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反転
37. もうぶつかるしかない
しおりを挟むついに、言い訳を思いつかなかった。
あまりに俺が調子悪そうにしているので、学園は強制的に休まされた。みんなが俺を心配してくれて心底申し訳ない。
なのにベッドへ横になっていても、頭の中が常にグルグルして、眠いのに眠れない。
とうとう朝日を拝むに至って、俺は悟った。
「もうダメだ……」
昨日も中途半端に眠ったせいか、夜中にうなされて飛び起きた。何かすごく怖くて悲しい夢を見た気がするんだけど、全然思い出せなくて、なのに震えが止まらなかった。
どうしようもなくて、またアレッシオに迷惑をかけてしまった。抱きしめられて朝を迎えた時は、すごく幸せでドキドキして……それ以上の自己嫌悪が襲いかかってきた。何をやっているんだ俺は、と。
アレッシオを呼んでもらい、二人きりにしてもらった。
「若君?」
「折り入って、相談が、ある」
床に座り込んだ俺に彼がギョッとするのにも構わず、一気に続けた。
もう誤魔化し・言い逃れ一切なしの直球で行く。
変更希望の年と日付を告げたら、眉を顰められた。
俺だって、わけわかんないこと言っているなと自分でも思う。十八歳の四月なんて、リミットまでほんの半年ぐらいじゃないか。なんだってそんなギリギリじゃないといけないんだ……。
「もしやそれが、不眠の理由ですか」
「うん。おまえを完璧に納得させられる、非の打ち所がない、説得力溢れる物語をひねり出そうとしたのに、全然思いつかなかった」
「あなたね」
アレッシオがガクリと肩を落とした。
「頭良いのかバカなのかどっちですか。最初から普通に説得しなさいよ」
俺を立たせ、寝台に座らせる。辛辣な口調の割に手つきは優しい。
「取消しではなく延期。事情の説明はしたくないんですね?」
「うん」
「あなたという人は……」
「お、怒るか?」
答える代わりに、大きな両の腕が俺をすっぽりと包み込んできた。
っ……うわ、どうしよう……!
抱きしめられている。子供扱いであやされているとしても、嬉しくて泣きそうになる。
だけどこんなところで泣くのはずるい。アレッシオは泣く子にひどい真似は出来ない大人なんだから、フェアじゃないだろ。巻き戻る前はこんなに何度もメソメソしなかったのに、なんでだ。
「私とするのが嫌になったと、そういうわけではないと思っていいのでしょうか」
「嫌じゃない……嫌じゃないんだ」
あ、また二回言っちゃった。……しょうがないよ、大事なことだもん。
「あなた、本当にたちが悪いですよ。そんなクマを作って、げっそりした泣きそうな顔でお願いされたら、ダメなんて言えないでしょうが」
「う……ごめん……できれば、きらわないで……」
「本当にたちが悪い」
二回言われてしまった!?
「条件を二つ。もし呑めるようでしたら、事情とやらは聞かず、延期に応じますよ」
「わ、わかった。じょうけん、だな」
「まず、一つめです。あなたが十六歳の誕生日を迎えれば、あの館を私に譲っていただけますか?」
あの館を? アレッシオも気に入ったのかな。彼なら大事に使ってくれそうだし、いいけれど。
コクンと頷いた。
「では、二つ目です。おあずけの分、割増しでいただくことになりますが、よろしいですね?」
「わりまし」
割増し……割増し……
割増し。
って、割増し?
それ、どんな。なにを。
「手加減が少なめになります」
「う。わ、わ、わ、かった。うん、わりまし、だな。うん。うけてたつ!」
「よろしい。きっちり取り立てますので、お覚悟を」
「っ……」
「二度はありませんよ、我が君」
アレッシオは俺の額にキスをして囁いた。
顔面が熱くなって寒くなる。マジ俺、なにをされるんだろうか。怖いのに溺れそうな心地良い腕の中で―――……白い何かが俺の横に座っている。
「…………」
「みゅふ♡」
ベッドの上、腰の近くで、白い毛玉がちょこーんと。
「おっ、おまっ……」
「おや。いつの間に登ってきたのでしょう」
子猫が見上げて来る。キラキラの目でじー……と見上げてくる。
ぼぼぼぼっと羞恥が小爆発を起こし、ジタバタと暴れた。
「猫ですよ?」
「みゃっ♪」
「で、でも、見てる、見てるからっ」
「……あなたね」
どうしてか「ハァー」と溜め息をつきながら、アレッシオは俺の肩に顎を乗せ、抱きしめる腕に力をこめてきた。
「あぁ~、悪い子がいるぅ~♪ 大人をユーワクしたらダメにゃんだぞぉ~う?」
「べ、別に、誘惑なんかしていないぞっ?」
「いいからもう、黙っていなさい」
肩のあたりに息が触れて密着度が上がって顔が熱くなるわ、子猫が子猫のフリでじゃれついてくるわ……俺はキャパを完全に超えて、失神に近い形で眠りに落ちた。
再び俺の目がパカッと開いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。睡眠が充分にとれたので頭がすっきりしている。このぐらいの時間であれば、夜に寝付けなくなる心配もないだろう。
「若様、お熱はないですね。よかったです。お昼はいかがしますか?」
「先に風呂に入ってくる」
どうしてもサッパリしたくなって風呂に入ったのだが……身体を拭いていると、どうにも眉根が寄ってしまう。
「若様、その布があんまりお好きじゃないです?」
ちょうどその瞬間の顔だけ衝立の向こうから見えたのだろう、エルメリンダが尋ねた。
「いや。この布が嫌いなわけではないが」
『布』で拭くのが嫌なんだよ。
でも唐突に「こうやったらタオルが作れるんだよホラ!」なんてやったら不審がられてしまう。ペンのアイデアがすんなり受け入れられたのは、見本がそこにあって、それが発想の源だと一目瞭然だったからだ。
って、そうか、見本だ。見本を探そう。
あちらの世界で使っていたタオルの原型にあたる布が、既にどこかの国にあるのではないだろうか。
ラウルに頼んで、他国の布地サンプルを取り寄せてもらおう。もし生産が可能になるとすれば、その場所はロッソ領に造らせようか?
店舗や事務所、食糧と物資の備蓄用倉庫の建設と並行して、できれば道も開通させてもらい、そこを拠点として活動を拡げてもらおう。
大商会アランツォーネが展開するんだ。フェランドが王都に来ている間にあちらで申請させれば、あいつの部下はそれを通すんじゃないか。明日ラウルが来たら馬車の中でこのことを相談しよう。商会にとって利益の見込めることかどうかも訊いてみなきゃならないしな。
「若様、お顔色がだいぶ良くなりましたね。何か悪いこと思いつきました?」
「そこは『いいこと思い付きました?』じゃないのか」
着替えたら昼食が準備されていた。子猫はどこだろうと視線を巡らせれば、猫用ベッドで白い毛玉がこんもりと丸くなり、腹の部分がくふくふと上下している。
「アムちゃんはさっき、お食事終わりましたよ」
「そうか」
この中途半端な時間だと、アレッシオは執事の仕事中かな。
「アレッシオ様なら午後のお茶の時間と、お夕食の時間にまた来てくださるそうですよ」
「……そうか」
俺の思考パターン、そんなにわかりやすい? というか、なんかいろいろ、バレてます?
眠る前の出来事を思い出したら、頬がぽぽぽ……となった。
うん、わかりやすいな。
バツの悪い気持ちで、昼食のスープに口をつけた。
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