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幸福の轍を描く
66. 幸福の庭
しおりを挟む「ね、ね、オルフェにいさま。シシィはね、おおきくなったらラウルにいさまのおよめさんになります!」
「…………そうか」
俺のこの血涙が見えるかラウルよ?
くっ、可愛いリボンと美味しい蜂蜜のお土産ですっかり虜にしちまいやがって……!
「ラウルにいさま、シシィをだっこしてくださいな♪」
「はいはい、姫君。仰せのままに―――若様、蜂蜜は若様用のお土産ですからね?」
んなこたぁ知ってるよ。でもキラキラした期待たっぷりの瞳でジ~…と見上げてくるシシィに、味見させてあげない選択肢など俺には無いんだよ……!
呆れた目で溜め息をつくラウルだが、こいつもどうやら成長期に入り、急激に伸び始めた。以前は自分の背丈なんて全然気にしていなかったのに、ジルベルトに追い越された時はさすがにショックだったようで、きつくなる服と毎月少しずつ増える身長にホッとしているのを俺は知っている。
「ところで若様、浴布の生産量が追いつかないのでロッソ領に工房増やしていいですかね? 従業員は現地採用で」
「どこかに委託はできないのか?」
「既にやってます。それに先日の大口注文は《セグレート》の指定がありましたから、うちと提携していない織物工房は不可でした。今後もそういう注文が増えると思うんですよ」
「学校のお友達との会話じゃねえ」とそのうち誰かに突っ込まれるかなーと思いつつ、突っ込み不在のまま今日を迎えこうなった。
この二年、ラウルと売り出した商品で一番のヒットを記録したのは、浴布―――バスタオルとフェイスタオルだ。
これまで身体を拭く時に使っていたのは、ただの布。いくら高級品で手触りが良くても、使いづらく水分が半端に残り、雨に降られて服が肌にはりついた時の不快感があった。
求む、タオル。というわけでお願いラウルくん。
商会に他国の織物サンプルをいくつかゲットしてもらったら、中にタオルの原型と思しき布があった。
その布をもとに、商会の織物工房で試作を重ねてもらい、無事ループパイルを持った吸水性の高く、速乾性のあるタオルが出来上がったのだった。
完成まで一年かかったよ……長かった。完成形を知っていても言えないのが一番じれったかった。だけど「こうやったら作れる!」と口出ししたいのを我慢した甲斐あって、その吸水力と使い勝手の良さはアレッシオが目を丸くするほどだった。
今では《セグレート》は文具に限らず男性向け、《アウローラ》もファッションに限らず女性向けブランドになっていて、それぞれバスタオルとフェイスタオルを売り出したら、口コミで人気大爆発。みんな、お風呂上がりに苦労してたんだね……。
と、このようにして攻略対象であった男達はみんな、悪役令息も交ざって充実した日々を送っている上に売約済み(予約含む)になってしまったわけだが、元ヒロインちゃんはというと。
二年前、さすがに停学とミラの件がダブルで痛かったのか、処分期間中におイタをすることもなく、アンジェラ=ローザ男爵令嬢は一ヶ月後に学園へ戻った。
その後、見学会で俺達の現在の姿を見て、やっと自分を省みる大切さを悟ったらしい。
彼女に関しては学園長からローザ男爵家へ、そしてミラやニコラを通じて俺にも詳細が伝わっている。
ミラが館の中へ追加料理の手配に行ったのを確認し、俺は二コラに尋ねた。
「あの娘にはまだ挨拶をしていないんだよな?」
卒業して正式に俺の側近になったニコラは最初、なかなか椅子に座ろうとしなかった。でも今回は仕事じゃなくお食事会の客として招待したんだからと説き伏せ、ついでにジルベルトとシルヴィアを召喚し「ニコラ兄様も座って?」攻撃をしてもらい、陥落。
敗北したニコラからちょっと恨めし気に睨まれちゃったけど、知らないもんね。内心嬉しいのは知っているんだぞ。
「ええ、今はまだ様子見の段階です。彼女の学業態度は良好で、先日の学力試験の総合成績は中の上ぐらいだったそうです。二年前は最底辺でしたから、ちゃんと努力はしているみたいですね」
「へえ」
中の上か。二周目なのに、えらく低い。
ミラが言うには、エテルニアでのアンジェラは何年もまともに勉強をせず、遊び暮らしていたそうだ。決まり文句は『私このぐらいもうできるもの』―――自信満々に胸を張っては逃げ、使用人や近所の人々とお喋りをし、お出かけし、買い物を楽しんでいた。
そんな調子で四年も過ぎれば、以前憶えた内容なんてごっそり抜け落ちるだろうよ。
おそらく彼女がそれを思い知ったのは二年前、初めての学力試験の時。答案用紙を見おろし、真っ青になって手が震えていた彼女に、教師が気分でも悪いのかと声をかけたそうだ。
時間ギリギリになっても、彼女の答案用紙は半分以上埋まっていなかった。
ヒロインの基本能力設定は『平凡』。
初等部一年の初期段階にして、アンジェラはまず遅れを取り戻すことから始めなければならなかった。
そうして攻略対象による特別授業も試験対策アドバイスもなく、二年経過。リアルな彼女自身の実力が、今の成績だ。
さて、彼女は今もまだ素敵な恋をしたいだろうか。
「カルネ殿、ジャッロ殿、アルジェント殿は、卒業後仕事が安定してからお相手を探す予定って言ってましたよね?」
「ちょっと待ってくださいロッソ様!」
「やめてくださいよ、どんなイヤガラセですか!」
「あのねロッソくん、冗談でもやめてほしいからね? だいたいあの子、我々の名前すらろくに認識していなかっただろう」
そうなんだよなあ。前回もこの三人と知り合っているはずなのに、アンジェラはナチュラルに彼らの存在を無視していた。昔はヴィオレット兄妹の手前、名前ぐらいは憶えていただろうけど。
でもまあ、ようやく『反省』の二文字を学べたみたいだし、もうそんな失礼なことはしないんじゃないかな? 多分。
「ミラは、もしアンジェラが真面目に勉強を続けて卒業できれば、その時は改めて会いに行くつもりだそうです」
ニコラが言うと、ラウルが肩をすくめた。
「いいんじゃないですか? あの一家はなんだかんだ、みな優しいですから。勉強も卒業も、大多数の人は普通にやってるでしょうがとは言いませんよ」
ラウルの言い草に噴き出しそうになった。
俺以外の面々も苦笑している。
そうだよなあ。悪役令息ですら成績悪いなりに、留年せず卒業したんだぞ? 嘘のようなホントの話。
低いハードル設定をして、会いに行くためのきっかけをわざわざ作ってやるなんて、優しい家族だ。
俺はさすがに、牢獄に放り込まれた俺がどうなったかも知らずにハーレムを満喫するつもりだった小娘に対して、許す許さないっていう感情は湧いてこないよ。
だからといって別に何もしないさ。する必要がないからな。
あれほどやらかしても自分を見捨てなかった家族の愛情を思い知り、そんな素晴らしいものをドブに捨てかけた自分の愚かさを思い知るといい。
そしてヒロインでも何でもないごく平凡な人間として、誰の物語の根幹にも関わることなく、ありふれたその他大勢の中に埋没して生きるといい。
この先もずっと。
「オルフェ、この焼き菓子が美味い。クセになるかもしれない」
「これ、最近ちょっと流行っているコーヒーで風味つけてますよね? こういう使い方があったんだなあ」
「コーヒーって、黒い飲み物でしょう? 僕飲んだことないですけど、どんな味なんですか?」
「そうね、とても苦いわ。ジルは、苦手かも……」
「好き嫌いが分かれるけれど、飲んでみたらハマるっていう人もいるね」
「シシィは甘いのがいい~」
喉を通るフレッシュジュースの爽やかさに熱を散らしてもらい、陽の光に包まれた明るい庭を眺めた。
幸福とはこういう光景を呼ぶんだろうなと、ガラにもなく思った。
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