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王の交代

89. 救いの形

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 イラストは美麗で、使い回しの背景が少なく、音楽も声優も豪華、キャラが年齢ごとに成長を見せてゆくことで人気の出たゲーム。
 俺自身、まさかの推しと呼べるキャラができたし、出来の良いゲームになったと感心しながらプレイしてみたけれど、どうしてもヒロインにだけは感情移入ができなかった。
 反省の二文字を学んで異なる道を歩み始めた今のアンジェラではなく、ゲームヒロインであり、巻き戻り前のアンジェラだ。

「治安のよくない場所でしたので、護衛も伴って行きましたよ。彼女は既に他界しているので、行ってどうなるものでもありませんでしたが。傷みが激しく、もう誰も住んでいないその貸し家は、何かが腐った臭いと陰鬱いんうつな気配に淀んで……記憶と大差がなく、確かにあの頃の自分はここにいたのだと感じました。あの頃は絶対に出られない檻だと信じていましたが、不思議なほど、どうでもいい場所になっていて……『そうか、自分はもうここから出られていたんだな』と、奇妙な実感がありました。父が迎えに来てくれた瞬間からなのか、そのあと徐々にそうなったのかは、自分でも定かではないのですが」
「…………」

 ―――もし。
 ヒロインのままのアンジェラであれば。
 アレッシオのこの想いさえも、消してしまっていたのではないか。

 俺が牢獄にいた頃、ジルベルトが会いに来た。あの時、ジルベルトは俺を見て本当は何を思っていたんだろう。
 その後に来た男はアレッシオだ。彼は俺を見て何を思い、何を感じていたんだろう。

 俺への恨みは。怒りはどうなっていたんだ。
 もしや二人とも、何も感じていなかったのではないか。
 『あれほどのこと』があったのに、惨めな俺の姿を見下ろしても虚しさしかなく、仇を取った達成感も歓びも何もなかったのではないか。
 そんな虚しさすらも、あのあと『恋人』に癒やしてもらったのだろうか。

 あのゲームのヒロインに共感できなかった最大の理由が、多分それだ。
 あのゲームは究極的に、何もかも、すべてが『無かったことにすることで救われる』ストーリーだった。
 苦しみも悲しみも、アレッシオがこうして語ってくれる過去の気持ちさえ、消して終わり。
 それが本当に、救いになるのかと。

『父を殺した者の末路を、目へ焼き付けに来た』

 去り際にそれだけをポツリと口にした彼の奥で、ただ消されてしまった幼い頃のアレッシオの想いが、叫んでいた気がする。

 ―――もし『悪役令息オルフェオ』の救済ルートが実現していればどうなっただろう。

 フェランドのあの性格は、傲慢なまでの自己肯定だ。ここに至って確信したが、やはりあいつには天使の祝福の力など効かない。
 俺の中にある、あの男へのこの感情―――怒りを通り越したこれが綺麗に『癒やされて』消えてしまい、まさかの『父上を許して差し上げよう』だの『語り合えばきっと父上も理解してくださる』なんて方向転換をしてしまったとしたら。
 フェランドだけは決して変わらず、俺の頭の中だけが美しいお花畑になってしまったら。
 どの選択肢を選んでも、BADエンドしか存在しないルートのできあがりだ。

「もしやご存知でしたか?」
「……ブルーノに聞いたわけではないぞ」

 反応を見ていれば、俺がそれをとうに知っていたのだと気付くだろう。
 どうやって調のかとは訊かずに、ただアレッシオはクスリと笑った。それは決して嫌な感じの笑い方ではなく、むしろどこかスッキリとしていて、彼の中で何かを乗り越えたんだろうと感じるものだった。

 綺麗な笑みだった。前を向く人間の笑みだ。
 これこそが本当に、強く美しい生き物の姿だと思った。

 おもむろに彼は立ち上がった。ほんの数歩で俺の前まで来ると、ひざまずいて手を取る。
 既視感。
 俺のカップはいつの間にか空だ。ソーサーに置くと、少し大きな音が立った。動揺していますと言っているようなものだ。
 けれどアレッシオは、俺を嗤ったりはしなかった。

「あなたがもし私の前から消えてしまったら、自分がどうなってしまうのか、何度も想像してみました」
「っ……」
「何度でも同じ。土くれになって消えたほうがマシだと思いました」
「それは……ダメだ。おまえが、土くれなんて」
「でも、そうなるんですよ。私にとってあなたはそういう存在です。我ながら随分と、重い男に成り果てたなと呆れるしかありませんが……」

 昔はけっこう遊んでいたのですがね。自慢にもなりませんが、とアレッシオは自嘲した。
 うん、知ってる。想像もつく。モテモテだったんだろ。トラブルにならないように、賢く遊んでた気配ありまくり。執事になるにあたって、遊ぶのをやめてそう。

「重い上に、自分でも驚くほど、執着心が強いようで。根に持ちますし、あなたに関しては妥協の欠片もしたくありません」
「う、ん……」
「もしもそういう私にうんざりしたとしても、私が勝手に、あなたが私のすべてだと想うことぐらいは、許してください。あなたの命が、私の命だと」

 視界が一気に滲んだ。なんでここでぼやけるんだ、アレッシオの顔を見ていたいのに。
 いつも目を逸らしてしまうから、今日ばかりは頑張って目を合わせていたのに、こんな時に限って。
 どばどばと勝手に流れ落ちる滝が憎い。拭っても拭っても止まらない。

「ああ、こすってはいけません。腫れが引かなくなってしまいます」
「っ、……だってっ、……」
「だめですよ」

 両手を取られた。そのまま、指と指を絡めて捕まえられる。
 顔が近付いて、額に―――じゃない。
 あ。くちびる、に……え?

「……ふ、……?」

 あ。これ。これは。
 口と。口が。え、ちょっと、え!? うそ!?
 
 指がほどかれた。これまでいつも頬に添えられるだけだった片手は後頭部に回され、もう片方の腕は背中に回された。
 唇に唇を押し付けるだけ。初級も初級編の、軽いものだ。そのはずだ。そのはずなのに、なんだ、これは。
 ザワザワと背中が揺れる。指先がしびれる。頭の芯がとける。めまいがする。

 包み込まれると同時に、逃げを許さない確かな感触。角度を変え、食むように動く。
 唇が唇に、触れているだけ、なのに。

 やばい。これ、やばい。なんかやばい……!

「あ、ふ……っ」
「っ!!」

 バッ! と顔が離れた。
 ―――あ? な、なんだ……?

「……?」
「………………はぁ」

 急に顔を離したと思ったら、何故かいきなり俺の胸というか、鎖骨のあたりに頭を押し付け、ハ~と溜め息をついている。
 顔が全然見えないんだが、いったいどうした。
 気のせいかほんのちょっとだけ、耳が赤いような……?

「アレッシオ……?」
「……いえ。思った以上に、くるものがありまして。少々、落ち着かせてください……」

 ……あ、うん。な、なるほど。そうね。
 俺もその、結構、くるかとおもいました……。


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