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王の交代

85. 元執事の企み

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 十二月五日。
 とうとう、俺は十六歳になった。この国の法では成人と認められ、未成年を理由に禁じられていたすべてが解禁となる。

 当主命令であった俺のパーティー禁止令に関しても、俺が成人貴族としての権利を貴族院―――貴族に関する法的なあれこれ全般を司る所―――に主張すれば撤回させられるようになった。フェランドの言い分は『この子は不出来で人前に出せない』だったから、まず確実に俺の主張が認められる。
 だからこの機会にバーンと、成人祝いを兼ねた盛大な誕生日パーティーをやったらいいんじゃないかと勧めてくれた人もいるけど、それはやらないことにした。
 俺はお祖父様に倣って、貴族的な集まりとは距離を置く方針で行く。貴族間の力関係とか、余計なことにかかずらっていたくない。

「でもこのクラスの皆は好きだから、卒業しても友人でいたいですね」
「ロッソ様……!」

 祝いの言葉を雨あられと浴び、放課後、ラウルに忠告された。

「プレゼント攻撃に覚悟しておいてください。帰ったら間違いなく仕分け地獄が待っていますよ」
「はは……うむ。覚悟しておこう」

 なんとなく俺が授業を受けている間に、《秘密基地》へいろいろ届いていそうな気がするよ……。
 遠い目になりながら馬車に揺られ、我が家となった《秘密基地》に戻ると、そこには見覚えのある馬車が停まっていた。

「あれは、公爵家の?」
「そのようですね」

 どうやら少し前に到着したばかりのようで、俺とラウルが馬車から降りると、それぞれの御者が玄関前から移動させていった。
 ひょっとして公爵閣下が直々に祝いでも言いに来てくれたのだろうか。そう思いながら階段を上がると、大扉が開いた。

「お帰りなさいませ」
「―――アレッシオ!?」

 出迎えてくれたのは、前髪を下ろし、上等な仕立ての私服に身を包んだアレッシオだった。



 俺んち、いつの間に花屋になったんだろう―――……。
 玄関ホールの両脇へ山と飾られた花の大群にちょっとひるみつつ、アレッシオに先導されながら応接室へ向かった。
 この数日間、どこに行っていたんだろう。所用が何なのか訊いてもいいんだろうか。隠し事は今日教えてくれるって約束だったから、後になれば聞かせてくれるかな。
 応接室に入れば、そこには予想通り、今日もダンディな公爵閣下の姿があった。

「とうとう十六だね。おめでとう。今日は私からのプレゼントを持ってきたんだ」
「わざわざありがとうございます」

 ソファの上でひらひらと振る手に、手紙らしきもの。
 あれがプレゼントとやらだろうか? 品物じゃなく紙に書かれたプレゼントって、大概とんでもないやつだから少し身構えそうになっちゃうな。公爵閣下だし。

「先にそちらの用事を済ませたまえ。この館を譲渡するのだろう? 私は後で構わないよ」

 俺の秘書然としたニコラもその場にいて、既に権利書や手続き書類その他を準備してくれていた。俺が閣下にもらった館を勝手に人にあげちゃうんだけど、気になさっていないようでよかった。
 お言葉に甘えて、アレッシオと向かい合わせでソファに座り、ローテーブルに並べられた書類へ順番に目を通す。

「ん、間違いはない」
「私もこれで結構です」
「では、サインをお願いします」

 まずは俺がサインをした。普段使いの文字ではなく、サイン用にしている旧字体の装飾文字を見て、閣下が「ほう」と感心してくれた。練習をしただけあって、自分で言うのもなんだが、なかなかの達筆なんだぞ。
 書き終えるとアレッシオに渡し、次は彼の署名欄にサインをしてもらう。
 アレッシオも字が綺麗だな…………って。

 ……ちょっと、待て。おまえ。
 苗字の後に、なんかついてない?

 インクが乾いたであろうギリギリまで待ち、奪い取った。
 彼の氏名にくっついたものをまじまじと見つめる。

「……アレッシオ?」

 悪戯いたずらに成功した少年のような、愉しげな笑みが返ってきた。



   ■  ■  ■ 



 ―――時は少し遡り。
 ロッソ伯爵フェランドは、誰もいなくなった館の中で呆然と立ち尽くしていた。
 しばらくして、誰かいないかと見回るも、人の気配は一切ない。それもそのはず、ロッソ邸の使用人すべてが、己の荷物を抱えて出て行ってしまったのだから。
 使用人だけではない。彼の妻子の部屋もがらんとしている。

 やがて館の中に、何かを破壊する音が響いた。物を叩きつけ、割れて飛び散る音。それは何度か続き、再び静まり返った。
 髪の乱れた男がいる。彼は垂れた前髪をイライラと撫でつけた。

「出て行きたくば勝手にすればいい。使用人などまた雇えばいいのだ……」

 そう思い直して、誰かを呼び出そうとした。新たに人を雇い入れろと命じるためにだ。だが、それを命じるための使用人すらいないのに気付き、近くの花瓶を床に叩きつけた。

「…………」

 苛立ちを腹の中で煮え立たせながら、彼はうまやに向かった。
 ―――馬がない。一頭も。
 さてはあの連中が盗んでいったか。
 これは自分のものだ。明日になれば訴えてくれる……。

 彼は館に戻り、待つことにした。明日の朝早くに部下が来る予定になっているのだ。その時に必要なことを命じればいい。
 ワインを飲みながらイライラと待ち続け、一睡もせずに夜明けを迎えた。苛立ちが最高潮に達しているフェランドに遭遇した部下は不幸だった。

「……閣下。あの……」
「黙れ。新たな使用人を即座に雇い入れろ。至急だ」

 部下は冷や汗を流しながら頭を上下に振り、ただちに命令を遂行するために館を飛び出した。
 今をときめくロッソ伯爵の部下という立場は、かつて彼にこれ以上なく優越感を与えたものだが、今やずっしりと胃のにのしかかる重石と化していた。
 この男に仕えたのは失敗だったかもしれない……。
 数時間後、集められた使用人は十名ほどだった。

「バカにしているのか?」
「いい、いえ、そのようなことはッ」
「ふん。無能が」

 これでも急いだほうだ。至急集めろと言われて、何十人もいきなり集められるものか。下位貴族ならまだしも、高位貴族の使用人は身元の確かさも必要となり人員が限られてくる。
 メイド見習いや単純な作業をさせる下働きでよければすぐに集まるだろうが、フェランドが求めているのは間違いなく高度なスキルを持った使用人だ。
 しかも―――昨夜の『大行進』については、部下の耳にも入っている。からっぽのロッソ邸に目を疑ったが、本当に一人残らず辞めてしまったのだ。

 しかも彼は、かつてフェランドが書類を息子に処理させろと命じた時、サインを拒否したオルフェオに対し「面倒だな。閣下が仰っているのだからおとなしく書けばいいものを」と腹立ちまぎれに呟き、かなり尊大な態度を取ったことがある。
 大失敗だった。息子のほうについておけばよかった。おもねる相手を間違えた。

 フェランドはメイドに淹れさせた紅茶の味に文句をつけ、一人だけ確保できた料理人の食事を半分ほど手をつけずに残し、自分が破壊した廊下をさっさと掃除できていない使用人達の愚鈍さを無能と断じた。

「役に立たん。入れ替えろ」
「は……あの……」
「別の者を雇い入れろと言っている。聞こえないのか」
「か、かしこまりました……その、すぐには集められませんので、日数をいただきたく……」
「一日だ。それと、これを貴族院に提出せよ。さっさと行け」
「は……」

 一日という期限に反論する間もなく新たな命令が投下され、押し付けられた書類に仕方なく目を落とした。ただ提出せよと言われても、書類によって窓口が違うのだから確認せねばならない。
 そして彼はそれが何なのかを察し、目をいた。

「閣下。あの、これは」
「なんだ」
「……いえ」

 部下は真っ青になって震えながら、書類を手に貴族院へ向かった。
 ―――それは、オルフェオ=ロッソを貴族籍から抜くための書類だった。
 フェランド=ロッソのサインに加え、ロッソ家の押印もある。

 あの息子を廃嫡などしたら、もっと大変なことになるのではないか?
 今日のこれが、あの長男との争い……それもほぼ、フェランド側のふるまいに端を発していることを、さすがに今は理解できている。惜しむらくは、理解するのが遅かった。
 当主がこれを提出すれば、だいたいにおいて受理されてしまう。いよいよ胃がキリキリしそうになりながら、担当者にそれを渡した。
 待つことおよそ十分程度。
 結果は―――

「不備がありますので、この書類は受理できません」
「……はー……」

 あのフェランドにこれをどう報告すればいいのか。
 悩むと同時に、突き返されたことに安堵してへたりこみそうになった。


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