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ヒロインの転落

47. 失われた奇跡の意味

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「おかしな生徒に絡まれたそうですね」

 アレッシオが外套を受け取りがてら言った。
 最近こいつの情報網はどうなっているのやら、その日の出来事が帰宅時点でもう伝わっている。

「絡まれたのはラウルだ。既に学園長が保護者を呼んで釘を刺した」
「聞き及んでおります。反省の色がやや不足しているご様子だったとか。接近禁止を破るようであれば、家としての対応が必要となりますが……」
「学園内での対策はした。私が案じているのは、フェランドが彼女に接触することだ。その娘を気に入って友人になろうと持ちかけるかもしれない」

 前回のシーズンがさんざんだったから、今年は王都こっちに来ないかもと思ったけれど、ブルーノ父からの連絡では来るそうだ。
 もしあいつが俺に悪意を持っている女の子のことを知ったら、甘い顔で肩を持ってあれこれお手伝いをしてあげそうだ。二人が仲良しこよしになって一緒に破滅してくれるのも悪くないけれど、あいつのバックアップのもとヒロインちゃんが突っ走ったら、洒落にならないレベルの被害が出そうなんだよね。
 アレッシオもそんな光景が容易に想像できたようで、瞳の奥が冷ややかになった。

「もしロッソ邸に訪ねてくるようなことがあっても、中には入れず速やかに男爵邸へ使いをやり、引き取らせます」
「門前では見られる可能性があるぞ」
「警備隊に周知し、巡回の範囲を拡げて接近前に確保させましょう」
「頼んだ」

 うちの警備隊はヤクザっぽい私兵じゃなく、貴人との接し方も心得ているちゃんとした従業員だ。
 周辺の治安維持にも一役買いつつ、手柄を主張しないから、王都の警官隊とも仲が良好。

「万一その令嬢がふらふら出歩いていた場合でも、旦那様とその令嬢が会うことはありません」

 断言した。あちこちに散らばった子飼いがうまいこと何とかしてくれる感じかな。
 悪役時代の俺より裏家業に適性があるぞこいつ。……うちの警備隊、ヤクザじゃない、よね?

「考え事をしたい。夕食まで一人にしてくれ」
「かしこまりました」

 よくできた執事は、温かいまなざしをひとつ残して退室した。多分、愛猫家の主人が子猫を構い倒す姿を人に見られたくないだけと思われている。
 クラバットを外して襟元をくつろげ、一人掛けのソファにぼすりと腰を落とした。

「ほほーん。とうとう来たか」

 白い毛玉がよじよじと俺の膝によじ登り、定位置となった膝上でころりんとヘソ天になった。
 そうなんだ。とうとうヒロインちゃんが来たんだよ。今日こんなことがあってね―――……

「にゃっっはひゃひゃひゃ、なんじゃそら♪」

 子猫、超ゴキゲン。おまえはこの手の土産話、喜ぶと思ったよ。

「本当にわからないのって、記憶喪失じゃあるまいしわかるかってんだ♪ みゅふふふふふ♪」
 
 だよなあ。記憶喪失じゃなく、巻き戻りだぜ。全部リセットされていることぐらい家族や使用人で確認済だろうに、初っ端からマナー丸無視のオンパレードで絡むなんて軽率が過ぎる。
 こういうヒロインはだいたいアホか賢者の両極端に分かれるが、あの娘が悟りをひらいてジョブチェンジして再登場するとは全く期待していなかった。
 期待通りアホの子だったわけだが、コンタクト初日から予想を遥かに超越してくれて、コーラとポップコーンが欲しくなってしまう。
 ……。

「みゅ? なんか気になることでもあんのか?」
「あの娘、人格・記憶ともにアンジェラ=ローザ本人のままなんだろう?」
「そだな。それがどした?」
「彼女の周りの反応が大幅に違っている気がする」

 アンジェラ=ローザは両親や年の離れた兄姉にたっぷり愛情をそそがれ、何の不安もなく幸せに育った。
 のびのびと育ったから少しばかりお転婆で、行儀作法に不安があった。お父様のお仕事でアルティスタ王国へ引っ越し、学園に入ることになり、マナーの授業を選択した。
 とても厳しいけれど、へこたれずに頑張ろう。素敵なレディになりなさいと、両親も兄姉も応援してくれた。
 それがアンジェラ=ローザという少女だった。

 けれど先ほどラウルが商会の者から聞いた話によれば―――こいつも情報収集力が半端ない―――ここ数年の周囲からのローザ嬢に対する評価は『ガサツ』、『終始落ち着きがない』、『愛嬌でごまかそうとする』。

 前回の両親は娘をのびのび自由にさせたのに、巻き戻り後の両親は教育への姿勢に甘えがない。
 娘がどうしてもとお願いしなければ、学園に入学させる気もなかった。

 自分の住んでいる国の実情にそぐわない『転生者チート』を、ほかにも強引に狙おうとして、家族から呆れられたのだろうか。
 素直な子供だった前回と異なり、叱られるたびに「私の心はもう大人なのに!」とふくれっ面で反抗するようになって、失望でもされたか?

「天使の祝福は、傷付いた心―――負の感情に囚われて抜け出せない心を癒やしていたんだろう? 特別な呪文はなかったと記憶しているが、条件や引き金はあったのか? 設定ではそこにいるだけで周囲を癒やすニュアンスだったが、そのあたりは漠然としていたんだ」
「そだな。まず必須なのは『愛』だ。友愛だろうが家族愛だろうが、相手に好意がなきゃダメだ。引き金は、プラスの気持ちがこもった言葉をその相手へかけること」
「励ましや褒め言葉か」
「別に相手のための言葉じゃなくてもいいってのがミソだな。つまり『ワタシめげずに頑張る!』みたいなのでもいい。もちろん、相手を肯定する内容だったら効果マシマシ」
「なんだそれは」

 つまり『私が一番カワイイ♪』でもOKってこと? 自己愛百パーセントでも好かれるなんてズルい! 

「怒りや苛立ち、単なる気疲れなどにも効果があったのか?」
「あったぞ。要は自分に向かう負の感情を減らし、気に入った奴を味方にして、守ってくれる者を増やす能力ちからなわけ」
「―――魅了か」

 ええぇ~、あのゲームそういうのはないって思ってたのに~。
 でも、この国やエテルニア王国の常識や倫理観からして、下位貴族の令嬢が逆ハーレムを実現させるには、それがないと不可能ではある。聖女と判明するのは最後の最後なのに、俺の断罪時点であいつらはもう一対五の恋人関係になっていた。永遠の愛を誓い合ってからラスボスの捕縛に挑んだわけだ。

「ん~、似てるけどちょい違うな。心を操って自分への愛情を植え付けるんじゃなく、祝福の性質が結果的に相手に好意を抱かせるんだ」
「ああ、なるほど……そういう方向に世界が辻褄を合わせたのか」

 失敗しても今までずっと許されてきた。だから今回も許される。
 ポーカーフェイスも腹芸も学んでこなかった少女は、そう思っていることを顔にも態度にも出す。

 注意しても聞かない反省もしない楽観的なワガママ娘なんて、親からすれば「こんのクソガキぃ~!」ってむかつくのが普通じゃん?
 前回は、そこで怒りが持続しなかった。精神的ストレスも一緒に、その場であっさり癒やされていたからだ。
 怒っていた気持ちが失せれば、そこには娘への愛情だけが残る。近くにいたら不思議と心が安らぎ穏やかになれるので、周囲の人々はヒロインに好感を抱く。
 彼女がどんなに「このぐらいできるもん!」がっしゃーん! を繰り返そうと、何故か腹が立たず、「もうこの子たらそそっかしいんだから~」で終わらせてしまう。

 ―――今回は、そうはならなかった。

「祝福が消え失せた今、あの娘に向かう怒りや苛立ちは解消されずに残ってしまうわけか」
「そだな」

『彼女が傍にいてくれれば不思議と心が安らぐ。もしやこれは恋か?』

 そんな感情の取り違えも、もう起こらない。
 現状こそがアンジェラ=ローザという少女に対する、周囲の自然なあるべき評価だった。
 要は普通の人々と同じ土俵に立っただけ。
 これは傑作だな。


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