巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

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王の交代

81. 『俺』の原点から生じる疑問

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「……非常に訊きにくいんだが。どこがいいんだ? 私の」

 こんな質問をしたら自意識過剰って思われるかもしれないけど、相手が自分の何を好ましいと感じているのか知らなけりゃ、いいところを伸ばしようがない。
 第一、俺、好いてもらえる要素なんてあったっけ? 出会ってからこっち、迷惑をかけた覚えしかないんだが。
 目を見て尋ねる勇気がなくて、自分の膝ばっかり見ている俺、いいところなんてあるのか。

「どこと訊かれましても。ご自分を大切になさらないところ以外は全てとしか」
「そっ……そう、なのか……」
「適当に言っているわけではありませんので、くれぐれも誤解なさらぬよう」

 「適当なことを言うなよおまえ」って言いかけたよ危ねぇ!
 
「それなら、あー、いつ頃から、そんな風に?」
「秘密です」

 つい顔を上げたら、なんだか意味を捉えにくい苦笑をこぼしていた。嫌な感じはしないけれど、これは梃子てこでも口を割らない時のアレッシオの顔だ。

「あなたには知られたくないことも、今は言えないこともあります。尽きぬ疑問があるかとは思いますが、あなたの十六のお誕生日が最も区切りの良い日なのです。心苦しいのですが、その日まで私を信じて待っていただけますか」
「……ん。わかった」

 俺がおまえを信じない理由なんてないよ。信じろというならその日を待つ。何か大事なことがあるんだろうからな。
 頷くと、アレッシオは微笑んでくれた。それから握っていた俺の手を、自分の口元に寄せた。

「それからもうひとつ。その日、口付けぐらいはさせていただいてもいいでしょうか?」
「―――」

 口付け。手の甲に唇を触れさせ、乞うように喋りながらそんな質問をするということは、口付けじゃあないってことだよな。
 ぞくぞくするのに耐えながら、言葉を絞り出した。

「そ、そんな、ことは」
「これもダメですか?」
「……今、しても、いいぞ」
「…………」

 えっ、なんでそこですげぇ溜め息つくの!? 俺すんごく勇気出したのに!!
 俺の手に額を押しつけながら、長~い溜め息を「ハ―――……」って、それどういう反応!?

「しません」
「なぜだ」
「あなた、本当にたちが悪いですね」
「っ! す、すまん、こういうのは図々しいか!? 嫌だったか!?」
「襲いたくなるからやめろと言っているんですよ」

 石化した。……なんかそういえば、行きの時も、そんな話をしましたね。単純な思考の練習とか言って。
 よりによってちょうどその時、馬車は王都邸に到着した。なんつータイミングで。



   ■  ■  ■ 



 俺の試練は終わっていなかった。そう、俺のアレッシオに向ける気持ちは、王都邸に勤める人々全員に知られていたのだ。
 しかも馬車でかなり際どい会話をした直後だったものだから、俺の顔面は茹ダコ状態、いつも通りの表情に戻すヒマなんてなかった。
 みんなの視線が、視線が生温かい……気持ち悪がられるのに比べたら断然いいけどさ!
 でもこの国、そういうのにめちゃくちゃ厳しい国ではないとはいえ、そんなにゆるかったっけ?

 へろへろになりながらアレッシオと一旦別れ、祭り衣装からいつもの服に着替えてホッとしつつ少し残念という複雑な気持ちを味わいながら、人払いをして手の中の薔薇を弄んだ。
 ひとしきり手触りを楽しみ、ぼーっと眺めては溜め息をついて、手入れ用の小さな布で指紋を拭き取ってからケースに仕舞い直した。ピンを外してブローチにもできる仕組みになっていて、ケースには針も入っている。
 蓋をした途端、ケースの上に毛玉がころん。

「おい」
「いいなー。よかったなー。お祭り楽しかったなー?」

 ニヤニヤしているのか、僕を構えと拗ねているのかどちらだ。区別がつかなかったので、土産の小袋から棒付き羽根飾りの玩具オモチャを取り出してぴょいんと振ってみた。
 おっ、食いつきがいいな。そうか寂しかったか。

「ちがーう!」
「ん? なら何だ」
「くっ。いいから、それを仕舞えっ」

 瞳は爛々らんらん、うずうずしながら、なのに玩具コレを仕舞えと。気に入らなかったか?

「あとで遊ぶ」

 よかった、気に入ってはくれたか。ほら片付けましたよ。それで?

「チッ、一筋縄でいかないモードに切り替わっちまったか……あー、つまりおまえ、あの兄さんとみゅふふ♡ な関係になれたんだろ?」

 みゅふふって……う、うん。なれた、みたいです。未だにビックリですが。

「そんでさっき、『そんなにゆるかったっけ』って思ってたろ」
「そうだな」
「他国に比べたら寛容だな。でも、ユルユルじゃあないぞ。だからおまえもあの執事の兄さんも、ずっと隠してたんだろうが」

 ―――そうだよ。国によっては同性同士でくっつくこと自体が罪になるところもあるけれど、この国ではそこまでじゃない。それでも気軽にオープンにできるほどゆるい国でもなかった。
 貴族の男同士だと、跡継ぎ息子でさえなければ、上流階級のお遊びとして大目に見られる。それが趣味だとハッキリ言う者もいる。
 でも跡継ぎ息子の場合、許されないケースがほとんどだ。完全に禁じられるか、妻を娶って同性を愛人にしろと迫られる場合もある。どうしてもダメなら弟が跡継ぎに変更され、最悪廃嫡になる。
 どうなるかはぶっちゃけ、当主の匙加減だ。つまりフェランドが。

 俺達のことは必ずフェランドに伝わるだろう。だがあいつもすぐに何かを言って来ることはない。俺を警戒しているからだ。
 罠については、何かありそうだよな。俺じゃなく、アレッシオが何かを仕掛けていそうな気がしている。

 俺はさておき、アレッシオの場合はどうか。
 ……使用人と貴族の息子がそういう関係になるのは、褒められたことじゃない。使用人がどんなに優秀な男だったとしてもだ。
 俺よりもアレッシオのほうが格段にやばい。フェランドが訴えれば、確実に彼は有罪だ。他国ではそもそも、執事が主人あるいはその家族とそういう関係になること自体を法で禁じている国もある。露見した瞬間に執事は投獄が確定になるんだ。

 この国はそこまでではない。比較すれば寛容というだけであり、誰もが寛容なわけでもない。
 だから驚いたし、不思議でならないんだ。俺の家族が、使用人のみんなが、友人達が―――全員が、ごく自然に受け入れてくれた事実が。

 『俺』の両親は、同性にしかそういう興味を持てない息子を排除した。親不孝とハッキリ罵られた。
 今どきそんなのいるの、なんて言う人もいたが、いくらでもいたさ。情報発信をしていない地域なんて山ほどあり、時代の変化を感知できていない人間だって山ほどいた。
 多分『俺』の生まれ育った場所の感覚はエテルニアに近い。だからというわけでもないが、俺はこういうのを皆に知られたら、おぞましい生物のように顔をしかめられるんじゃないかって、そんな恐れを抱いていた。

「ん~。まあ、おまえはそう思うだろな。実際、フツーはこうはならないぞ? 誰かしら『ええぇ~、お坊ちゃまが同性と?』みたいに拒否反応が出るもんだ」
「だろう? なのに何故……」
「あとは執事の兄さんに訊いてみな。ホラ」

 ドアがノックされた。

「失礼いたします。夕食をお持ちしました」

 ―――アレッシオだ。人払いをしていたから、入っていいかと尋ねているのだ。
 俺は慌ててドアを開けに行ってしまい、びっくりされた。うんごめん、ここで「入れ」って言えばいいだけなんだよな。

「すまない。質問したいことができて、気が急いてしまった」
「ご質問ですか?」
「準備しながらで構わない」
「かしこまりました」

 アレッシオは完全にいつも通りだった。完璧な動作、完璧な表情、服装も口調もすべて完璧な執事。何もかもがいつも通り。見事だよなぁ。
 あの悪魔的な男が去って残念なのか、いつもの執事が戻ってくれて嬉しいのか、感情の持って行き場がわからない。
 頭を整理しつつ、羽根の玩具オモチャで遊んでいる子猫を眺めながら、先ほど子猫と交わした疑問についてアレッシオにも尋ねた。

「ああ、そのことですか。そうですね、普通でしたらここまで歓迎はされません。月並みな言い方をすれば、人望の勝利です」
「人望?」

 目をしばたたいた俺に、執事は作業を止めないまま、やわらかく目を細めた。


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