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ヒロインの転落
51. 私はアンジェラ -sideヒロイン (1)
しおりを挟む私の名前はアンジェラ。
ローザ男爵家の末娘。
十歳上のお兄様と八歳上のお姉様がいる。
どうしてかはわからないけれど、私、巻き戻った上に、転生したみたい!
変な話なんだけど、私はアルティスタ王国の王立学園で、高等部の三年生になっていたはずなの。でも、十一月に入ってすぐの頃に、どうしてかわからないんだけどいきなり巻き戻って、目が覚めたら子供になっていた。
しかも、こことは全然違う世界の記憶もあった。そちらの世界にいた頃の名前や年齢なんかは憶えていないし、曖昧なところがたくさんあるけれど、何度もプレイした大好きな乙女ゲーム《天使と愛の輪舞を》のことだけはハッキリ憶えてる。
ヒロインの名前は、アンジェラ=ローザ。
つまり私。
私、ヒロインに転生したんだ!?
あっちの記憶がなければ、何がなんだか混乱するところだった。
でも、どうしてなのかな。冤罪で処刑されたとか、誰かに復讐したいとか、とにかくやり直したいことがあって巻き戻るものでしょ? 私そういうの全然なかったのに。
それにあのゲーム、ライバル令嬢が全然いなかったから、悪役令嬢が大逆転したくてっていうのもないよね。悪役令息はいたけど、あの人は本当に悪者だった。私はあの人みたいに、平気で人の心を傷付けたり、たくさんの人を不幸になんてしなかったもの。
一生懸命頑張って、みんなから愛されて、すっごく幸せで。何度でも生まれ変わって、またみんなと恋をしたいって、そう思ってたんだけど。
……まさか、そのせい? 聖女の力が願いを叶えてくれちゃった?
えー、そんなあ! せっかく逆ハーレム達成してたのに!
攻略知識だと、あの状況、絶対そうじゃない? アンジェラとして生きてきた記憶でも、ちゃんと逆ハーレムルートを辿って、現実にイベントをこなしてきたんだなってわかるもの。
個別ルートを全員分クリアしたら、そのルートが初めて開放されるの。
それぞれのルートを生きた記憶はないんだけど、ひょっとして憶えてないだけで、みんなの人生もちゃんとクリア済みなのかな? ハッピーエンド後にまた生まれ変わって、やっと迎えたのが前回の人生だったのかも。
なのに、巻き戻っちゃうなんてもったいない!
どうせ転生するなら、巻き戻らずに高等部三年の十一月に合わせてくれたらよかったのに。
そうしたらあの続きから進められたのに~。
だって、逆ハーレムなんて普通はできないじゃない? それが現実であんなにうまくいってたのよ? あんなに美形で何でもできて素敵な男の人達全員からプロポーズされて、みんなで一緒に暮らす約束だってしてたんだから。
それに私はあのまま行けば『聖女』の称号をもらえるはずで、そうなれば世間から後ろ指を指されることもない。誰も不幸にならず、ちゃんとみんなを幸せにしてあげられたのに。こんなのってない。
……ジタバタしても、あの日にすぐは戻れない。また子供からやり直すしかないよね。
どうしてこの年齢なのかは、考えたってきっとわからないし。
えーん、また同じことするなんて、めんどう~……こんな風に私がしょげてたら、すぐに誰かが慰めてくれたのになあ。くすん。
まあ、身体は小さくなっちゃっても、大きくなっていた頃の記憶があるんだから、普通の子よりアドバンテージがあるんだって前向きに考えよう。
それに前世の記憶だってあるし。あちらの世界の記憶、こっちでも何か役立てられるよね。
うん、頑張ろう!
■ ■ ■
忘れないうちに、攻略情報を書きとめておこうかな。
って思ったら、紙がない。
あるにはあるんだけれど、紙がとっても高くて、子供の私にはお勉強以外では使わせてくれないの。
そういえばそうだったっけ。私が生まれた国―――私がアンジェラに転生したんだから、それで間違いじゃないよね―――エテルニア王国って、アルティスタ王国よりずっと小さくて、あんまり豊かじゃない。というか、巻き戻って痛感したんだけど、アルティスタがすごくおっきい国なのよね。
初めてあっちの国に移り住んだ時は、何もかもびっくりすることだらけだったなあ。お父様が国のお仕事をしているから、私達も王都に住んでいるんだけど、あの国の王都とは全然比べ物にならないの。
それに、ペンもすごく使いづらい。羽根ペンて前世じゃ憧れだったけど、実際使ってみたら書きづらいしめんどうだし、かっこいい以外にいいことないよ……。
―――そうだ! ガラスペン作ってみよう!
ほかのペンは全然作り方がわかんないけど、あのペンなら職人街のガラス工房にお願いできる。
私は使ったことはないけど、現代の文具店でもフツーに売られてるぐらいだったから、羽根ペンより絶対に書きやすいはず。
綺麗だし、きっと評判になるよね。私がお父様よりお金を稼いじゃったら、お父様どんなお顔するかな? ふふ、絶対びっくりするだろうなあ。
……って、思ったのに。
「お嬢さん。悪いがお帰りくだせぇ」
何で?
ちょっとこういうのを作ってみて欲しいって、お願いしただけなのに。何でそんなに怖い顔するの?
ガラスの棒一本を試作してもらうだけで、こんなにかかるわけないし。おじさん達、私の見た目が子供だからって、すごく吹っ掛けてない?
だっておかしいでしょう、この金額。金銀宝石を使ったイヤリングとかネックレスでもないのに。
それにお店で売ってるのだって、全部完成品じゃない。ぐにゃぐにゃの失敗作を買うために、大金を支払うお客さんなんていないでしょう? そんなのまで買えなんて、絶対おかしいよ。
「お嬢ちゃん、あんた、大人をバカにしてんでやすかい?」
「……帰ぇんな」
なのに、断られる。どんなに頼んでもダメ。
ほかの工房にも行ってみたけれど、同じだった。
「お嬢様、もう帰りましょう」
「ううん、もう一軒だけ……」
「なりません。お嬢様がお出かけしたいと仰るから、お供いたしましたが。このようなことは聞いておりませんよ」
……そりゃあ、何のお買い物をしたいですかって訊かれて、内緒って答えたけど。
でも、こんなことになるなんて思わなかったもの。
「ねえ、お願い、もう一軒だけ!」
「なりません。旦那様に叱られますよ」
「……今日のこと、お父様には内緒にしてくれる?」
「なりません」
「えっ?」
いつもは、「仕方ありませんね」って、苦笑してくれるのに。
なのに、どうしてそんな顔をするの?
「お嬢様は彼らに名乗りました。工房から旦那様に苦情が行くでしょう。私が黙っていれば、黙っていたことでお叱りを受けます」
「あ……でも、あのぐらいで、苦情なんて……」
「―――お嬢様。私めはあなたの想像したものを作るのに、どれだけお金がかかるのか想像もつきません。でも、きっとすごくたくさんのお金が要るんだとは思いますよ」
「……」
帰ったら本当に報告されて、お父様がびっくりしていた。
それから渋い顔をして、お父様とお母様に無断で注文すること自体を禁止された。
どうして!? って言ったら、お前の年齢を考えなさいだって。
ああもう……!
■ ■ ■
なんだか家族が最近、怒りっぽくなった気がする。
家族だけじゃない。使用人のみんなも、前はなんでも許してくれたのに、厳しくなった。
やっぱり、転生チートを狙って失敗しちゃったせいかも……。あれがやっぱりダメだったんだよね。だって、前の私はお父様やお母様に内緒で注文なんてしなかったもの。
そうそう、いつも食べてるパンがすごくドッシリしてるから、もっとやわらかくてふわふわの綿みたいなパンを作ろうと思ったの。初心者でも作れるリンゴの天然酵母、あれなら簡単! リンゴとお水とお砂糖をビンに入れて何日か置いておくだけ!
リンゴなら厨房のカゴにいっぱいあるし、一個ぐらい使っても大丈夫!
……って思ったのに、出来なかった。小説か何かで主人公があっさり完成させて、すごく簡単って言っていたのに、全然簡単じゃないよ……。
多分、作り方を憶え間違えてたんだと思う。何度試しても腐っちゃって、リンゴもお砂糖もたくさんダメになって……すっごく怒られた。
特に、お砂糖を勝手に使ったのを怒られた。すごく高価だから、使う量をいつもチェックしてるのに、こんなに減らしたのかって。
お砂糖は手の届かない場所に置かれていたから、うちに来たばかりの使用人さんに取ってもらったんだけど、その人はお砂糖が何なのか知らなかったんだって!
そんなことってあるの!?
「父様が幼い頃などは、塩や砂糖を盗んで処刑された者もいたぐらいだ。昔よりも流通が安定して重い刑罰はなくなったが、おまえはもう少し物の価値を憶えなさい」
お砂糖で処刑? いくらなんでも大袈裟でしょ、お父様ったら。
アルティスタ王国にいた時はこのぐらい使っても、誰も怒らなかったのに……。
私も食べ物をムダにしちゃったのはすごく悲しかったから、ちゃんと理由を説明して謝った。いきなり天然酵母なんて言っても通じないだろうから、しどろもどろになっちゃったけど。
そしたら、近くで聞いていた料理人のおじさんが呆れたお顔になった。
「お嬢様。それならいつものパンに使っておりますよ?」
なにそれ!? 天然酵母って、もうあるの!?
だってあんなにドッシリしてるのに? もっとふわふわになるんじゃないの?
おじさんは、平民の食卓で普通に食べられているというパンを一切れ出してくれた。
……なにこれ……石……? 人の食べ物なの……? これに比べたら、いつものパンはすっごくふわふわだよ……。
「私が前にお話ししたのを、部分的に憶えてらしたんですかねえ? リンゴの皮は捨てちゃいけません。温度管理もしてないでしょう? それにこれを入れて焼いたとしても、平民用のパンは材料も焼き方も違いますから、数日経てばカチコチになるんですがね」
そんなの知らない。そこまで書かれてた?
憶えてないよぉ。
お砂糖を無断で使った罰で、一ヶ月間甘いものが禁止になった。厨房も出入り禁止。
今度こっそり入ったら、部屋でずっと謹慎させるって言われちゃった……。
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読んでいただいてありがとうございますm(_ _m)
sideヒロイン、多分5話くらいになります。
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