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反転

32. 学園カーストトップの実態

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 その日以降、ランチはこの顔ぶれが定番になった。カルネ殿、ジャッロ殿、アルジェント殿、ラウルと、最強の陽キャラが四人も集まれば辛気臭い空気なんぞ発生するわけもなく、口下手なニコラでさえ会話を楽しむようになった。ルドヴィクも後輩として、ニコラに普通に話題を振っている。
 最初、公爵令息に話しかけられて緊張していたニコラだったが、ルドヴィクが絶対に答えられないような質問はしてこないのを察して、次第に好感を持ったようだ。

 俺としては、後妻のイレーネが俺を邪魔者扱いしていると誤解をされないよう、仲良しエピソードをたっぷり披露した。天使エピソードはいくらでもあるぞ。あのフェランドの野郎に毎日ネチネチいびられながら、俺が腐らずこんな素直ないい子に育ったのは、彼女と弟妹のおかげだ。

「素直……?」
「いい子……」

 こら、ニコラくんラウルくん、何か文句でもあるのかね。従者トリオに笑われちゃったでしょうが。心なしかルドヴィクも目が面白がっている。

「ロッソ様は、本当に噂とだいぶ違いますよね」

 陽キャラ代表のカルネ殿が言った。やはり従者トリオはラウルと似た感じで、周りの空気をちゃんと読みつつ、明るさを武器に切り込んでくるタイプだった。公爵令息に仕える以上、元気なだけじゃダメというわけだな。

 しかしカルネ肌色殿、ジャッロ黄色殿、アルジェント銀色殿、三人とも髪や瞳の色が家名と一致しない。これは脇役の特徴なんだ。
 なのに、攻略対象のジルベルトに『赤』の要素がなく、悪役の俺が真っ赤っ赤な点は、ファンの間で物議を醸していた。当然ながら俺ルートも疑われたわけだが、公式には「金髪碧眼のキャラが一人は要るだろうということでこのようにしました」とだけ発表することになった……。

 そうなれば、じゃあ家名を『ロッソ』にしなけりゃよかったんじゃないのか、との意見も出る。しかしリリースよりずっと早くに宣伝で全キャラのフルネームを出してしまい、さらに「ボツ案とは別の設定でスピンオフを作れないか」とギリギリまで悩んだ結果、このままにしようという話に落ち着いたんだよな。

 結局、幻の俺ルートは幻のまま終わったんだが。多分、俺が何者かと対峙する場合、フェランド以外の『敵』がどうしても出てこなかったんだと思う。
 あのゲームに限らず、シナリオ班からよく耳にしたのは、「このキャラはどうしてもこれ以外で動いてくれない」という話だ。変えられない何かがストーリーの中で出てくる、そういう感覚は俺にはよくわからなかったけれど、今になって奇妙にその言葉が沁みてきている。

「実は俺達、先日この食堂にいたんですよ」
「先日? もしや、試験の日ですか?」
「ジャッロ殿が寮住まいでしてね。たまたまあの日も、我々五人でランチをしていたんです。失礼ながら、面白かった」

 俺がマルコと取り巻き達に囲まれ、うんざりしているのをチェックされていたわけか。絶対たまたまじゃねーだろ。
 ニコラとラウルが視線で「なんのことです?」と訊いてきたので、ざっと説明してやった。

「マルコ=リーノだが、その者は一ヶ月の停学処分になったぞ」
「そうなのですか?」
「薬学に詳しい高等部の学生が、学園内の設備で妙な薬を作っては下級生に売りさばいているようだと苦情が入ったらしい。事態を重く見た学園長が一斉捜査を行い、その学生と仲間が芋づる式に挙がった。主犯の学生は放校処分だ」

 あー……アレッシオかな。マルコの逆恨みが俺に向かわないよう、おおもとの『高等部の学生』を排除する方向でいったか。
 違法な薬じゃないから投獄は免れても、モラルの欠如したアホは今後どこへ行っても門前払いになり、貴族としての人生もこれで終わり。

「おまえの対応は見事だった。あの場にいた者はおまえと噂にズレがあると知ったが、悪評を口にする者があまりに多く、否定の声をあげづらかったようだ」
「我々以外は下位の寮生ばかりでしたしね。いま考えてみれば、ロッソ様の悪口の広がり方って不自然ですよね。誰も火消しをしようとしないなんて」
「家の恥部は隠したがるものだと聞く。なのに伯爵は恥だと言いながら、隠す素振りもなかった。……お祖母様は私とヴィカを隠したがっていたのに、何故だろうと不思議だった」

 黒髪と紫の瞳の迷信なんて、若い世代ほど信じていないけれど、祖父母の影響の強い子が本気で怯えることがある。そんな子は、彼らの姿を目にするたびに「ひっ」と顔を引きつらせて逃げた。そんな一部の生徒の発した恐怖があっという間に伝染し、ヴィオレット兄妹はせっかく最高の身分と容姿を備えていながら、従者トリオ以外に親しい者ができなかったのだ。

「お互い苦労しますね……」

 ものすごく共感を込めてしみじみ言ってやった。
 困った身内がいると、本当にほんとぉぉーに、いらん苦労を背負わされますよね……。

「……おまえは、私と妹を名前で呼んでいい。許可する」
「では私のこともオルフェと―――ああ、失礼しました。そちらは愛称なのでオルフェオで―――」
「わかった、『オルフェ』と呼ぶ。私はヴィク、妹はヴィカでいい」

 いや、何が「わかった」んですか。まあこっちもうっかりでしたが、さすがにいきなりあなた方を愛称呼びすんのはハードルが高―――ちょ、目力めヂカラ!? 目力めヂカラがすごい!?
 ヴィオレット妹よ、おまえもコクコク頷くな! お願い兄貴を止めて!?
 従者トリオは生ぬるく微笑んでいる。そうか……友達が欲しいんだな。そうか……。

「わかりましたよ。ヴィク様、ヴィカ様で」
「様はつけなくていい」
「絶対につけます」

 公爵家の令息令嬢を愛称呼び捨てなんぞできるか。こっちも眼力で対抗してやれば、渋々引き下がった。
 カルネ殿によれば兄妹揃って、俺が初日に紫色を身に着けていたのがなんか嬉しかったんだそう。純粋すぎて、なけなしの良心が痛むんだけど。
 こんなんで喜ぶのなら、今後もこの色にするかな……。



 この学園で最も身分の高い生徒はヴィオレット兄妹だ。この二人の友人と認定されたことで、俺達は学園のトップグループに入ったことになる。
 噂と大違いだった俺はもちろん、ラウルの陰口を叩ける者も消えた。ゲーム内のラウルは同級生の悪ガキグループからさんざん嫌がらせ被害に遭っていたけれど、もうあれと同じことは誰にもできやしないだろう。
 仲良くなれば放課後、家に招待することもある。突然彼らを連れて行ったものだから、後でアレッシオとエルメリンダに苦情を言われてしまった。

「若様、どうせみんな一緒だからとか面倒がらずに、ちゃんと先触れ出してください。びっくりします」
「私も、事前に心構えぐらいはさせて欲しかったですね。大物獲りにもほどがありますよ。ヴィオレット家の双子のお噂はあなたと同じぐらい有名です。自分達にはどうしようもないことで孤立し、公爵家にすり寄りたい輩だけは近付いて来る。そんな方々の目に、あなたはさぞ眩しく映ったでしょうね。掛け値なしの共感に、コロリと堕ちたのは想像がつきます」
「あら。そーゆーことだったんですか?」
「いや、その……」
「あなたがそれを狙ってやったとしても、私は不思議には思いませんよ。声をかけたのも向こうから。あなたには媚びを売る気など毛頭なく、誰も騙してはおりません。ただ、ご自分の態度のもたらす結果を読んでいただけでしょう」
「いや、そのな……」

 図星過ぎて何も言えない。
 事前連絡ができなかったのは、帰宅直前、俺とニコラとラウルが同じ馬車に乗り込もうとするのを見て、ルドヴィクが一緒に来たいと言い出したからだ。
 公爵令息の我が儘に逆らえる奴なんていない。

 ただ、ルドヴィクは見た目に反して中身は常識人だ。それに、自分の価値と利用方法を熟知している賢い子供でもある。上位者による下位の家への突撃訪問は、光栄を通り越して迷惑なのもちゃんとわきまえていた。
 なのにあえてそうしたのは、俺との気安さをアピールし、彼ら自身が俺を簡単に排除できない理由になるためだろう。

 つまり友人からの援護射撃ってわけだよ。
 アレッシオとエルメリンダも、唐突に押しかけた割に全然ムチャな要求をしてこない双子に、そのへんピンときたんだろうな。

「すまんが今後も急に来ることがあるかもしれない。その時はもてなしを頼む」
「お任せを」

 ほんと、俺には勿体ないぐらい頼もしいよ、おまえ達。

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