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ヒロインの転落
54. 私はアンジェラ -sideヒロイン (4)
しおりを挟む停学になった。信じられない。
お父様とお母様は無言。お兄様は頭を抱え、お姉様は両手で顔を覆っていた。みんな険しいお顔で、溜め息をついて、部屋から出るなって命令されて……ああよっぽど怒っているんだなあ、ていうのがわかった。
だって。いろんな人が壁になって通せんぼしてる間に、みんなどこかへ行っちゃう、その繰り返しばっかりだから。
今なら誰にも邪魔されないって思ったら、足が動いてたんだもの。
こんなに重い処分になるなんて思わなかったのよ。結果的に授業をサボることになったのは、確かにいけないことだったと思う。注意されたら、きちんと謝って反省するから、今回だけは……そう思って……。
停学期間中のお勉強のためにって、家庭教師がやってきた。アレッシオさんじゃなかった。
すっごく厳しくて、前回から思い出しても全然記憶にない人だった。
そうだよね。アレッシオさんとの出会いイベントは二年目以降だもの。
息苦しい勉強漬けの日々。
なんでこうなっちゃったんだろう。
私が途中で変な選択をしてシナリオが変化したならわかるけど、入学時点ではじまりすらないし、何人もキャラ自体が変わってるとか、そんなの絶対おかしい。
ゲームじゃなくて現実だから?
そんなの関係ない! 前回は現実にゲーム通りに進んでたんだから!
みんなからプロポーズされて、悪役令息も倒して、聖女の称号をもらうエンディングまであとちょっとだったのよ!
ゲームの攻略情報を書き出してみよう。どこかにヒントがあるかもしれない。
小さい頃は紙は高いから無駄にしちゃいけませんて言われていたけれど、学園に入学した今なら自習用のノートがある。この国はエテルニア王国より紙の品質が良くて安いの。
羽根ペンを手に取って、私のことから順番に書いていく。
●アンジェラ=ローザ→天使の祝福を持って生まれ、のちに聖女になる。人の心を癒やす力を持った、善良で誰からも愛される素敵な女の子。
愛と天使の祝福の光で彼らの心の闇を消し、彼らから愛されるようになる……
●ラウル=アランツォーネ→初等部一年の時に私と同じクラス、隣の席になる。敵を作らないように最初は猫を被って、学園で商会のお仕事のことはめったに言わない。二年目以降も同じクラスになれれば、意地悪な面が徐々に出てくる。
元平民と陰口を叩かれて、嫌がらせを受けても耐えているけれど、彼と仲良くしている私に被害が及んですごく怒ってくれる。神童、天才と呼ばれる孤独や苦悩があったけれど、純粋なヒロインである私と過ごす間に心が癒されて、だんだん優しくなってくる……
●ニコラ=ヴェエルデ→二年の時、臨時教員のニコラ先生と教員棟の廊下でぶつかる。落とした教科書やノートを一緒に拾ってくれて、その時に成績の悩みを打ち明けたら親身になって聞いてくれる。高位クラスで勉強に苦戦している私のため、空き教室で放課後の特別授業をしてくれるようになる。
図書室は自習に励む生徒が多くて、目立つのは苦手だからと基本利用しない。家が貧しく借金もあり、自己評価が低くて、要領よくできないのがコンプレックス。先生を慕う私との時間で癒されて、後ろ向きな性格が直って前向きになっていく……
●ルドヴィク=ヴィオレット→昼休みや放課後に公共スペースで姿を見かけるけれど、それだけでは知り合えない。まず先に妹のルドヴィカと仲良くなって、彼女から兄にお友達ができたと紹介してもらう。黒髪と紫の瞳の色が悪魔の組み合わせという迷信のせいでいつも怖がられ、傍にいるのは脇役の従者三人だけで、妹と二人ぼっち。無表情で無口。喋っても感情が無いように聞こえてしまう。
私がそんなのはただの迷信で、ヴィオレット先輩は素敵だと言うことで心の闇が晴れ、少しずつ表情が豊かになっていく……
●ジルベルト=ロッソ→ひとつ年下。義兄オルフェオに小さい頃から虐待されていた。お母様もそのせいで亡くなった。彼が入学して間もないころ、義兄にののしられているのを私に目撃される。その後も心配した私が何かと声をか、最初は壁を作っていたけれど、だんだん心をひらいてくれるようになる。
十六歳の時に中退、妹とつつましく暮らすようになるけれど、オルフェオのせいで今度は妹が亡くなってしまう。絶望している時に、学園からいなくなった彼を捜していた私と再会。自分の無力を責める彼に、あなたは何も悪くないと言ってあげれば、彼の心は軽くなっていく……
●悪役令息オルフェオ=ロッソ→誰と恋をしても絶対に邪魔をしてくる悪役。頭が悪くて我が儘で怠け者。いつも高圧的。下品で服の趣味が悪くて、成金ぽい格好ばかりしている。学生の頃から悪いことをして、攻略対象のみんなを苦しめてきた。
彼のせいでたくさんの人が不幸になり、最後はみんなに追い詰められてたくさんの犯罪がバレて、投獄される……
書いている途中で息切れしてきた。案外こういうの難しいのね。書いているうちに、書きそびれていたことがどんどん出てくるんだもの。
アレッシオさんのことは省略した。本当なら、私がお父様に家庭教師をお願いして、やって来るのがアレッシオさんだったんだから。
平日はニコラ先生の特別授業、休日はアレッシオさんの授業で、私はどんどん成績がよくなっていくの。でも、お父様が今回雇った家庭教師さんは全然違う人だった。今のアレッシオさんは、まだ家庭教師を始めていないタイミングなんだと思う。
学園つながりの彼らはともかく、アレッシオさんは今どこで何をしているのか見当もつかない。彼らの変化がアレッシオさんに関係あるとは思えないし。一番誰とも接点のない、学園外で設定されているキャラなんだもの。
だからひとまず、アレッシオさんのことは余裕ができた時に考えることにする。ゲームではルックスが一番いいアダルトキャラで、実物もすごく素敵な大人の男の人だから、すっごく気になるけれど……。
■ ■ ■
お父様に呼び出されたら、そこには家族みんな揃って、テーブルを囲んでいた。
そのテーブルの上に、あのノートが……。
「嘘!? 私の部屋、勝手に漁ったのお父様!?」
「座りなさい」
ドン、とテーブルに拳を打ち付けて、お父様が低く命じた。
びくりと肩が震えた。……目が、声が、雰囲気が、怖い。
お母様もお兄様もお姉様も、全員が青ざめて、でも誰も私を庇ってくれなかった。
私は震えながら椅子に座った。
……どうしよう。あのノート、全部、こっちの言葉で書いてあるのよ。
あちらの世界の言葉は全然書けなかったから。
だから、つまり、…………もう全員に、読まれちゃった?
「年頃の娘が、己の妄想に浸ることなど珍しくもないが……ここまで酷いとはな」
お父様のギラギラと血走った目が、口ごたえは絶対に許さないと命令してくる。
「おまえは、これがどれほど、私達全員にとって危険なものなのか理解できるか。できないのだろうな。だからこのような証拠を、鍵付きですらない引き出しに平気で仕舞っておける。……いいかアンジェラ、この一冊がもし、この館の外に出て、他人の目に触れてみろ……我々は一家全員が斬首刑、親類縁者にも爵位剥奪や財産没収が何人かは出るだろう」
「!?」
そんな、まさか、大袈裟な。
……でも、お父様の迫力が、全身で「黙れ」って言っている。
お母様達も全員が蒼白になったまま呆然として、お父様の言葉を否定しない。
……大袈裟じゃ、ないの?
「我が家を訪れた客人は、誉め言葉のつもりでよく『アルティスタの悪童』の話を引き合いに出していた。それを信じたのだろうが、全てデマだ」
そんな悪童と比べて、おたくの息子は優秀で良かったですね、て続けるの。憶えてる。そういうことを言うのは一人じゃなかったから。
「実際は、ロッソ伯爵こそが息子を長年虐げ、偽りの姿をばらまいていた張本人だ。今やアルティスタの社交界で、知らぬ者はおらん」
「え……」
嘘。
オルフェオが、被害者だった……?
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