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王の交代

86. 種明かし

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 案の定、報告したフェランドは「まさか」と言いたげな顔で部下をねめつけた。

「不備だと? どこがだ」
「事由の欄だそうです。これでは受理できないと」

 ―――著しい素行不良のため。

「通常はそれで通るものだぞ。私をたばかっているのか」
「いいえ、担当者は確かにそのように申しておりました」

 部下は疲れ果てた目で言い返した。実際、この事由で通らなかったと聞いた試しは彼にもない。でも通らなかったのだ。

「何故不可だと言っていた?」
「これでは不可と、その一点張りです」
「……らちが明かんな。私が出向く」

 最初からそうしてくれ、と部下は毒づきたくなった。

 そうして貴族院に向かい、部下は部屋の外で待機、フェランドだけが応接室に通された。
 担当者として出てきた相手に、フェランドは内心で警戒心を強めた。パーティーで何度か会話をしたことのある侯爵だったのだ。身分的に優位に立てない、数少ない上位者の一人である。

「不備に不服があるとのことだが」
「そうです。何故それで受理がされないのでしょうか」
「何故もなにも。オルフェオ=ロッソについては私も聞き知っているが、彼のどの部分が素行不良なのだね?」
「…………」

 フェランドは一瞬だけ押し黙った。わざわざそれを突っ込まれるとは思わなかったのだ。

「……あれは父親であり当主である私を、口汚く罵るのです」
「具体的にどのような時に、何と罵ったのかね?」
「……失礼ながら、侯爵閣下。この手続きの際に、毎回、このようなやりとりをされているのでしょうか?」
「いいや? 明らかに正当ではないと認められた場合に書類を返却し、きみのように不服を申し立ててきた場合に対応しているよ。ちなみにこの事由だけで通ったのは昔の話だ。現在ではもっと具体的に書かねばならなくなっている。廃嫡手続きはそう件数の多いものではないから、もっと気楽にできると誤った認識をしている者は多いようだがね」
「…………」

 暗に「おまえの情報は古い」と揶揄やゆされた形になり、フェランドの眉がひくりと揺れた。
 オルフェオがフェランドを何故罵ったのか、具体的に話せば不利になる自覚ぐらいはあった。彼は思案し、ふと思い出した。あのオルフェオが学園の祭りで、男との親密さを周囲に見せつけていたという話だ。しかもその相手が、フェランドの命令を真っ先に拒否した執事のブルーノであるという。

 オルフェオが何か仕掛けているのではないかと、フェランドはそれには触れないつもりでいたが、あのブルーノのオルフェオに対する傾倒ぶりを考えるにつき、真実だったのではないかという気もしてきた。

「……あれは、使用人の男と、道ならぬ仲なのです。ロッソ家の嫡子として相応しい者ではありません」
「ならば弟に後継者を変更すれば済む話ではないかね? いただろう、もう一人息子が。彼も優秀だと聞くぞ」
「……妻の、連れ子であり……ロッソの血を引く者では……」
「だが養子縁組はしている。その時点できみ自身が、いざという時はこの子を跡継ぎにしても構わないと判断したのだろうに」
「……っ」

 侯爵以上であれば使えた言い訳だが、伯爵以下では通らない。通常は養子に相続権はなくとも、伯爵以下であり、再婚相手の連れ子なら問題はないのだ。それを承知の上でフェランド自身がジルベルトを息子として迎える手続きをしている。
 オルフェオが同性相手にうつつをぬかす性癖でも、ジルベルトを跡継ぎに変更すれば解決する話で、除籍の理由にはならないのだ。

 フェランドは内心で歯をギリリと噛みしめた。もし次男を跡継ぎに変更したとして、それはあの生意気な長男の力をぐことにはならない。せっかく養子にしてやったのに、あの次男はフェランドに全く懐かず、義兄あにに懐いている。

「侯爵閣下。あなたは仮にご自身の息子が、使用人それも男とそのような仲になった場合、お家の一員を名乗らせるに相応しいとお考えか? なお、私は私の息子を汚らわしい道へ引きずり込んだその使用人を放置せず、罰を下すべきであると考えております」

 そう、あの生意気な元執事。平民ごときが貴族の嫡子に手を出したとなれば罪に問える。フェランドはそうしようと決めた。そしてあの長男は罪人と汚らわしい仲になったとして、ロッソ家の顔に泥を塗ったことにできる。

「ふむ。ちなみにその使用人とは?」
「今は解雇しておりますが、当家の元執事です」
「アレッシオ=ブルーノか。彼の話もよく聞くな」
「―――は?」

 フェランドは一瞬、聞き間違いかと思った。
 侯爵はひげを撫でながら言った。

「ブルーノだろう?」
「いえ……お待ちを。あれは、平民です。別の者とお間違えでは」
「ロッソ邸で執事をしていたブルーノという男が、先日爵位を得たという話だ。なかなかに優れた男ともっぱらの噂だぞ。まあ、罪に問うのは無理だろうな」
「―――」

 フェランドは己の敗北を悟った。理性では認めたくない。だが、感覚的に己が完敗したことを悟ってしまった。
 侯爵はのほほんとした口調でひげを撫でながら、世間話のように続けた。

「ところで伯爵。貴族の子弟の除籍に、このような手続きを要するようになった背景はわかるかね? ……当主ので、子の相続権をほいほい奪わせないためにだよ」

 フェランドは無言で立ち上がり、挨拶もなく応接室を出た。



 無言で馬車に乗り込んだフェランドに、「やはりダメだったんだな」と部下は思いつつ御者席に座った。
 馬車の中でフェランドは悶々と思案し続けた。

 ならず者を雇うか。……否。その者どもはフェランドを売るだろう。自分への監視の目にフェランドは気付いていた。
 筆頭は公爵だと思っていた。だが先ほどの侯爵も、寄りなのは明白だ。
 毒もだめだ。仕込む方法がない。成功してもあれが毒で倒れたら、自分が容疑者に挙げられる。
 昔はそうではなかった。誰もがあれを悪童と信じていた頃ならば、毒を仕込もうが暴漢に襲わせようが、監禁して餓死させようが、誰もフェランドを疑わない状況を作るのはたやすかったのに。

 忌々しい。
 何故ああも、思い通りにならない、不出来な生き物に育ってしまったのか。
 従順に愚物として醜態を晒していればよいものを、勝手に鎖を引きちぎって己に牙をいてくるとは、親不孝な獣ごときが。

 あれを野放しにしておいたのは失敗だった。
 何かないのか。
 何か、方法は。

 だが、フェランドは思いつくことができなかった。
 その日も。次の日も。あくる日も考え続け、それでも解決策は出てこなかった。
 当然だ。そのようなものは、既に何ひとつ存在しないのだから。

 ロッソ邸に何かを破壊する音が連日響き渡り、再び使用人が辞めた。



   ■  ■  ■ 



「数年前から投資を行い、成功しまして。爵位を購入しました」

 投資か。おまえがやったら成功するよね!
 でも、どうしてやれたんだよ?
 投資はギャンブルじゃないんだ。知識・情報・元手が揃って成功率が上がる。貴族がよく投資に失敗するのは、知識も情報もなくギャンブル感覚で手を出して、投資詐欺に引っかかったりするからだ。
 おまえは知識と情報が充分にあっても、元手が圧倒的に足りないはずなんだけど?

「それについては、公爵閣下にお借りしました」
「すぐに全額返してもらえたがね」

 マジですか。
 元手が大きいほど成功した時のリターンも大きいから、爵位を買えるほどの額ってなると、相当借りたんじゃ……?
 それ、失敗したらやばいやつじゃん……!?

「あらかじめ投資計画についてラウル様にも相談に乗っていただき、これならば理にかなっていると合格点をいただきましたので、その後にお借りするという順番でした」
「失敗したら僕が返済してあげて、ウチに来てもらおうかなって思ってたんですけどね」

 ラウルが残念そうに肩をすくめた。有能な奴をこき使えるから損にはならないと。でも有能だから成功しちゃったと。なんとまあ……。
 ラウルに借りなかったのは、それをするとアランツォーネの関わるほとんどに投資できなくなっちゃうからかな。借金させて自分のところに投資させるのを禁じる法律があった気がする。

 譲渡書類に書かれたサインは『アレッシオ=ブルーノ準男爵』。
 相続権のない一代貴族。それでも貴族は貴族だ。貴族としての特権に守られ、簡単に罰することはできない存在。
 これ買います、ヘイお待ちで即日もらえるもんじゃないから、もっと前から手続きを始めていたはずだ。もしかして、あの祭りの時にはもう平民ではなくなっていたのか?

「いつ爵位を?」
「貴族院への登録が完了したのは、九月半ばですね」
「やっぱり……姓は変えなくてよかったのか?」
「たまたまブルーノ姓の貴族は存在しませんでしたので、父にも了承を得まして、そのまま登録しました」

 つまりブルーノ父もこのことを知っていると。
 アレッシオのことをずっと内緒にして、俺をビックリさせてくれた前科があったな、あのイケオジは。

「ところで若君。お恥ずかしながら、爵位を得るのに今までの稼ぎのほとんどを使い果たしてしまったのですが……」
「執事兼側近、給金は今までの倍。どうだ!」
「よろしくお願いいたします」

 よっしゃー!!
 雇うしかないだろこんな人材、よそにくれてやるか!!
 アレッシオは嬉しそうに、可笑しげな笑みを浮かべた。


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