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ロッソを継ぐ者
103. ただその時を待つ
しおりを挟む九月初旬。
夏の名残が色濃く残る蒼穹に、緋い柱が立った。
ある一家は朝食を終えた頃だった。戸惑う子供らに、家長が言う。
「行くぞ」
「え、でも……こんなに晴れているのに」
「今だけだ。来たらここは吹っ飛んじまうぞ」
農村などは特に、掘っ建て小屋のような弱い家が多い。
近くに出来た新しい建物は、とても頑丈な造りだ。あそこならきっと、あの風にも保つ。
領主命令だ。
晴れた日にあの柱が見えたら、危険と指定された地域に家のある者は必ず移動を開始すること。
そして通り過ぎるまで待つこと。
途中で晴れ間が出るかもしれないが、すぐにそこから出てはならない。
人々が続々と建物に集まる。
これは命令だ。すみやかに行え。
「前の大嵐はその日のうちに二回来たんだ。途中で晴れたんだが、しばらくするとまた荒れ始めた」
「あの時は騙されて油断した奴がな……」
■ ■ ■
来たか。
晴れた日でよかった。
もし来る前から雨が降っていたら、狼煙は使えなかった。
過去の例からも、来る手前から降ることはないと予測していたけれど、当たって良かった。
もし悪天候の時は早馬でっていう話になっていたけれど、空には曲がり道も凹凸もないからなぁ。馬より速く来そうでしょ。
単眼鏡がもう発明されていたから、倍率の高い双眼鏡を用意して各地の拠点に設置し、旗振り合図なんてどうかな……なんて思ったら、ラウルくんからストップがかかった。
「長距離を鮮明に確認できるものほど高価ですし、免許を持っている者じゃないと使用も製造も販売もしてはいけないんですよ。だからうちも一般販売はしていないんです。商会の建物同士でそんな合図をしていたら捕まります」
しまった軍事的に支障のあるあれだったか……!
でも特別に許可してくれてもいいんじゃないかな、とこっそり思いつつ、狼煙の合図に賭けた。夜間でも炎は見えるからね。それに倍率大きいやつのお値段が、ちょっと、うん、ムリでした。それをうちの領地まで点点点とある拠点すべてに置くとなると、国家予算的なあれになります。
その一方、狼煙に関しては各地の領主の裁量でOKなやつだというんで、向こうから提案してくれたんだよね。いつでも使えるように修繕もしてあって、国にも「そういう時はこの合図出します」っていう事前の許可は得ている状態なんだ。じゃあ利用させてもらわない手はないよねということで、いやほんと、当たって良かった。
そうそう、うちの館、なんと雨戸を設置できるようになってました! どうもお祖父様が近代風の内装に変えるのに合わせて、外装も改築したみたいでさ。その時に窓が剥き出しで風が直接当たりそうな場所は、さりげなく金具を埋め込んであったんだ。
資材置き場として使われている敷地内の倉庫に、板が腐食してもう使えない、古びた雨戸があったよ……。
うちの鍛冶師のおっちゃん達に頑張ってもらい、金属の枠と板を組み合わせた頑丈な雨戸を作り直してもらいました。
お祖父様あなたはスーパーマンか!? 準備万端過ぎる! 素敵最高愛してる!
さて。
雨戸を皆に設置してもらえば、館の中は昼間でも真っ暗になる。
ただでさえこういう時は息苦しいのに、火を灯し過ぎると酸素が少なくなってしまうから、用意しておきました。ほんの小さな蝋燭の灯りを何倍にも増幅できるように、ガラスや鏡をカットして吊るした小型シャンデリア型のスタンド。台座の部分も鏡で囲っているから、反射してかなり明るい。
そのうえ雰囲気があって綺麗だから、気分も少しは明るくなるんじゃないかな、と期待している。
ラウルがさっそく製品化を頭の中で練っているようだ。
庭にある飛んだら危なそうなものは徹底的に片付けさせ、必要なものは倉庫に仕舞わせてある。
エウジェニアの花が心配だな……。地面に杭を打って覆いをかけてもらったんだけどね。飛ばされちゃうかな。
もしそうなっていたら、また植えてもらおう。
大広間にソファセットを持ち込んでもらい、ローテーブルにスタンドをセットすれば、なかなかに美しい灯りになった。スタンドは複数作ってあるので、あっちとこっちのテーブルにも置く。
全員が広間に集まってきた。いつもとは違う異様な雰囲気に、不安そうな顔をしている者も多い。けれど一人きりでは不安でも、誰かが傍にいれば安心する。
食べ物は日持ちするものが用意され、今日は全員、お休みの日だ。
『俺』としては、不謹慎だけれど懐かしくもある。俺以外で平気そう……というより、慣れていそうなのはやっぱりジェレミア隊の騎士達で、ラウルと一緒になってスタンドを興味津々に眺めている者もいる。
皆やれるだけのことはやったのだ。あとはただ、待つだけ。
俺は悠々とソファでくつろぎ、懐かしい冒険譚を読み始めた。暗い所で読むのは目によくないんだが、こういう時ばかりはいいだろう。
そのど真ん中で邪魔をする子猫。おい、文字が見えんだろう。
それを見ていた皆の目に、わずかながら安堵が浮かぶ。
そうして各々、椅子に座り始めた。今日は全員座っていいと命令しておいたのだ。読書好きな者も、各自で本を持って来ている。
俺の隣にアレッシオが座った。珍しく横顔が固い。しまった、手を握ってあげたいのにみんなが見ている―――と思ったら、ぴったりゼロ距離にくっついてきた。肩とか腕とかなんなら腰もくっついているんですけれど。
……やだこれ恥ずかしい。絶対顔が赤くなってるわ。でも大丈夫、暗いからバレない!
バレてる気がするのは気のせいだ!
全員が一言も発さないままだけれど、少しだけ緊張が薄れた。側近達が俺のソファセットに無断で座り、俺達を見て苦笑したり呆れたりと……
こっち見んなっての。
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