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甘く誘う悪魔

107. 手紙のもたらすもの

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 前戯とは。
 一本とは。

 放心状態のまま清められ、その日はやたら機嫌のいいアレッシオに世話をされた。
 もう誰かの視線が痛いとか気にする余裕もない……。
 だってさ。俺の立場も生活環境も、そういうことをしてたら百パーセント周囲の人にわかる環境なんだもんよ。
 もう子猫の前でわぁぁと叫ぶ余裕すらなかったよ……。

「深刻だな。だいじょぶか?」

 だいじょうぶでないよ。つうかおまえ、言葉が気遣ってても目がにんまり細いよ。絶対心の中では「みゅふ♡」とかほくそ笑んでるだろ。

 気持ち良くなれば、しっかり出る身体の構造が居たたまれない。そして、出すものを出せばすっきりする身体の構造も居たたまれない。
 はい。すんごく、きもちよかったです……ううう。

 結構なことをされちゃったんだけど、あれ、構わなかったの?
 子猫を見たら、グッ! と前足で親指―――じゃなくて何指だっけ。わからんけど指を立てた。
 猫の顔だけれどいい笑顔に見えるから、問題なかったようだ。

 しかし、俺の頭、どうしよう。なんだか緊急停止したきり、まだ再起動ができていない部分がたくさんあるんだけれど。
 しばらくお休みでいいと言われているから、ノンビリしても構わないとはいえ、明日もこんな状態だと日常生活に支障が出ないか?
 何か少しでも頭を動かさないと、脳がとけそうでやばい気がするんだ。だって、アレッシオのあれ、本気で四月までやるって言われてるし!
 日課で!
 この俺がさ、叫んで悶える気力すら出ないこの状態って、真面目にやばいと思うんだよ。

「そだな。んー。おまえ、遺言書くとか言って、結局なんにも書いてないじゃん? ついでに手紙とかもこの機会に書いとけば?」

 あ、そうだった!
 いいこと言ってくれた子猫。そうだよ、忙しい時期が過ぎたら書こうと思ってて、すっかり忘れてたわ。いかんいかん。

 家族へ、友人へ。部下の皆へ。使用人の皆へ。
 大変な人生だったけど、俺はみんなのおかげですごく助かったし、幸せだったよ、ていう手紙を書かなきゃね。
 ……ここに至って、もう少し長く一緒にいられたらなって、感じるようになっちゃったけどさ。
 でも俺は、みんなと一緒にいたいなと願うのと同じぐらい、子猫こいつとの約束も破りたくはないんだよ。だってそもそも、俺がこうやって幸せにほわほわしていられるのは、こいつのおかげなんだから。

「フン」

 いや、本気で本音だよ。わかってるだろうが。なでなで。
 まず、領地のことはジルベルトに頼むことになるな。一番大変な時期は一旦越えたから、あとは俺の部下達に、ジルベルトを頼むって書いておかないと。
 業務の引継ぎに関して書き終えたら、あとは純粋に自分の気持ちを伝える手紙だ。
 皆が少しでも早く、前向きな気持ちになってくれるように、俺がどんなに楽しかったのか、最高の人生だったっていうのをたくさん書く。

 皆の分を書き終えて、最後にアレッシオだ。
 俺がおまえのおかげでどんなに幸せだったのか。それから、俺が心からおまえの幸福を願っていることを。

 ……なんつーか、よく考えなくともこれって、人生初のラブレターなんじゃ?

 いや、羞恥なんて捨てろ! 正直に書くんだ俺!
 それに本人へ向かって直接言えないことがいっぱいあるんだから、手紙ならまだ伝えやすいじゃん?

 かなり迷って、アレッシオの手紙の最後にはこう書いた。

『おまえが言ってくれたように おまえの命もまた 私の命だ』
『愛している』

 うおあああ……これ絶対、面と向かって口にできんわ~……。
 でもいい。このまま封をしちゃうんだからね! ―――『アレッシオへ』っと。

 すべて鍵付きの引き出しに仕舞い込み、万一俺の身に何かあった時はアレッシオに見てもらうよう、エルメリンダに伝言を頼んでおこう。



   ■  ■  ■ 



 冬が終わり、三月になった。
 うららかな春、ヴィオレット兄と従者トリオ、それに学園の春期休みに入ったジルベルトがやってきた。
 それから、イレーネやシルヴィアも。

「オルフェ!」
「オルフェ兄さま!」
「兄様、お久しぶりです!」

 全員からハグを受けた。
 うお、ジルベルト背が伸びたなあ! 今ちょうどルドヴィクと同じぐらいか?
 もう少し伸びそうな感じがするし、これは勝負が見えてきましたね~。
 いや、会えて嬉しいよ。なんとなく、もう会えないかもしれない気がしてたからさ。

「大変な時に、任せきりになってしまってごめんなさい……」

 イレーネは涙目だ。あの大嵐の日、イレーネとシルヴィアはヴィオレット公爵領に行っていたんだよね。ルドヴィクの提案で通した、ロッソ領とヴィオレット領との交通網の視察で。
 彼女の強みは社交だ。だから無理にロッソ領に戻っても力になれないと判断して、あちらの王女様とも一緒に、他の領地の貴族とのやりとりに注力してくれていたんだ。
 その後は一旦王都に向かって、ジルベルトと一緒に動いてくれていたそうなんだけど……フェランドの横顔に手形をつけてきたそうな。おまえ息子が大変な時に何やってんだ!? ってさ。

 やるう! ていうか大丈夫だったの!? 何かされなかった!?

「ふふ。公爵家が護衛騎士をつけてくれたから、何もされなかったわよ」

 よかった……。
 勢いで離縁とか言い出すかと思ったけれど、それもなかったらしい。
 されていても、俺としてはイレーネは家族だけどさ。
 ……ゆびをいっぽんの日に、いなくてよかったとか、ちょっぴり思ってしまいました。ごめんなさい……。

 修繕もほとんど終えた中庭にテーブルを置いて、いつかのガーデンパーティーのようにおやつとお茶を並べてもらった。
 彼らはロッソ伯爵領に起こった出来事に関し、とりわけ俺が提出というか送った手紙……と報告書のようなそれを、上がどう受け止めているかを教えに来てくれたそうだ。

「気象学が……?」
「ああ。予定では二~三年後からな」
「僕もう選択できないんですよ! 始まったら選択したかったのに!」
「こればかりは仕方ないでしょう、ジルったら。―――その件で王妃陛下から詳しいお話を聞きたいと言われているの。王子殿下がご入学の際に選択させようかお考えなのですって。そもそも選択制にするか必修科目にするかも意見が分かれているようだから、参考にしたいということで、残念だけれどジルと一緒に今月中には王都へ戻るわ」

 昔は地図が軍事機密だった。けれど、利便性を優先してある程度は解禁になった。
 それと同様、気象学も軍事機密だったけれど、今後は一部解禁にしていこうって結論に達したそうだ。特に今回ロッソ領に起きたことが教科書に載る予定らしい。マジですか。

「父上が仰るには、新しいことに踏み切る気概のなかった先王陛下の時代であれば、おそらく未だにぐずぐず悩んで結論が出ていなかっただろうということだ。現在いまの陛下の御代だからこそ、実現し得たことだな。併せて西の地域に関する補助なども見直しがされることになる」
「そうですか……」
「閣下のお名前が、今後は長く語り継がれることになりますね」
「いやカルネ殿、それはないだろう」

 だってうちの領地だってさ、お祖父様までならまだ憶えている者もいるけれど、曾お祖父様のことは完全に忘却の彼方で誰も知らないじゃないか。
 俺だってそうだよ。そのうち、こんな人がいたらしいよーぐらいの噂にのぼる程度で、百年もすればどうせ忘れるさ。

「……何を仰ってるんですか兄様」
「そうだぞ、オルフェ? 父上いわく、大嵐がどのような『姿』をしているのか、おまえがあの図面を描くまでは誰にもわからなかったんだぞ。それほどの功績を立てた人間の名前が歴史書に刻まれないわけがないだろう」
「え」
「どこからか『来る』のはわかっていても、どう来るのかは不明だったそうですし。ロッソのことが教科書に載ると言ったでしょう? 兄様のお名前だって当然載りますよ」
「え」

 俺の名前、載るの?
 教科書に……?

 ―――やめてぇぇぇぇぇぇぇ!?


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