上 下
98 / 159
ロッソを継ぐ者

95. 懐かしの本邸と執事親子

しおりを挟む

 小領主から改めて忠誠を誓われた後、また立ち寄ると約束をして、俺はロッソ領へ向かった。
 ほんの少人数で王都に向かった時は、片道で十日もかかった。今回、遥かに大人数の旅程だったにもかかわらず、同じ十日でロッソ領の土を踏んでいる。
 この数年、地道に商会の拠点を増やし、それに伴う道路工事をこまめに申請して進めてきたからだ。

 あの頃の俺だったら、この仰々しい一行の中心にいることにビビっていたかもしれない。
 でも今は不思議と、これが自然なことであるような、馴染んだような感覚がある。

 馬を休ませるための休憩時間、俺は馬車を降りて外の空気を吸うことにした。
 側近と護衛数名を伴い、小高い丘から領地を見渡す。
 向こうに町があった。俺が一度も行ったことのない町だ。考えてみれば王都観光うんぬん以前に、俺は自分の生まれ育った領地すらろくに知らないのだ。
 知っているのは本邸からほど近い場所にある大きな町だけで、そこでさえ限られた場所にしか足を運んでいない。

 紙の上でしか認識していなかった情報が、現実として目の前に迫ってくる。
 あれがロッソ領だ。粒のようにぎっしりつまった家の中ひとつひとつに、それぞれ人が住んでいる。
 町の周辺には畑があり、農家らしきものがポツポツと散らばり、向こうには山々が青く連なっていた。

 ここが俺の生まれた場所。俺の育った場所なのだ。
 あそこに俺の民がいる。ここに俺の『国』がある。
 瞼を閉じ、大きく息を吸い込むと、この身に流れる血がそう叫んでいる気がした。



 領主の馬車に側近の馬車、使用人の馬車に大荷物を積んだ荷馬車。どれかひとつだけでも目立つというのに、ダメ押しでロッソの紋章を掲げた二十騎だ。
 領民達がギョッとして脇に避けているのがわかる。何事かと思うだろうな。

 俺達は堂々と本邸の門を通過した。王都邸よりもずっと庭が広く、建物も大きい。
 懐かしい、四年ぶりの本邸だ。
 馬車が停まり、従僕が扉を開け、俺とイレーネとシルヴィアが順番に降りた。
 玄関の大扉の前に立ち、一番最初に出迎えてくれたのは、本邸の執事のブルーノだった。

「久しいな。今戻った」

 俺の姿に息を呑んでいたブルーノは、瞳に涙を滲ませて、「お帰りなさいませ」と微笑んだ。
 久しぶりで懐かしいのに、つい最近まで会っていたような感覚もある。
 ブルーノの指示で従僕がパラパラと出て来て、騎士達や王都から連れて来た者の対応を始める。
 一歩下がった位置に側近達がスッと立つと、ブルーノはどこか驚いたような顔をして、次いで俺に誇らしいような目を向けた。

「お帰りなさいませ」

 館の中に入ると、ずらりと並んだ使用人一同から一斉に挨拶を受けた。
 メイド長もいる。彼女も懐かしいな。こちらも目が赤くなっている。久しぶりに話をしたい者ばかりだ。

「お部屋にご案内いたします」

 荷物を運ぶのは従僕に任せ、俺達はそれぞれの部屋に案内してもらい、夕食までは各自ゆっくり過ごすことになった。
 俺の部屋は以前の部屋ではない。当主のための部屋だ。
 フェランドがずっと住んでいた部屋なんて嫌だなと最初は思ったが、考えてみればその前はお祖父様の部屋だったのだ。
 あの野郎じゃなくお祖父様の部屋。そう思えば格段に気楽になり、さっさと家具その他を運び出させ、内装も変えてしまえと指示を出した。

 懐かしい階段をのぼり、懐かしい廊下を歩く。けっこう背が伸びたのに、まだブルーノのほうが高いのがちょっぴり悔しいな。

「こちらでございます」

 ブルーノはさっさと領主の部屋の扉を開け、俺に中を確認するように言った。細かい部分は任せているとはいえ、俺が住みたいと思っていたような部屋に仕上がっていた。
 うん、さすがブルーノだ。

「まあ、素敵なお部屋ねえ」

 ドアの外から声をかけてきたのはイレーネだ。彼女は今までと同じ部屋、つまり伯爵夫人のための部屋を今後も使うことになる。俺がもし結婚していたならば、部屋を移る必要が出て来るけれど、全然そんな予定はないしな。
 で。

「…………」

 どうしましょう。俺、鈍いって言われても反論できないよ。なんでそれを今の今まで全然考えなかったのか自分に突っ込みたいわ。
 ニコラやラウルは側近用としてあてがわれた客室へ行きました。
 で、アレッシオはここにいるんですよ。なんか静かだなーと思っていたけど、そのはずですよ。

 ―――アレッシオのお父さんが居るんじゃん!

 今までずっと手紙や報告でしか聞いていなかったブルーノ父が、目の前にいるんじゃん! なんか俺の中で、ブルーノ親子は二人とも『執事』っていう究極の存在に分類されてて、本気でこの点を失念していたんだよ!

「アレッシオ、おまえの部屋はこちらだ」

 あ、親子の会話だ。息子が貴族になっても今まで通りなんだね。むしろここでブルーノ父がアレッシオに敬語を使い始めたら、もしかして気温が下がる合図なのだろうか。
 アレッシオの部屋ってどこなんだろうと気になり、ブルーノ父の後に無言で付いていくアレッシオの背を追うと……。

「……え?」
「…………」
「あら、アレッシオも隣なのね」

 のほほんとイレーネの声。
 そうです。アレッシオの部屋は、イレーネとは反対側の、俺の部屋の隣でした。
 この部屋、本当なら後継者が住むための部屋だよね。小さい頃は子供部屋に住んで、正式に後継って認められたらこっちに移る、みたいな部屋だった気がするんだけど。
 ここ、アレッシオが住むの?
 で、手配したのがブルーノ父……?

「…………」

 俺のおかあさんがすぐそこでニコニコしております。
 アレッシオのおとうさんがすぐそこでニッコリしております。
 これどういう状況!? 俺どうすればいいの!?

「どうした、確認せんのか」

 ブルーノ父がふっつーの顔で息子を追い詰めております!
 あ、アレッシオが渋面に……!
 そういえばこの親子の会話って俺、初めて見るわ! アレッシオ、おとうさんにはこんな顔するんだ、へぇー……じゃなくて!
 アレッシオが無言のまま部屋に入り、俺はどうしようと逡巡しゅんじゅんしていると、ブルーノ父に「閣下もどうぞ」と促されてしまった。
 あ、俺も入ってみてもいいの? お、お邪魔しまーす。

「この部屋に何か不足のものがございましたら、ぜひ愚息めにお言いつけください」

 って、なぜ息子ではなく俺相手に言うんだブルーノ!?

「晩餐の準備が調いましたらお呼びいたしますので、それまでごゆるりとおくつろぎくださいませ」

 ブルーノ父は完璧執事の笑顔を残し、イレーネは「またあとでね」と微笑んで、俺達は二人きりにされてしまった……。
 ちなみに専属メイドのエルメリンダやミラは、他の使用人達と挨拶中なので今ここにはいない。しばらくアレッシオが一緒にいるから顔見せを優先するようにあらかじめ言っておいたからだ、俺が。
 ……なんということでしょう。もしやこれは、もしかせずとも、お膳立てされちゃったみたいな感じではありませんか……?

「…………アレッシオ。ものすごく今さらなんだが。おまえの父は、その……知っているのか?」
「……話してはおりません。もしどなたかから聞いたとしても、他人の言からの推測だけで行動はしませんから、まあ……おそらく……私の行動といいますか、そういうもので、察したのではないかと」

 アレッシオがものすんごく、複雑そうな顔をしている。
 アレッシオにとってブルーノ父って、すごく尊敬するお父さんなんだよな。そのお父さんにいろいろ察知されて、しかもこの部屋って、息子としては胸中がものすごーく複雑そうだな。
 頭から反対されなかっただけ、良かったと思うべき、なのかな……?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

処理中です...