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反転
36. 僕はアムレート -side???
しおりを挟むひたひた、ひたひた、僕は探す。
僕はちょっかいをかけるのが好き。引っかき回すのが好き。綺麗なものが足掻くのを見るのも好き。
そんな魂を少しずつ齧るのがたまらない。
いいにおいがする。おいしそうな絶望のにおいだ。
ひたひた、ひたひた、僕は近付く。そこには籠の中の鳥がいた。残念なことに、その鳥はもう半分壊れてしまっている。でも僕には関係がない。僕は綺麗な歌声に耳を澄ませた。
『なんてこと なんてこと なんてこと わたくしがバカだった あの手を取らなければよかった』
『大切にすると言ったのに この子を 大切にすると』
『大嘘つき 悪魔 ごめんなさいアンドレア あなたの子を 奪りあげられてしまった わたくしが愚かだった ごめんなさい……』
この鳥は狡猾な蛇に騙されて雛を盗まれてしまったようだ。
蛇に立ち向かい取り戻そうとしたのに、蛇はこの鳥が壊れてしまっているとみんなに言いふらした。
鳥が騒げば騒ぐほど、みんなは蛇を信じてしまった。誰も鳥を信じなかった。
壊れた鳥がおかしなことを囀っていると。
籠の中に何年も閉じ込められ、鳥は本当に壊れてしまった。
『わたくしにはもう なにもできない……』
『はっはっは、そんなことはないぞう!』
『! ……だ、れ……?』
毎日毎日、雛の形のぬいぐるみを無意味に温めている鳥には、もう誰の声も届かない。
でも僕にはそういうの関係がないんだ。
『聞いて驚け。なんと僕は悪魔なのだー!』
『あく、ま……!?』
『そう! ほんものの! 悪魔だよ!』
『ど、どうして……』
『どうしてそんなのがここにって? んふふ、だっておいしそうなにおいがしたんだもん♪ ……ねえ、その子、奪り戻したい? できるよ? どうする?』
驚き、警戒、警戒、警戒―――あ~、蛇に騙されて痛い目見たからか。
『あの子に……幸せに……なってほしい……』
『ダメダメ、そーゆー漠然としたのは聞けないよ。もっと具体的に!』
『……わたくしを……忘れてくれれば、いい……このようなこと、あの子は、知らなくていいの……どうか、わたくしに囚われず、そうでないと、きっと生きていけない……』
『ふんふん? それだけだとちょっと少ないかなあ。僕ケチじゃないよ。ほかになんかないの?』
『いつかきっと、あの子も、閉じ込められてしまう……わたくしのように……。あの子がもし、あの男の檻から、出られずに、絶望の中、命を終えることに、なったら……どうか、助けに行ってあげて……あの子を出してあげて……お願い……!』
『ふんふん。その子が普段おまえのことを忘れて気にしないようにして、檻に入れられて絶望して死ぬようだったら出しに行ってあげる、てことでいい? 代償に命捧げてもらっちゃうけど』
『お願い……!』
『ハッハッハッハッハ! よかろう、契約は成った! エウジェニア=ロッソ、我が新たな契約主よ!』
■ ■ ■
僕はちょっかいをかけるのが好き。引っかき回すのが好き。
契約通りに、檻に入れられていたそいつを出しに行ってやった。
でも、ただ単に出すだけじゃ面白くないから、先の契約の完了と同時に新たな契約を結ぶ方法を取った。
別世界の人間の記憶をそいつの中に植え付けたのは、面白そうだったからだ。だって普通に巻き戻すだけじゃあ、そいつ、すぐにまた蛇に絞め殺されそうだったんだもん。
少しばかりしぶとさが増せば、戸惑い、苦悩、破滅の人生から逃れようと足掻く姿、そういうのが長く見られるかなーって、期待したのに。
しぶとくなりすぎ。
にゃんであんな性格のヤツになっちゃったんだ……。
しかも。
『おにいしゃま。このこ、おなまえ、なにがいいですか? ぼく、おもいうかばなくて』
『名前? んー、そうだな…………《お守り》?」
なんで、そんな名前を、この僕につけるかな。
無様に足掻くところを見物したかったのに、そりゃあよく無様に足掻いてはいるけど、こいつのはなんか違う。僕が見たかったのはこういうんじゃないんだ……!
勝手に打倒蜘蛛野郎の五年計画とか立てちゃうし、実行する気満々だし、思い切りよすぎ。普通もっとこう、躊躇ったりするもんじゃないの?
最終的に自分の命を使って道連れを狙う手段なんて、シチュエーションを変えて何パターンも思いつくとか、こいつの頭はどうなっているんだ。
そう。こいつは自分が死んだほうがいい存在だと思っている。生きていてはいけない存在だと思っている。自分を道具にする作戦をいくらでも平気で立てて、実行できるのは自分にそんな価値はない人間だと信じて疑わないからだ。
そんだけ蛇を仕留めるのが厄介ってとこもあるけどな。
お坊ちゃんに問題があれば、当主が廃嫡なり勘当なりできる。だけど問題のある当主を裁く手段が少ないのなんの。
よっぽどの犯罪でも犯していない限りは、誰にも排除できない。だから当主の豪遊のせいで没落する家なんかが出てくるわけだ。
こいつの五年計画は成功するだろう。五年経過すれば、義弟の成人が目と鼻の先だ。義弟は母親と妹を法的に守れる年齢になる。
めちゃくちゃになった領地をまんまと蛇に押し付けられた前回と違い、義兄貴の友人や執事という強力な味方も大勢いる。さらに義兄貴が遺した智恵や設備を使えば、領地の被害だって抑えられるだろう。きっと義弟は優れた若き当主として名をあげられる。
その代わり、僕との契約は破棄になるけどね。
事故や病気でもなく、満了日が来る前に「この命もういらない!」なんてやったら、契約違反だよ。
だから、無かったことになる。
別に僕は、それでも困らないけどね。こいつの周りの人間にペナルティが発生するだけで。
巻き戻り自体を無かったことにはできないから、巻き戻る前の状態にだんだん近付いていくのさ。前回とは形を変えて、せっかくいい方向に変えてやった奴らも、みーんな元の木阿弥になる。
訊かれてないから、僕が教えてやる義理なんてないけどね。
全然そんなのないけどね。
……。
……まあ、僕も、こんなん思ってたのと違うとはしょっちゅう思いつつ、全然面白くないわけじゃないし。
マッサージも悪くない。
執事の兄さんとの約束の日を投獄の日に変えろと言ったのは、別にその日に何かあるわけじゃない。
そういう『いわくつき』の日にすれば、いかにも何かありそう、言われた通りにしたほうがいいかも、って思うだろ?
で、その日に設定し直せば、あの兄さんとそーゆーコトするまでは死ねるか! ってなるじゃん、絶対。
あの兄さんに対しても、さんざんこきつかっておいて報酬踏み倒すとか、そんな非道なマネできるか! ってなるじゃん。こいつの場合。
だから、その日までは、頑張って生きるでしょ。
その報酬、恥をかかせた仕返しで要求されたんだっつー思い込みはいつまで続くかな。そこから先は、執事の兄さんのウデ次第だな。
「ッ!! ―――は、はあ、はあ……」
おや。悪夢でも見たようだ。真夜中に突然目を覚まして震えている。
ははぁん、『鳥』でも出てきたかな。引き離されたのは記憶に残らないぐらいちっこい頃のはずだが、微妙にこびりついていたようだ。
「……アレッシオ」
執事の兄さんとこへ癒やされに行くんだな。兄さんカワイソーに。
行ってらっしゃ―――って、にゃんで僕も連れて行く?
別にいいけど。
「若君? どうなさいました、また」
「すまない。その、怖い夢を、見た気がするんだが。憶えていなくて」
僕を両手できゅううと抱っこして、血の気の失せた顔でブルブル震えるのが止まらない。
んー、仕方ないな。僕も「みー…」って哀れっぽく鳴いて援護しとくか。
「……どうぞ」
「ん」
兄さんの頭に『生殺し』やら『おあずけ』やら『地獄』やらといった単語が飛び交い、でも追い返しはせずに、部屋へ入れてやった。
カワイソーに……。
これはこれで面白いな。
前回はソファで別々に寝たみたいだけど、今回ばかりはそうもいかないもんな。
ひとつベッドで、何もできずに添い寝してやるのがもう確定だ。
僕はイイコで、ソファでねんねするとも。
みゅふ。
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