巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
76 / 209
そして始まりへ

133. 王都からの報せ

しおりを挟む

 楽しい予定に花を咲かせ、短時間の付き添いありデートだったが、なんだかすごく充実した時間だった。

「楽しかった」
「ようございました。もう少し長く歩けるようになりましたら、あちらでランチにいたしましょう」
「うん。―――少し汗をかいた。湯を浴びたい」
「ご入浴は案外体力を消耗しますし、危険ですのでまだ許可はされておりません。お身体をお拭きします」
「うっ……」

 医者が危ないからダメと言っているんなら従おう。従うけれど、これは以前も経験したことなんだが、アレッシオが完全執事モードで手際よく済ませてくれるのに対して、俺はいちいち煩悩が刺激されてちょっとした苦行なんだよ。
 昔より成長した分、拭く面積が増えて時間もかかるようになっただろうし。―――ちょい待って、そこも拭くの!? あっ……。

 太ももの内側、とても際どい場所に花びらが二枚ほど追加された。
 相手が執事モードでも油断しちゃダメなんだとひとつお勉強になった。
 昼食を摂ってしばし午睡。多少身体を動かしたおかげか、短時間でも良質の睡眠を取れた。
 王都から早馬が到着したのは、そんな頃だ。



「お久しぶりです、閣下!」
「ジャッロ殿! あなたが来てくれたのか」

 現在は正式にルドヴィクの側近として働いている従者トリオの一人、サミュエル=ジャッロだった。
 俺が目覚めた直後に王都へ早馬が発ち、あちらに連絡が届いてすぐ、ジャッロ殿がこちらに飛んできてくれたのだ。

「ルドヴィク様ご本人がこちらへ来たいと仰っていたのですがね。でも今はさすがに大変で無理ですから、僕がこちらへ来たのです。本当にご無事でよかった。あちらは大騒ぎだったのですよ」

 馬を何度も乗り継ぎ、ほぼ眠らずに駆け抜けてきたというジャッロ殿は、大食らいで燃費が悪そうに見えて体力がある。それでもさすがに限界だろうから、水と食べ物を用意させたらごくごくガツガツとあっという間に平らげてしまった。
 人並みの胃袋の持ち主としては、この人物といいルドヴィクといい、消化能力どうなっているんだろうといつも謎である。ルドヴィクなんかミステリアス系美青年の顔をして、あいつの前に食べ物を置いたらスルスルンって消えるんだよ。
 ジャッロ殿に聞けば、最近の食事もスルスルンって消えていたそうだ。よかった、忙しそうでも健康なんだな。

 腹が満ちて人心地ついたジャッロ殿は、現在の状況を細かく教えてくれた。
 まず、俺を襲った元料理長は当然ながら捕まり、王都に護送されて現在は牢に入っている。
 奴がぺらぺら自供してくれたおかげで、フェランドは即日逮捕。元料理長に協力した貴族も、俺達のスケジュールを知ったタイミングや馬を何頭も捨てられる財力など、いくつもの条件から絞り込んで追って行けば特定できた。これはアレッシオ達の作成していた『シナリオ』に記載された人物でもあったので、そこからすぐに見つかったみたいだ。
 それ以外でも『シナリオ』内で特に悪質であったとされる人物が次々と捕まり、行方をくらました者も指名手配された。

 異常が発生したのはそのあとだ。

 既に投獄された者、身分の高さを盾に自宅へ籠城を決め込んだ者、身の危険を感じて国外逃亡を目論んだ者……全員が一斉におかしくなり始めたのだという。
 
 彼らは連日連夜悪夢を見て、『時間が』だの『かじられる』だのと意味不明な言葉を口にし、小さな物音にすら怯え、中には本格的に発狂した者、ショック死した者、自害する者なども出てきた。
 それがどうやら、アレッシオ達のリストに入っておらず、うまいこと上からもマークされずに逃れていた悪党にまで至っており、社交界は今、恐怖のどん底に陥っているという。

「ちょうど社交シーズンだったのもあって、かなりの貴族が王都に集中していて捕まえやすかったのですよね。これは最近になって公爵閣下から聞いたのですが、実は大臣の中に、先王陛下の頃から私服を肥やしているのが明らかなのに捕まえられない者がいて、その者が難癖をつけて止めていたせいでフェランドの逮捕状がなかなか出なかったんです。どうもシーズンが終わるまで長引かせ、お仲間が王都から散り散りになるのを狙っていたようなんですが」

 そいつも漏れなく、悪夢にさいなまれるようになったそうだ。
 やがて後ろ暗いことのある者、無い者の区別なく、噂が流れ始めた。
 ―――ヴィオレットの不吉な双子が、呪いでもかけているのではないか、と。

「どこのバカだ、くだらん迷信を蒸し返す輩は……」
「まったくですよねえ。同じこと、あなたのクラスメイトだった方々も仰っていましたよ」

 俺達の元クラスメイトが、「有り得ないだろう、バカか」と一刀両断し、あっという間に噂を鎮静化させてくれたそうだ。

『ヴィオレット様ご兄妹に呪いの力なんてあるわけないだろう』
『そういう迷信を蒸し返して流そうとするのは、自分から注目を逸らしたい者のしわざではないですか?』
『きっとそうですわよ。なんて浅ましいこと』
『呪いなんかより、現実的な原因を探すのが先だろうに。共通しているのは、何やら悪夢を見るのと、幻覚や幻聴を恐れる、だったよな?』
『―――それ、薬物の幻覚症状じゃないか?』

 実際に何年か前、薬物売買で手を拡げようとしていた組織が一網打尽にされている。その意見には説得力があり、彼らの家も警官隊に協力して捜査を進めたところ、様子のおかしくなった数名の高位貴族が違法薬物の常習者だったと判明した。
 たとえ全員ではなくとも複数名、それも共通の薬物が発見されたことで、原因は呪いなどではなくやはり薬の乱用による幻覚という結論が出た。
 そんな薬など知らない、やっていないと否定したところで、そいつらは自分の悪事の数々もすべて「知らない。自分はやっていない」と言い張っていたのだから、説得力は皆無だ。

 ……実際に手を出していた奴はそこそこいるんだろうな。生まれた時から高い身分と自由にできる豊富な金があり、一生遊び暮らせる立場をゲットした奴らがハマる娯楽のひとつに、薬があったと。

 フェランドだけじゃなく、関わっている奴らが次々とお縄になり、不安を掻き立てられて……素敵な夢を見せてくれていた魔法のお薬が一転、悪夢を見せるようになったというのは自然な流れかもしれない。
 少なくとも、異常な精神状態への説明はつけられた。呪いと言われるより、遥かに説得力のある『原因』だ。

「それにしても、一気に大勢の貴族が捕縛されるとなると、反発も大きそうだと思いましたが。案外そうでもないのでしょうか?」

 アレッシオが首を傾げながら尋ねた。
 ジャッロ殿は肩をすくめた。

「我々もそう思って、『全員は無理だろう』と半ばあきらめてはいたのですがね。当主を名乗りながら無駄に遊び暮らし、面倒なことはすべて部下や身内に押し付け……そんな生活を何年も続け、腑抜ふぬけている輩がそれはもう多かったのですよ。息子をそっくりな雛型に育てている連中もいましたが、当然ながら若くてあまり脅威ではない……こちらの閣下やラウル殿のような若者なんて、そうそういやしません。陛下はこの機会に王国の膿をとことん出しておきたいとお考えで、それに賛同している者も多いのです。マシな身内がいればその者に家督を譲らせ、いなければ剥奪です」

 そのためのプランも随分前から練っていたらしい。しかもフェランドのお仲間や同類には口だけ番長が多く、ぶっちゃけいなくなっても支障のない奴が多かった。
 むしろ消えてくれたほうが、つつがなく回っていい。そんな状況なので、前例のない貴族の大量捕縛という大事件でありながら、上の見解では「驚くほど混乱は生じていない」そうだ。

「あとこれはとても幸いなことですが、閣下のクラスの方々のお家はすべてシロですよ。学園長先生から聞いたのですけど、もしも二~三年ほど下の学年にご入学されていれば、悲しいことにクラスメイトが敵に回ってしまう事態も有り得たそうです」

 能力や性格など、学年ごとに大なり小なり偏りがあり、俺やヴィオレット兄妹のいた学年は人格的にまともな生徒が集中していた。ところが二~三年ほど下の学年、もし俺やラウルが飛び入学をしていなければ同じクラスになっていたであろう生徒達は、身分を笠に着て勘違いをするタイプ、要するに性格の悪い奴らが多いのだそうだ。

「フェランドの元クラスメイト。彼らの子供達の多くが、その学年に集中しているんです」
「―――……」

 あ~……そういうことね。
 喉が詰まるような心地がした。


しおりを挟む
感想 821

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。