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そして始まりへ
140. そして始まりへ
しおりを挟むところ狭しと並べられている大量の荷は、俺宛ての誕生日プレゼントである。
家族から、友人から、お世話になった人々から、どうでもいい知らない連中から……。
当日に届いたものだけではなく、数日前から少しずつ届き始めていた。
雪深い季節、遠方へ荷物を指定日時に届けるなど至難の業なので、多分明日以降も届き続ける。
上に積み上げるな、躓いて転びそうな配置にはするなと注意が飛び交い、使用人総出でかかり切りになっていた。
ラウルはプレゼントの中から目を引く品物をチェックし、最終的にリストが出来上がれば、ニコラが代筆ではダメなお礼のお手紙の下書きをドサリと俺に渡してくれる。
今年も腱鞘炎の危機か。俺よりニコラの手指は無事でいられるのだろうか?
痛み始める前に誰かへ押し付けろとは言ってある。俺が引き受けるとは言っていない。
そ、と目を逸らして自室へ向かった。
「少し整理したいものがある。アレッシオ、鍵を。少しの間でいいから、誰も入らないでくれ」
「かしこまりました」
俺のプライベート空間の鍵束を預かり、ぱたりとドアを閉じた。
子猫用ベッドを見やり、ほんのりと切なさを胸に抱いて、使用頻度の少ない机に向かった。
書類作業は執務室で行い、思い付きもラウルがいる時にそちらで書くことが多いので、どしりと頑丈なこの机はたまにしか使わない。
―――この中身は処分しよう。
腕が疲れた指が痛いよと、顔をしかめながら書き上げた思い出に苦笑する。記憶だけだと漏れがあってはいけないので、従業員リストとメモ書きを用意しておき、チェックを入れながら書いたっけな。
それから、アレッシオにも書いた。頭が煮えているとしか思えない、どう読んでもラブレターでしかないあれをもし本人に見られでもしたら、羞恥で転げまくって布団の中から一生出られなくなる。
「恥ずかしいものを用意してしまった。なんてことは、今だから言えることだな」
鍵穴に鍵を差し込んで回し、引き出しを引いて―――……
「…………」
……おかしいな。
引き出しを閉じ、もう一度引いた。…………何もない。
一杯まで引いても、覗き込んでも、何もない。空だ。
……この引き出しじゃ、なかったかな?
いや、鍵をしたんだ、間違いなく。全部まとめて箱に入れて。
勘違いだったかな?
別の引き出しをすべて開けてみた。
ない。
…………ない。
いや。待て。この机と思ったのが勘違いだったかも。
腰に片手を当て、もう一方の手は顎に添え、部屋の中を二~三周うろうろと歩いてみた。
たまに天井を仰ぎ、意味もなく机を指差してみたりと、謎行動を繰り返し。
もう一度、机のすべての引き出しを開けてみた。
…………ない。
ない。
ない。
ない。
部屋の戸棚もすべて確認。
ベッドの下……あるわきゃねーよな。
あれ?
あれええ?
へんだな?
おっかしいな~?
あれええ? 書いたと思ったの、夢と記憶がごっちゃになってた?
あれぇ~?
……。
「…………まさか」
まって。まさか。
嘘だろ。そんなはずがない。違うと言ってくれ。
そうだ、きっと違う、勘違いだ。
もう三~四周ほど部屋の中をぐるぐるし。
深呼吸をして、扉を開けた。
廊下に待機してくれているアレッシオ、専属メイド、護衛騎士……どう尋ねるべきか。
「あー……アレッシオ。つかぬことを訊くが、私の机の、中の、だな……」
頼んでおいたのはエルメリンダだったので、彼女にも目で問いかけた。
「その件でしたら、閣下の意識がお戻りでない時に、あたしがアレッシオ様にお伝えしました」
「……!!」
―――っひいいい!?
や、や、やっぱりいい~っっ!!
「机の中の、箱に入っていたお手紙の件ですね?」
「あ、アレッシオ……そ、そのう、なんというか、だな」
「読ませていただきました。しっかりと」
っっふおぁああぁあッ!?
「あ、う、その……あれはその、心苦しいんだが、少々それというか、つまり、返してもらえんかな、と……」
「イヤです。あれはあたしがもらったんです」
「え、エルメ?」
「ダメです。あたしがもらったおてがみです。家宝にするんですからぁぁ~っ!」
「エルメ!?」
エルメリンダが本気で泣き出してしまった!? 他のメイドがもらい泣きをしながらエルメリンダの肩をそっと抱いている!?
もしやおまえ達もバッチリ読んじゃったの!? というか家宝ってお願いやめて!?
「閣下の御心に涙いたしました」
「わたくしも実家で額に入れております」
「厳重に大切に保管しております。子や孫の代まで語り継ぎます」
「―――閣下。全員に配っておりますので、回収は不可能です」
アレッシオがとどめを刺した。
……っっのおおおお~~ッッ!!
がくりと床に崩れ落ちて項垂れた。
全員に配っております……全員に配っております……全員に配っております……。
頭の中でエコーする声の犯人が、何食わぬ顔で「御手が汚れてしまいます」と、床に突いていた手を掬い取り、丁寧に拭いた。
流れる動きで俺を立たせ、膝も軽くはたく。
「項垂れるのでしたら、あちらのソファでどうぞ」
「お、ま、え……」
素直にソファへ移動し、改めてがっくりと項垂れを再開。俺はダンゴムシだ。ソファへ逆向きに膝を乗せ、背もたれへ頭頂を押し付けながらくるんと丸くなった俺の背を、アレッシオがポンポン叩く。
「まぁそのようなこともありますよ」などと、慰めですらない言葉をしゃあしゃあとかけてくる声に真剣みは一切ない。おまえな。
「もしや……ラウルと、ニコラも……?」
「お渡ししております。イレーネ様、ジルベルト様、シルヴィア様、ルドヴィク様、ルドヴィカ様も、全員ですよ」
「ぜん、いん」
「ええ、全員。ヴィオレットの従者のお三方も、ここの使用人や王都邸の使用人、執務室の部下も、あの箱の中身にあった全員に渡し済みです。今後もし遺言を訂正されたい場合は、日付とお名前と爵位、家印を含めたものを作成すればそちらが優先されますよ。ですので、諦めましょう」
「……なん、てこ、とを……」
プルプル震えながらアレッシオを見上げた。
にっこー、と満面の笑顔が返ってきた。
―――いじめっこモードだぁぁ!!
えっ、じゃあマジで? マジでみんな読んじゃったの? そういやあの人もこの人も、俺を見返してやるって偉そうなこと言ってたニコラの部下まで、なんか全員が俺見て涙目になってたし。全員、マジで、アレを読んじゃった?
俺、それを知らずに、平気で何ヶ月も、みんなと顔を合わせて、生活してたの……?
の、お、お、ぉ~ッッ!!
……なんか皆、いつ俺が気付くかなーと微笑ましく見守ってくれていたんだってさ。
そうなんだ……見守られていたんだね……。
もう俺、一生、お部屋にひきこもってようかな……ふ、ふふ、ふふふ……。
「よろしいのでは? 私が一生お世話をして差しあげます」
「ダメに決まっているでしょ、余計なこと言わないでくださいよアレッシオさん!! 閣下、この人の口車に乗っちゃダメですからね!?」
「ラウルくんの言う通りですよ。ちょっとそうしようかな、なんて思ったらいけませんからね?」
ちょっとそうしようかな、なんて思いかけてしまったんだが、やはりダメか……。
子猫のおかげで俺の終わりは無かったことになり、この先も続いていく。
それを自室籠城で棒に振るなんて勿体なさすぎると、頭ではわかっているんだ。
だから頑張って外に出たさ。会う人会う人みんなに、「気付いてしまわれたんですね…」みたいな微笑みを浮かべられてしまったがな!
羞恥心とスキル『無の境地』がせめぎ合い、そろそろネクストレベルへ進化を果たすかもしれない……。
■ ■ ■
―――子猫が楽しく遊んでいる。
爪を立ててじゃれつき、少しずつ齧って、弱っておとなしくなってきたところを、ぱくり。
それは最後の一匹だった。満足げに顔を洗いながら唇をなめなめし、不意に耳を震わせる。
お腹がいっぱいになったあと、子猫はぴんと細い尻尾を立てながら、探し物を見つけに出掛けてしまった。
そうか、だからおまえ、こんなに遅くなったんだな―――……
ガタンと馬車が揺れ、うたた寝から覚めた。
隣に慣れた体温を感じる。
寄りかかって眠っていたらしい。よだれを垂らしてなかったろうなと、慌てて自分の口と彼の服をチェックした。よかった、垂れていない。
「もうすぐ着きますよ。……見えてきましたね」
アレッシオが馬車の窓から前方を見ながら言った。
この馬車に乗っているのは俺達二人だけだが、後続の馬車には側近やメイド達が乗り、周りは騎馬隊が囲っている。
御者と門番がやりとりをし、馬車は門をくぐり抜け、本邸ほどの広さはないが、立派さでは負けない前庭を進む。
ロッソ王都邸だ。
今は三月に入ったばかり。
領地から王都へやって来て、俺は《秘密基地》ではなく真っ先にこの王都邸に来るよう指示をしていた。何故か予感がして、なるべく急いで見に来たかった。護衛騎士が全員揃い、馬車を守りながらゾロゾロ道をゆく光景はさぞ目立ったろう。
主人がいなくなった直後の館はひどく荒れ果て、かつて住んでいた狂人の破壊の痕跡があちこちに刻まれていたらしい。大規模な修繕の手を入れ、一部は改築も行った。人員を手配してくれたのはアランツォーネだが、責任者として指示を出したのはジルベルトだ。
管理人が大扉の鍵を開け、俺とアレッシオ、エルメリンダと護衛騎士数名が中に入った。綺麗に直された玄関ホール。風が通り、採光窓から透き通って曇りのない光が斜めに射し、この館も自分達と同じく生まれ変わったのだと感じた。
今はまだ生まれたてで、人が戻るのを待っている。
「懐かしい、というよりも、なんだか初めて訪れた場所のような気がいたします」
「おまえもそう思うか」
今後、人や物が揃ったら、俺はこの王都邸で住むことになる。以前の自室ではなく、当主の部屋に。
《秘密基地》はしばらくジルベルトか、ミラが出産を終えて子供がある程度の年齢になったら、ニコラに頼むことになりそうだな。ニコラは妻が身重なので本邸に残って仕事をしている。もうすぐパパになるので顔つきがまた変わってきていた。
「おまえの部屋は私の隣だ。内扉もつけたぞ。鍵はない」
「それはいいですね」
建物の補強をしてもらいつつ、壁をぶち抜きましたとも。そんな会話をしながら歩いている俺達の後ろにいるのは、エルメリンダと護衛騎士だけ。呆れた話をいくら聞かれたって問題ないったらないんだ。
みぃー……
「……!」
「閣下?」
あちらに、何か白いものが横切らなかったか。
俺は駆け出していた。慌てた足音が付いてくるのも気付く余裕がなかった。
幻聴だろうか。それとも幻覚の名残? 取り換えられた廊下の絨毯の上を駆け抜け、気付けば俺は当主の部屋の前にいた。
走ったせいだけではなく、どくどくと耳元が鳴る。
ノブに手をかければ、かちゃりと開いた。
「…………」
初めて見る家具。以前の家具はすべて廃棄したと聞いている。定期的に換気をされている証拠に、空気は籠もっていない。
寝室へ足早に向かう。窓が小さく空いていた。まだちゃんと寝具の揃っていない寂しい寝台に、ちょこんと毛玉が乗っている。
白い毛玉はもそそ、と動いた。
たくさん食べていそうだったのに、大きさは変わらないんだな。
お腹こわしてないか?
逆にお腹が出たりしていないか?
ぴょこん、と頭が起き上がり、くりんと顔がこちらを向いた。
薄氷色の瞳―――……
「みゅ。失礼な奴だな? 僕は太ってないぞ」
「……っっ」
「お、おう? おわ? こら、離し、―――みゃん♡ そこは弱っ、ふみ~♡ うみゅう♡」
そうかここがいいかこいつーっ、このーっ! 俺より早く俺の寝台使いやがってーっ! 帰ってくんのが遅いぞーっ!
ダイブしてラッコのように子猫を抱え、もみもみなでなで……やばい、涙腺が……。
「オルフェ? いったい……」
「あっ……アレッシオ! ほら、見てくれ! こいつが戻って来たんだよ、やっと!」
嬉しくて子猫の前足を掴み、泣き笑いでバンザイの格好をさせてしまった。
すると何故か、アレッシオが硬直している。
「アレッシオ?」
「いえ……その……」
言いにくそうに口ごもった。どうしたんだろう。
彼は子猫を凝視し、ややしてから、口をひらいた。
「……アムレート様は……何歳なのでしょう……?」
「―――」
俺は目を見開いた。
彼も皆も、今まで一度だって疑問に思わなかったのに。
そうか。彼にはおまえのことを話してもいいんだな?
「いいぞ?」
子猫が答え、アレッシオの顔から戸惑いがすんっ……と消えた。
こ、これは―――「子猫が喋った!?」と咄嗟に叫ばないための完璧執事の無表情!?
すごいぞアレッシオ、さすがだ!
つい腹を抱えて笑ってしまった。エルメリンダと護衛騎士が扉の前で何だ何だと覗き込み……狂喜するメイドも加わって、たちまち賑やかになった。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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