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そして始まりへ
133. 王都からの報せ
しおりを挟む楽しい予定に花を咲かせ、短時間の付き添いありデートだったが、なんだかすごく充実した時間だった。
「楽しかった」
「ようございました。もう少し長く歩けるようになりましたら、あちらでランチにいたしましょう」
「うん。―――少し汗をかいた。湯を浴びたい」
「ご入浴は案外体力を消耗しますし、危険ですのでまだ許可はされておりません。お身体をお拭きします」
「うっ……」
医者が危ないからダメと言っているんなら従おう。従うけれど、これは以前も経験したことなんだが、アレッシオが完全執事モードで手際よく済ませてくれるのに対して、俺はいちいち煩悩が刺激されてちょっとした苦行なんだよ。
昔より成長した分、拭く面積が増えて時間もかかるようになっただろうし。―――ちょい待って、そこも拭くの!? あっ……。
太ももの内側、とても際どい場所に花びらが二枚ほど追加された。
相手が執事モードでも油断しちゃダメなんだとひとつお勉強になった。
昼食を摂ってしばし午睡。多少身体を動かしたおかげか、短時間でも良質の睡眠を取れた。
王都から早馬が到着したのは、そんな頃だ。
「お久しぶりです、閣下!」
「ジャッロ殿! あなたが来てくれたのか」
現在は正式にルドヴィクの側近として働いている従者トリオの一人、サミュエル=ジャッロだった。
俺が目覚めた直後に王都へ早馬が発ち、あちらに連絡が届いてすぐ、ジャッロ殿がこちらに飛んできてくれたのだ。
「ルドヴィク様ご本人がこちらへ来たいと仰っていたのですがね。でも今はさすがに大変で無理ですから、僕がこちらへ来たのです。本当にご無事でよかった。あちらは大騒ぎだったのですよ」
馬を何度も乗り継ぎ、ほぼ眠らずに駆け抜けてきたというジャッロ殿は、大食らいで燃費が悪そうに見えて体力がある。それでもさすがに限界だろうから、水と食べ物を用意させたらごくごくガツガツとあっという間に平らげてしまった。
人並みの胃袋の持ち主としては、この人物といいルドヴィクといい、消化能力どうなっているんだろうといつも謎である。ルドヴィクなんかミステリアス系美青年の顔をして、あいつの前に食べ物を置いたらスルスルンって消えるんだよ。
ジャッロ殿に聞けば、最近の食事もスルスルンって消えていたそうだ。よかった、忙しそうでも健康なんだな。
腹が満ちて人心地ついたジャッロ殿は、現在の状況を細かく教えてくれた。
まず、俺を襲った元料理長は当然ながら捕まり、王都に護送されて現在は牢に入っている。
奴がぺらぺら自供してくれたおかげで、フェランドは即日逮捕。元料理長に協力した貴族も、俺達のスケジュールを知ったタイミングや馬を何頭も捨てられる財力など、いくつもの条件から絞り込んで追って行けば特定できた。これはアレッシオ達の作成していた『シナリオ』に記載された人物でもあったので、そこからすぐに見つかったみたいだ。
それ以外でも『シナリオ』内で特に悪質であったとされる人物が次々と捕まり、行方をくらました者も指名手配された。
異常が発生したのはそのあとだ。
既に投獄された者、身分の高さを盾に自宅へ籠城を決め込んだ者、身の危険を感じて国外逃亡を目論んだ者……全員が一斉におかしくなり始めたのだという。
彼らは連日連夜悪夢を見て、『時間が』だの『齧られる』だのと意味不明な言葉を口にし、小さな物音にすら怯え、中には本格的に発狂した者、ショック死した者、自害する者なども出てきた。
それがどうやら、アレッシオ達のリストに入っておらず、うまいこと上からもマークされずに逃れていた悪党にまで至っており、社交界は今、恐怖のどん底に陥っているという。
「ちょうど社交シーズンだったのもあって、かなりの貴族が王都に集中していて捕まえやすかったのですよね。これは最近になって公爵閣下から聞いたのですが、実は大臣の中に、先王陛下の頃から私服を肥やしているのが明らかなのに捕まえられない者がいて、その者が難癖をつけて止めていたせいでフェランドの逮捕状がなかなか出なかったんです。どうもシーズンが終わるまで長引かせ、お仲間が王都から散り散りになるのを狙っていたようなんですが」
そいつも漏れなく、悪夢に苛まれるようになったそうだ。
やがて後ろ暗いことのある者、無い者の区別なく、噂が流れ始めた。
―――ヴィオレットの不吉な双子が、呪いでもかけているのではないか、と。
「どこのバカだ、くだらん迷信を蒸し返す輩は……」
「まったくですよねえ。同じこと、あなたのクラスメイトだった方々も仰っていましたよ」
俺達の元クラスメイトが、「有り得ないだろう、バカか」と一刀両断し、あっという間に噂を鎮静化させてくれたそうだ。
『ヴィオレット様ご兄妹に呪いの力なんてあるわけないだろう』
『そういう迷信を蒸し返して流そうとするのは、自分から注目を逸らしたい者のしわざではないですか?』
『きっとそうですわよ。なんて浅ましいこと』
『呪いなんかより、現実的な原因を探すのが先だろうに。共通しているのは、何やら悪夢を見るのと、幻覚や幻聴を恐れる、だったよな?』
『―――それ、薬物の幻覚症状じゃないか?』
実際に何年か前、薬物売買で手を拡げようとしていた組織が一網打尽にされている。その意見には説得力があり、彼らの家も警官隊に協力して捜査を進めたところ、様子のおかしくなった数名の高位貴族が違法薬物の常習者だったと判明した。
たとえ全員ではなくとも複数名、それも共通の薬物が発見されたことで、原因は呪いなどではなくやはり薬の乱用による幻覚という結論が出た。
そんな薬など知らない、やっていないと否定したところで、そいつらは自分の悪事の数々もすべて「知らない。自分はやっていない」と言い張っていたのだから、説得力は皆無だ。
……実際に手を出していた奴はそこそこいるんだろうな。生まれた時から高い身分と自由にできる豊富な金があり、一生遊び暮らせる立場をゲットした奴らがハマる娯楽のひとつに、薬があったと。
フェランドだけじゃなく、関わっている奴らが次々とお縄になり、不安を掻き立てられて……素敵な夢を見せてくれていた魔法のお薬が一転、悪夢を見せるようになったというのは自然な流れかもしれない。
少なくとも、異常な精神状態への説明はつけられた。呪いと言われるより、遥かに説得力のある『原因』だ。
「それにしても、一気に大勢の貴族が捕縛されるとなると、反発も大きそうだと思いましたが。案外そうでもないのでしょうか?」
アレッシオが首を傾げながら尋ねた。
ジャッロ殿は肩をすくめた。
「我々もそう思って、『全員は無理だろう』と半ばあきらめてはいたのですがね。当主を名乗りながら無駄に遊び暮らし、面倒なことはすべて部下や身内に押し付け……そんな生活を何年も続け、腑抜けている輩がそれはもう多かったのですよ。息子をそっくりな雛型に育てている連中もいましたが、当然ながら若くてあまり脅威ではない……こちらの閣下やラウル殿のような若者なんて、そうそういやしません。陛下はこの機会に王国の膿をとことん出しておきたいとお考えで、それに賛同している者も多いのです。マシな身内がいればその者に家督を譲らせ、いなければ剥奪です」
そのためのプランも随分前から練っていたらしい。しかもフェランドのお仲間や同類には口だけ番長が多く、ぶっちゃけいなくなっても支障のない奴が多かった。
むしろ消えてくれたほうが、つつがなく回っていい。そんな状況なので、前例のない貴族の大量捕縛という大事件でありながら、上の見解では「驚くほど混乱は生じていない」そうだ。
「あとこれはとても幸いなことですが、閣下のクラスの方々のお家はすべてシロですよ。学園長先生から聞いたのですけど、もしも二~三年ほど下の学年にご入学されていれば、悲しいことにクラスメイトが敵に回ってしまう事態も有り得たそうです」
能力や性格など、学年ごとに大なり小なり偏りがあり、俺やヴィオレット兄妹のいた学年は人格的にまともな生徒が集中していた。ところが二~三年ほど下の学年、もし俺やラウルが飛び入学をしていなければ同じクラスになっていたであろう生徒達は、身分を笠に着て勘違いをするタイプ、要するに性格の悪い奴らが多いのだそうだ。
「フェランドの元クラスメイト。彼らの子供達の多くが、その学年に集中しているんです」
「―――……」
あ~……そういうことね。
喉が詰まるような心地がした。
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