巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
上 下
45 / 230
ヒロインの転落

44. ゲームと掛け離れた日々

しおりを挟む

 怒涛の一年目が終わり、十三歳になった。
 俺、ラウル、ヴィオレット兄妹、カルネ殿は高等部の一年生になった。初等部の頃と同じ最上位クラスで、その他クラスメイトも全員が学年上位を維持し、顔ぶれが全く変わらない。
 ジャッロ殿とアルジェント殿は二年、ニコラは三年生である。

 高等部に上がっても、ランチ時になればみんな集まるのは相変わらずだ。
 ただし最近のランチは、食堂ではなく高位貴族専用のサロンに集まっている。利用者の治安がいいからだ。
 連れであれば下位貴族の生徒でも入れる。オープンな場所なので、ご令嬢と一緒でも問題ない。

 食堂では俺達と同じクラスになれなかった生徒が、なんとかこっちに近付ける口実はないかとギラついている。落ち着いてメシを食うどころではないのだ。
 食事は学園のメイドに事前に頼んでおけば、全員分を昼食時に合わせて食堂からサロンに運んでくれる。
 余談だが、悪役令息は出禁をくらっていた。

「今年度早々に、いいことがあった」
「本当に。幸先いいですね」

 ルドヴィクが嬉しそうに言い、俺も頷いた。
 彼らが遠巻きにされる元凶となった迷信は、俺やラウルが普通に友達をやっているうちに薄まってはいたけれど、勇気を出して話しかけてくれたクラスメイトのおかげで、完全に消し飛ばされたのだ。



「例えば黒髪黒瞳の民族しかいない国では、それ以外の色すべてが不吉とされていたり、別の国では逆に黒い瞳が不吉だったりと、世界中にそんな話が残っているのです」

 彼は、外国の昔話を趣味で調べているという。

「中には戦の時、恐れられた敵国の将兵の髪と瞳の組み合わせが、後代まで悪魔の色と語り継がれていた例もあります。ほかにも、詐欺師が王に取り入ろうとして悪魔の化身の特徴を創作したら、民衆にそれが広まってしまったというとんでもない例もあるのです。ヴィオレット様ご兄妹も、そういうのの一例なのじゃないかな、と思います」

 なんと彼は、ヴィオレット兄妹が恐れられていたわけをこれまで知らなかったという。俺やラウルが教室で何気なく話題に出したのが耳に入り、初めて知ったのだ。
 そこで俺はもしや、と思って立ち上がった。

「すみません、クラスの皆さん。ご協力いただきたいのですが、もしご存知であれば挙手願えますか?」
「ロッソ様?」
「なんですの?」
「我々の祖父母世代では、黒髪に紫の瞳が悪魔の化身という迷信があります。そのことをご存知の方は?」

 そして結果は。

「え……」
「えぇ……?」
「皆様、ご存知なかったの?」
「あ、ああ……初めて聞いた」

 なんと元ネタを知っている者は三分の一ほどだった。これにはネタを知っているクラスメイトも目を丸くしていた。大半は理由も知らずに、「みんながあの双子は不吉だと怖がっているから何かあるんだろう」と深読みしてビビっていたのである。

 「なぁ~んだ」という空気が教室じゅうに満ち、そこからは打ち解けるのが早かった。

「申し訳ございません、ヴィオレット様、ヴィオレット嬢」
「わたくし達、とても感じが悪かったですわよね……」
「自分が恥ずかしいです」
「まったくだよ。このようなバカバカしいことで……」

 ほんとバカバカしいよねえ。
 この変化に兄妹はびっくりしつつ、嬉しそうにほんのり赤面していた。
 ただ、彼らの周辺が少々わずらわしくなったのは、そのせいでもある。好意的な者が増えた半面、無駄な野心を燃やす輩も増えてしまった。



 ニコラは高等部三年にして、学年主席になった。
 年度末の試験で、ほぼ全教科満点だったらしい。ゲームでは卒業するまでずっと残念な秀才呼ばわりされていたのに、心の余裕と時間さえあれば、そんな成績を取れる奴だった。
 それまで主席だった生徒は、よくニコラを嘲笑していた伯爵令息だった。ニコラは俺の部下となり、家の格は俺のほうが上。二重の意味でそいつは負けた。

 いや、三重か。アレッシオが教育しまくった甲斐あって、最近のニコラは一段と有能な秘書っぽい。髪型や服装にも気を遣うようになったし、姿勢はまっすぐ、喋り方も明瞭になって、イケメン度が爆上がり。
 教育が効きすぎて、彼はネクストステージに行ってしまった……。モサいネガティブ青年よいずこ……。
 冗談抜きで、一年経って断罪の日の外見に近付くかと思いきや、逆に掛け離れた。

「皆さんすみません、遅くなりました」

 少し遅れてラウルが到着した。
 ラウルの外見はさほど変化がない。多少背が伸びたかな? ぐらいだ。小柄さで相手の油断を誘うのを得意としているから、このメンバーの中で一番小さくても本人に悲壮感はない。

「やあ、ラウル殿」
「我々も食べ始めたばかりだからさほど待ってはいないよ」
「何かあったのか? 野暮用と聞いたが」
「面識のない後輩に呼び出されたんです。相手は上位のご令嬢だったのと、やけに高圧的で面倒そうな方でしたので、目的を確認するために応じました。室内ではなく、人目もある場所です。―――早い話が、若様目当てでした」
「私?」

 俺に何の用だ。仕事の話ならラウルを通させているが、それは無関係ということだよな。

「わたくしこそがあの麗しいロッソ様に相応しいのですおまえもそう思うでしょうとか、平民上がりごとき逆らわずにわたくしをロッソ様に紹介すればいいのとか、笑いを取りにくる作戦かなと思いました。ヴィオレット様が周りをガチガチに固めてくださっているから、若様に近付く隙がなくて、僕やニコラ先輩を使おうとするご令嬢がいるんですよ」
「……冗談だろう?」

 ヴィオレット兄目当てじゃなく、婚活ターゲット俺?

「僕らの苦労を冗談で片付ける気ですか?」

 ラウルの目が据わっている。ご、ごめんよ。でもホントに?
 ニコラに目で問うたら、苦笑された。……マジですか。
 でもそうか、悪役をやんなきゃ俺、普通に優良物件だったわ。コブに目を瞑りさえすれば、公爵令息みたいなド狭い門より、妥協して俺を狙うほうが勝率高いって思われるか。

「一周回って愉快な方だったんですが、残念ながら昼休みを潰すわけにいかず、キイキイやかましいのを放置してきたんですけど。その後に妙なのに遭遇しまして……」

 放置して支障のない上の身分のご令嬢か。お嬢さんが知らないだけで、パパがラウルくんちに借金でもしてたりして。
 それを超える妙なのとは一体?

「若様、アンジェラ=ローザという令嬢をご存知ですか?」
「アンジェラ=ローザ? さあ……親戚にもその名前の令嬢はいないはずだが」
「お知り合いではないんですよね?」
「全く」
「ごめん、ちょっといいかい? そのご令嬢、もしや初等部の一年生かな?」

 カルネ殿が尋ね、ラウルは頷いた。

「カルネ様のお知り合いでしたか?」
「いや、姓に心当たりがあるんだ。エテルニア王国の駐在大使の秘書の名が、確かローザ男爵だった。先代の大使が任期を終えて、新しい大使と一緒にこの国に来たんだけれど、ローザ男爵は妻子を伴っていて、末娘が今年学園に入ると聞いた。その娘じゃないかな」

 へえええ~…………ヒロインちゃんのパパ、そんな職業だったんだ?
 ゲームでは職業の設定がなかったから、全然知らなかったよ。

 いつか来るとは思っていた。
 だけどラウルのこの様子だと、妙なヒロインムーブしやがったな?

「若様。あの令嬢は気を付けてください。何らかの方法で呼び出そうとしてきても、決してお会いにならないように。何を企んでいるのやらわかりません」

 何をやったの、ヒロイン。


しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...