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番外・後日談
5. 後継者達の今、頼もしき爺さん達の昔語り
しおりを挟む応接室で待っていたのは、中年のおじさんが二人と、お爺さんが二人だった。
あれ、多くない?
ジルベルトと特に仲良しの友達くんの名は、ボルド伯爵令息とメロー伯爵令息だ。
前者は首席でガタイがよく、言葉遣いが少々粗野な印象を受ける。
後者は次席で優しげな雰囲気、体格は俺とあまり変わらなかった。
今日は彼らの父親に会うという話になっていたんだけれど、この爺さん達はなんだろう。
俺達が部屋に入るなり、四人とも立ち上がって礼をしてくれたのは普通に作法通りだ。
でも、俺を見る目がみんな熱っぽい気がするんだけれど、急にガンガン来ないだろうか。ちょっと怖い。
俺とルドヴィクが並んでソファに座り、アレッシオとラウルは俺のすぐ背後に立った。背中の安心感がすごい。アレッシオはもちろん、ラウルも俺よりたくましくなっちゃったからなあ。うちの仕事に加え、商売がらみで日頃からあっちこっちに足を運んでいて、運動量めちゃくちゃ多いんだよ。
客人達はテーブルを挟んだ対面のソファ。もしガッと身を乗り出して来られようと、背後の二人が絶対に何とかしてくれる距離だ。
そんな俺の心配に反し、彼らは落ち着いた様子で、ちゃんと礼儀正しい挨拶をしてくれた。
聞けば突然参加の爺さん達は、本来予定していた客人の父親、つまりそれぞれの先代だった。
この国の爵位は怪我や病気、高齢といった理由で、亡くなる前に次代へ移すことが可能だ。しかしボルド家で下克上が起こった年、先代ボルド伯はまだまだ壮健だった。
メロー伯爵家も同じ。彼らは持病も何もなかったのに、長男より優秀と思われた下の息子へ後継者を変更したあと、タイミング的には数年後から十年後とバラつきがあれど、いずれも一般的な年齢よりも『若い』と言われる段階で家督を譲っている。
「何か判断を誤ったのではと自問し始めた頃、監禁されまして。まさか己の息子からそのような仕打ちを受けるとは、露ほどにも思わず」
先代ボルド伯が後継者を変えるに至った理由は、学園を卒業して戻って来たその息子が、誰よりも輝いて見えたからだ。
高位貴族だからといって、国の中枢近くに領地があるわけではない。大きい国では必然的に貴族の数も多くなり、同じ身分の中でも格差が出てくる。
遠方に住まう貴族が囚われがちなのは、田舎者コンプレックスだ。都会への憧れがあり、王都に比べれば自領で最大の町でさえ、みすぼらしく何もなかった。
先代ボルド伯も長男も、社交の時期になると毎年王都を訪れていた。そのたびに弟の所作、弁舌、豊かな知識量は、どんどん兄より優れたものになってゆく。
卒業して戻った頃には、年の大半を田舎に閉じこもり、狭い世界しか知らない長男とは圧倒的な差がついていた。
跡継ぎだからと、領地に留めていたことがいっそ長男に申し訳ないとすら感じた。
悩んだ末、先代ボルド伯は弟を跡継ぎに変更。呆然とする長男には子爵位を譲り与え、この家には居づらかろうと、子爵領にある別荘も譲った。
そうして長男がいなくなった館で、改めて弟へ後継ぎ教育を施す段階になり……だんだん、おかしいと感じ始めたのだ。
これでよかったのか。これを後継者にして、本当によかったのかと。
自分はこの息子の輝かしさに、目がくらんでいたのではないか。
『父上、それは田舎の理屈ですよ。王都では通りません』
『父上、ご心配なく。私はうまくやってみせますから』
優雅で知識豊かな息子は、にこやかに自信をみなぎらせ、徐々にその本性を出し始めた。
落ち着き払った笑顔や言葉の下に、見え隠れする嘲り。
そして父親の命令にはいはいと笑顔で返しながら、従うとは限らない。長男がいた時は、決してそのようなことはなかった。ずっと従順で控え目だったのだ。
おまけに自分の部下と称して、見知らぬ者を何人も雇い始めた。
身の危険を感じた頃にはもう何もかも遅かった。
「わたくしは薬を盛られておったようです。しばらく意識が朦朧とし……」
先代メロー伯は言った。
彼らの共通点は、『胸の中で疑問がくすぶり始めた頃に息子が豹変した』ということだった。
おかしいと思っても、一度変えた跡継ぎをまた元に戻したい、などと簡単にできる話ではない。そうコロコロ気軽に変えていいものではないのだ。
そんな風に父親が悩み出したのを悟り、相手が先に行動へ移してしまった。
不幸中の幸いだったのは、ボルド伯もメロー伯も複数の爵位持ちで、後継者から外した長男を安全に家から出していたことだ。
当初は恩情のつもりだったが、結果的にそれが彼らの命を繋いだ。
『もう不要だけれど、要るかい?』
そんな言葉とともに、心身ともにボロボロになった父親を、彼らは笑いながら兄へ押し付けた。
老人も長男も、恐怖で口をつぐむしかなかった。弟が王都で築いたという『友人関係』も恐ろしく、少しでも反発すればあっという間にひねり潰されるだろう。
「儂はなんという愚かなことをしてしまったのかと、愕然といたしました。この息子には泣いて侘びましてな……」
先代メロー伯は悔恨に満ちた声音で言い、先代ボルド伯も目を伏せながら頷いた。
時が流れ、まさか奪われた場所へ戻る日が来ようとは、夢にも思わなかった。
ボルド伯爵とメロー伯爵は、どことなく居心地悪そうにしている。
当時は父親に対し、複雑な気持ちがあったんだろうな。
最初は恨みもしたはずだ。けれど弱り切って非を認めた父親を、無下にはできなかったんだろう。
―――客人が予定より増えている理由がわかった。
片目でルドヴィクをちらりと見やれば、彼は小さく口の端を上げた。
なんつうか俺は、上流社会では珍獣の扱いで、近寄らず触らず遠くで眺めてくださいね、みたいな存在になっているっぽい。
そしてヴィオレット公爵家は、俺担当の連絡窓口ということにしているらしい。それまで一切関わりのなかった者が珍獣と交流したくなったら、まず公爵家に話を通さなきゃいけないことにしてあるそうだ。
そうじゃなきゃ、滅多に姿を見せない珍しい生物に、『お友達希望』がいっぱい寄って来るんだって。珍獣に寄生したい奴とか、派閥のマスコット的な何かにしたい奴が笑顔でわんさと押し寄せてくるのを想像したら、ヴィオレットさんにお任せ一択だよ。
てっきり伯爵のおじさん達がガンガン喋るんだと思っていたら、蓋を開ければずーっと沈黙して大人しい。喋っているのは爺さんばかり。
さては両伯爵、父親の前では大人しめになるタイプだな?
「愚かなじじいの言葉に過ぎませぬが、息子が無茶な要望を繰り返しましたこと、心よりお詫び申し上げます」
謝罪する爺さん達。
気まずそうな息子達。
まず、無茶な要望が何かというと―――
ロッソ家の反逆児の名が知られ始め、彼らは自分と同じような目に遭っている者がほかにもいると知り、連絡を取り合って、なんとなく被害者の会のようなものが出来たらしい。正式な組織ではなく、お茶を飲みながら苦労話、思い出話を分かち合う集まりだ。
騙された先代はみな高齢になり、生きている者は少ない。
中には息子からたっぷり小遣いをもらい、ぶくぶく太って満足していた老夫婦もいたようで、そいつらはつい最近まで「儂らは間違いなど犯していない!」と頑迷に言い張っていたそうだ。
その息子が獄中で他界した上にお家取り潰しとなり、魂が抜けていたそうな。
後継の立場を奪われた中には、平民落ちして酒に溺れた者、自棄になって犯罪に手を染めて取り返しのつかなくなった者などもいた。
けれど子供はそんな父親を反面教師にし、平民として堅実に生きていたというケースもあった。腐らずに自分を保ち続けている者には何らかの救済が与えられ、見どころのある子の中には別の家の養子になれた者もいる。
そうして会を重ね語り合ううちに、誰かが言い始めた。「オルフェオ=ロッソに感謝申し上げたい」と。
そうだな、それはいいなとだんだん盛り上がり―――ごく一部が、ほぼ熱狂と言っていいほどに乗り気になってしまった。
その筆頭が、ボルド伯とメロー伯だった。
彼らは公爵家にその望みを手紙で伝えたが、「ロッソ伯爵は感謝など不要と言うだろう」と素っ気ない。
公爵ではなく、ロッソ殿に直接この気持ちをお伝えしたいのだ。
ヒートアップした彼らは、その後も繰り返し手紙を送り、ついには公爵邸や《秘密基地》の門前で出待ちをするに至った。
息子の行動に、爺さん達は「やばい」と危機感を募らせた。
ごたごたの渦中にいると、ものごとを見誤りやすい。己の痛恨の判断ミスを胸に刻んでいた彼らは、とにかく客観的な視野を失ってはならぬと、孫達にも苦い経験談として言い聞かせていた。
息子を立て、決して出しゃばらぬようにしていたが、こればかりは黙っていられない。多くの貴族からは嘲笑を浴び、あるいは顔をしかめられる行動だ。
何より公爵家から煙たがられ、当のロッソ伯爵からも「きもい」と迷惑がられてしまう。
いくら動機が善意や好意、感謝であろうと、やっていることは紛うことなき迷惑行為なのである。
息子達がうっきうきで「ロッソ伯にお会いできる」と報告した時、爺さん達は即座にヴィオレット家に手紙を出した。
責任持って息子を止めるから、自分も同席させてくれと……。
「良い判断、良い申し出だと思ったから受けた」
「同感ですヴィク様。これでお二人の爵位剥奪は避けられましたね」
しみじみ頷きながら言ってやると、ボルド伯とメロー伯は怪訝そうな顔になった。
いや、非公式で内密の席だから家族にも言うなって聞いてるでしょ? 爺さんにめっちゃバラしてるじゃん。
ここまでは爵位剥奪ほどじゃないけど、大袈裟に脅かす程度じゃないと効果はなさげだよね。
「ルドヴィク様の仰るように、謝罪など不要です。気持ち的な部分はさておき、現実的な話をしますね。それをいちいち受け入れてしまうと、同じ方法を使えば私に接触できると考える輩が大量に湧いて出るからですよ。あなた方の行動は、その手合いにとって都合がいいんです」
「……!」
「今日この席が設けられた理由として、そうしなければルドヴィク様の結婚式の席であろうと声をかけてきそうだと危惧したからです。そのようなことはいたしませんと言われても、信用ならない行動を既にあなた方は何度も取っている。度重なる手紙攻勢も、門前での待機行為も、やめろと注意されていたでしょう?」
新たな門出をともに祝おうという意味で、彼らのような立場の者が多く招待されていた。だが迷惑行為をしそうだからと出席禁止にすれば、ボルド家もメロー家も終わるんだよ。
説明してやると、二人の顔色が悪くなってきた。
「結婚式で話しかけられると困るのもそう。あなた方は私にお礼を言えて満足でしょうが、私は便乗した輩が続々と寄って来て対処に追われるはめになります。彼らはあなた方の行動を便利な言い訳に使いますよ。そして当然、主役は新郎新婦です。なのに式場の一角に招待客がごっそりと群がり、主役は放置されてポツン。―――ご自分がその立場であったらと想像してみてください。腹が立ちませんか? そして公爵家は準王族、ご来賓席には国王陛下、王妃陛下もいらっしゃいます。間違いなくあなた方は睨まれます」
顔色が青くなって白くなり、とうとう二人は俯いてしまった。
一度こうと思い込んだら真っすぐ過ぎて、周りが見えにくくなるみたいだね。思慮もちょっとばかり足りないかな。
でもなんだかんだあった父親の話にちゃんと耳を傾けて、息子は優秀で親子仲もいいという調査結果もあるから、改善の余地はあるな。
「若造が厳しい言い方をして申し訳ありません。ですがあなた方が、このようなことで再び追われるのは忍びないのです。今後はご注意いただけるものと信じております」
締めくくりは笑顔。それもニッコリとじゃなく、イレーネみたいなやわらかい感じの微笑だ。
俺の顔で真似ると、いい感じにご立派でお優しい感じが演出できるんだよね~。
お客様方は感極まった様子で、改めてお詫びと感謝をそれぞれ口にしてくれた。
これだけ釘を刺したんだから、今後彼らが何かをしてくることはもうないだろう。
万一変な動きをすれば、次はこの爺さん達かジルベルトの友達にチクろうっと。
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