上 下
96 / 159
ロッソを継ぐ者

93. アンドレアという人物の素顔

しおりを挟む

 ロッソ伯爵領は遠い。地図上で見ればそれほど遠くないように見えても、蛇行している道があり、馬車という乗り物自体がそんなにスピードを出せないために、どうしても日数がかかる。動かしているのが馬なのだから、人間はもちろん馬の休憩だって必要だ。
 曲がりくねっているのは大抵、大昔からそのままの旧道だ。攻め込まれにくいよう、細く蛇行した不便な道が望ましいとされていた時代の名残。アルティスタという国に統一され、時代が変わっても、地方に行くほど道は改善されていない場所が多い。

 ロッソ伯爵領と王都は隣接しているわけではなく、間には他の貴族の領地がふたつ入っている。王都と接した場所は当然ながら栄え、そこまでは道の状態も民の暮らしぶりも良いが、そこを越えるともう完全に領主の能力と経済力の差があからさまに出る。

「王都から遠ざかるほどさびれていくな」
「ここの領主はどうも、よい領主ではありませんね。こうも格差があるとなれば、これほどの土地を治める能力があるとは言い難いでしょう」

 アレッシオが遠回しな言い方をするのに対し、ラウルが「ここの領主はダメです」と一刀両断した。
 王都を発った直後はイレーネやシルヴィアと一緒に乗っていたが、途中から俺は側近用の馬車に移った。アレッシオ・ニコラ・ラウルと話しながら道を消化していると、前回とはまるで見え方が変わっているのに気付く。
 十二歳の時も通った道なのに、あの時は周囲に意識が向かなかった。あの頃より視野が広くなったのか、余裕ができたからか。

「閣下に敵対する者ではないと認識しておりますが」
「そうですね。とりあえず敵対者ではないので、害はないのが良いところですね。王都の方向ばかり見て、端をあんまり見ていないからこの状態なんです。流行り物が好きな領主なのでうちにも協力的ですよ、ただ仲良くしたいほど興味は持てませんけど。僕としてはこの領地より、ロッソ手前の小領主が気になります」

 アレッシオは王都については裏も表も詳しいが、王都から出ればラウルに軍配が上がる。自然と説明役はラウルの担当になった。
 ロッソ領の手前には下位貴族の領地があった。領主はかつてお祖父様に仕えていたという老人で、偏屈で無口という話だが、商会の人間には比較的当初から協力的だったらしい。

「ダメ元で商会の拠点を置きたいと頼んだら、快諾されて担当者が面食らったっていう話もあるんですよね。多くを語らない人らしくて、理由はわからないんです」

 その領地は道が不便なので、領内の生産物を他領へ売るのにも難義し、全体的に豊かではない。だから道を改善したいと思っても、その資金がない。商会の申し出は渡りに船だった。

「でも決め手になったのは、アランツォーネがあなたの臣下だと名乗ったことだったんです。ロッソ領におけるあなたの評判が改善される前の話ですよ」

 彼はお祖父様の臣下であり、俺が元主君の孫だからという理由なのかと、当初ラウル達は思っていたそうだ。けれど後になって、やはりその小領主が初めから俺に対して協力的だったことが窺え、引っかかるようになったそうだ。
 
「前回は素通りしてしまったから、その者に会ったことはないんだ。確かに気になるな」
「今回、そちらの領主館に滞在する予定ですが構いませんか?」
「ん、もちろんだ」

 さびれた道から一転、その小領主の領地に入ってからは快適になった。商会の手が入り、領主館とロッソ領までの主要道路が整備されたからだ。
 ラウルの家は骨の髄まで商売人を公言しているが、貴族だ。他家の貴族に、自分の領地へ手を入れられたくない貴族のほうが普通は多い。
 なるほどこれは気になるなと思いながら、ロッソ領を目前として、あえてその日はそこの領主館へ泊まることにした。
 そして俺達は予想だにしなかったものを目にすることになった。

 領主館の周りに、ずらりと人だかりがあった。館の前には領主夫妻らしき人物と、使用人一同が並んでいる。
 なんとなく近所の人も集まって手伝いに来てくれたような雰囲気も感じるが、とにかくありったけの人を集めて歓迎の準備をした、という感じだったのだ。
 俺はここに着く前、側近の馬車から当主の馬車に乗り換えていて、そこから降りて領主の前に立ったんだが……いきなり泣き崩れられた。
 そして白髪の領主は、シワシワだが働き者な感じのする両手で俺の片手を取り、ひざまずいて泣きながら額に押し当てた。これは臣下が主君への忠誠を示す、古い作法のひとつだった。

「生き写しで、いらっしゃる……」
「お祖父様にか?」
「……いいえ……」

 老人はしゃくりあげながら、小さな声を絞り出した。

「アンドレア様の、御代を、心待ちに……しておりました……」

 俺はなんとも言えない気持ちになり、「そうか」と答えるしかなかった。



   ■  ■  ■ 



 俺達は大所帯なのに、使用人まで全員がちゃんと泊まれるように手配してくれていた。
 小さな領主館で、心づくしの素朴な晩餐を楽しんだ後、イレーネが「あとは殿方のお話がございますでしょう」と気を利かせてくれた。
 イレーネと領主夫人が、お腹いっぱいで船を漕いでいるシルヴィアを微笑みながら連れて行き、食堂には俺と側近達、護衛騎士のジェレミアと副隊長のみがその場に残る。

 領主は自分の醜態を詫び、これまでずっと口にしなかったことを俺達に話してくれた。
 アンドレアが亡くなり、お祖父様やお祖母様まで亡くなって、いくらなんでもおかしいと思う者はいたらしい。けれど声をあげることができなかったのだ。
 新たな当主となったフェランドは、王都でたくさんの味方を作っていた。そのどれもが高位貴族の友人達だった。
 それに地方の田舎者ごときがどんなに騒いだところで、王都までは届かない。届く前にどこかで潰されてしまう。
 フェランドが何かをしたという証拠はなく、すべてが偶然の不運として片付けられてしまえば、それがすべてなのだ。

 何よりこの小領主は『御代』という言葉を使った。これは通常、王に対して使われる言葉だ。
 アルティスタという国が出来る前までは、それぞれの土地を治める人物が実際に王だったのだ。何百年経った今でも、地方に行くほどその感覚が残っている。生涯ただの一度も生まれ育った土地から出ることのない人々にとって、領主の決めた法律がすべてであり、領主より上のものは存在しない。

「それでも声を上げようとした者は、姿を消しました」

 なんとなくそうだろうなと思っても、改めて聞けば不愉快な話だ。
 フェランドが王になってしまい、その王には大きな力を持つ友人が多いとなれば、地方の小物ごときいくらでも葬り去られてしまうだろう。そして本性を知らない、奴に幻想を抱いている幸せな連中だけが残った。
 あるいは、口をつぐんだ者が生き残った。この領主のように。多分、ほかにもそういう者はどこかにいるんだろう。

 彼は俺に対し、フェランドの息子ということで慎重になっていたそうだ。けれど、俺がフェランドへ明確な反逆をし始めたことで、奴とは違うことがハッキリわかったのだという。
 どちらかといえば、お祖父様や―――長男のアンドレアに似ているのではないか。伝え聞く気質や容貌からも、その可能性が頭から離れなかったという。

「私の容姿は、お祖父様によく似ていると言われるんだが」
「大旦那様にも似ておられます。されどわたくしの記憶では、あなた様はアンドレア様に生き写しと言ってよいほどに似ておられます。あの御方は大旦那様よりもやや線が細く、お顔立ちも整っておられました。とても活動的で、馬はお好きでいらしたのに、乗馬がお苦手で……」

 あ、俺だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】魔法薬師の恋の行方

つくも茄子
BL
魔法薬研究所で働くノアは、ある日、恋人の父親である侯爵に呼び出された。何故か若い美人の女性も同席していた。「彼女は息子の子供を妊娠している。息子とは別れてくれ」という寝耳に水の展開に驚く。というより、何故そんな重要な話を親と浮気相手にされるのか?胎ました本人は何処だ?!この事にノアの家族も職場の同僚も大激怒。数日後に現れた恋人のライアンは「あの女とは結婚しない」と言うではないか。どうせ、男の自分には彼と家族になどなれない。ネガティブ思考に陥ったノアが自分の殻に閉じこもっている間に世間を巻き込んだ泥沼のスキャンダルが展開されていく。

巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。

はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。 騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!! *********** 異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。 イケメン(複数)×平凡? 全年齢対象、すごく健全

【完結】異世界転生して美形になれたんだから全力で好きな事するけど

福の島
BL
もうバンドマンは嫌だ…顔だけで選ぶのやめよう…友達に諭されて戻れるうちに戻った寺内陸はその日のうちに車にひかれて死んだ。 生まれ変わったのは多分どこかの悪役令息 悪役になったのはちょっとガッカリだけど、金も権力もあって、その上、顔…髪…身長…せっかく美形に産まれたなら俺は全力で好きな事をしたい!!!! とりあえず目指すはクソ婚約者との婚約破棄!!そしてとっとと学園卒業して冒険者になる!!! 平民だけど色々強いクーデレ✖️メンタル強のこの世で1番の美人 強い主人公が友達とかと頑張るお話です 短編なのでパッパと進みます 勢いで書いてるので誤字脱字等ありましたら申し訳ないです…

処理中です...