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そして始まりへ

135. だって子猫が(夢で)言ったから

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 いつも読みに来てくださる方、初めて来られる方もありがとうございますm(_ _m)
 本日は2話更新です。

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 もしかして、『その日』が来た時、俺は―――そんな期待が胸に生じた。
 けれど確信の持てないものを、今考えたって仕方がない。一旦やめだ。
 俺はグルグル思考の深みにまり込むクセがあるって、以前アレッシオにも注意されたことがあるしな。スパッと切り替えよう。

 あの瞬間に終わるはずだった俺を、子猫は助けてくれた。それだけでいい。
 そのほうが俺一人を回収するよりメリットが大きかったのも事実だろうが、あいつは俺だけじゃなく、アレッシオのことも助けてくれたんだ。勝手にそう思っておこう。

 帰ってきたらマッサージをしてやろう。おやつも増量だ。
 ―――っと、待てよ。あいつは奴らの命……魂みたいなのを刈って回っているんだよな。獲物達は『かじられる』と怯えていたらしいし、ということはやっぱり、食べるのか。
 なら戻ってもしばらくの間は満腹かもしれない。

 ……おなか壊さないか?

 いや決して、こっちのおやつが美味しいぞと主張するわけではないけども。あの野郎とかこの野郎とか、そんな変なモン食べてお腹は大丈夫なのか? 食あたりしない?
 どうしよう、いらんことでハラハラしてきた。

 どうやら俺の代わりに大勢の他人が契約の代償になってくれている事態なんだが、我ながらびっくりするほど罪悪感が湧かない。
 アレッシオが俺を助けるため自分の命をす展開に比べたら、圧倒的にいいじゃないか。
 ルドヴィクとジルベルトに任せきりで悪いな、と思うぐらいだ。

 そんなことより、子猫は料理長の作ったツナや魚のすり身なんかも美味しそうに食べていた。お腹を壊したことは一度もない。
 料理長が子猫のために愛情をこめて「美味しくなぁれ」と作ったから、そういう気持ち的なものを食べていたのかな?
 それとも単純に、物質的な味覚は猫そのものなんだろうか。玩具オモチャに飛びかかって遊ぶぐらいだしなぁ。

「……おまえがいなくなって、皆が寂しそうだぞ?」

 子猫用ベッドを眺めていたら、つい独り言が漏れた。
 エルメリンダなんか、よく羽根の玩具オモチャを見つめてはションボリしているし、用が終わったら早めに帰って来てくれよ。
 すると、アレッシオに肩を抱かれた。

「きっとお戻りになりますよ。あなたがしょんぼりしていたら、アムレート様が心配されます」
「…………」

 うん。俺が一番しょんぼりしてたみたいです。



 ラウルとニコラが戻って来た。彼らは炊き出し広場の混乱を片付け、各地の炊き出しの方法や業者の選定について見直しを行ってくれていたのだ。
 あの場所で荷崩れが起こりやすく積み上げられていたのは、運搬業の担当者が協力者の貴族に買収されていたからだった。犯罪者が紛れ込んで領主の暗殺未遂が起きたのだから、念入りに洗い直して再発防止策を練るのは当然のことだ。まさか俺が一週間もの長期間、意識不明が続くなんて彼らも思いもしなかったそうだ。
 半泣きで喜ばれてしまい、俺の胸は改めてザックザク……。

 俺、そっこーで元気にならねば!
 とにかく身体が弱っていると自分のメンタルがしぼむだけじゃなく、弱っている俺を見た周りの人の精神こころまで沈むんだってことが痛いほどよくわかった。
 それと、完全に元気になったところを見せて、アレッシオを元気付けてあげたい。きっと傷付いているであろう心を癒やしてあげたいんだ。
 だって俺はアレッシオとこ……こ、こ、コイビト、ドウシ、ナノデスカラ。

 何故カタコト。

 おかしい。お付き合いの日数が長くなれば、こういうのは慣れて平気になってくるものではないのか? 何ゆえ退化しているのだろう。まさかもっと好きになったからとか、そんな理由でもあるまいし。
 ……あ。これ正解かも。俺にとってアレッシオは、ひたすら格好よくて完璧で絶妙に意地悪で優しい男だ。そこに『弱っている時はかわいいな』が追加されてしまった。
 情けないのも好き。不安そうに見上げてくるのも好き。ああもう好き。つまり俺の悶えポイントが増えた。減らないから増える一方だ。

 いやいやアレッシオを弱らせたままにしたくないんだよ俺は! 煩悩よ去れ!
 そんなことで頭がいっぱいになりながら眠ったせいか、その夜は珍しく子猫の夢を見た。
 

『なあ、アレッシオを癒やしてあげるには、どうするのが一番いいかな』
『はぁん? そりゃーオマエ、癒やす方法といえば…………みゅふ♪』


 前足を口元に当てつつ、にんまぁぁ、と目を弓型にした子猫の顔を最後に目が覚めた。

「…………初の子猫の夢が、何故コレなのか」

 そして俺よ、久々に会った子猫に質問することがそれか。もっとほかに訊かねばならない大事な話があるのではないか?
 ―――いや、きっと今の俺にこれ以上に大事な話はない。

 ここコイビト……ごほん。……恋人、を癒やすとなれば、なるほど確かにソレだろう。言われてみれば、ごく一般的な解決法ではないか。
 アレッシオだって「我慢します」と殊勝なことを言いながら、ほぼ毎日何かしらの悪戯イタズラを仕掛けてくるし。ブルーノ父の説教がよほど怖かったのか、見える場所には何も残さなくなったけど、その代わりすごく危ないところにちゅ、ちゅってされてさ……清拭せいしきの時、完璧執事モードで足の付け根にキスマークを付けられた時の背徳感ときたら……。

 俺の頭が腐っているのはさておき、アレッシオの「あなたとそういうことをしたいです」という意思表示なのは確実だ。
 第一、もともとこの期間はアレッシオのための『ガツンと俺を好きにしちゃってください期間』にするはずだったんだからな。それが有耶無耶に中断されてしまった状況なんだ。
 彼もきっと我慢してくれているんだろうけれど、俺だって正直、したい。あいつに甘く虐められるのも、がつがつ貪られるのも好きだ。あいつと俺との約束事、『五年契約』だったものがいつの間にか無期限に延長されているっぽい分も含めて、とことん取り立てて欲しい。

 というわけでまずは、一に体力、二に体力!

 胃も慣れてきたので以前の食事に戻してもらい、たくさん食べて、日課の散歩も少しずつ時間を増やした。
 運動量が増えると食欲も湧くし、歩き慣れれば足のふらつきも減ってきて、程よい疲労は良い睡眠が取れる。
 数日後、散歩中に息切れはしなくなり、しつこく残っていた腹の痛みも消え、傷も小さく引っかいた爪痕ぐらいのものになった。
 包帯が取れ、医師の爺ちゃんからも完全回復のお墨付きをもらい、入浴もオーケーが出た。
 ただし俺は何も言わないとすぐ仕事を詰め込むから、しばらく休んでおけと釘を刺されたけどね。

 すみません、肝に銘じます。でも医師の爺ちゃん、俺に釘を刺した直後に側近達とブルーノ父とメイド長とエルメリンダとミラにも全く同じことを言ったのは何故でしょうか。
 ……日頃の信用の無さの表れですね。失礼しました。

 ともあれ、ドクターストップも晴れて解除されたことだし、いざ、今夜、参る!
 内心でこっそり意気込みながら夕食の時間を迎えたら、何故かその夜の給仕はブルーノ父だった。
 俺とアレッシオが食事をする時、給仕はいつもエルメリンダとミラの役目だったんだけどね。
 当主の身の回りの世話は執事の業務なんだから、ブルーノ父がこの場にいることはむしろ自然だ。自然なんだけど、アレッシオの父親がそこにいたら俺が気まずかろうと、いつもは遠慮をしてくれていたんだが……。

「閣下。弱々しいフリで獲物を狙う捕食者もおりますので、くれぐれもお気を付けくださいませ」

 ―――……なんでこのタイミングでそれを言うのかなブルーノ?
 アレッシオが苦虫を噛み潰したような顔をしている。いやいや、おまえが弱っているのは知っているよ、演技フリじゃないのは知っているよ。
 しかしブルーノ父のこの笑顔……これはもしや、「解禁になったからといって羽目を外すなよ」って忠告されてんのか。
 上手な返しができずに黙々と食事を続け、食べ終わった頃には何も言わずともアレッシオを除く全員が退室していた。把握されている……!

「……父のあれは閣下ではなく私を揶揄からかっているんですよ。父にはかなう気がしません」

 アレッシオが苦笑しながら空気を軽くしてくれた。ホッとしつつ俺も乗っかり、腹がこなれるまで何ということもないお喋りを楽しむ。このひとときも好きなんだ。
 ちょうどいい頃合いになるとアレッシオに入浴を勧められ、つとめて何ということもない顔で返事をして浴室に向かった。

 風呂の中で顔を両手で覆い、「あああぁ……」とうめきたいのを我慢した。
 何日ぶりだっけ? 緊張してきた。
 この、これからするぞ! ていう時間は、どうにも慣れないなぁ……。


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