上 下
93 / 159
王の交代

90. いい大人が何をやってんだろうね…

しおりを挟む

 なんとなく二人して気恥ずかしくなり、苦笑を交わした。俺ら、いい大人が何やってんだろうね……。
 アレッシオはゆっくり身体を引いた。俺は予定以上に背が伸びたのに、それでもなお見上げるぐらい彼の背は高く、歴然とした体格差がある。
 しがみついても、全然びくともしない腕に恐怖さえ覚えた。この力強い腕で捕えられたら、俺の力では絶対に外せないし逃げられない。

 しまった、あのさらさらの髪を撫でればよかったな……と気付いたのは、彼の姿が浴室の方向に消えてから。後悔しても時既に遅し。
 戻って来た時は、湯と水をそれぞれ張った桶にタオルと、化粧水や乳液の一式を用意していた。

「お顔と目の周りの手入れをさせてください。それでも腫れは残ってしまうかと思いますが」

 あ、うん、そうだね。俺、パーティーの時点で既に顔がだいぶやばかったからね。乾いてバリバリになっている箇所もありそうだ。
 湯で拭って汚れを落とし、化粧水やら乳液やらで肌の調子を整えてもらい、冷水で軽く冷やしながら目の周りを軽くマッサージ……めっちゃ気持ちいいです。
 瞼を閉じたままだから、若干恥ずかしさは薄れたんだけれど、うっかり上を向きかけたら「下を向いてください」と注意されてしまった。す、すみません。
 しかし冗談抜きでアレッシオの手は魔法の手だ。緊張だの胸のドキドキだのまですっかり和らぎ、終わった頃にはウトウトしていた。

「ここで寝ないでくださいね。お部屋までお送りしますので、本日は早めにお休みください」
「ん……」

 今夜はそっち行きませんよ宣言だ。おやすみのキスはなしか……キス……、う、やばい、ここで思い出すな。
 アレッシオに送ってもらって―――といっても隣の部屋だけど―――フラフラと戻り、風呂に入って寝間着に着替えた。
 すべて自分でやったはずなんだが、おかしい。記憶が半分ぐらい行方不明になっている。ベッドの上にボスンと倒れ込み、いつの間に俺はボタンを全部めたんだっけと、ボンヤリと呆然の狭間を彷徨さまよう。
 時間が経てば冷めるどころか、悪化していないか。
 いったい、なにが、おこったんだろう……。

「そりゃオマエ」
「待て。わかっている。わかっているから言ってくれるな……!」

 にんまー、と目を細める子猫に、肉球もみもみで誤魔化せ作戦を決行しようとしたら、先手を打ってひょいと逃げられてしまった。

「へー、ほー、ふーん、そいつぁなかなか……♪」
「ああああぁぁ……!」

 読むのはいいけど言わないでぇぇ!
 耳を塞いでぐるぐるゴロゴロ悶えまくり、しばらくしてぜぇはぁと息をついた。何をやってんだ俺は。
 倒れ伏したまま、モソモソと布団にもぐりこんだ。こんなズボラっぽい情けない行動、アレッシオにも誰にも見せらんねぇな。

 それにしても、今日だけでいろんなことがあった。皆から祝われまくって、プレゼントももらって。
 その上、この想いは絶対に届かないと思っていたアレッシオから、あんな……あんな……こら子猫、「呼んだ?」とかこっち見んじゃねぇ!

 しかし巻き戻り前のブルーノ父の死の要因は、暴れまくる俺のせいで疲労やストレスを溜め込み、事故が起きたからだった。謝って許されることじゃなかったし、そもそも謝ることすらできないけれど、こんなに大事にしてもらえる資格なんてあるのかと思う時がある。
 今のブルーノ父とアレッシオを大切にすることで贖罪になるのか、この問いはずっと俺の中から消えることはないだろう。

 それでもやっぱり、どうしたってこの気持ちは消えない。今生で初めて会った瞬間から、薄れるどころか悪化の一途を辿っている。
 その上もし、当初の約束通り今夜、彼とむにゃむにゃ致せていたら……きっと俺は、もういつ死んでも未練はないと―――

 むに。

「……おい?」

 子猫よ、何故おケツを俺のほっぺにくっつけて座るのかね? 細っこい尻尾がペシペシと鼻に当たるんだが。

「僕は座りたいトコに座ります。それが何か?」
「おまえな」

 なんか誰かの口調に似てるな。
 ていっと子猫を捕まえて布団の中に入れる。ちゃんと体温を感じるのが不思議だな。
 目から滝が出た時に体力も一緒に流れ出たのか、疲労感と心地良さに再び瞼が重くなってきた。

『あなたの命が、私の命……』

 アレッシオの声が耳元で低く木霊する。
 そうだな、そうだった。いつ死んでもとか、ノリで出そうな言葉だけど、俺の場合は洒落にならないか。だって俺がそれを口にする時は、かなり本気が入ってしまうから。
 そういうのを直さないといけない。やることだっていっぱいあるのに、さっさと退場して自分だけ楽になりたいなんて甘えるな。



 翌日、少しだけ目尻に腫れが残ってしまったものの、だいぶマシになった顔色で学園に向かった。クラスメイト達とくすぐったい気分で挨拶を交わし、授業を受け、帰宅したらアレッシオとニコラに手伝ってもらいながら、保留になっていた仕分け作業に取りかかった。
 前々からお世話になっている方々の名もあれば、交流のない奴もかなり交じっていた。さっそく俺へのすり寄り・品定めを目論んでいる意図があからさまでうんざりする。どうもこいつらは、俺がこれから社交界で華々しくデビューを飾って新当主を名乗りどうこう、みたいなストーリーを想像し、そのビッグウェーブに自分も乗っかろうと夢を見ているようだ。
 そいつらの鼻からプカプカ出ている提灯ちょうちん、パチンと割ってやるような素敵な文面を誰か考えてくれないかな。

「アレッシオさん、このような文面で問題ありませんか?」
「そうですね、これならよいでしょう」

 あの、なんでニコラがお礼状の下書きを作ってアレッシオが採点しているんでしょう。……あ、どうでもいい用のお礼状はニコラが代筆してくれるの? その手があったか! 助かる!
 前々からお世話になっている方だけは俺の直筆ね、了解! 二コラの下書きの丸写しだけど、俺が考えるより心のこもった良いお手紙になるよ。

 それにしてもアレッシオは、もう執事服を着ないのだろうか。ちょっぴり残念だな……と思っていたら、新たに仕立て上がったという彼の服は、色やイメージを今までのお仕着せに似せた貴族服になっていた。

「着慣れておりますので」

 なんて言っていたけど、俺の趣味を見透かされている気がしなくもない……!
 とってもお似合いです。ありがとうございます。髪型も専業執事の時代ほどカッチリとはしていないけれど、きちんとまとめて全体的に執事風の貴族みたいな感じになっている。
 新たな装いに見惚れつつ唇を凝視しそうになるので、顔がまともに見られない。いかん、この色ボケ頭、早いとこ何とかしなきゃ。

「アレッシオ様、よろしいでしょうか」
「どうしました、エルメ」
「なんか先ほどから、若様に馬を返せって言ってるおじさんが門にいるみたいなんですけど」
「帰ってもらいなさい」
「門番さんもそう言っているんですけど、粘られているみたいです」
「もう少しすればラウル様が商品サンプルをお持ちになる予定です。あの方に対応をお任せしなさい」
「かしこまりました。門番さんにそうお伝えしますね」

 ―――この《秘密基地》のあるじについて、なんだが。
 この館の持ち主はアレッシオとなった。別にこれは隠してはいない。でも世間的には、主人は実質、今まで通り俺だと認識されているらしい。
 主人の家族用として設計された部屋にイレーネ・ジルベルト・シルヴィアが住み、本来の当主用の部屋に俺が住んでいる点について、全く問題ありませんと言ってくれた。
 元ロッソ邸の使用人達を俺が雇い、全員こちらに移って来たことに関しても、新たに雇用する必要がないし、人となりを皆知っているから助かるそうだ。
 そしてこれらの件については、世間的にはアレッシオの『忠義』と受け取られている。

 ちなみに、イレーネとシルヴィアは本邸へ戻ることになった。もともと年の大半は領地におり、社交シーズンにのみ王都に来るのが通常の流れだったのに、フェランドのせいで途絶えてしまっていたからだ。

「あなたは余計なことに囚われないで、わたくしに任せてちょうだい」

 地方にも地方の社交がある。フェランドが地元を切り捨てた形になり、あちらでの印象が面倒なことになっていそうだと思っていたので、彼女が対処してくれるという申し出は正直ありがたかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王様として召喚されたのに、快楽漬けにされています><

krm
BL
ある日突然魔界に召喚された真男は、魔族達に魔王様と崇められる。 魔王様として生きるのも悪くないかも、なんて思っていたら、魔族の精液から魔力を接種する必要があって――!? 魔族達から襲われ続けますが、お尻を許す相手は1人だけです。(その相手は4話あたりで出てきます) 全体的にギャグテイストのハッピーエンドです。 ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿しています。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!! この作品は加筆修正を加えたリメイク版になります。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

親友と幼馴染の彼を同時に失い婚約破棄しました〜親友は彼の子供を妊娠して産みたいと主張するが中絶して廃人になりました

window
恋愛
公爵令嬢のオリビア・ド・シャレットは婚約破棄の覚悟を決めた。 理由は婚約者のノア・テオドール・ヴィクトー伯爵令息の浮気である。 なんとノアの浮気相手はオリビアの親友のマチルダ伯爵令嬢だった。 それにマチルダはノアの子供を妊娠して産みたいと言っているのです。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

追放された悪役令嬢は残念領主を導きます

くわっと
恋愛
婚約者闘争に敗北した悪役令嬢パトリシア。 彼女に与えられた未来は死か残念領主との婚約か。 選び難きを選び、屈辱と後悔にまみれつつの生を選択。 だが、その残念領主が噂以上の残念な男でーー 虐げられた悪役令嬢が、自身の知謀知略で泥臭く敵対者を叩きのめす。 ざまぁの嵐が舞い踊る、痛快恋愛物語。 20.07.26始動

処理中です...