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反転

31. 公爵家の双子

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 広い食堂の奥まった空間、一段上がって観葉植物で区切られている、いかにもな上位席に案内された。離れていても完全に遮断されてはいないから、耳を澄ましている生徒はきっと多い。
 お仕着せを着た従僕は伯爵以上の子息令嬢を把握しており、何も言わずとも正しく料理を運んでくれて、子爵以下の子は自分でトレイを取りに行く。
 ザ・身分社会。下位貴族の子は人数が多くて憶え切れない事情はわかるんだけどね。以前マルコがゴマすり目的で俺の料理を取りに行ったのは、俺にはその必要がないのを知らなかったからだろうか。

 公爵家の料理はさすが一番豪華だ。次は同じ伯爵家の俺とアルジェント殿。身分で分けずに好きなメニューを頼めたらいいと思いはすれど、今さら料理のランクを均一化しても、苦情が殺到して収拾がつかなくなりそうだと想像もつく。

「基本的にメニューは選べないが、体質的に受け付けない食材を予め伝えておけば変更してもらえる。おまえ達にそういうものはあるか?」
「いえ、三人ともありません」

 ヴィオレット兄妹は話し方に抑揚がなく、全然笑わないけれど、不機嫌なわけじゃない。
 彼らは生まれた直後に母親が亡くなり、父方の祖母に「不吉な容姿の双子を産んだからだ」と言いがかりをつけられ、親父が忙しくしている間にこっそり虐待されていたんだ。
 親父が気付いて何やってんだてめぇと僻地に追放した頃には、もう無表情と無感動がデフォの子供になっていた。慌てた親父は自分の子供になるべく明るい子をあてがい、いつか影響されて元気を取り戻してくれればいいな……と期待していたんだけれど。
 双子は父親からの愛情を理解しつつ、さんざん不吉な鬼子と刷り込まれたせいで、ヒロインにそれを否定してもらえるまで心が晴れないんだ。

 この国のじいさんばあさん世代には、黒髪と紫の瞳の組み合わせが悪魔の化身だという迷信がある。
 うちの子猫は真っ白つやつやの毛並みにアイスブルーの瞳がキュートですが何か。
 迷信ですね。
 ちなみに裏ファイルに書かれていた公爵夫人の死因は、姑の嫁いびりで気力体力尽きていた頃に出産が重なったからだそうです。嫁イビリ婆さん、おまえが元凶じゃねえか。

 しかし俺の周り、やたら身内に何かしら問題のある家庭が多いなって思ったら、それもそのはず乙女ゲームのメインキャラばかりだった。ド悲惨から微悲惨までかたよりがあるのは、別にわざとじゃない。作っている時はそのつもりがなくて、ファンのレビューで「言われてみれば」となることも多々あるんだ。
 乙女ゲーム《天使と愛の輪舞ロンドを》の主要登場人物の中で、肉親全員がまともなのはラウルだけ。性格は脇に置いといて。
 ニコラの家に関しては、表に出てきた歪みを修復中って感じかな。修復の余地があるだけ、うちのアレに比べればかなりマシだと思うが。

 とはいえ、ヴィオレット家のあれこれは、俺には知るはずもない他人様の家庭事情だ。そこには触れず、俺はうちの家庭事情をチクるとしよう。
 ―――たっぷり親近感を覚えてもらうためにね。

「ロッソ伯爵は、家族想いの方だと噂されているが」
「そのようですね」
「昨年のパーティーで、上のご子息についての悩みを口にされていた。私もその場にいたのだが……随分、話と違っている」
「パーティーですか。昔から出席自体を禁じられている私には、父がどんな話題で盛り上がっているのやら想像もつきません」

 未成年では夜会に出席できないから、誕生日パーティーとかかな。

「ただ顔を合わせれば、おまえは愚鈍で、怠惰で、高慢で、物覚えが悪く、改善の努力が全く見られないと叱責されますね。彼は私の成績表に目を通してすらいませんが」

 にこりともせずに答えれば、ルドヴィクは沈黙し、従者ズも絶句していた。
 これらは実際にフェランドが俺に言った言葉であり、外で堂々と漏らしている言葉でもあった。ここにいる誰もが、このうちの半分ぐらいは耳にしたことがあるんじゃないのかな。
 さあどうぞ、遠慮なく目の前のコレと比べてやってください。

「それは―――大丈夫なのか、ロッソ。我が家に来るか? 部屋数はたくさんある。おまえ一人ぐらい卒業まで滞在させても問題ないぞ。さっそく父に頼んで―――」
「いえいえ、ルドヴィク様、それはダメですって!」
「お気持ちはわかりますけどそれはダメです、旦那様もすぐ許可は出せないと思いますよ?」
「家同士の話になっちゃいます。おおごとになりますって」
「……そうか」

 ……おいおいこらこら、いきなり何言っちゃってんのこのお坊ちゃま。向こうが一瞬ザワッてなったよどうすんの。
 ニコラとラウルを見たら目が合って……よかった、呆気に取られているのは俺だけじゃなかった。
 いやうん、心配してくれたんだね、ありがとう。そういう子は毒の源と離すのが一番だから、実は理にかなってはいるんだけどね。
 つうか経験者だから、解決策がそれだと理解わかっているんだろうな。残念ながら、実行はできないってだけで。

「お申し出はありがたいのですが、お気持ちだけいただきます。私とあなたは本日が初対面でしょう。うのみにして、軽々しく家に招き入れてはいけませんよ」
「だが、嘘ではないのだろう?」
「事実ですけれど……」
「ルドヴィク様、ロッソくんが困ってますよ」
「そうです。ゴリ押しはいけませんって」
「……すまない。そのようなつもりはなかった」

 普通に謝られた。
 従者トリオは苦笑している。
 ニコラとラウルは目を丸くした。

 わー……ホントにこういう子だったんだなあ。
 何というか、知識としては知っていたんだ。でも攻略対象五人のうち、一番ピンとこない裏設定だったからさ。

 ルドヴィク=ヴィオレットの裏設定―――それは、常識人。

 最も「なんだそれ」と思われる設定だが、常識人。これが真実。
 攻略対象中、最も性格がまともな気遣い屋さん。
 そっくりな妹のルドヴィカと常に一緒に行動し、容姿はアレッシオに匹敵する美形。終始ミステリアスな空気を漂わせていた彼は、ファンの二次創作で魔王の転生やら、堕天使の降臨やらの設定で書かれることが多かった。この世界に二次創作の影響はないと子猫に聞き、膝から崩れ落ちるほど安堵した凄まじい設定も見たことがあるが……ともかく彼は、『心は普通の人』なのである。

 この兄妹に取り入ろうとする連中は、関心を引くために奇をてらうことばかりして、みんな失敗するんだよね。
 普通でいいんだよ。普通がいいんだよ。

 ちなみに、意味深にひっそりと沈黙している美少女ルドヴィカも、何らかの未来の予兆を感じ取ったりしているわけではない。今は苺のジャムをパンにつけて食べている。彼女の頭にあるのは十中八九、「あ、このジャム美味しいわ」だ。果物のジャムやコンポート好物だもんな。

「……食事が冷めますので、まずは食べましょうか」
「うむ、そうだな」

 普通に勧めたら、普通に頷かれた。
 こんなに普通の反応をしてくれる子なのに、周りはそう思ってくれなくて、いつもビビられてしまうのがヴィオレット兄妹の悩み。ゲームでは時間をかけて愛を育めば、彼の心がだんだん変化していくような展開に見せかけていたが、彼は最初からこういう子だった。
 嫁イビリ婆さんの植え付けたトラウマを、例のごとくヒロインが「ルドヴィク様は素敵な方です。私は知ってます!」パアァ……で消してしまって、その他コンプレックスもついでに消してしまい、日の目を見ることのなかった設定。このあたりの展開はラウルに近いな。

 ともあれ、この襟元で輝く『三』のバッジの威力で、俺とフェランド、どちらの言葉が真実かなんて一目瞭然だ。
 この坊ちゃんの心配性を刺激するとまた突飛な申し出をされかねないから、あとは普通に新入生として、学園生活に関する質問をした。その内容ならニコラも交ざるのに困らない。
 会話をしながら食事を終えれば、あらためてマナーが綺麗だと褒められた。

「伯爵は、おまえのマナーが全然なっていないから人前に出せないともぼやいていたんだがな」

 へー、そうなんですね。
 どうすんだ陰険蜘蛛。おまえの吐いた糸、そろそろおまえ自身の首絞めにかかってんぞ。


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