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反転

42. 供給過多だとそれはそれで困る

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 十分後、俺はベッドの上でダンゴムシになりましたとさ。

 なんででしょうね?
 それはあなた、あれですよ。穴掘って埋まりたいやつです。
 初手を間違えたら大変なことになるので、慎重になりましょうねっていう人生の大事な教訓です。

 ザ☆勘違い。
 寝惚けて調子こいたら今ここ。

 あのさ、俺さ、あそこはもう一度眠って、やっぱりあれは本当にあったことじゃなかったのか……フッ……ってならない?
 なんでずーっと意識あるの。そして憶えてんの。一言一句ばっちりと!
 あああぁぁ……!

「若君、可愛らしいですが出て来てください。水を飲まなければ」

 薄手の掛け布団のダンゴをポンポン叩き、アレッシオが呆れた声で言う。
 本物のアレッシオだった。
 会えて嬉しいのにめっちゃくちゃ恥ずかしくてダンゴから出られません―――ぎ取りおった!?

「っ、さむ……!?」
「熱が出ているんですよ。明け方を過ぎた頃から、どんどん体温が上がっているんです。医師によれば過労と、それに伴う食欲不振が原因とのことでした」

 アレッシオが手袋を外して寝台に座り、俺の身体を引っ張って抱え込むように背中を支えた。
 密着し過ぎて心臓がやばい。いつもより皮膚が過敏になっているのもやばい。ただ幸いなことに、顔が燃えていようが全身ぷるぷるしていようが、熱のせいにできる。
 グラスが口につけられ、少しずつ傾けられた。

「ん……」

 途端に喉の渇きを覚え、ごくごく音を立てて飲み干していた。
 渇きが解消された爽快感……それ以上に、喉から胃へ流れ落ちる水の冷たさに顔をしかめた。
 本当に熱が上がっているんだ。くらくらするし関節も痛い。
 寝汗をかいたのか、服がはりついて気持ち悪かった。おまけに寒い。ボタンが全部外され、前が開いているから余計に……いつの間にボタンが!?

「あ、アレッシオ!?」
「お身体をお拭きします」
「!! い、いい、しなくて……」
「よくありません」

 抵抗むなしく、すぽんと脱がされた。ワンピースタイプの寝間着なので、残るはパンツ一枚のみ。
 というかちゃんとパンツのある世界でよかった。キャラクターラフでボクサーパンツを描いてくれたイラストレーターさんありがとう、今とっても助かりました。アレッシオはブラックですよね!
 伸縮生はないから、上に細い紐が通って結べるようになっている。俺のはなんだ、アンバーホワイト? 自分の肌色より少し濃いぐらいかな。これまゆの色そのままのシルクで、染色してないとか聞いたような。
 ……なんて、俺のパンツの色なんてどうでもいいんだよ。

 シーツの上に横たえられた、まな板の俺。
 恥ずかし過ぎてくるんと丸まった物体を一切構わず、アレッシオは湯で絞った布と乾いた布で、交互に背中や足を清めていった。完全に事務的な手つきに、いちいちおかしな声が出そうになる俺は救いようのない変態だと思った。

「うぐう……」
「ほら、前を拭きますから仰向けに伸びなさい」

 鬼がおる!!
 ……おとなしく従いました。パンツも予告なくあっという間に脱がされて交換されました。またダンゴになりたくなりました。

「泣きたい」
「終わりましたよ。ああほら、メソメソしないでください。大変なのはこちらなんですから。酷いことをしたくなります」

 乾いた下着と寝間着を着せてくれて、まるで幼児のようにあやされる。
 ……ん? 一部セリフが不穏だったような……ああでも、瞼にちゅ、って……うれしいきもちいいしあわせ……もうなんでもいい……。

「少量ですが食事をお持ちしました。空腹時に解熱剤は不可と医師から指示がありますので、おつらいかもしれませんが、少しでも召し上がってください」

 上半身を起こして、背をクッションで支えられる。めまいがあるけれど、汗の不快感が消えてさっぱりした。
 アレッシオは俺の膝に布団ではなく、こぼしても大丈夫な膝掛けをのせ、四脚のついた盆を置いた。深皿にそそがれたスープは、大根かカブの煮物。肉の脂身や消化に悪そうなものは入っていない。
 スプーンを取り、小さめにほぐして口に運んでくれる。かつて俺を見下して断罪した男の一人が、執事服を着て「あーん」……。

「どうなさいました?」
「……なんでもない」

 元攻略対象の中、他の四人がまだ幼くて断罪時の外見と一致しないのに対し、唯一ゲーム内で幼少期のなかったアレッシオが一番顔立ちが近い。
 あれと同一人物なんだと、彼が一番そう感じるからこそ、落差がいちいち心臓に悪いのだ。

 雑念を追い払って食事に集中しよう。
 これはカブだ。噛まずに口内ですり潰せるぐらいほろほろ。食欲がなかったのに食べやすくて、多分香りも味もおいしい。味覚が鈍くなっているのが残念だった。

「全部食べられそうですか?」
「ん」

 このところずっと喉をしめつけていたつまりが嘘のように消え、するすると喉を通る。時間はかかったもののちゃんと皿が空になり、アレッシオが「よくできました」と頭へキスを落としてくれた。

 ―――なんだか今日はご褒美が多くないかアレッシオ!? でも、やめられたら嫌だから突っ込めない……!

 解熱剤の丸薬を水で飲み下したら、頭を撫でてくれた。微笑みが甘い。苦い薬の後味が舌に残っているのに、めちゃくちゃ甘い。
 もしや俺の寿命と引き替えに、ご褒美が大量投下されているのではあるまいな。

 ……はっ!? そうだ、子猫!?
 猫用ベッドにガッと視線を向けたが、そこに毛玉の姿はなかった。絶対ニヤニヤ見物してやがると思ったんだが、はて?

「アムレートはエルメと一緒にジルベルト坊ちゃまの部屋におりますよ。若君が端切れで作らせたネズミの玩具オモチャがいたく気に入ったようで、夢中で遊んでおります」

 俺の視線で察したのか、アレッシオがくすりと笑った。ロッソ邸一の愛猫家と思われていそうだ。
 まぁ否定はせん。



 陽が昇って間もない時間と思っていたら、もう昼近かった。
 本日は薄曇り。ただでさえ薄い陽射しがカーテンで遮られ、そこに寝惚けが加わって錯覚が生じたようだ。

 アレッシオがかなり久しぶりに来てくれた時には、もう俺の様子がおかしくなっていて、かかりつけの医師を呼んで診察をしてもらった後、全身の汗を拭き、濡れた寝間着や枕やシーツなども交換してくれたそうだ。
 意識のない間に、とっくに隅々まで拭かれて、パンツまで替えられていたとは……。
 シーツ交換の際に一度ソファへ移動させられていたそうなんだが、俺はぐったりしていて全然起きなかったらしい。

「旦那様はお出かけ中です。連日朝から遊び歩くなど昨年まではなかったのですが、ご自分の分が悪いことぐらいは理解できて居づらくなったのでしょうね」

 ふっ、と嗤う笑顔の裏側に「いい気味です」の文字が見える。
 この文字がうっすら読めてしまったから、フェランドはアレッシオをいびっていたのかもしれない。

「どうやって、解放されたんだ?」
「たいしたことはしておりません。待機させられていた時、従僕に手紙を持たせて走らせたのです。宛先はラウル様で、手紙には私の現状を書き、打開のための協力をお願いして、その後も互いの従僕で何度かやり取りをしました。ちなみにヴィオレットのご令息からも、あなたのご様子を報せていただけましたよ」
「そんなの、初耳だぞ」
「あなたに言えば、おそらくご自分の不調を私には内緒にしてくれと頼むだろうから、勝手に動いたと仰っていました。良いご友人ですね」
「……」

 アレッシオは馬車でひたすら待たされている間、仕事を持ち込んで片付けようと思っても、フェランドが外に持ち出すなと許可をしなかった。
 朝から夜まで気まぐれに連れ回され、食事は朝食の一回のみ。
 片付けられない仕事がどんどん溜まり、メイド長と分担について打ち合わせをする時間も持てない。
 銀食器は磨かれず放置され、見習いの勤務態度のチェック、消耗品の使用状況、食材や備品の注文の確認、何ひとつ手をつけられない。
 婉曲にフェランドへその旨を伝えたが、のらりくらりと論点をずらし、最終的におまえが未熟で怠けているからだとお決まりの言いがかりで片付けられ、何の解決にも至らなかったそうだ。

「やはり私などより、お前のほうがずっと大変だったんじゃないか」
「馬車で待機中に仮眠を取れましたよ。いつ気まぐれに戻ってくるかわかったものではないので、御者に必ず起こせと頼んで一時間ほどでしたが……。商会の者が時々、においの移らない携帯食を差し入れてくれて助かりました。あれをあと何日も続ければ、さすがに限界が来たかと思いますが」

 アレッシオは苦笑した。

「私の体験ごときほんの一角に過ぎないのでしょうが、若君がアレにどれほどの仕打ちを受けてこられたのか、我が身のこととして理解できた気がいたします」

 笑顔で青い炎を背負しょっている執事。
 う、うん、そうか。俺もおまえのはらわたがいかにグラグラ煮えたぎっていたか、鮮明に脳裏に描けるよ。

 ―――そしてその件は、公爵のもとにまで届いていた。


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