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ロッソを継ぐ者
95. 懐かしの本邸と執事親子
しおりを挟む小領主から改めて忠誠を誓われた後、また立ち寄ると約束をして、俺はロッソ領へ向かった。
ほんの少人数で王都に向かった時は、片道で十日もかかった。今回、遥かに大人数の旅程だったにもかかわらず、同じ十日でロッソ領の土を踏んでいる。
この数年、地道に商会の拠点を増やし、それに伴う道路工事をこまめに申請して進めてきたからだ。
あの頃の俺だったら、この仰々しい一行の中心にいることにビビっていたかもしれない。
でも今は不思議と、これが自然なことであるような、馴染んだような感覚がある。
馬を休ませるための休憩時間、俺は馬車を降りて外の空気を吸うことにした。
側近と護衛数名を伴い、小高い丘から領地を見渡す。
向こうに町があった。俺が一度も行ったことのない町だ。考えてみれば王都観光うんぬん以前に、俺は自分の生まれ育った領地すらろくに知らないのだ。
知っているのは本邸からほど近い場所にある大きな町だけで、そこでさえ限られた場所にしか足を運んでいない。
紙の上でしか認識していなかった情報が、現実として目の前に迫ってくる。
あれがロッソ領だ。粒のようにぎっしりつまった家の中ひとつひとつに、それぞれ人が住んでいる。
町の周辺には畑があり、農家らしきものがポツポツと散らばり、向こうには山々が青く連なっていた。
ここが俺の生まれた場所。俺の育った場所なのだ。
あそこに俺の民がいる。ここに俺の『国』がある。
瞼を閉じ、大きく息を吸い込むと、この身に流れる血がそう叫んでいる気がした。
領主の馬車に側近の馬車、使用人の馬車に大荷物を積んだ荷馬車。どれかひとつだけでも目立つというのに、ダメ押しでロッソの紋章を掲げた二十騎だ。
領民達がギョッとして脇に避けているのがわかる。何事かと思うだろうな。
俺達は堂々と本邸の門を通過した。王都邸よりもずっと庭が広く、建物も大きい。
懐かしい、四年ぶりの本邸だ。
馬車が停まり、従僕が扉を開け、俺とイレーネとシルヴィアが順番に降りた。
玄関の大扉の前に立ち、一番最初に出迎えてくれたのは、本邸の執事のブルーノだった。
「久しいな。今戻った」
俺の姿に息を呑んでいたブルーノは、瞳に涙を滲ませて、「お帰りなさいませ」と微笑んだ。
久しぶりで懐かしいのに、つい最近まで会っていたような感覚もある。
ブルーノの指示で従僕がパラパラと出て来て、騎士達や王都から連れて来た者の対応を始める。
一歩下がった位置に側近達がスッと立つと、ブルーノはどこか驚いたような顔をして、次いで俺に誇らしいような目を向けた。
「お帰りなさいませ」
館の中に入ると、ずらりと並んだ使用人一同から一斉に挨拶を受けた。
メイド長もいる。彼女も懐かしいな。こちらも目が赤くなっている。久しぶりに話をしたい者ばかりだ。
「お部屋にご案内いたします」
荷物を運ぶのは従僕に任せ、俺達はそれぞれの部屋に案内してもらい、夕食までは各自ゆっくり過ごすことになった。
俺の部屋は以前の部屋ではない。当主のための部屋だ。
フェランドがずっと住んでいた部屋なんて嫌だなと最初は思ったが、考えてみればその前はお祖父様の部屋だったのだ。
あの野郎じゃなくお祖父様の部屋。そう思えば格段に気楽になり、さっさと家具その他を運び出させ、内装も変えてしまえと指示を出した。
懐かしい階段をのぼり、懐かしい廊下を歩く。けっこう背が伸びたのに、まだブルーノのほうが高いのがちょっぴり悔しいな。
「こちらでございます」
ブルーノはさっさと領主の部屋の扉を開け、俺に中を確認するように言った。細かい部分は任せているとはいえ、俺が住みたいと思っていたような部屋に仕上がっていた。
うん、さすがブルーノだ。
「まあ、素敵なお部屋ねえ」
ドアの外から声をかけてきたのはイレーネだ。彼女は今までと同じ部屋、つまり伯爵夫人のための部屋を今後も使うことになる。俺がもし結婚していたならば、部屋を移る必要が出て来るけれど、全然そんな予定はないしな。
で。
「…………」
どうしましょう。俺、鈍いって言われても反論できないよ。なんでそれを今の今まで全然考えなかったのか自分に突っ込みたいわ。
ニコラやラウルは側近用としてあてがわれた客室へ行きました。
で、アレッシオはここにいるんですよ。なんか静かだなーと思っていたけど、そのはずですよ。
―――アレッシオのお父さんが居るんじゃん!
今までずっと手紙や報告でしか聞いていなかったブルーノ父が、目の前にいるんじゃん! なんか俺の中で、ブルーノ親子は二人とも『執事』っていう究極の存在に分類されてて、本気でこの点を失念していたんだよ!
「アレッシオ、おまえの部屋はこちらだ」
あ、親子の会話だ。息子が貴族になっても今まで通りなんだね。むしろここでブルーノ父がアレッシオに敬語を使い始めたら、もしかして気温が下がる合図なのだろうか。
アレッシオの部屋ってどこなんだろうと気になり、ブルーノ父の後に無言で付いていくアレッシオの背を追うと……。
「……え?」
「…………」
「あら、アレッシオも隣なのね」
のほほんとイレーネの声。
そうです。アレッシオの部屋は、イレーネとは反対側の、俺の部屋の隣でした。
この部屋、本当なら後継者が住むための部屋だよね。小さい頃は子供部屋に住んで、正式に後継って認められたらこっちに移る、みたいな部屋だった気がするんだけど。
ここ、アレッシオが住むの?
で、手配したのがブルーノ父……?
「…………」
俺のおかあさんがすぐそこでニコニコしております。
アレッシオのおとうさんがすぐそこでニッコリしております。
これどういう状況!? 俺どうすればいいの!?
「どうした、確認せんのか」
ブルーノ父がふっつーの顔で息子を追い詰めております!
あ、アレッシオが渋面に……!
そういえばこの親子の会話って俺、初めて見るわ! アレッシオ、おとうさんにはこんな顔するんだ、へぇー……じゃなくて!
アレッシオが無言のまま部屋に入り、俺はどうしようと逡巡していると、ブルーノ父に「閣下もどうぞ」と促されてしまった。
あ、俺も入ってみてもいいの? お、お邪魔しまーす。
「この部屋に何か不足のものがございましたら、ぜひ愚息めにお言いつけください」
って、なぜ息子ではなく俺相手に言うんだブルーノ!?
「晩餐の準備が調いましたらお呼びいたしますので、それまでごゆるりとおくつろぎくださいませ」
ブルーノ父は完璧執事の笑顔を残し、イレーネは「またあとでね」と微笑んで、俺達は二人きりにされてしまった……。
ちなみに専属メイドのエルメリンダやミラは、他の使用人達と挨拶中なので今ここにはいない。しばらくアレッシオが一緒にいるから顔見せを優先するようにあらかじめ言っておいたからだ、俺が。
……なんということでしょう。もしやこれは、もしかせずとも、お膳立てされちゃったみたいな感じではありませんか……?
「…………アレッシオ。ものすごく今さらなんだが。おまえの父は、その……知っているのか?」
「……話してはおりません。もしどなたかから聞いたとしても、他人の言からの推測だけで行動はしませんから、まあ……おそらく……私の行動といいますか、そういうもので、察したのではないかと」
アレッシオがものすんごく、複雑そうな顔をしている。
アレッシオにとってブルーノ父って、すごく尊敬するお父さんなんだよな。そのお父さんにいろいろ察知されて、しかもこの部屋って、息子としては胸中がものすごーく複雑そうだな。
頭から反対されなかっただけ、良かったと思うべき、なのかな……?
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※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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