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ヒロインの転落

46. 取扱い注意の属性

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 教師の妻が産気づき、次の授業は急遽きゅうきょ自習になった。
 大慌てで飛んで行ったので、その子は両親に愛されて育つに違いない。無事生まれることを祈ろう。

 ちょうどいいとラウルは報告のために学園長室に行き、三十分ほどして戻ってきた。その足で俺の傍に来たので、ヴィオレット兄妹とカルネ殿も各自の椅子を持って俺の机の周りに集まってきた。
 クラスのみんなごめんね、気にせず自習続けちゃってください。

「目撃者が既に報告してくれていて、学園長先生も僕を呼ぼうと思っていたそうです。事実確認だけだったので早く済みました。彼女、カルネ様のお話通りの生徒でしたよ」
「へえ……それでどうなったの?」
「男爵家の令嬢であり、入学したばかり、外国から来て間もないなどの点を考慮し、無知なお嬢さんがはしゃいで暴走しちゃった、という感じに処理されます」
「学園内で国際問題なんて避けたいだろうし、ひとまずはそうするしかないだろうね」
「だが、オルフェを愚弄した生徒だぞ。甘いのではないか?」
「もちろん、それについては厳重注意の上、父親にもきっちり躾け直すよう指導してくださるそうです。―――それから、なんとあの令嬢、マナーの授業を取っていませんでした。学園長権限で、彼女には必修科目にさせるそうです」

 これにはみんなが呆れ返った。
 それを選択しないのは、家で専門の教師を雇えて、ここで学ぶ必要がないほど完璧に身についている生徒だけだ。

「本人は『マナーはしっかり学んできました』なんてほざ―――申告していたそうなんですが。どうせ、嫌いで逃げ回っていたんじゃないですか」

 ラウルはすっかりヒロインアレルギーになってしまったようだ。
 もともと彼は辛辣な美少年キャラだ。一年目はおとなしい猫を被っているけれど、二年目以降に親しくなればだんだん地が出てきて、「呑気ですね」「バカじゃないですか?」といったセリフをドス! ザク! と刺してくる。冷たくあしらわれてもヒロインちゃんがめげなかったのは、もともとラウルがこういうキャラだと知っていたからかもしれない。
 そんなラウルに好かれていた自信が変にあるせいで、めげずに食い下がったのかね。結果、ウザいキモいと、本気で嫌われた。

「自分はもう完璧だと、根拠のない自信を持っているだけかもな。おまえの話からすると、思い込みが激しそうじゃないか?」
「確かに、自分の判断だけで合格点だと思い込んでいても不思議じゃありませんね」

 前に一度経験しているから、二度も受けなくていいと思ったかな。マナーってしんどいから、何度も受けたくない気持ちはわかる。
 で、知人ですらないラウルや俺を何度も呼び捨てにしてりゃ、免許皆伝ですと胸張ったって説得力の欠片もねぇわな。理解した上で悪口を言ったんなら、不敬罪が適用されるけどいい? って話だし。

「今回限り不問に処す。ご令嬢にはしっかりわきまえるよう注意してもらい、それから若様にも接近不可と学園長先生にお願いしました。勝手に決めてしまいましたが……」
「それでいいよ。ありがとう、ラウル」

 きっちり接近禁止を入れてくれるおまえは完璧だよ。クラスのみんなにも聞こえているだろうから、俺が彼女と関わり合いになりたくないって伝わったろう。
 ルドヴィクは不満そうだけれど、カルネ殿は「相手は下級生の小さい子だし、妥当なところだね」と頷いている。
 その下級生の小さい子、ラウルと同い年なんだけど。
 こいつを基準にしたらダメか。



   ■  ■  ■ 



 その日の放課後、アンジェラ=ローザは父親からガツンと説教された。
 学園長がローザ男爵を呼び出し、事情を説明するなりその場で大説教が始まって、廊下にまでその声が轟いていたそうだ。
 クラスメイトがわざわざ教えに来てくれて、俺はヒロインちゃんのパパに心から同情した。

 娘のやらかし具合に我慢できなくなったのかもしれんけど、しっかり注意したのが誰の目と耳にもわかる良いやり方だと思う。なあなあに済ませたら、「こいつも内心ではうちの国の貴族を舐めてるから、娘がこんな育ち方したんじゃない?」ていう疑惑がくすぶったままになるからね。
 そのへんローザ男爵の外交感覚は確かで、両国の国交にヒビが入るリスクについてもきっちり言及した。

「おまえがどうしても学園で学びたい、まじめにやると誓ったから入学を許したのだ。それを破ってこちらの方々に迷惑をかけるなら、すぐにでもやめさせるぞ」
「そんな!? お父様、私、迷惑なんて―――」
「バカ者! この期に及んでかけていないなどと言うか!? この状況がわからんのか!?」
「うっ……うう、ひっく……ごめ、ごめんなさい……」
「謝るだけでなく、きちんと考え、反省するのだ。おまえはいつもそれが足りない。学園長先生のご指摘通り、マナーの授業もしっかりと受けろ。そもそも私はおまえに、マナーは取れと言っておいたな?」
「っ……」
「そうだったのですか?」
「お恥ずかしながら、無断で外したようです……。遠慮なく厳しく指導してやってください」
「ぐす、ひっく……ひっく……」



 ううむ、咄嗟に反論しかけるところが反省が足りないなぁ。でもローザ男爵は言うべきことをちゃんと言ってくれる人なんだなと好感が持てた。
 ところで、説教の中で気になった部分がある。「おまえが学園で学びたいと言ったから入学を許した」という点だ。

 アルティスタ王国の王立学園へ通うことが義務づけられているのは、国内にいるアルティスタ王国貴族の子のみ。外国の貴族令嬢であるアンジェラ=ローザには適用されない。
 けれどゲームのプロローグでは、「これから住む国の学園に入るの。どんなところかなあ……」となっていた。どうしても入学したくて、父親を説得したというニュアンスは一切なかった。

「男爵は娘の入学に前向きではなかったのだな」
「無理もありません。うちの商会で、以前エテルニアに行った者から聞いたんですけど、だいぶガサツな令嬢だったみたいなので」
「がさつ?」
「商談の関係で男爵のご家庭にお邪魔し、ローズピンクの髪のお嬢さんにも会ったそうです。十歳ぐらい上のご子息とご令嬢はよく躾けられていたのに、末のご令嬢は大人同士の会話へ無遠慮に割り込み、うちの担当者にろくに挨拶をしないで質問攻めにしたりと、終始落ち着きがなかったそうで。見た目は可愛らしいけれど、すぐに愛嬌でごまかそうとする困った子だと男爵夫人がぼやいていらっしゃったとか」
「へえ……」

 てへぺろ♪ の常習者か。やり過ぎてママは引っかからなくなったと。

「彼女のマナー、やっぱり全然なっていないんですって。『私、このぐらいできるもの。見てて!』なんて自信満々に宣言してから、男爵夫人と姉君とメイドが止めるのも聞かず無理やり手を出し、がっしゃーん…………そういうのって、一年や二年で改善されるものでもありませんよね」
「…………」

 おぉ~い? ヒロインよ?
 おま、自分のキャラクター設定が『少しおっちょこちょいなドジっ娘』って忘れてねえ?
 ドジっ娘が自信満々に「できるもん!」て宣言したら失敗すんのが世のことわりだろ!

 まさか『攻略本』も類友るいとものドジっ娘で、「私は転生者で大人なんだから大丈夫!」と自信満々な勘違いを……?
 自覚のないドジっ娘キャラっていたよな、たくさん。真に凶悪なのは、その属性に『だけどめげない頑張り屋さん』が合体した瞬間だったかもしれん。何度でも、何度でも、めげずに同じドジを繰り返す……。それはもはや世間一般の『頑張る』とは別の何かだ。

「そんな風に、周りはみんなハラハラしているのに、本人だけは妙に余裕ぶって真面目に捉えない傾向が強くて、男爵一家にとっては不安材料の多い娘だったらしいです」

 ……さて。
 この差は、どういうことだろうな?


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