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番外・後日談
4. 好意の落とし穴
しおりを挟む王都はいま社交シーズンに入ったばかりだが、俺は社交に参加するためにこちらに来ているわけではない。
シーズン中は国内の貴族の多くがここに集まるので、この時期に来たらたくさんの旧友といっぺんに会えるからだよ。
見ようによってはそれも社交って言われるのかもしれないけれど、格式を求められる正式なパーティーには、たとえ王族からの招待でもお断りする。公爵家やイレーネを通じて、最初の段階で「自分はこういうスタンスで行きます」っていうのを宣言しているから、俺の場合は失礼にも無礼にもあたらない。
俺が『特殊な』育ち方をしているのは有名な話だし、祖父も似たような感じだったという話も同時に広まったから、おおむね「昔からロッソ伯とは本来そういうものだ」と普通に受け止められているそうだ。俺はお祖父様に輪をかけて社交嫌いだけどね。
もちろん、友人達やイレーネが好意的に受け止められるような広め方をしてくれた点も大きい。
おかげさまで俺は今も、水面下でネチネチ策謀をめぐらす伏魔殿に足を踏み入れなくて済んでいる。
「皆はいつもそんな魔窟に挑んで、よく生還できているな。心から尊敬だ」
馬車で移動中、そんな話をしたら、俺以外の二人から呆れのまなざしを返された。
乗っているのはアレッシオとラウルと俺の三人だ。
「閣下がいたら派閥をめちゃくちゃにされそうなので、来てくれなくてもいいっていうのが皆さんの本音だと思いますよ」
「確かに、閣下は既存の派閥をすべて破壊して回りそうですね」
ラウルの見解に、アレッシオが即座に同意した。
待ちたまえ、俺はそんな危険人物ではないぞ。何故そんな真似をしそうだと思われているんだ。
「仮定の話ですが、ある派閥のトップがイレーネ様を愚弄していたら、その派閥を潰してやろうと思いません?」
潰すわ。
そんなんイレーネをバカにする奴が悪いだろ。あらゆる手を使って二度と復活できんようにしてくれるわ。
「そういうことですよ」
「そういうことですね」
……はあい。いい子でお口チャックしまーす。
でも今さらなんだけど、イレーネはいつもあちこちの伏魔殿へ行ってくれてるんだよな。俺が絶対参加しないだけであって、ロッソ家としては上流社会との縁を保ったままの状態なんだ。
さすがに完全に縁を切ったりはしないよ。最低限は敬意を払ってますっていう姿勢を示しておかないと、立ち行かなくなることが増えるからね。ラウルの家だって商売がやりにくくなる。
その役目を長いことイレーネに押し付けてしまっているのが、少々心苦しいんだが……。
「定期的に悩まれますね、それ。向き不向きで言うとイレーネ様は閣下とは逆に、社交が得意分野の御方なんですよ。大変とは思いますが、同時に楽しんでもいらっしゃるんです」
「お身内への庇護欲で目がくらんでしまうのでしょうが、あなたがいつもやっている適材適所のお一人です。心配し過ぎて『もう何もしなくていい』とやってしまうと、お役目を奪われたイレーネ様が何をすればいいかわからなくなり、途方に暮れてしまわれるのでは」
「……そうだったな。その通りだ」
これ、もしイレーネが俺の部下だったら特に迷わなかったんだよな。部下を軽んじているんじゃなく、「こいつにはこれを任せられる」って、能力を評価してさ。
要は俺が家族っていう存在に対して過保護なんだ。
「そんなんだからシシィ様に『お父様』って思われるんですよ」
「ぐっ」
―――妹がどうして、俺を父と認識していたのか。
それはある日、乳母が幼いお嬢様から『お父様』とは何ぞや? と訊かれ、返答に苦慮した結果、メイド達と個人的な父親像を話してみたのが原因だったそうだ。
その特徴がどうも俺と完全に一致していたそうで、シルヴィアの頭の中では『俺=お父様』が成立してしまった。
俺がいない時の出来事だったので、乳母はイレーネとジルベルトに報告し、二人は大爆笑。
その後も俺がまんま『娘に激甘な父ちゃん』だったから、実は違うんだよと理解できる年齢になっても、認識自体が変わることはなかったんだそうで……。
「妹君と婚約なさっているのですから、その発言に関しては己の首が絞まりますよ、ラウル殿」
「ぐっ」
アレッシオにチクリと揶揄われ、今度はラウルがうめく番だった。
そうだその通りだ。俺の『娘』と婚約しやがった奴が何か言ってるー。
「我は舅様ぞ。頭が高い、控えおろう~」
芝居がかった決め台詞を棒読みで唱え、半眼でニヤニヤ笑いながらふんぞり返ってやると、アレッシオが肩を震わせ、ラウルが悔しげに睨んできた。
ほっほっほ、痛くもかゆくもないのう。
―――なんておバカなことをしている間に、馬車は勝手知ったる公爵邸に到着。窓から見慣れた門が後ろへ流れていき、しばらく直線の道なりに進んだあと、中央に噴水のある庭をぐるりと回って停車する。
庭も建物も我が家とは比較にならない規模の、ヴィオレット公爵邸だ。
護衛騎士が馬車の扉を開けると、玄関扉の前にルドヴィクその人が軽く片手を挙げているのが見えた。
「よく来たな、オルフェ」
「お久しぶりです、ヴィク様」
出迎えてくれたルドヴィクは、もうすっかり精悍な面立ちの青年だ。出会った頃は俺以上に無表情がデフォだったのに、今は微笑を浮かべることが多い。
大袈裟に笑うわけではなく、口や目元の端で少し笑うぐらいなんだが、ルドヴィクにはよく似合っている。ルドヴィカいわく、俺の表情とやや似ているそうだ。
「彼女はヴィカとともに式場に行っている。衣装の最終チェックを行うそうで、私は来るなと言われてしまった」
「ああ、それは当日まで男が知ってはならないものですね」
「うん、そのようだ」
来月、ルドヴィクはとうとう結婚する。当初は四月の後半頃を予定していたが、招待客のスケジュールの関係で五月にずれ込んだのだ。
婚約者とはとっくに事実婚のような状態だったとはいえ、相手が他国の王女様なので式の省略なんてもってのほか。
男が花嫁衣裳も含めてすべて手配するカップルもいるが、女性としては殿方には当日のお楽しみ、というのをやりたい人が多いそうな。
一般の貴族だったら、領地で式を挙げるケースが多いんだけどね。公爵家は準王族だから、だいたい王都で結婚式をするものなんだってさ。
もちろん俺もこれには出るよ。友達の結婚式だもんね。
「例の客人は応接室に待たせてある。すまんが式の当日、おまえに声をかけられでもしたら、無関係の者まで群がる呼び水になりかねんと思ってな」
そう。今日は、ルドヴィクと楽しくお喋りをするために呼ばれたのではない。
招待客達の中で、最も注目を浴びるであろう存在が俺だ。今までどんな集まりにも決して姿を見せなかった俺が、その時だけは現われる。
ルドヴィクは自分の友人に声をかけるなって通達してくれているから、どんなに興味があっても、ほとんどの人々は遠目に観察するぐらいに留めてくれるだろう。周りを出し抜き、自分だけ声をかけてやろうとする輩は反感を買うだけで何のメリットもない。
それでもそういう無粋な客がいたら、冷たく追い払っていい。ルール違反をしているのはそいつなのだから。
問題は野心も何も関係なく、『純粋な好意で』俺に声をかけてくる者がいるかもしれない、ということだった。
通達があるのを重々承知の上で、この機会に俺へ直接感謝を伝えたい―――それを実行に移しかねない者がいるらしい。
感謝ってなんだと思えば、あの貴族大量捕縛の後、本来の場所に戻ることができた人々だそうだ。
すべてはロッソ家の反逆児、すなわち俺のおかげだと思われていて、俺は別にあんたらのためにやったわけじゃないんだがと言ったとしても、彼らはそうは捉えない。
ルドヴィクの結婚の場で、その結婚と何ら関係のないことで感謝の押し付けなんぞされても大迷惑なだけだ。
しかしそこで野心家どもと同じ対応をしてしまうと、感謝の気持ちが翻って逆恨みに変わりかねないのが人の心の厄介な点である。だからといってそいつらの声掛けを許しでもしたら、便乗して我も我もと殺到してくるのが目に見えていた。
呼び水になった奴はアリガトウを言えて満足すっきりフェードアウト。俺は蟻のごとく群がる奴らを蹴散らすのに必死になり、ルドヴィクと王女様はせっかくの結婚式にケチがつけられた形になる。
旦那のルドヴィクがそれを防ぎたいのは当たり前だ。だから彼は手紙で、俺が王都に来た時は『式場だろうが声をかけてきそうな奴』の一部に、事前に会って欲しいと言ってきた。
非公式の場で内密に会い、事前に感謝とやらを言わせてやって、式場では声をかけるなよと釘を刺したい、と。
うわぁめんどくせー、そういう奴らと関わり合いになりたくないよーと思いながら読み進めていたら、家名の箇所で目が止まった。
―――ジルベルトの友達じゃん。
同じクラスの、学年主席と次席。この二人が不動の一位二位にいて、ジルベルトがトップに立ったことはない。
家族の交友関係の調査は基本だ。変なのが近付いてきたらいけないからね。ジルベルトもそれは知っている。
弟の友達の親となると、ますますバックレるわけにいかんなこれは。
ここに来る前、初めて弟の友達二人に挨拶をしてみた。これから俺が会おうとしているのは彼らの父親なのだと、二人とも知らないのが察せられた。
家族にも内密にと厳命してあったから、そこはちゃんと守ったようだ。
ジルベルトとの仲良し度も信頼度も、この二人には何ら問題がない。
だからといってその親に手心は加えんがね。「事前に会わせて満足させておかないとこいつらはヤバい」ってルドヴィクに危惧させた奴らなんだから。
―――はぁ~。……帰ったら即、子猫なでようっと。
気は進まないが後々のために、きっちりどういう人間か見極めさせてもらおうじゃないか。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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