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幸福の轍を描く

80. 祭りの終わりといつかの約束

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 鐘の音に音楽を合わせ、調和したメロディは耳に心地よく、つい聴き惚れてしまった。
 ライフ枯渇の心身に沁み渡るぜ……。
 こんなに堂々としていて大丈夫なのかなと心配だったけれど、逆に堂々としているから大丈夫なのだった。
 途中からなんか、こいつわざと見せつけて行動してないか? ってピンときたし。

 俺が蜘蛛野郎とバチバチやっているのはもうすっかり知れ渡っている。これを見た人の大半は、「あいつまた何を企んでいるんだ」って俺達の行動の裏を勝手に想像して深読みしてくれるんじゃないかな。
 いやー、日頃の行いって大事だわ。

 で、まあ、俺も腹をくくって、積極的にデートっぽいことをしてみようかと思いもしたんだよ。
 参考にできるのがゲームしかない経験のなさが悲しいのはおいといて、デートイベントってどんなのがあったっけ?


 ●立ち入り禁止の鐘楼に忍び込み、二人で鐘に触れ、学園の全貌を眺めながら愛の言葉を交わす。

 →我が国の法では建造物侵入罪に該当します。

 ●芸術団一座のテントにこっそり忍び込み、珍しい品々を眺めている間に何かの道具を壊してしまい逃亡、のちにその一座が芸を披露中にあの壊れた舞台道具のせいで失敗し大騒ぎ……「ごめんなさい」と心で詫びつつ二人でつい苦笑い。

 →器物破損に営業妨害、あとなんだ。心で詫びて済むなら慰謝料はいらねーんだよ。

 ●みせで購入した安物のお揃いアクセサリーを、よく待ち合わせの目印になる池へ二人一緒に放り投げる。ずっと一緒にいられるためのおまじない……。

 →水質管理されてる池へ変なもん勝手に放り込むんじゃねーよ! ゴミのポイ捨てと変わらんだろ!


 ……アカン。あのゲームのデートイベント、ダメなもんばっかりだわ。
 俺にはムリです。俺は品行方正で法律違反なんて絶対しない超! 優等生として卒業予定なんだからな。
 合言葉「どうせゲームだから」が無敵の呪文過ぎる。現実にやるもんじゃない。

 そんなわけで、当初アレッシオが提案したように、ただ気ままに歩いて心惹かれるものがあったら足を止め、が一番健全で楽しめるデートなんだなということがよくわかった。
 ちなみに俺達の近くにはベンチがあったけれど、あえて座らずに音楽を聴いたよ。こいつに密着されたまま座ってリラックスなんかしてみろ、背骨が抜けて再起不能になるわ。
 かといってずっと歩いてばかりいたら当然足が疲れてくるので、食堂で昼メシを食うことにした。この期間、サロンは利用できないからな。

「隣はダメだ。対面に座れよ」

 食堂の椅子は一人一脚の席もあれば長椅子の席もある。空いていたテーブルは一脚ずつの席だった。でも隣に座るのはやめてお願い。
 アレッシオは従順に対面へ座ってくれて、ホッとするのも束の間、甘ったるい視線を正面から浴びる羽目になったよくそう……。
 なんて敗北感を噛みしめていたら、料理プレートにかかったソースがハート柄じゃねえか!? おい厨房ぉぉ!? 応援してくれてるんだねありがとう、でもほんとこういうの恥ずかしいからやめてぇぇ!!
 ああ、アレッシオの肩が揺れている……いいよ笑えよ、おまえが楽しいんならいいよ……くそう……。

 思わぬ試練の降りかかったランチを終えてまたブラつき、既に見回った菓子通りへもう一度行くことにした。ロッソ邸のみんなへ土産を買い込むためだ。
 午前中に誰が何を好みそうかっていうのをアレッシオと喋りながら(ちょっかいかけられながら)目星をつけていて、帰る前にこれが残っていたら買おうっていうのをまとめていたんだよな。
 学生のための祭りだから、夜遅くまではやらない。でも俺は門限が早いものだから、店の終了時間までまだ余裕があるんだ。
 町のお祭りだったら夜までやっていて、素朴な楽しいダンスなんかも人気があるみたいだけどね。

 社交界のダンスパーティーもあるにはあるし、一応俺も領地にいた頃に簡単なステップを習った。当たり前だが男女のパートナーが踊るやつで、うちの国では婚約者あるいは夫婦じゃないと踊ってはいけない。
 俺はどう転んでも結婚はないのがわかっていたから、基礎を一通り教わったらもう勉強に全振りした。負け惜しみじゃないけど、先生にはスジがいいって褒められたんだぞ。馬術剣術がアウトだから運動全般がダメなのかと思いきや、リズム感があって憶えも早いんだってさ。

 今はもう、すっかり忘れちまっただろうけどな。
 そんな話をぽろっとしてみた。

「私もステップを忘れていそうです。でもいつか踊りましょうね」
「……足を踏むぞ、間違いなく」
「いいですよ。どうせその時は二人きりなんですから」

 そうだったな。人前では無理だから、その場合は二人だけの時ってことになる。
 ……。

「いつかな」
「ええ、いつか」

 菓子を買い込んで、子猫が好きそうな羽根飾りのついた玩具オモチャも買い込み、過ぎてみればものすごく名残惜しい祭り会場から、俺達は早めに出た。
 ほかの連中には時間いっぱい楽しんでくれと言ってある。前の二日間は、みんな俺の門限に合わせてくれていたからな。

 ゲームのメインキャラ達は何かと思い出に残る物を買いたがっていたけれど、俺はそういう欲求が湧かなかった。
 俺はもうもらっている。アレッシオの色の薔薇を。だからこれ以外はもういらないんだ。

 主人の戻る時間を知っているロッソ邸の馬車が既に待機していて、俺達は全く待たされることなく乗り込んだ。



   ■  ■  ■ 



 来た時と違い、向かい合わせではなく隣に座る。止める間もなくアレッシオが隣に来ちゃったんだよ……。
 それからずっと手を握られている。音楽を聴いていた時と違い、馬車の揺れと振動のおかげで自然と腹筋に力が入るから、帰宅時まで骨が抜ける心配はない。きっと、おそらく。

 ―――あああもう、ぜんっっぜん、慣れない……どうすりゃいいんだ。

 それにしても、ずっと執事服で行くと思っていたアレッシオの姿に度肝を抜かれて、行きの馬車ではこんな贈り物をもらって、しかもまさかのアレッシオからの告白…………告白、されたんだよな、俺。
 蓋を開けたら俺の気持ちなんか皆にバレバレで、ショック過ぎて埋まりたくなるし、頭があっぷあっぷ言っている間に初デート。
 これは夢じゃないかと思う隙もなく、どこへ行ってもアレッシオに構い倒された。恥ずかしいし、自分の口から何度も魂が抜けかけたけれど……幸せだった。

 うん。めっちゃ幸せなんだよ……だから本気でやめろと言えなかった自分の意思の弱さが憎い……。

 怒涛の一日過ぎる。みんな、いつから気付いていたんだろう。アレッシオは、いつからこうしようと計画していたんだ?
 いつから、何で俺のことを?
 俺が今生で初めてアレッシオに出会ったのは、学園へ通うために一足早く王都邸を訪れた十二歳の頃。
 それまでブルーノ父に訊こうとしても訊けなかったアレッシオが、不幸でも何でもない生きて動いている彼が、いきなり執事服を着て微笑みかけてくるもんだからスコーンと堕ちた。

 絶対無理だと思った。生涯片想い確定の相手に、なんでこんなところで事故ってんだよ俺って、自分に腹が立った。
 子猫の提案に「そりゃいいな」って即座に乗っかり、かつての腰巾着から聞いた簡単手作り媚薬を作製、騙し討ちで飲ませて酷い目に―――……

 …………。
 ……あの、ほんとに、何でなのかな?


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