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幸福の轍を描く
72. お祭りの開始
しおりを挟む「私達が一番乗りだったようだな」
「そうですね」
「お兄さま、前みたいにここでおしょくじするの?」
「シシィ。前のことを憶えていたのか?」
「おっきなテーブルがあって、お兄さまとお姉さまとごいっしょにおしょくじしたの」
「ああ、その通りだよ」
「お兄様やお姉様方が集まったら、ここで食べようねってお約束しているんだよ」
「シシィはよく憶えているのねぇ。びっくりしたわ」
「えへへ」
少しして、最初に訪れたのはラウルだ。
「おはようございます、皆さん。遠目でもすぐわかりますね、あなた方は」
「ラウル兄さまもとってもすてきね♪」
「光栄です、お姫様」
いや、ラウルも本当に似合う。オレンジ色に金糸のド派手衣装、美少年っぷりで着こなしている。俺と並んだら赤とオレンジで派手さが増しそうだけど大丈夫?
その次にヴィオレット兄妹とカルネ殿、ジャッロ殿、アルジェント殿もやってきた。
公爵家の使用人も二名いる。ジャッロ殿とアルジェント殿は卒業しているから、ルドヴィクの使用人枠だろうな。でもヴィオレット兄妹の希望で友人として楽しむ約束をしているので、従者トリオも全員が派手派手衣装だ。
護衛を大勢連れて来るかと思ったけれど、学園内の至る所に騎士の衣装を着た警備員が立っており、そこまで気を張らなくていいようだ。つうか警備員まで「警備員様」とお呼びしたくなるぐらい格好いいな。
「おはよう。昨夜からずっと楽しみだった」
「皆さん、素敵ね……」
双子の衣装は紫が基調だった。なんともミステリアスで、黒と銀の仮面が似合うこと。黒レースも似合い過ぎる。これは大魔術士の転生だなんだとファンに騒がれていたわけだと納得の雰囲気である。頭の中身は八割ぐらい「そろそろおなかすいてきた」だと思うけどな。特にルドヴィク、こっそり腹を押さえたろ。
ひとしきりお互いの姿を褒め合い、わくわくと食事の相談をする。祭り仕様に変身した学園内は、どこへ行っても美味しそうな香りが漂っていた。ちらほらド派手な人々が増えてきて、本格的な賑わいまであと少しか。
「父上達は仕事の都合がつかず、最終日に参加する予定だ」
「俺達の親も仕事なんですよね」
「僕の両親は全日参加しますけど、若者の邪魔をしたらいけないからって基本は別行動してくれるそうです」
社交のためのパーティーじゃないから、挨拶回りだなんだと気にしなくていい。むしろ親が集まって挨拶なんぞやり始めたら、今日に限っては無粋だし迷惑だ。
ラウルの家は両親が仲いいから、「父様達は勝手にデートしている。おまえ達も勝手に楽しんどけ」ぐらいの感覚だそうな。
うちは母親が一緒にいて全然気づまりにならないからな。イレーネも若者枠でいいと思うぞ。そういえば何歳……いや、俺は何も考えなかった。考えなくていいんだ。
しかしゲーム設定でどんな店があるかざっくり知っていても、文字資料と実際に見るのとは当然ながら大違いだ。
まるで街のように『食事通り』と立札の立っている広間では、数々の出店が並び、その前には小テーブルや椅子が置かれている。
俺達はそれぞれが開いている席に陣取った。
今日ばかりはお祭りだからいいんだよと、使用人枠で招待した者達も立たせずにテーブルへつかせた。
それをとやかく言うような無粋な輩は、この祭りでは嫌われるのだ。
「別世界みたいですね……」
「本当に……」
ニコラとミラのほのぼのとした声が聴こえてくる。あの二人のテーブル、もう夫婦みたいな空気を醸し出しているな。すまん、最終日には二人きりにしてあげるから。
エルメリンダや乳母も、使用人の格好だからはしゃがないようにしているが、満面の笑顔でうきうきというかウズウズしている様子だ。わかる。始まる前からなんかわくわくするよね。
そう、始まりの『合図』はもうすぐだ。
学園創立祭だけれど、学園長の長々とした挨拶はない。いずれ国を導く者達へ、そうなろうと目指す者達へ、この非現実な数日を楽しめという贈り物―――そういう趣旨で始まった祭りだからだ。
ぞろぞろと音楽隊の姿が見え始める。俺達と同じようにテーブルについていた客の中で、小さな拍手がちらほらとあがった。これから何が起きるのかを知っている人々だ。イレーネも手を叩く真似をしていて、シシィが真似をする。さらに俺達もそれに倣った。
彼らは位置について、そしてほんの数分後。
鐘楼の鐘の音とともに、空へ音楽が響き渡った。
鐘とぶつかるのではなく、調和して天に昇る音。
ゲーム制作で何度もこれを聴いた―――なんて、もうどうでもいい。あれとこれは別物だった。
本物の楽器が間近で奏で、音の波動が全身にビリビリ迫って響いてくるんだ。
高らかに『開始の音楽』が学園全体を包み、そして穏やかでポップな曲調に変わると、ドッと拍手が湧いた。
祭りの始まりだ。
あくまでもただの祝祭としてのカーニバルをモデルにしているから、肉料理も豊富にある。
ただし衣装が台無しになってはいけないから、食べ歩きは基本しない。ソースがつきやすそうなメニューもない。
普通は使用人に命じ、購入させた食べ物をテーブルまで運ばせるのだが、俺達は基本的に自分で運んだ。席をとっておかなきゃいけないから、誰かはテーブルに残っていてもらうけどね。
豊富な食材で工夫をこらされた朝食を楽しみ、その後は皆で練り歩いて、普段とはガラリと変わった学園内の様子を楽しんだ。
そぞろ歩けば音楽家の演奏が聴こえ、なんとなく耳を澄ませたり、足が疲れたら食堂へ向かって休憩がてらお茶を飲んだりした。食堂内のメニューもいつもと違い、この日はメニュー表があって、気になるものを頼めるようになっていた。しかも料理名が『小人たちの楽園』やら『天使のラッパ』やら……どんな料理だ。一応、小さく料理の説明も書かれているけれど、その説明も『カボチャとキノコとクリームが仲良しして…』みたいな書き方をしている。
いや楽しいわコレ。ニンジン苦手な我が妹が、『小人さんが丁寧につくった』花の形のニンジンを平らげたぞ。
人が多くなっても、俺達が行く先は何となく人波が左右に分かれるのがすごい。ヴィオレット兄妹はもちろん、女神と天使と妖精がすごい。おいおい、あいつ拝んでねえ?
ド派手な衣装の人々がどんどん増えていても、なんだかこの辺りだけ結界が張られているみたいだ。
「いや、若様もすごく見られてますって」
「視線の半分ぐらいは若様に集中していますよ」
え? うそ? 俺の衣装ってそんなに目立つ?
あの人もその人もすんごく派手じゃん? 俺は埋没できてると思うんだがな……。
『お菓子通り』と立札のある通りで、色とりどりに飾られたたくさんの店を冷やかし、ロッソ邸の使用人のお土産として、飴細工を買い込んだ。動物や花の形をした飴は可愛らしいし、食べても美味しい。甘いものが苦手な者もいるだろうから、塩気のあるチーズ菓子も買い込んだ。サクサクに焼いたチーズ菓子、うちで出たことないから料理長あたり興味あるかもな。
想像以上に楽しかった時間はあっという間に過ぎ、残念ながらもう夕方。
門限のある俺は早めに帰宅せねばならない。
ただ、みんな早朝から準備していたものだから、今回ばかりは丁度いい時間でもあった。
祭りは三日あるので、今日は全員がそこで帰ることになり、明日の約束を交わして別れた。
「楽しかった……」
「それはよかったにゃ」
帰宅後、子猫が拗ねていた。
仕方ないだろう、おまえは連れて行けないんだから。それ以前に、俺の衣装のヒラヒラ羽根に目を爛々とさせて飛びかかろうとするからじゃん。
あのカーニバルに連れて行ったら、あっちもこっちもおまえの玩具だらけだぞ。迷子になっちゃったら困るじゃん。
ご機嫌を取るために、いつもより丹念に子猫マッサージをしてやり、風呂に入ってベッドへ横になると、一瞬で眠りに落ちてしまった。
そして翌朝になって気付いた。
アレッシオの、お休みの「ちゅ」をもらい損ねた……!
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