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幸福の轍を描く

68. 悪役の轍

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 アランツォーネ商会は俺の生まれ育った土地という口実で、どんどんロッソ領に入った。さりげなく避難経路になりそうな道も増やし、周辺住民の利便性も上がったので、好意的に受け入れられている。
 ついでに商会の工作員……いやいや従業員によって、俺の『真の姿』も積極的に広めてくれた。

『若様が悪童ぉ? 情報が古いですよ。そんなこと今も言っているのは、ここの人だけだよ』

 ロッソ領以外では、俺の優秀さはものすごく有名なんだと、彼らは大勢の領民の前で笑いながら話した。
 フェランドは相変わらず、領地では俺が不出来だと言い続けていた。
 それに関して突っ込む者もいたが……

『あ~、なんだけどね、どなたがとは言えないけれど、どうも若様に嫉妬なさっているんじゃないかって噂がね……だって若様、こんなお小さい頃からもう優秀な御方だったっていうし、悪童の噂があんまりにもご本人と違うもんで、あちらの方々もビックリなさったらしいよ』

 声を潜めて教えてあげれば、あっという間に広まったそうだ。
 最後の最後まで残っていた『オルフェオ坊ちゃま悪童説』の牙城は、これで崩れ去った。



 悪役令息に着せられた濡れ衣のひとつ、違法な薬物の原料となる植物の栽培についてだが、それらしい場所は全く発見されていない。
 商会の人間にはネタを求めてどこまでも遠征する強者がおり、ロッソ領は彼らによってしらみつぶしにされたに等しい。なのに、不穏な気配が漂う地域の報告はまだ一度もなかった。
 マルコ=リーノの先輩―――既にそいつごと一網打尽にされた犯罪組織が、あれの黒幕でもあったかと思う一方、もう一つの可能性も浮かんだ。
 商会の人間が多く入り込んだことで、犯罪者がロッソ領内で密かに活動する隙がなくなった可能性だ。
 特にラウルはそういう調査に手を抜かない主義で、ニコラも調査書の些細な違和感すら見逃さなかった。

「―――とまあ、僕からの報告はこのぐらいです」

 軽く言ってくれるが、つくづく俺、すごい奴らを側近にしちゃったんだなあ……。

「では、次は私から。最近、旦那様が親しくされている方々なのですが」

 フェランドは去年から、領地に戻らなくなった。これまでロッソ領でだけは好き放題に言い続けていられたのに、近頃は俺の悪評を垂れ流そうとした瞬間、相手の瞳に懐疑的な色が浮かぶようになったからだろう。
 自分の影響力が取り返しのつかないほどに削がれ、領地にまで及んでいるのを肌で感じ取り、苛立っている。
 時々パーティーにイレーネを伴い出席する以外、常にどこかへ出かけているのは、憂さ晴らしに遊び歩いているのだ。

 そう、遊んでいる。
 領地運営は部下に任せ、毎日がバカンス。
 堅実に、勤勉に……それがロッソ家だったはずなのに、王都で過ごすあいつの行動を見ていると、堅実とも勤勉とも程遠い。

 もう取り繕うのも無駄な段階まで来てしまったからか、俺やジルベルト、シルヴィアにまで一切口をきかない。
 イレーネにだけは話しかけても、やんわりとした命令口調だ。彼女がいつも平然と微笑むのに、イラっとしているのがはたにもわかる。
 けれど離縁をほのめかすことだけはしない。
 イレーネは社交界の天使だ。王族からの覚えもめでたく、常に視線を集め、それでいて同性からの妬みはほぼ無いという稀有けうな存在になってのけた。

 そんな彼女を手放すのは愚行でしかない。イレーネに限っては、夫からの離縁がきずにならないのだ。フリーになった彼女の周りには、きっとロッソ家より格上の求婚者がぞろりと群がる。
 従順さの足りない不愉快な女になってしまっても、あの極上の宝石が他人の手に渡るほうがよほど不愉快に違いなかった。

「―――以上が、現時点での旦那様の交友関係です」
「……本当にその者達なのか? いや、疑うわけではないが」
「お気持ちはわかります」

 アレッシオとラウルが、呆れた顔で頷いた。
 先ほど並んだ名前のすべてが、ヴィオレット兄妹や従者トリオのブラックリストに入っている貴族だったのだ。
 だが、二人の呆れと、俺の驚きは若干ニュアンスが異なっている。

 フェランド=ロッソの交流相手は、俺が飛び級入学をする前と大幅に変わっていた。
 その『新しい友人』の顔ぶれが―――かつて、『悪役令息オルフェオ』と交流のあった者ばかりなのだ。
 あの頃、俺にすり寄り、持ち上げて来た連中が、今はフェランドに寄り集まっている。

「奴の影響力がとことん減って、イレーネ達がずっとこちらにいてくれるのは嬉しいんだが……」
「旦那様も腰巾着を素直に信用しているわけではないでしょう。ロッソ家にとって致命傷になるお遊びには、誘われても乗らないかと思われますが、念のため監視を続けます。―――私からのご報告はこのぐらいですが、何か気にかかることはありますか?」
「気にかかるというか、納得いきませんね。若様には全然遊ばせずに暗黒の青春を送らせて、自分はよくない仲間とつるんで遊び暮らすなんて」

 ラウルがぷりぷり肩を怒らせ、アレッシオが「同感です」と不愉快そうに頷いた。
 言われてみれば、初等部三年から入学し、もう四年目。王都観光も学生らしい遊びも無縁だった。

「だが私としては、学園生活自体は快適で楽しかったぞ。クラスメイトは皆好きだし、青春というのは少々気恥ずかしいが、おまえ達のような者が周りにいてくれたからな」

 昔と違って、今は本当に人に恵まれている。ラウルとの仕事だって、ラウル自身が商売を趣味で遊びで天職っていう奴だったから、俺も楽しんでやれているんだ。

「若様、無自覚タラシはやめてください」
「なんだタラシって」
「若君のような危険な言動を指して言うのですよ。ところでラウル様、もしや若君はクラスメイトの皆様にも、この調子で堂々と『好き』などと仰られているのでしょうか?」
「その通りですアレッシオさん。教室のど真ん中で、クラスメイト全員が揃っている中で、『私このクラスで良かった。みな好きだし、通うのが毎日楽しい』と、こうです」
「若君、なんということを……」
「え、待て、それの何がまずいんだ!?」

 俺そんなにやばいこと言った?
 アレッシオが眉間のシワを揉んでいるということは、結構まずいことなのでは……?

「いいえ……あなたにそのあたりの機微を学んでいただくのには、同年代の方々と学園で若者らしく、楽しく過ごして思い出づくりをしていただくのがよいのでしょうね。そう思うことにいたします」
「待て待て、アレッシオ。その、すまん。何が何なのか、教えてもらえるとありがたいんだが……」
「―――そうだ! 思い出づくりと言えば、若様のお誕生日にばかり気を取られてましたけど、その前にあるじゃないですか、お祭り!」

 突然ラウルが叫んだ。
 へ? お祭り?

「お祭りですよ、学園の! あれどうします?」
「あっ」

 そうだった。すっかり忘れてた。
 あったじゃん。―――学園創立祭という名前の、略して学園祭にしたら大間違いな、これぞ乙女ゲームというキラッキラのお祭りが!


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