外で、話し合わねばならないことはもうないのだろうか。
 そして貴婦人達も一応、ちゃんと用事があってここに来ている。しかし大切な用事であったはずなのに、目前の光景を愛でるほどには重要ではない気がしてきていた。
 その後も男達のおバカな争いはテーマを変えて続けられ、貴婦人達の目と耳と脳内をたっぷり楽しませたのだった。


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